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討伐
しおりを挟む「もし、そんなものがあれば可能かもしれないな。その魔族が作り出したという魔法書ならば、神代魔法よりも希少な魔法を習得できるだろう」
ヘンリエッタは俺の説明に納得したような感じだ。
これはもしかしたら、穏当な理由で俺の力を説明できるかもしれない。
「そんな大したものじゃなくてさ。体の傷が勝手に治ったり、ちょこっとコウモリを作り出したりとか、そのくらいの簡単なものなんだけどな」
「嘘だね。そんな程度の能力でボクに勝てるわけないじゃないか」
「力もちょっとだけ強くなるんだ」
「魔物の攻撃を受けても平気でいることの説明にはなっていないよ」
「体もちょっとだけ丈夫になるんだよな」
「私を助けた時に見せた、あの素早さはどう説明するというのだ」
「力が強くなるって言っただろ。だから足の力も強くなってるんだよ」
「そんなのおかしいよ! 魔物の硬質化された鉤爪にひっかかれて血も流さないなんてありえないじゃないか。それに、あんなに重い剣を素早く切り返すなんて、力が強くなったくらいで出来るわけがないんだ」
「暗殺者が使う、残像を残すような特殊な歩法に見えたぞ。それに見張りの多い屋敷に忍び込んで、窓からふっと消えるような能力はどう説明するというのだ」
喋れば喋るほどにボロが出てくる。ちょっと試しにカマをかけるくらいの気楽な気持ちで話し始めたというのに、どんどんおかしな方向に行っている。
これ以上は引き返せなくなると判断して誤魔化すことにした。
もしかしたら手遅れかもしれない。
「なーんちゃって。そんな魔法でもあればいいなと思わないか」
深刻さを緩和させるためにわざと馬鹿っぽい顔を作りながらそう言ってみた。
二人の反応は思わしくない。
パズルのピースが嵌ったというような顔で俺のことを見ている。
いまさら何を言っても手遅れでしかないように思えた。
嫌な緊張から滝のような汗が体から流れ出す。
これで未知なる魔法の存在を匂わせてしまった事になる。
もはや二人の手足を切り落として地下室に転がしておく位の事をしないと、秘密を守る術がないように思える。
奴隷契約をさせる魔術師を連れてきて、強制的に俺を主人に登録するでもない限り野放しにはしておけない。
可能かもわからないが、奴隷契約が済めば神代魔法で体を戻してやることもできるだろう。
俺がやるしかないと息を飲んでいたら、いきなりヘンリエッタが飛びついてきた。
「貴方は救世主になりえる人間ではないか!」
今にも血界魔法を発動させようと手の中に血液を集めていた俺に、ヘンリエッタは肯定的ともとらえられるようなことを言いだした。
手を握られて、溜めていた血液が流れ出し鉄の匂いが鼻を突いた。
混乱する俺を余所に、ヘンリエッタは俺から体を話すと、今度はナタリヤの手を取って嬉しそうにしている。
「なにを喜んでいるのさ」
「そんなこともわからないのか!」
「俺もまったくわからないぜ」
突飛な行動で俺の混乱でも狙っているのだろうか。
しかし、そんなことで俺は油断したりしない。
「この国を変えることができる力なのですよ! しかも、貴方のような偏見も何もない人間に、そのような力が宿るなんて奇跡です」
いきなりヘンリエッタは言葉使いまで変えた。そして訳のわからないことをまくしたてる。俺は混乱しそうになる気持ちを押さえて、ヘンリエッタの言葉の意味をくみ取ることに集中した。
「どうかな。俺はお前らみたいな男勝りな女に、あまりいい印象を持ってないぜ。それは偏見と言えるんじゃないのか」
「失礼すぎるよ!」
「許してほしいのですが、私は貴方がナタリヤにまで手を出した時に、我慢できずに部下を使って探らせたのです。奴隷に霊薬を食べさせたり、ギルドで絡まれてもいたずらに力は使わなかったと聞いて、考えを改めて直していました。あの目障りなブノワさえ転落させて、ベルナークも住みやすい土地にしていただきました。そこで得たものについても悪用はしていないのを知っています。貴方も私と同じく、この国の現状を憂う心のあるお方であると確信しました」
「あれは個人的な都合でやっただけだけどな」
しかも性奴隷を買うという最低な目的のためである。
「それで、俺がいい奴だったとして、それが何だってんだよ」
「この世界は今、混乱を治める救世主を必要としているのです」
もはや話が飛び過ぎて理解など追いつかなくなった。
俺がやったのはねずみ小僧くらいのことで、救世主とかいうレベルの話ではない。
しかし、これも作戦のうちだろうとは思えないくらい、ヘンリエッタは感情的になっている。
「エルマン・ベルトワールに会ってくれませんか」
「そいつの手下になれってのか」
「そうではありません。この世界で起こっていることを少しでも知ってほしいのです。貴方なら、ベルトワール家の力すら必要としないでしょう。ブノワを失墜させるよりも必要なことがわかるはずです」
「俺はこの世界のことについてだって、ブノワのところの騎士から聞いてるんだぜ」
「あいつらは王都に巣くう無能の害獣です。本人に自覚はなくとも、今の王政になんの不満も感じていないでしょう。退治しなければいけない奴らです」
「滅茶苦茶ろくでもないことに、俺を巻き込もうとしているのはわかって来たぞ」
俺のことを見つめるヘンリエッタの輝いた顔が、ひたすら俺を不安な気持ちにさせる。
助けを求めるようにナタリヤの方を見ると、彼女も何が起こっているのかわかっていない様子であった。
そのナタリヤの表情が驚愕に変わったので視線を戻すと、ヘンリエッタはしゃがみ込んで剣を俺に差し出していた。
なんとなく差し出された剣を手に取ったが、この剣が何だというのかわからない。
またナタリヤの方に助けを求める視線を送ると、彼女は剣を抜くような仕草をした。
騎士の叙勲式でみるような、あれをやれという事らしい。
俺が受け取った剣を抜くと、ヘンリエッタは刀身に口づけをして顔を上げた。その顔は赤く染まって、興奮している様子がわかる。
「今日からこの命尽きるまで、貴方の騎士として忠誠を誓います」
ああ、やってしまったなと思った。
なんとなく流れに任せてしまったが、こいつは俺がとんでもないことをやるだろうと期待しているのだ。本当にとんでもないことをやらせようとしている、という気がする。
「そいつはベルトワール家に誓って、品切れになってるはずだろ」
「それは今日より仮の姿となります。もとより、ベルトワール家には騎士の十戒を誓ったにすぎません。それは、この地域への忠誠と正義です。騎士の位を返上しろというのなら、それに従いましょう」
ナタリヤはヘンリエッタの姿を見てお手上げという仕草をした。
家来になりたいというだけなら構わないが、それだけでは済まなそうな雰囲気があって素直に受け入れる気持ちにはならない。
「どういうことだよ」
「ボクにもわからないよ。でも本気なのは確かだね。冗談でこんなことはしないよ。死ねと命じれば本当に死ぬだろうから気を付けてあげてね」
「何でも言う事を聞くのか」
「彼女の名誉を傷つけるような事でなければね」
とにかく俺に対して害意は無くしたようなので、やっと変な緊張からは解放された。もう少しで本当の悪魔にならなければならないところだった。
詳しいことは、もっとちゃんと話を聞いてみなければわからないが、そんなのはおいおい話していけばいい。害意をなくしてくれたというのが重要である。
長く話し込んでしまった事もあり、かなり腹が減っていた俺は、飯でも食っていくかと二人に尋ねた。二人とも食べていくというので、俺たちは食堂でエリーが用意してくれた飯を食った。
挽きたての羽麦パンは、今まで食ベたどんなパンよりもおいしい。
その後で眠くなるまでヘンリエッタの話を聞いてみたが、彼女は世の中を良くしたいという思いが強いという事だけがわかった。
そのためならどんなことも厭わないという強い意志を感じる。
率直な感想としては現代のドン・キホーテと言ったところである。
真面目で人がいいのはわかるが、強かさというものを微塵も感じさせないところが不安にさせる。しかも野望の大きさは飛びぬけているのだ。
大きな野望を叶えるとなったら、狡猾さや厚顔さのほうが必要になってくる。
そういったものを生まれつき持たない者は一生かけても手に入らないものだ。俺もそうだからよくわかる。
「盗賊を殺していれば、この国がよくなるとヘンリエッタは本気で信じているんだね」
「そうではない。それも必要なことだと信じているんだ。ただでさえ重たい税に加えて盗賊の強奪に遭っては、一家が崩壊することもありえる。まじめに働いているものが飢えて死ぬなんて、それがどれほど理不尽なことかわからないのか」
「あの頃と何も変わってないのがわかるよ。それじゃ馬鹿な死にたがりじゃないか。分不相応な望みを持つなんて身の破滅しか招かないよ」
「私にとっては分不相応だとしても、それを願うに値する力を持つ人間はいる」
「盗賊だってやりたくてやってるわけじゃないだろ。捕虜になって酷い扱いを受けることから逃げてるだけだぜ」
「だから根本から正せる者が必要なのです」
「ハルトならそれができるって言いたいんだね。エルマンにも期待してたけど、結局はなにも変わらなかったじゃないか」
「最初から何もしようとしないナタリヤにはわからないさ」
「わからず屋はどっちだよ!」
ナタリヤがヒステリックに立ち上がった。
とにかく俺としてはヘンリエッタが俺に害意をなくしてくれたことがありがたい。それにできることなら世の中を良くしたいと思っているのも確かである。
エルマンとやらの話を聞いてみるくらいはしてもいいだろう。
「こんなところで喧嘩を始めないでくれ。とりあえずイルノカのダンジョンの宗主を倒せばいいんじゃないか。そうすれば、エルマンって奴にも会うことになるだろ。ただの冒険者なんか紹介されても、向こうだってまともに取り合わないだろうしさ」
「それがいいでしょう」
「ハルトがやるなら、ボクが手伝ってもいいよ」
手の内を見せたいと、ヘンリエッタが自分の持つ力を話し始めた。
燐光の妖魔というやつで、要するにマルチロックの広範囲攻撃に使う妖魔である。
チカチカとした光を放つ物体が敵を追いかけて、当たったところを削り取るような能力だという。いかなる装備さえも貫通する強力な妖魔だそうだ。
その話を聞いていたナタリヤが、よっぽどのろまな奴にしか当たらないから期待しないでねと茶化した。
ナタリヤなら避けられるのかもしれないが、重たい装備を身に着けていれば言うほど簡単ではないだろう。その力を身軽な装備の盗賊に使わなかったのも理由がわかった。
他にも騎士団は広範囲攻撃用の妖魔を与えられるのが一般的で、弓矢を操る能力などを持つ者もいるそうである。矢の束を投げて、それを操り降らせることで攻撃するという。弓矢を操れば、直接的な攻撃を飛ばすより、より遠くまで魔法の効果を及ぼすことが出来るということだ。
「それじゃ、俺の能力について話してやるか。組んで何かをやるとなったら必要なことだろうしな。絶対に誰にも言うなよ」
「あのっ、ご主人様!」
俺が簡単に話そうとするのを見て、アリシアが止めようとしたのか立ち上がった。
俺はそれを手で制して、いいんだという仕草をする。
どうせもう知られてしまったようなものだ。中途半端に知られている方が、かえって問題になることもあるだろう。
「俺は倒した魔物から能力を奪えるんだ。まあ、正確には魔物だけじゃないけどな」
一つ一つ確認しながら、俺は自分の能力について話した。20以上もの能力を説明するのは疲れる作業だった。
「やはり、一国の軍隊に匹敵する能力です」
ヘンリエッタが顔を輝かせて言った。
「機動力のことも考えればそれ以上だよ」
「そこまでじゃない。戦闘力の数値を信じるなら、騎士が束になって掛かってくれば、まともには戦えないんだ。罠に嵌められても終わりだし、毒でも食らえば魔力を使いすぎる。魔力が尽きたらそれまでなんだ」
「確かにヘンリエッタの話を聞く限り、騎士は連携しやすいような能力を持っているから、同時に相手はできないね」
「つまりどんな奴を相手にするにしても危険は付きまとうんだ。だから、何をさせたいのか知らないが、俺は自分がやりたいことをやりたいようにやるだけだからな」
「それで構いません」
俺の能力について知っても、ナタリヤの態度はあまり変わらない。
ただマイペースなだけという感じもするが、ある程度の予想がついていたのかもしれない。
その後はイルノカのダンジョンの宗主について情報を貰ってから、夜遅くに二人を帰した。
宗主の討伐と言えばかなりの大仕事なのに、二人は案外気楽な調子でいたのが不思議である。討伐するのは明日に決まった。
早ければ早いほどいいというような感じであったのが逆に心配になってしまう。
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