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普段の夜
しおりを挟む「やっとランク30になった俺の前で、俺のギルドにランク30台でくすぶってる奴はいねえよ、なんて発言ができるんだから恐れいるよなあ。俺はランク30だけど別にくすぶってねえよ」
さっきからタクマは俺の行動が間違っていたと指摘することに余念がない。一番ランクが低いというコンプレックスを俺の一言が刺激してしまったらしい。
ランク30台を、くすぶってると表現したのを根に持って、いつまでもチクチクとやってくる。
「その件はもう謝ったろうが。いつまでもぐちぐちとやめてくれよ。確かに言い間違えたな。お前は火もつかない生木だよ。そんなだから5万貯めたくらいでひいひい言ってるんだ」
「そういうところだぞ。今は人の意見に耳を貸すべき時だろうが。さっき失敗したばかりで、よくその自分は正しいって信仰を曲げずにいられるもんだよな」
「あやまっても駄目、反論しても駄目、お前はただ俺で憂さ晴らしをしたいだけじゃないかよ」
「憂さ晴らしの役に立つならそれでいいだろうが。だいたいお前は、自分の恵まれた状況をなにも分かってないんだよ。あんな美人に囲まれて、そのことに感謝もしてないんだろ」
「いや美人とかは関係なく、気のいい奴らだとは思ってるし、感謝もしてるよ」
「驚いたな。お前の口から感謝だって? お前はいったい誰にキバを抜かれたんだよ。狂犬病ってのは絶対に直らない病気だと思ってたぜ」
森から帰って来て、もう別れるところだというのにこんな調子である。晩飯を一緒にどうだと誘われたが、タクマがこんな調子では行く気になれなくて断った。
それで俺たちが市場通りを歩いていたら、道を歩いている奴らの視線がやたらと俺に向いているのに気が付いた。もともと注目されやすかったが、これまでの注目のされ方とは雰囲気が違う。
ミサトたちもそのおかしな視線に気が付いたのか、居心地の悪そうな顔で辺りの様子をうかがっていた。
なにが起きたのだろうと、俺はなんとなくいつもコウタがいる場所に視線を向けた。そしたら、なんと俺と目が合ったコウタは視線をそらしたではないか。
俺は不安になって、足早にコウタの元まで歩いた。そしたらコウタは観念したのか顔を上げてこんばんはとあいさつした。
「何が起きたんだ」
「ここだと人目がありますから、そこの奥に行きましょう」
清算のために、出たアイテムを市場で売っているミサトたちを残して、俺はコウタに付いて路地裏に入った。食べ残しなどの生ごみの匂いがする汚い通りだ。
「どうなってるんだよ」
「それはこっちのセリフですよ。ちょうど僕が市場から離れている時にひと騒ぎあったらしいんですよ。なんでも有名なギルドのトッププレイヤーの一人が泣きながら教会から出てきて、コシロさんにやられたと話してたとか。その人は駆けつけたガードに連行されていったそうです。一体何をしたんですか」
「あー、いや、ちょっと道理を教えてやっただけだよ」
「狩場で邪魔だったパーティーを、通りすがりにPKしたって聞きましたけど」
「そんなんじゃない。それに先に絡んできたのは向こうだぜ」
「それで気に入らないからPKしたんですか」
「いやー、まあそうなのかな。どちらかと言えば教育的指導かな。なにせ狩場でいきなり俺に斬りかかってきたからな」
「それは思いあがったことをしましたね。ランクも一番先行してるって言われてて、調子に乗ってたんでしょう」
「そんな感じだ」
コウタは安心しましたよとか言って、やっと笑顔になった。俺が通りすがりに人を斬りつけるような奴だと心のどこかで思っていたのだろうか。
俺たちは路地裏から出て市場にまで戻ってきた。確かに周りからの視線はいざこざを恐れているような感じがする。中には道を開けるだけじゃなくて、俺にお辞儀をしてくる奴までいた。
「そうだ。頼まれてたスクロール類が全部売れたんですよ。これが売り上げです」
そう言って、コウタは金の入った袋を俺に差し出した。
「馬鹿。人前で金なんか渡すな。カツアゲしてるみたいに見られるだろうが」
俺が焦ってしまったせいもあるが、周りからはひそひそと話し声が聞こえてきた。コウタはすみませんと謝ったが、それが本当にカツアゲみたいな雰囲気になってしまった。
俺は金を受け取ると、素早く懐にしまって早めに帰ることに決めた。
ミサトもアイテムを売り終わったようで、今日の日当を差し出してくる。
「ミサトさんのギルドでちゃんとした情報を広めてくれませんか。ちょっと今日のことで変な噂が流れてるんですよ」
「それは自業自得ってもんだろ。この期に及んで、悪いことをしてないとか言うつもりかよ」
タクマが茶々を挟んでくるが、俺はそれを無視した。
「うちのギルドは、そういうことはあまりしないからねえ。情報を流すなんてできないよ。だけど、そのうち真実が広まるさ。気にしすぎないほうがいい」
真実が広まるのも困るのだが、ミサトは頼りない態度で何もできそうにない。
仕方なく俺は自分のギルドハウスを目指して歩いた。狭い道の真ん中を歩いても、人が勝手に避けてくれるので快適なことこの上ない。これはもう自分が偉くなったようなつもりで生きていくしかないんだろうか。
ギルドハウスに帰るとちょうど夕食の時間になったようだった。
俺が席に着くと、クレアが待っていましたとばかりに口を開いた。
「悪い噂が流れているわね」
「いや」それは違うんだと言おうとしたらクレアの手にさえぎられた。
「さすがにそれほど悪いことをする人じゃないのはわかってるわ」
「でも、もうちょっと控えなさいよ。私なんか、今日は誰からも話しかけられなかったのよ。いつもなら嫌ってほど声を掛けられるのに」
意外なことに、クレアは怒らなかったし、アイリも理解があるようなことを言う。しかし手違いでやりすぎてしまったのは事実だから、なんだか申し訳ないような気持になる。
仕方がないので、俺は起きたことすべてを正直に話した。
「そのくらいでちょうどいい」
「そうだよ。森で意地の悪いことをする人がいるって友達も話してたもん」
「貴方みたいに根に持つタイプじゃないといいわね。ゲームのルールに沿っていても。嫌がらせしてくる人はいるみたいよ」
「私はちょっとやりすぎだと思うわ。攻撃されたって言っても、ちょっとした嫌がらせじゃないの」
一人教会送りにさせてしまったことまで話したが、こいつらはユニークボスでも倒したらそのくらいはすぐ元に戻ると思っているので笑って流している。
戻すのに三週間かそれ以上かかるということは言わないでおいた。
元気のない俺を、気にしてるのかしらねとか言って気にかけてくれるのだが、それがちょっと心苦しい。
まあいい。狩場の独占なんてシステム的に無理なことをしていた方が悪いのだ。あの間抜けたちにも、もう少し効率的なランク上げについて考える機会を与えてやる奴が必要だった。俺はそう結論する。
しかし俺の気分は晴れなかった。時間をかけてランクを上げ過ぎたせいで、きっと奴らも失敗しながら覚えるというゲームの基本に立ち返るのは難しいだろう。
このゲームはネットで調べることができないから、自分でやってみなければ、何もわからないままだ。その状態はまさにカモとしか言いようがない。
そうやって悩んでいたが、風呂にゆっくり浸かったら悩みもきれいに消えて、俺はテレビでも見るかとソファーに座った。アイリとクレアの間に座ったので非常に窮屈だった。
アイリが蒸かしたまんじゅうをくれたので、三人でそれを食べながらテレビを見ることになった。
「もう休暇は十分なんじゃないのか。そろそろモンスター退治が恋しいだろ」
「そんなことないわ。ああしろこうしろと言われないから、とても気が楽なのよね」
「そうそう、アイリの言う通りよ。いつもうるさいこと言われるから、とても静かに感じるわ」
「タクマたちなんか、俺の助言がありがたいって涙まで流して喜んでるってのに、その態度は何なんだよ」
「嘘はよくないわ」
「そうよ、嘘はやめなさいよ」
そこで夜のニュースがテレビで始まった。テレビ局なんてどこにあるのか知らないが、狭い世界だからきっと王都のどこかにあるのだろう。ニュースの内容もかなり狭い範囲の話題ばかりで、世間話くらいのネタしか流れない。
そして今日のニュースの話題は俺だった。このニュースに取り上げられるのも慣れてきたが、今日の取り上げられ方は良くないものだった。
黒い噂が絶えないと、目隠し入りで何人かのインタビューが流れる。最初の一人は今日の森でひと悶着あったパーティーの一人だ。ド畜生だと俺のことを罵っている。
俺にも目隠しが入っているが、着ている鎧を見れば俺しかいないと誰もが思うようなずさんな身元の隠しかただ。
何人かのインタビューが流れたが、どれも俺を非難するようなものしかない。
ドラゴンを倒し武闘大会で優勝した輝かしい話は、本人の特定を避けるための配慮とでもいうのかまったくなされない。
やっと俺の肩を持つ意見を言っているものが現れたかと思えば、それはアンだった。目を隠されていてもはっきりとアンであるとわかる。それにコウタも悪気はないんでしょうけどねなどと俺を論評していた。
そして最後に紹介されたインタビューで答えていたのはアイリとクレアである。アイリは「人の気持ちもわからない子供よ」と言い放ち、クレアは「放っておけば魔王に取って代わって世界を支配しようとすると思います」なんて答えている。
そして二人は、今もそいつの悪口を言っていたところだと口々に言った。
「はあ、俺も素敵な仲間を持ったもんだよなあ。おい、クレア」
「別に、そのくらい言われたってしょうがないことしてるじゃない」
謝るかと思ったらクレアは開き直った。陰口のつもりもないのだろう。そして次はアイリを問いただそうと思ったら「お風呂に行くわ」と言って、立ち上がった。
「おい、俺に文句も言わせないつもりかよ。お前は卑怯者だな。どんな悪口を言ってたんだ」
「私があなたについてそんなに酷いことを言うわけないじゃない。ちょっとしたことよ」
そう言いのこして、アイリは行ってしまった。
「本当に俺は仲間に恵まれたよな。あいつはあやまる気もないらしいぜ」
「そんなに怒らなくてもいいでしょ。それよりも悪名が広がりすぎなんじゃないの」
「最近、色々なことが重なったんだよ。それに悪名を広めてる張本人にそんなこと言われてもな」
「こんなふうに使われるなんて思ってなかったのよ。話しかけてきた人も水晶玉のようなものを持っているだけだったの。その女の人がもの凄く話し上手で、ついつい喋っちゃったわ」
「はあ、ごみ拾いでもしたら少しはましな噂が流れるのかな」
「ふふっ。なによ、気にしてるの」
「そりゃそうだよ。最初はキャーキャー言われてたのに、最近じゃ顔を引きつらせて逃げられるんだぜ。それに追い打ちをかけるように、このニュースだ。たいていの奴はこれを信じるだろ」
「たいていは正しいことを言っていたじゃないの」
「俺のことを、そんな風に思っていたのかよ」
「ちがうちがう、あっ、あれよ。その……」
「なんてな。そんなことで怒るかよ。むしろ嬉しいくらいだぜ。やっと俺の力が知れ渡って、恐れられるようになってきたんだ」
「嫌われるようになってきたって言うべきなんじゃないの」
「同じことだろ」
「ぜんぜん違うわよ。評判には気を付けた方がいいわ」
「お前まで説教するのかよ。今日はタクマにも説教されてまいってるんだよ」
「やっぱり涙を流してユウサクのアドバイスをありがたがってたなんて嘘だったのね」
「ランクが低いのを馬鹿にしたから怒ってただけだよ。お前は今日一日何してたんだ」
「散歩して、市場を見て、午後はアイリとセルッカの方に行ったわ」
「それで、アイリとはどんな悪口で盛り上がってたんだよ」
「ユウサクは私たちのことを煙たがってるから、そのうち外でやるのが楽しくなって戻ってこないんじゃないかって話してたのよ。ミサトさんたちの所でやるのが楽しかったら、簡単に私たちのことなんて見捨てるんでしょ」
「俺がいなくても困ることなんてないだろ。それに、こっちは俺の考えた最強のパーティーだぜ。使い道があるうちは捨てたりしないよ」
「ふーん」
「しかもさ、聖騎士のパーティーって敵の攻撃避けたりしなきゃいけないから、最初は面白かったけどめんどくさいんだよな」
「私が普段どれだけ大変なのかわかったでしょ」
「いや、そういうことじゃねえよ。お前はただ突っ立ってるだけでいいんだ。それを一生懸命に動くから俺の負担になるくらいだぜ。そんなシャカリキになる必要はないんだ」
「敵の攻撃を避けなかったらダメージを受けちゃうじゃない」
「そんなのはワカナが回復すんだろ。攻撃だって俺とモーレットの仕事だ」
俺の言葉で初めて自分の損な役回りがわかったのが、クレアは納得できないような顔をした。
「私の仕事はなに」
そう言って、俺の隣に座ったのはリカだった。
「自分の横についてる文字がわからないのかよ。パーティーを戦略的に動かすのが仕事だろ。今のところ俺たちをハラハラさせてるだけだけどな」
「すぐHPが真っ白になるからコシロもハラハラさせてる」
「だけどドラゴンを軽く倒すくらいの仕事はしてるだろ。あんなのほとんど俺一人で倒したようなもんだぜ」
「また思いあがったことを言ってるんだね。ユウサク君だけなら一瞬で倒されて終わりだよ」
ワカナがやってきて言った。そしたらリカがワカナに席を譲り、自分は俺の足の上に座った。恐ろしくとがったケツをしているから太ももが痛くて痛くてたまらない。
「あの、リカの胸を揉んでるように見えるんだけど……」
クレアがつまらないことを気にして言った。
「まあな。こいつが俺を椅子と間違えたら揉んでいいことになってるんだ。それよりも、こいつを足の上にのせてみろよ。めちゃくちゃとがったケツしてるぜ」
俺がリカを持ち上げてクレアの太ももの上に乗せたら、悲鳴を上げながら足を引き抜いた。
「な、めっちゃ痛いだろ」
「いったいどうなってるのよ。アイスピックを突き立てられたみたいよ」
「心外」
「じゃあワカナの上にも座ってやれよ。マジでふざけたケツしてるぜ」
「え、私はいいよ」
同じようにリカが嫌がるワカナの上に座ったら悲鳴が上がった。風呂から上がったアイリもひときわ大きな悲鳴を上げていた。
そんな風にして遊んでいたら、いつのまにか寝る時間になっていた。ここでの生活は寮生活のような楽しさがあって、本当に退屈しないで済む。
それにしても、いつまで休暇は続くのだろうか。どうもクレアたちがお金を使い果たさないと、いつまでも続きそうな感じがする。
特にワカナあたりがお金を使いもしないから、いつまでも遊んでいそうな感じがある。外食もせずにお金のかからない趣味に夢中になっている。
お金持ちはお金を使わない奴だという格言を地でいくワカナは、いつまでもモンスター退治をやる必要性には迫られなさそうだ。
そしてモーレットはいつになっても帰ってこない。アリスたちと一緒にいるのが楽しいのだとしても、いくら何でも顔も見せに来ないのはおかしい。
そのうち様子見にでも行くかと考えながら、この日はそのまま寝てしまった。
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