闇の王

塔ノ沢渓一

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黄金の館

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「どうです。さっそく役に立ったでしょう。私に知らない事なんてございませんぜ。それで奴隷である私と、私の妻にまで服を買ってくださるのは結構ですがね。こんな立派な毛皮の服なんて必要でしょうかね」
「妻にすることにしたのか」
「そりゃ、他に抱ける女もなくて一緒に暮らすことになるなら妻でしょう。これから生涯、この二人だけで我慢しなくちゃならないんだ。まあまあマシな顔のが買えましたがね」
「結構いいのを買ったじゃないか。俺には美人に見えるぞ」
「人間に小人族の良し悪しはわからんでしょう。こっちのお嬢さんはなかなかの美人だ」
「私は人間よ」
「そりゃようござんすね。うらやましいこった。奴隷じゃないってだけでうらやましい」

 このうるさいルイスの案内に従って、砂漠を黒亀蟲で移動しているところである。
 簡単な地図を買っただけで、ルイスはそこに水脈の位置を書き込み、これに沿って行けば間違いないと言い切った。
 選んだ小人族の女性をルイスは自分に管理させてほしいと言ったが、奴隷は主人になれないらしいので、俺が主人で契約している。
 非力すぎて何もできないと言われたが、家の掃除くらいは任せられるだろう。

 途中でセントールの村に寄ってコメを見つけたので、北から持ってきた果物が蝦蟇の中にあったのを思い出し、それと交換してもらった。
 この世界に来てから初めて見るが、これは間違いなくコメである。
 果物が入っていた木箱に入れて、厳重に封をしてから蝦蟇の中に戻した。
 そこから三時間も移動すると、ぺんぺん草しか生えないような土地から、完全な砂漠地帯に入った。

 水脈に沿って移動しているだけあって、それなりに村や街などがあるが、新幹線のようなスピードで走っているから一瞬で通り過ぎる。
 この水脈があるルートは皆が通るのだろう。地面にはいくつもの車輪の跡が重なっていて、妖魔の石などは落ちている気配すらない。
 砂漠ではオアシスからオアシスへと縫うように移動するものらしい。

「あれがそうじゃありませんか、旦那」

 日も暮れかかる頃になってルイスが叫んだ。
 その頃には、皆が黒亀蟲の上に作った日よけから動けなくなってしまっている。
 いくら水を飲んでも砂に反射する日光だけで耐えがたい暑さだ。
 しばらくして砂漠の中に高い塀で囲まれた黄金の宮殿が見えてきた。

 宮殿の周りには旅人用の宿などを提供する小さな村まであった。
 門の前で黒亀蟲を仕舞って声を掛けると、奴隷によって重厚な門が開かれた。
 中に通されると、プールや植物の生えた庭園が広がっている。
 一日中、黄色い砂ばかり見てきたから、その緑に感動すら覚えた。

「夢でも見ているようですね」
「なんでも黄金を掘り当てたとかいう話でしてね。昔の川底に溜まっていたのをがっぽりと見つけたらしいですよ。つまり、驚いたことにね、このあたりは昔砂漠じゃなかったってことですよ。この宮殿の下には今でも黄金が眠ってるなんて言われています」

 滝つぼなどで岩の下に、流れてきた砂金が溜まるという奴だろう。
 今は地下に流れている水脈も、昔は川になっていたに違いない。
 出てきた男にベルトワールの名を告げると、俺たちは豪華絢爛な宮殿の内部に案内された。
 通路を抜けると、天井が二階建てくらいもあるすさまじくひろい部屋に通される。

 砂漠だけあって建物の内部には柱しかない。
 誰かが魔法でも使っているのか、建物の中は涼しかった。
 北にはないが、もしかしたら魔石を使って室温を下げるような装置でもあるのかもしれない。
 部屋の壁際には、古今東西の品物が飾られて、並の金持ちではないことがわかる。

 その部屋の真ん中で、ソファーの上で横になっていた男に出迎えられた。
 豪華な身なりをしているが、歳は俺と変わらないくらいだろう。
 その男の戦闘力が700もあることにまず驚いたが、その後ろにいる私設傭兵団のような奴らでさえ戦闘力が400を超えている。

 しかも、その面子がそこら辺の駆け出し冒険者よりも若いことに驚かされた。普通はこの戦闘力に到達するまで、20年かそこらはダンジョンに通う必要があるはずだ。
 10代か20代で、そこまで育った妖魔を持っているというのが不思議である。
 ナタリヤやヘンリエッタのような例もあるから、何かしらダンジョンの魔物を倒す手段さえあれば可能な範囲であるとも言える。

「キャラバンも組まずに、このような辺鄙なところまで、よくぞ来てくださいました。さぞかし腕に自信がおありなのでしょうね」
「キャラバン?」

 俺が素朴な疑問を口にすると、目の前の男は驚いたような顔をした。

「砂漠について何も知らないのでしょうか。このあたりは山賊なども出ますから、10~20程度の馬車で隊列を組んで移動するのが一般的です。まさか空を飛んでやってきたわけでもないのでしょう?」
「私どもはオスマンより黒亀蟲に乗ってやってきたのです。私がこの宮殿の噂を耳にしたことがありましてね」
「ほう! するとやはり、私と取引をするためにいらっしゃったと見てよろしいのですかな」
「まあな。なにか目ぼしい妖魔はあるか」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ、旦那。取引は私にまかせていただきたい。砂漠では、そんなふうに焦って取引するようなことはしないんです。旅人はまずもてなしを受けて、その後で和やかな会話をしてからね、そこでやっと商売の話をするんです」
「やはり北から来た御仁でしたか。こんな何もないところでは、相手を信用するのが難しい。コップ一杯の水で殺し合いが起こります。だから、まずは余っている水を分け与え、一緒に飢えと渇きを癒すのが習わしです」

 宮殿の主が手を叩くと、宴の準備が始まった。
 見たこともない楽器による演奏で音楽が鳴り、床に円を描くようにクッションが並べられ、その中心に水と食べ物が置かれる。
 そのクッションに座ると、美しい奴隷たちが一人一人の横について、食べ物や水を差しだしてくれる。

 視線がどうしてもさらけ出された胸に行ってしまうが、それはエリオットやルイスも変わらない様子だった。
 俺は毒でも飲まされないか心配で、奴隷たちの状態表示におかしなところがないか確認する。
 ふわふわした気分になっている時が一番危ないのだ。

「どうしてこのような辺鄙なところにお住まいなのですか」

 食事が始まったところでエリオットが切り出した。

「自分の資産を守るには、このような形が適しているのです。それに、この場所は私が金鉱を掘りあてた記念の地ですからね。とはいえ、期待されても、もう地下の鉱脈に金は残されておりません。この家の地下には鉱脈を掘った後の洞窟があるのみです」

 そんな話をしているうちに、俺のレベルが一つ上がった。
 どうやら地下の洞窟には魔物が湧いているようだ。そしてそれを、どのような方法か知らないが殺せるようにしているらしい。

「地下にも兵士を置いているのか」
「いいえ、どうしてそのようなことを聞かれるのでしょうか」
「魔物を倒した時に得られる、魂の糧を得ているような感覚があったんでね」
「ほ、ほう。貴方にはそのようなことまでわかるのですか。バレてしまったので話しますが、地下には魔物を自動的に殺す罠が設置されております。ご存じでしょうが、私には妖魔を集める趣味がありましてね。折角、それを手に入れても、育てるためにダンジョンにかかりきりということになってしまうのではつまらない。そこで罠を設置しているわけです。地下水で竪穴に落としているだけですがね。思った以上に上手く行っていますよ」

 要するにゲームで言うところのトラップタワーのようなものを、足元の地面の下に作ったのだ。
 確かに、いくら妖魔を集めたところで育てなければ恩恵は少ない。
 後ろの兵士たちも、そのおかげでレベルを上げて、妖魔を育てているのだろう。

「それで、どんな妖魔を持っているのか教えてくれないか。そろそろ商売の話を始めてもいいだろ。あいにくこちらが売りに出せるものはないが、強いのを買いたいと思っている」
「もちろん、お売りするのは構いませんが、一つ条件を出させていただきたい。なに、条件と言っても簡単なものです。なにか希少な妖魔を見せてはいただけませんか。もちろん、そう簡単に見せられるものでもないのをわかっていますが、口外はしませんし、悪用するつもりはありません。それだけが唯一の楽しみなのですよ。もちろん黒亀蟲を見せていただけるだけでも取引は致しましょう。しかし、もし私が驚くような妖魔を見せていただけた暁には、それに見合った妖魔をプレゼントして差し上げます」

 俺たちは顔を見合わせることとなった。
 これはマリーの同類であるから、妖魔を他人に見せるリスクも理解しているだろうし、そのうえで、リスクに見合うだけの妖魔を寄こしてくれそうな気がする。

「希少な妖魔を見せるに見合ったプレゼントなんだろうな」
「プライドに賭けて、それ相応のものをお渡しすると誓いますよ」
「なら、ここじゃちょっと狭すぎるから、外に行こうか」

 俺の言葉に、館の主は子供のように無邪気な笑顔を見せた。
 金鉱を掘り当て、金に飽かして妖魔を集めるだけが趣味の青年であるようだ。こんなことならマリーを連れてくれば話が簡単でよかった。
 外に出たら、まずは俺の黒亀蟲と奈落を呼び出す。
 そうしたら、大喜びで奈落について質問を浴びせてきた。どうやら黒亀蟲は既に見たことがあるような様子だった。

 どのくらいの力があるのかだとか、自分を持ち上げさせてみて欲しいだとか、まるで子供のように奈落にじゃれついて遊んでいる。
 まさかこれほどの妖魔を持っているとはなどと言って、ルイスも一緒に驚いた様子だった。

「これはすばらしい。これならばA級の妖魔を差し上げましょう」
「いや、まだ終わりじゃない。おい、ローズマリー。ちょっと雷鳴鳥に乗せて、そこら辺を飛んできてやってくれないか」
「雷鳴鳥ですか!?」
「旦那、それも私には初耳ですよ」
「ちょっと! 勝手に喋ったら駄目じゃない」

 ローズマリーは怒ったが、こんな砂漠の片隅から情報が外に出ることを恐れてもしょうがない。一番近い都市まで数百キロは離れているのだ。
 それでひとしきり雷鳴鳥で遊ばせたら、宮殿から離れたところで二人きりになり、使い魔を作り出して脅しをかけておくことも忘れない。
 口外すれば、私設の兵士もろとも命はないと告げると、宮殿の主は震え上がった。

 この大陸で血界魔法による脅しはよく効く。それまでの魔法ではありえない効果が発動することから、未知の力として映るのだ。
 というよりも、体の一部をコウモリなんかに変えられたら人間とも思えないだろう。
 きっと悪魔か何かに見えるはずだ。

「口外したことなど過去にありません」

 脅しが済んで、涼しい宮殿の中に戻り、冷えた水を飲みながら一息ついていると、奴隷が座布団のようなものの上に乗せられた妖魔の石を運んできた。
 中には青い蛇のようなものが入っている。
 それを見たエリオットとルイスが叫び声をあげて驚いた。

「どうやら、驚かされた仕返しが出来たようですね」

 そんな二人の驚く様子を見て宮殿の主はしたり顔である。
 しかし俺とローズマリーは、二人が何に驚いたのかわからない。

「これはどういうもんだ」
「虚無と呼ばれる蛇です。これ一つでは役に立ちませんが、制約と呼ばれる蛇を手に入れると、無限の妖魔になると言われています。魔力を生み出すことができる、まさに無限に魔法を生み出すと言われる妖魔です」
「実際には、そう何度も連続して使えるわけではありませんですた。一日に二度が限界といったところです」

 どうやら、この男はその無限の妖魔を既に取得している様子である。
 そこまで希少な妖魔を、俺に集める手立てなどあるだろうか。マリーに頼んでも無理ではないかという気がする。
 妖魔は数が多すぎて、一つに狙いを絞って集めるとなると、それこそ奇跡と言われるくらいの確率になるはずだ。
 だからその片割れだけとなると、たぶん価値などあってないようなものだ。

「だけど、一つじゃ役に立たないんだろ」
「それでも、この世で最も価値があると言われる妖魔の片割れですよ」
「おや、あまりお気に召しませんでしたか。確かにそれだけでは役に立ちませんからね。それでは、私のコレクションから一つ最上位の物を差し上げましょう」

 見せてもらった妖魔の中から、エリオットと相談してSクラスの妖魔である侵蝕を選ぶことにした。
 体に取り付く病原体の一種で、体を侵食する代わりに力を授けてくれるという妖魔である。
 浸食された部分はダメージになるので、使いすぎれば命を失うことになる。
 俺が覚えるのに良さそうだが、剛力の能力があるから必要でない。

 相性がいいのはナタリヤあたりだろうか。体を蝕むというのは本当に体の細胞が死ぬことを意味しているから、回復魔法が使えないナタリヤとの相性は悪い。
 しかし、俺の近くで使わせれば大丈夫だろう。
 これで大体のところは揃えることができた。
 宮殿の主が持つ妖魔はどれもSクラスばかりで、そこまでの額を出して俺たちに使えそうな妖魔は他になかった。

 これで砂漠ですべきことは終わり、ベルナークに帰ることができる。
 泊めてくれると言われたのを断り、俺たちは深夜まで雷鳴鳥で飛んで王都に戻ってきた。
 そのままローズマリーの魔力が回復するのを待つために王都で宿に泊まる。
 ルイスとアン、リンまで増ええたのに、雷鳴鳥は何事もないように飛んでいた。



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