闇の王

塔ノ沢渓一

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女騎士

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 ベルナーク家のお抱えであろう騎士を前にして、俺は途方に暮れていた。
 彼女の怪我を直してやることは出来るが、それをやると確実にブノワ邸で盗みをしたことを知られることになる。
 彼女の仲間であろう騎士たちは、薄情にも逃げた山賊を追ってどこかへ行ってしまった。
 そういう決まりになっているのか、訓練でそう仕込まれているのか、助からない味方を助けることよりも山賊討伐の方を優先しているようだ。

「どうだ、頼めるか」
「喋らないほうがいい」

 俺は慌てて彼女の傷口を押さえた。
 はみ出していた内臓も中に入れて、圧迫止血によって延命を図る。
 周りには誰もいないから気絶でもしていてくれたら助けられるのに、日ごろの鍛錬の成果なのか、彼女は失血の割りに意識はしっかりしている。

「無駄だ。ここまでやられたら、もう助かる道はない。それよりも遺言を頼みたい。私はベルワール家の筆頭騎士だ。伝えてくれたら礼も出るだろう」
「おい……、アンタは秘密を守れるか」
「なにを……?」
「秘密を守れるのかと聞いてるんだ。そうしたらアンタの命を救ってやる。これから見るものを誰にも言わないと誓えるか」

 いつ死んでもおかしくない急ぎの状況だというのに、彼女は俺の言葉を理解しているのかいないのか返事さえしなかった。
 いくら押さえても出血は止まらずに、血界魔法で手首から先を流体化させて薄く延ばし傷口から中に入れて裂かれた内臓を押さえる。
 彼女からは死角になっているので見えないだろう。
 しばらく見つめ合っていると、彼女が視線をそらした。

「おかしな奴だ。騎士は使える君主以外に誓いを立てたりしない。何よりも優先するのは騎士の誓いだ。そんなおかしな……」
「死ぬよりはマシだろ。なにも俺に仕えろと言ってるんじゃない。見たことを言わなきゃいいだけだ」
「……いいだろう。好きにしろ」

 女騎士の仲間が、馬でこちらに向かっている音が遠くに聞こえてきた。迷っている暇はない。
 俺は周りを見回して、誰の目もないことを確認する。山賊たちが的にしていた馬車はとうに逃げているし、クリントたちは馬車の中から出ていない。御者は目の悪い老人だ。クリントの連れてきた奴隷たちも、幌を張った馬車の中にいるからこちらは見えない。
 俺は持っている中で最も高級なポーションを大蝦蟇から取り出してそれを女騎士の脇腹にかける。

「ぐぅ……」

 煙を立てて回復しているが、顔色は改善しなかった。これだと失われた血液までは作り出せていないから生き残るかは半々だ。
 こうなれば最後の手段である。俺は仕方なく神代の回復魔法を唱えた。
 傷口は見る見るうちに塞がって、彼女の青ざめた顔色も元通りになった。

「なるほど……。大蝦蟇に万能なる霊薬、そして神代の回復魔法か」
「おい、冗談じゃないんだぞ。もしそれを次口にされたら俺はお前を殺さなきゃならなくなる」
「筆頭騎士であると言ったはずだがな。それができると―――」

 時間がなくて焦っていた俺は、彼女の悠長な喋りを手で無理やりに塞いで言った。

「できるさ」

 肝が据わっているのかなんなのか、彼女は俺の脅しに効いた様子がない。まあ山賊退治に命を掛けられるくらいだから、命を脅しくらいでは驚きもしないのかもしれない。
 しかし、もしこちらに向かっている騎士にでも話されたら、二人とも始末しなくてはならなくなる。
 彼女は俺の手を払いのけると真剣な表情を崩さずに言った。

「いいだろう。約束は守ろう。騎士の誓いを破ることにはなるがな」

 そこで一人の騎士が戻ってきた。

「ヘンリエッタ様!」
「ルークか。山賊どもはどうなった」
「森に逃げ込まれ、馬では追えなくなってしまいました。数人打ち倒したにすぎません。ジャンが足をやられて治療を受けています。それよりも、お怪我の方は……」
「なに、大したことのない傷だったようだ。馬車にいた魔法使いに助けられたよ」
「いやしかし、かなり深い傷に見えましたが……」
「見間違いだろう。そんな深い傷じゃなかった。そうだろう」

 いきなりヘンリエッタから話を振られて、俺は慌てて答えた。

「あ、ああ、魔法を軽くかけたら治ったよ」
「それは……、ヘンリエッタ様を助けていただきありがとうございました」
「罠を張ってるだろうから、深追いはさせるな。今日はベルナークに戻るぞ。ジャンの治療を終えたら準備させておけ」
「はっ!」

 報告に来た騎士が去っていくと彼女が言った。

「この私に騎士の誓いを破らせる男がいるとはな。大した奴だ」
「おい、俺はお前の四倍は強いぞ。俺の言ったことを忘れるなよ」
「騎士の誓いというのは命を懸けて守るものだ。なにを根拠に四倍と言ってるか知らないが、命を脅されたくらいで言いなりになると思わないで欲しいな。騎士の誓いを破るという言葉の重大さをわかってくれ。お前は王室の宝を盗んだのだろう。そんなことはどうでもいいんだ。私は王に使えているわけじゃない。むしろ感謝してるくらいだよ」
「王家が敵みたいな言い方だな」
「今は敵対していないだけだ。これからどうなるかなんて誰にもわからない」

 ずいぶんと独立意識が高いことに驚いた。地方にいる君主たちが、どこもこんな感じなのだとしたら影響力の薄い統治である。
 そんなことを考えていたら、ヘンリエッタは地面に転がった盗賊の死体を一か所に集めだした。かぎ爪のようなもので引きずり、手馴れた動作でなんの躊躇もなく死体を積み上げた。
 こんなことができる奴に秘密を知られたのかと思うと恐ろしくなってくる。

「どうした。顔色が悪いな。私の言葉が信じられないか」

 俺は血液からコウモリを作り出し、ヘンリエッタの上をくるくると旋回させてから霧にして消した。なんの意味もないが、脅しくらいにはなるだろう。

「まあいい、見張っているからな」

 そう告げると、初めてヘンリエッタの表情に緊張が生まれた。
 人間は未知のものに対して恐怖を覚える。仕組みを知らなければ本当に監視されていると考えるかもしれない。
 俺は彼女に背を向けて、韋駄天の能力を使いクリントの馬車に戻った。
 この脚力を見せただけでも、軽くあしらえるような相手ではないとわかるだろう。

 それから深夜になるまで移動してベルナーク手前の宿屋に入った。盗賊騒ぎで足止めを食ったから、その日のうちにベルナークには入れなかった。
 クリントも恐ろしい思いをしたから無口になっていて、お通夜みたいな雰囲気だ。
 俺はローレルとアリシアと共に、狭い部屋にすし詰めにされて寝かされた。

「ご主人様、狭いので体の形を変えてもらえませんかニャ」
「魔力を使い続けるから無理だよ」
「とんでもないことを平気で言うわね。もう少し口を慎みなさいよ」
「アリシアもこんな狭いところで興奮しないでくれ」




 そして次の日はいよいよベルナークに入る。

「やっと着いたわね。ご苦労様。それじゃしばらく私は仕事があるから、貴方は好きにしてて頂戴。今日の夜は時計台の近くの一番大きな宿をとるから、夜になったら来てくれればいいわ」

 それで数日間の自由な時間が出来たので、まずは街を歩いてみることにした。
 昨日、怖い思いをしたことなども忘れて、二人が楽しみにしているのが伝わってくる。
 俺たちは城門をくぐると、一番大きな通りから歩いてみた。
 しかし、俺にとってベルナークの街はそんなにいいもんじゃなかった。

 街の中央通りでは道端で奴隷が売られているし、道にはよくわからない汚物が溜まっている。そして狭い路地の奥には人間の死体すら転がっていた。治安などないに等しい。
 商店や露店などは活気があって、並べられているものにも興味を引かれるが、環境としては酷いものだ。
 大通りの先にはひときわ大きな建物があって、半地下の作りのカジノになっていた。

 カジノより先はかなり古い建物が多く、閑静な街並みになっている。
 そのまま街はずれまで歩くと、闘技場のような場所があって歌を歌っている女の人がいた。
 そこにいた人に話を聞いたら、ここは本当に闘技場で試合も行われるらしい。
 戦わされるのは戦争奴隷や冒険者で、召喚獣やモンスターなども出てくるそうだ。
 その後はいくつかのギルドを回って、転移門の魔術師に話を聞いてみる。

 転移門の魔術師はギルドで十年以上の経験を積んだ冒険者がなるもので、経験を積んだ冒険者の中から魔力の高いものが選ばれ、ギルドから魔法書が与えられる。
 収入はかなりの部分をギルドに取られるが、花形の職業であるそうだ。
 ある程度のレベルと信頼が必要な職業なのだろう。長年やっている老人が多いのも特徴である。だから、ここベルナークから繋げられるダンジョンについてもかなりの情報を持っている。

 冒険者で発展した都市だけあって、幾多のダンジョンに繋がる場所だ。
 その中で、悪魔族が多く簡単なダンジョンはないかと聞いて周るが、イビルアイがいるような場所は難易度の高さから近寄る人はいないようだった。
 一人だけ毎日のように冒険者を連れて行っているという魔術師の話を聞くことができた。

 連れて行くのはいつも一人で、そいつは街で一番腕のいい冒険者だという事である。その腕を見込んで騎士への勧誘もあったそうだが、自由な暮らしの方がいいと断ったそうだ。
 最難関のダンジョンに一人で挑むとは、とんでもなく豪胆な奴もいたものだ。
 とりあえずそいつの戦闘力を調べるのも込みで、直接話を聞いてみる必要があるようだ。

 それで一通りの観光は終わった。
 すさまじい数の露店に、カジノに闘技場、そして幾多の迷宮と、ここは農村部の街にはないものがそろっている。

「やっぱりこっちに引っ越してくるか」

 しかし、そのためにはこちらに家を用意しなければならない。
 俺の言葉にローレルたちはどうなんでしょうという顔で、乗り気ではない様子である。
 最初は楽しそうにしていたが、あまりの治安の悪さと汚さに気後れしているようだ。

 とりあえず引っ越すかどうかは置いておいて、俺はイビルアイのいるダンジョンに一人で行くという冒険者が所属しているというギルドに登録した。
 そのギルドで住んでる場所を教えてもらえないか尋ねると簡単に宿を教えてもらえた。

 行ってみると、かなり高級なレンガ造りの宿があった。
 そこの女将さんにナタリヤはどこにいると聞くと、三階だと教えてくれた。かなりの有名人なのか、誰に聞いても一発でわかる。
 三階に部屋は一つしかなく、ノックをすると中からけだるげな声が聞こえた。
 ドアを開けると、半裸の女がシーツにくるまりながらベッドの上に座っていた。

「イビルアイを一人で倒せるってのはアンタか」
「ん、まあね……」
「倒し方を教えてもらえないか」
「そんなの無理だよ」

 ナタリヤはボケっとした表情で全然強そうには見えない。額に角が生えているから鬼人族だろう。状態を確認すると、レベルは67で戦闘力は986と今まで見た中では驚愕の数値だ。
 確かに見たことがないほど高い数値だが、これで都市一番の冒険者というなら、今日から俺が一番を名乗っても間違いじゃない。

「それは企業秘密ってことか。金なら払うぞ」
「そうじゃないよ。そんな簡単にボクの間合いに入ってくるような腕じゃ無理ってことさ」

 なんのことだと考えていたら、次の瞬間には目の前に槍の穂先が現れた。
 それがナタリヤの突き出したものだと理解するまで一瞬の間ができるほど反応もできなかった。

「無礼な! ご主人様に槍を突き付けるなんて、何を考えているの。もう構いません。打ちのめして話を聞き出しましょう」
「そんなこと出来るわけないじゃないか。こう見えてもボクは……」
「面倒だし、私もアリシアに賛成ですニャ」

 アリシアとローレルの言葉に、ナタリヤの表情が変わった。明らかに殺気の籠った目つきになる。

「わからない奴らだなあ。怪我しなきゃわからないなら、わからせてあげるよ」

 ローレルとアリシアに殺気を向けられては、さすがの俺も動かずにはいられない。
 槍の穂先が動いたので、今度は見逃さずに俺は左に動いてアリシアを庇う。ナタリヤの放った槍は俺の左肩に刺さった。

「こいつッ、ご主人様に!」
「まて、動くな」
「へえ、今のは早かったね。とてもそんな動きができるようには見えないのにさ。そもそも、そんな剣を背負っているけど振り回せるのかい。見栄だとしたら愚かとしか言いようがないよ」
「もうちょっと大きくてもいけるけど、俺の体重だとこの大きさが限界なんだよ」
「そんな見栄を張って死ぬよりは、逃げた方がいいんじゃないのかな。今すぐ帰るなら命だけは助けてあげるけど」

 こうなったら上下関係をわからせてからじゃないと話し合いの余地もなさそうだ。
 まだ勝ったつもりでいるようで、槍の穂先が傷口をえぐるような動きを見せるが、流体化した体で掴んでいるので微塵も動いていない。
 すでに力の勝負になっているのだ。

 俺は槍を自分の体から引き抜いた。
 この時点でナタリヤの表情が変わっている。槍がまったく動かせずに驚いているのだろう。
 俺が槍を引っ張ると、シーツの中から下着姿のナタリヤが飛び出してきたので、俺はその喉首を掴んだ。

 少し力を込めると、一瞬でナタリヤの顔色が変色する。このままくびり殺してしまっては、ここに来た意味がないが、態度を変えないようなら危なっかしくてどうしようもない。

「かまいません。そのまま絞め殺して山に埋めてしまいましょう。ご主人様に槍を突き立てるなど許せませんわ。それとも殺す前に犯しておきますか」
「拷問するニャら場所を移したほうがいいと思います」

 二人は当たり前の顔でそんなことを言っている。
 とんでもない奴だが、それでナタリヤの表情が変わったので良しとしておこう。
 俺は死んでしまわないうちに締め上げている力を少しだけゆるめた。

「ず、ずびばぜんでじだ。おゆるじぐだざいぃぃ」

 あまりの豹変ぶりが笑ってしまいそうになるほどだった。
 ナタリヤは泣きながら命乞いを始める。同時にびちゃびちゃという音がして、お漏らしまでやらかすからたまったものではない。
 それにしても、最近はこんなことばかりやっているような気がする。こんなことを続けていたら、本当にアリシアの言う通りの魔王にでもなってしまうそうだ。



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