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七瀬
しおりを挟む相原が起きだしたので、俺は寝だめするためにテントで横になった。
そしたらがやがやと外がうるさくなって、乱暴にテントが開かれる。
「おい、魔光受量値には余裕あんだろ。オークでも倒しに行こうぜ」
「倒しに行こうぜ」
やってきたのは京野だ。
そしてやまびこ役をやっているのは蘭華だった。
ずいぶんと仲良くなったものだと思いながら、薄ら笑いの二人の顔を眺めた。
「蘭華、そんな奴らと付き合ってると不良になるぞ」
「なによそれ。それよりも少しくらいいいじゃない。行きましょうよ」
「もうすぐ作戦だろ。俺は、そんなに暇じゃないよ」
「ノリの悪い奴だな」
いきなり京野に首根っこを掴まれて、テントから引きずり出された。
その時点で、俺をからかいに来たんだなとあたりを付ける。
そんなことをしていたら、もの凄い歓声が聞こえてきた。
何事かと思っていたら、相原がやって来て言った。
「凄いお宝ですよ。オークから出たって……」
魔獣でも出たのかと思って俺は飛び上がった。
しかし、俺の予想は外れたようで、キャンプ地の外れには、なにやらレンガ造りの建造物が見えている。
あれを出した奴がいるらしい。
皆で騒ぎの中心を見に行くことにした。
あれは街を作り出す宝物だ。
できれば日本人の誰かに出してほしいと思っていた宝物の一つである。
そこにあったのは、中世くらいの町並みだった。
宿屋に併設された食堂、武器屋、道具屋、そして中心に噴水を備えた街並みが出現していた。
周囲は柵で囲われ、その内側にいれば魔光受量値も下げることができる、ダンジョン内に作れる街だ。
「誰が出したんだ」
「俺です。昨日のオークから出ました」
返事をした奴に見覚えがあるなと思ったら、ふなっしーにいたリーダーの男である。
「僕が使い方を教えたんですよ。そしたらこんなのが出て来て」
相原は俺が宝物を使うのを見ていたから、使い方を知っていたのだ。
つまり昨日出したのに、今の今まで使い方がわからなかったのだろう。
「凄いな、君。テーマパークにしたら入場料取れるやんか。なあ、うちに売ってくれへんか」
さっそく山本が食いついている。
「この柵の中なら、ダンジョン内でも魔光を受けないし、特にあの建物の中なら、外にいるよりもずっと魔光受量値が下がりやすくなる。それにモンスターも入れない代物だぞ」
俺は一番大きな宿屋の建物を指さして言った。
俺の言葉を聞いて、周りでは歓声が上がっている。
「なんでアンタは、そんなことまで知っとるんや」
目ざとい商売人が俺の言葉を聞きとがめて、そんなことを言ってきた。
ギクリとするが、俺は平静を保った。
大図書館の司書だなんて説明するのは億劫すぎる。
「な、なんとなくだよ」
さすがに、この言い訳は無理があるが、山本は気にした様子がない。
巨乳をアピールするために胸元のボタンをはずしつつ、船橋の男に擦り寄って行った。
色仕掛け程度で、このアイテムは手に入らないと思うが、たくましいことである。
こんなアイテムを持ってたら命を狙われるとかなんとか、言葉巧みに自分に売るように仕向けていた。
これは迷宮に広げておけば、自動でお金を回収してくれるようなアイテムだ。
まず間違いなく簡単には売れない代物である。
「げ、元帥殿が預かっていてはくれませんか」
「い、いやあ、僕ぁそういうのは苦手かなぁ……」
船橋のリーダーは、レベル上げを担当した相原に助けを求めたが、俺は見ていられなくって助言した。
「惑わされるなって。殺しなんかやらかせば、生死問わずの指名手配犯になるんだぞ。そんな奴がいたら、とっくに銀行強盗でもやってるよ。売らせようとしているだけだ」
その助言に対して、余計なこと言うなやとか言って山本が俺に突っ掛ってくる。
船橋の男がガラスの球をかざすと、街はガラス玉の中に戻った。
街の柵は、あまりモンスターの攻撃を受けると壊れてしまう。
だから緊急時のシェルターにはならないという事を、周りに聞かれないように船橋の男に教えてやった。
こんな貴重なアイテムを壊されてはもったいない。
宝物庫がある階層は、世界中のダンジョンと繋がっているのだ。
その空間は世界地図の縮尺よりもかなり小さいが、広大な空間であることは間違いないから、そこに街を作れるアイテムというのは貴重だ。
これは宿屋がいくつもある大きいものだから、日本はダンジョン攻略合戦でかなり優位に立ったと言えるだろう。
それは俺にとっても望ましいことだ。
城壁の付いた、もっと巨大な奴ならよかったが、そういったものが今後、日本のダンジョンから出ないとも限らない。
「なんてことしてくれんの。こないなったら替わりにアンタの剣、売ってもらうしかないわ」
「そんなの駄目に決まってるだろ」
「冗談も通じひんのやな。いくらでも払ったるし、足らへん分は体で払ってあげてもええんやで」
山本は体をくねらせながら、俺に見せつけるようにわざわざ胸元を広げて見せた。
黒い下着がまるで冗談にしか思えない。
「ブスの体なんかいるかよ」
「ブスちゃうわ! どこがブスやねん。モテるほうやわ」
「まくしたてるなって」
掴みかかってくるのを押しのけると、急に理解したような顔をした。
「まあ、アンタのツレにはかなわへんけどな」
「だろうな」
ブスと言われたことに対して、蘭華が可愛いからだという理由で自分に折り合いを付けようとしているようにしか見えない。
どうやら本当に自分はモテると思っているらしい。
「あら、私の価値がわかってるじゃないの」
嫌なのに話を聞かれていたなと思いながら、俺は振り返った。
ふふんっ、という感じの顔をした蘭華の顔が視界に入る。
鬱陶しいので俺はその場所を離れた。
正午になったら隊列を組んで、もともと二日目に押さえるはずだった丘を目指す。
今回は三方向から満遍なく敵が来るそうなので、滋賀班と熊本班が問題だ。
前々回は、東京班が漏らしたのを他の班が倒していただけだった。
現場に着いたら、さっそく木を焼き払い、陣形を整える。
今回の丘は上の平地が狭いから、かなり戦いにくいものになるだろう。
山口さんはいつもより覇気がなく、厳しい作戦になることは事前に告げられていた。
「なあ、これ私らのアイドルの七瀬いうねんやけどな。面倒見たってくれへんか」
緊張感とは無縁の山本が、一人の女の子を連れてきた。
紹介された七瀬は、ダンジョン産の金属鎧で全身を固めた、小さな女の子だった。
背中には不釣り合いすぎる馬鹿でかい斧を担いでいる。
「なんで、うちがこないな男、篭絡せなあかんの」
「こいつの強さは知っとるやろ。繋がりがあれば色々便利やねん。我慢したってや」
「おい、聞こえてるぞ」
「まあええわ。うちとぼちぼち仲良うしたってや」
聞こえていると言っているのに、七瀬は小さな手を差し出してきた。
仕方なく手甲を外して握手する。
自分では蘭華に対抗できないと思って、新しい刺客のつもりだろう。
「ほら、顔くらい見せえな」
七瀬が兜の面を上げると、確かに丸顔のかわいらしい顔が出てきた。
「あんまり見惚れへんといて。照れるわ」
見惚れてねーわと思うが、何も言わなかった。
こいつは山本から手駒のように扱われてて平気なのだろうか。
それよりも気になることがあったので、俺は山本の耳元にささやいた。
「なんで銀髪なんだよ」
「キャラ作りや」
「なんのキャラだよ」
「私が知るかいな」
「だけど地毛じゃないだろ。蒸れないのか」
「ウイッグや。いつもぎょーさん汗かいとるで」
ただの馬鹿という理解でいいのだろうか。
また取り扱いのめんどくさそうなのを紹介してくれたものだ。
「なにをごちゃごちゃ言うとるん!?」
「なんでもないわ。ほな仲良くやりいや」
緊張感がないから、開始早々山本はオークの角に突き上げられて宙を舞った。
かなりの乱戦になっていて、怪我人に近寄ることもできない。
「なんともないで!! 命拾いしたわ。さすが、伊藤がボスから出した鎧やな!!! 今なら美少女の汗も染み込んどる!!! 800万即決や!」
命拾いしたと言いながら、その命を救った鎧を金で売ろうとしている。
傷一つないとは言わないが、俺が昨日山本に売った革鎧は少し凹んだだけだった。
それにしても、あの野郎はどんだけ儲けようとしているのだという話である。
俺から買い取った値段に、三百万も上乗せして売る気である。
しかも買いたいという声が上がっているのが信じられない。
魔鋼から作られた鎧ですらひしゃげるような攻撃だから、買いたい気持ちもわからなくはないが高すぎる。
七瀬の方は、斧の持ち手の部分で敵の攻撃を受けるのが精いっぱいである。
たまに魔弾を受けて後ろに吹っ飛ばされていた。
仕方ないので、俺が手を貸してやっている。
攻撃役の山本が、大した火力もなくて不甲斐ないから仕方がない。
こうして俺は、滋賀班と熊本班の援護をしながら三度目の作戦を過ごした。
熊本の方は頑丈な盾が出回っているらしく、あまり崩れるようなことはなかった。
女ばかりの東京班は、すぐに魔法を使ってしまうから持久力がない。
しかし、一番問題なのは滋賀班で、盾を持っている奴がほとんどいないから、自衛隊が盾を出して受け役に回らなければならなかった。
盾でなければオークの魔弾までは受けられない。
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