闇の王

塔ノ沢渓一

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カモ

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 夕食を食べ終わった頃、一人の来客があった。
 彼はロバート・オルグレンと名乗った。家名が付くという事は貴族である。
 アリシアがそつなく客間に通したので、俺は街で買った安物の服で彼と向き合うことになってしまった。

「夜分に失礼いたします。オルグレン家次男のロバートです。以後お見知りおきを」
「それで、どういったご用件でしょうか」
「そうですね。夜も遅いことですから、冒険者風にいきなり本題から話すなんてのもいいでしょう。私は龍の城というギルドを経営しています。今日は貴方に参加資格があるとみなして、その勧誘に来ました」

 参加資格があるとは大きく出たものだ。
 しかしテストとかいう話になるなら、俺は受けることができない。

「俺は自分の能力を他人に見せる気がありません。それでも参加資格は得られるのですか」
「これは珍しいことを言う。冒険者というのは誰でも自分の力を誇示したいものではありませんか。それを見せられないとなると、それだけの理由があると勘ぐられてしまうことになりますが」

 この世界では珍しい、なかなかに頭の回る男だった。
 こういう奴に嘘をつくのは得策ではないだろう。

「まあ、そういうことになりますね」
「龍の城というギルドは貴族も多く参加し、宗主の討伐を最終的な目標にするギルドです。今回、貴方が持ち帰った中核は、貴重な武器となり私たちのギルドでも役立てられることでしょう。失礼ですが、貴方が今所属しているギルドではすべてを買い取ることもできず、また武器にしてもそれを使う冒険者は所属していない」
「そういうものなんですか」

「そういうものなのです。貴方が所属しているグリーンランドというギルドは日銭を稼ぐためのギルドです。私のギルドは違います。龍の城は宗主の討伐を目的とする者たちが集まり、それをサポートするギルドです。貴方は貴族ではないのですか」
「違いますけど。貴族だと何かあるんですか」
「宗主を倒してこそ、家の力を世に示すことができます。家の力を証明できなければ、戦争においても軽んじられ、新しい制覇者に立場を譲らなければなりません。戦争がない今だからこそ余計に宗主の討伐は重要なのです。それに宗主を倒して得られる力は、領土を治め、戦争で戦うために必要なものです」

「それで俺にどう関わってくるのですか」
「貴方は宗主を倒しました。小さいとはいえ、制覇した者の一人です。私のギルドでも多くのものが、貴方にアドバイスを求めたいと考えているでしょう」
「俺も貴族の仲間入りだということですか?」
「あのサイズでは、まだ無理でしょう。しかし、その若さで宗主を倒すとなれば、いずれ必ず関わってくることになる話です。今回は私どもが加入を求める立場ですので、特別に試験なしで加入資格を認めてもよろしい」

 断るのも難しい話になってきた。
 第一、アドバイスを求められたらなんと返せばいいのだろうか。
 敵は妖魔で倒す。妖魔についてはマリーに聞け。とでも言えばいいのだろうか。
 肝心なことについては何もしゃべることが出来ないのだ。

「この家については誰から聞いたんです」
「クリントという男が、自分のところで買った奴隷のおかげで活躍できていると吹聴しておりました。異国の大商人を親に持つ道楽息子とも言っていましたが、私には根っからの冒険者に見えます。すべてはその男から聞きました。猫人族とエルフを連れている黒髪が噂になっていれば、貴方にたどり着くのも、そう難しい話ではないのではないでしょう」
「なるほど」

 クリントの奴は、俺に何か恨みでもあるのだろうか。
 だけどこれで金の出所について不審がられることはなくなるかもしれない。

「今日決めろというのも難しい話ですから、明日またお伺いしましょう。貴方が新しいダンジョンをどうやって見つけたのかはわかりませんが、龍の城の専属魔術師はダンジョンの高層階への転移門が使えるというだけでも悪い話ではないという事を忘れないでいただきたい」

 それだけ言い残して、ロバートは外に待たせていた馬車に乗って行ってしまった。
 護衛は外に待たせていたようだった。
 護衛を中に入れなかったのは、俺を気遣っての事だろうか。悪い奴には見えないが、質問を受けるという事自体にリスクがありすぎる。

 しかし、よくよく考えてみれば、俺が今所属しているギルドでも、明日になれば有象無象から山のような質問を受けるに違いない。それならまだ、龍の城のような少人数の会員制ギルドのようなものの方が安全ともいえる。
 その後は風呂に入って寝た。

 次の日は部屋に飛び込んできたアリシアの大声で目が覚めた。
 俺を起こしたアリシアは、俺と俺にしがみついているローレルを見て固まっていた。
 俺はローレルをベッドに残して着替えた。
 一階に降りると玄関のところに、髭面の男が立っていた。

「はじめてお目にかかります。王都の一番街で交易品を取り扱う商館をやっております。リンベルと申します。本日は特別な品々をお持ちいたしました」

 クリントの野郎は、まだ俺の住所を宣伝して回っているらしい。そろそろ本気でやめさせないと牢屋に入れられる日もそう遠くはない気がする。
 リンベルは俺が何を言う前に、玄関先に商品を並べ始める。そして、それを端から説明し始めた。
 今度は椅子があるところまで通してから話を聞こうと後悔していたら、ローレルが気を利かせて椅子を持ってきてくれた。その椅子に座ってリンベルの説明を聞く。

「これはチョコレートと呼ばれるお菓子であります。王都でも最近並び始めた希少な品です」
「チョ、チョコレートがあるんですか!?」
「え、ええ、ご存知でしたか。それでは、おひとつどうですか」

 食べてみるとそれはカカオとは違った香りがする。しかし味は、まさにチョコレートだった。

「いくらですか」
「こちらはご婦人方に大人気でして、大変貴重な品になりますから金貨二枚となります」
「10箱ください」

 商人は気持ち悪いくらいの笑顔になった。
 しまったカモられたかと気づくがもう遅い。俺の横にはチョコレートの箱が10箱積み上げられた後だった。しかもひと箱がかなり大きい。
 次からは必ず値切り交渉をしようと心に決めて、次の商品の説明に耳を傾ける。
 相手は大商人なのだ。海千山千の猛者だと思って間違いない。



 気が付いたら俺は金貨を100枚ほど使っていた。
 家の中には豪勢な絨毯が敷かれ、食器類は陶器と銀製になっている。
 そして椅子もテーブルもクッションの付いたひと回りいいものに変えられてしまっていた。
 ここに来てやっと疲れが見えてきたリンベルが最後の商品を説明しはじめた。

「この髪飾りは翡翠で出来た高価なものになります。ですが貴方様は独り身のようですので必要ありませんね」
「いや、二つ買いますよ」
「それは、もしや奴隷に買い与えられるのですか」
「そうですが」
「それはおやめになった方がよろしい。貴方の生れ育った国がどうだったかは存じませんが、この国でそれをやるのは評判を落とします。着飾った奴隷など連れて歩くのは外聞が悪いのです。さすがに商人である私も、これはお売りするわけにはいきません。私の良心だとご理解ください」

 少しカチンときたが、本当に俺のことを考えてくれているような口ぶりである。
 何か禁忌となるような理由があるのだろうか。
 そしてリンベルは瞬く間に広げた荷物を片付けて出て行った。それと入れ違いに次の商人がやってくる。今度は服の仕立て屋だという。
 俺から金貨50枚をせしめた服屋が帰った後にやってきたのは、俺が今一番会いたいと思っていた男、クリントだった。

「色々と喋ってくれたようだな」
「そんなに邪険にしないで頂戴。大方、商人たちにやられたんでしょう。ああいうのは、家に入れたらだめなのよ。普通はメイドに断らせるの。メイドなら主人の言いつけは絶対だから、意地汚い商人たちと言えども諦めるわ。それで今日は、私のところで一番美しいメイドを連れてきたのよ」
「戦えるのか」
「それは無理よ。そっちの才能はゼロね。だけど家のことについてはすべてを任せられるわ」
「若すぎるような気もするけど」
「二年も待てば女になるわ。お茶を入れて来てくれるかしら」

 クリントは自分が連れてきた奴隷にそう言った。
 メイド姿の奴隷は失礼いたしますと言って、迷いもせずにキッチンに入って行った。そして五分もしないうちに湯気の立つお茶とカップを2人数分持ってくる。
 彼女が入れてくれたお茶は、ローレルやアリシアが淹れたものとは比べ物にならない。

「どこに、こんないいお茶の葉があったんだ」
「キッチンにあったものよ。特別なものは持たせてないわ」
「温度と蒸らす時間によって、お茶の味と香りは決まります。皆は煮えたぎったようなお湯で淹れますが、もっと下げた方がずっと美味しくなるのです」

 お茶を入れた彼女は、自分の手柄に誇らしげな様子だった。

「気に入ったかしら」
「ちょっと口数が多いな」
「そうかしらね。でも、すごい美人になるわよ。金貨400枚」

 俺はすでに今日だけで金貨150枚も浪費しているのだ。このうえ、さらに400枚も使わせようというらしい。
 しかしクリントもよくこんな俺好みのど真ん中を見つけてきたな。
 黒髪ロングに透き通るような白い肌、意志が強そうな瞳、そして理性の光る表情をしている。

「あら、いい服を着させてもらっているじゃないの。ね、アタシの言う通り男なんてイチコロだったでしょ。アタシが言うことに間違いはないのよ」

 隣ではクリントが、ローレルとアリシア相手にそんなことを話している。
 クリントの言葉に二人は頷き合っていた。
 そんなのはクリントの手柄ではない。二人はツラからして最初から反則級だったのだ。
 まあいい。ダンジョンの探索と家の仕事を二人にやらせるのは気が引けていた所だ。
 買うと告げるついでに、俺はさっきのリンベルに言われたことを聞いてみた。

「奴隷というのはね、線引きが重要なのよ。あくまでも所有物なの。まあ、そこら辺の貴族みたいに使い捨てなんてのは論外だけどね。貴方は大切にするから一番いいのを紹介したくなるのよね。差別意識がとても薄いように見えるわ」

 そりゃそうだ。俺は曲がりなりにも文明国からやってきた人間である。
 こんなこと言いたくないけどと前置きしてからクリントは続けた。

「だけど奴隷の言いなりになって身を崩してしまうような人もいるのよ。奴隷くらいちゃんと使えないと信用が得られないわ。流されやすい人に多いのよね。でも、安心しなさい。アタシは貴方にそんなあくどい女を紹介したりしないわ」

 どのツラさげてそんなことが言えるのだろうかと思うが、俺は何も言わないでおいた。奴隷に余計なことを吹き込んで、主人を篭絡させるようなことばかり吹き込んでいる迷惑な男である。
 金を払うとクリントはあっさりと帰って行った。
 俺は新しく増えた家の住人であるエリーに、もう誰も家に入れないでくれと言いつけた。

「買い物なんかも頼んでいいのかな」
「もちろんです。お得な買い物ができるよう算術も小さい頃より習っていました」

 俺はしばらく分の食費をエリーに渡した。
 家事に必要なものも買っていいと伝えておく。
 それで横になっていたら、あっさりと客人ですと言ってエリーがやってくる。
 俺がエリーに恨みがましい目を向けると彼女が言った。

「商人ではございません。会っておいたほうがよろしいかと」

 客間にいたのは確かに商人ではなかった。

「これが買取できない分の中枢になります。それでギルドの方はお移りになりますか」
「そうしようと考えてます」
「そうでしょうな。それでは籍だけでも置いておいてはもらえないでしょうか。買取のカウンターはいつ使っていただいても構いません」
「わかりました」

 そのやり取りの後にやって来たのは、龍の城のオーナー、ロバート・オルグレンだ。
 俺は適当に移籍するとだけ伝える。

「それは良かった。それにしても中枢をこんなところに置いておかれるとは、盗まれない自信がおありですかな」
「さっき届けられたんですよ」
「どうでしょう、うちのギルドに買い取らせてはいただけませんか。うちで使っている武器屋に卸します。中枢の武器はそう簡単に買えるものでもありませんから、貴方も買うこともできるでしょう」
「なら、それでお願いします」

 ロバートを見送った俺は、さすがにもう人に会いたくなくて二階の部屋に引っ込んだ。
 今日はもうダンジョンに行く気も起きない。
 金貨数百枚が一日も立たずに消えたことに眩暈すら感じている。
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