繫がる世界と俺と君と

ひまわり

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第8話「この気持ちの名前は」

空海島のこと

 風呂から上がると渚がソファの上で本を読んでいた。
 表紙には『君と過ごす日常』のタイトルと窓の背景が印刷されている。
 たぶん、カストレアの図書館で借りてきたのだろう。
 ものすごく内容が気になってしまい、真剣に読みすぎて俺の存在にまるで気づいていない渚の後ろに回って中を覗き込んだ。

 …………。

 18禁のBLものだった。
 しかも情事の最中だった。

「なんでそんなもん読んでんだよ……っ」

「うわぁっ!? びっくりしたっ!」

 思わず叫んでしまい、本に集中していた渚が俺の声に驚いてこちらを振り返る。

「あ……荒玖、上がってたのか……って見るなぁぁあぁぁ……っ!!」

 慌てて本を閉じてから膝の上に置くとポカポカと俺の胸を叩いてくる。

 正直痛くない。
 本人は恥ずかしくて必死なのだろうが、むしろりんごみたいに真っ赤な顔でポカポカしてくる姿が可愛すぎて、口元がニヤけそうになった。

「何? 渚はBL好きなのか?」

 どっちかというとそこが一番気になる。
 恋愛なんか無関心なタイプのような気がしないでもないのに、普通の恋愛ものよりBLを読むのかと正直驚いていた。

「そ、うじゃないけど……その……」

 言いづらそうに口を開いたり閉じたりして、それでもやっぱり恥ずかしいのか、真っ赤な顔のまま俯いてしまう。

「いや、言いたくないならいいけど……」

「その……同性同士は、どんなことしたら……いいのか、気になって……。今度は、俺が……ちゃんと、し……て……。~~っ!!」

 声がどんどん小さくなっていき、茹でだこみたいに真っ赤になると、本を太ももの上から下ろしてそのまま膝を抱えてうずくまってしまう。

 可愛すぎる。

 こういう生真面目なのに不器用な愛情表現がたまらなく愛おしい。

(つまり、本が見たかったのって、それっぽいのを探したかったからなのか……? 俺のために……?)

 あまりの嬉しさに胸の奥が熱くなってしまい、前に回ってうずくまる渚を抱きしめた。

「ふぇ……っ? ど、どうした、荒玖?」

「ごめん……ちょっと嬉しすぎて……。泣きそう……」

「えぇ?! 泣くことじゃないだろ……っ」

 渚が俺の髪を優しく撫でてくれる。
 それだけですごく安心した。

「と、とにかく、ちょっと離れろって」

 困ったようにそう言われて、渋々、腕の中に包み込んでいた体を離した。
 もう少しだけ抱きしめていたかったのだが仕方ない。
 そのまま隣に腰掛けると渚がそろそろと肩が当たる距離まで近づいてくる。

「えっと、その……荒玖は、あっちのこと、気にならないのか?」

「あっち?」

「空海島のこと」

「あー……気にならないわけじゃないが、俺は渚がいるところなら何処でもいいからな」

 本当に、その言葉通りで。
 渚がいるから空海島が好きだったし、仮にもあそこは俺たちを出会わせてくれたところなので嫌いではない。
 思い出も多く、過ごした時間も長い場所だ。

「俺は、ちょっと気になってる。みんな、元気にしてるかなって。学園の方とか、ずっと休み扱いで行方もわからないから……もしかしたら、給付型奨学金とか生活支援制度とか、いろいろ外れてるのかなぁとか……」

 渚は少し不安そうにそういうと、膝に置いていた指を絡めた。

 俺たちが通っている空海学園はエスカレーター式になっており、成績を重視したクラス分けや制度がある。
 渚は学園内でも不動の成績トップを確立している上、さきほど彼が口にしたように給付型奨学金や給付型生活支援制度というものを受けていた。

 給付型奨学金の方は休んだ日数などの制約は設けられていおらず、それなりに優しいハードルになっている。
 一方、給付型生活支援制度は、親がいない生徒などが生活の支援をしてもらうために利用するもので、成績の度合いによって金額が変動するというものだった。

 そして、知っての通り、渚は両親がどちらも他界しているので、両方の制度を受けていることもあり、成績を一定水準は保つ必要があるのだ。
 だからこそ、長期間、学園を休んでいることに不安を抱いているのだろう。
 その不安な気持ちはずっと一緒に過ごしてきた俺だからこそ、痛いほどよくわかった。

 それはそれとて、俺の方はあちらのことなど何も気にしていないというのが本音だ。
 先ほども言ったように思い出はあっても執着はない。

 と言いたいところだが……ひとつだけは思いたあるものがあった。

 渚と出会ったあの駅前だけは、俺にとってはあそこにしかない。
 あの場所を通るたびに、あの雨の日のことを思い出して心に熱がともる。

 その場所を二度と見ることも、二人で歩くこともできないなら、それは少し寂しいかもしれないな。

 それに渚は呪術士であっても空海島が好きだ。
 彼にとってあの場所は両親との思い出がある場所だし、学園には友達だっている。

 今まで積み重ねてきた人間関係や地位、それこそ些細な生活の中でのことも、あちらにしかないのだ。

 渚が帰りたいと願うなら、俺はそれを叶えてあげたいとも思う。

 どんなに俺たちの関係が世界から認められなくても、それでもこの気持ちを誤魔化したりなかったことには出来ない。

 世界中を敵にしたって、渚だけは、絶対に手放さない。
 それくらいの覚悟で告白したつもりでいるのだから、帰りたいというのなら帰るつもりではいる。

「荒玖?」

「ん? どうした?」

「いや、それ俺のセリフ。急に黙ってどうしたんだ?」

「なんでもない。ちょっと考え事してた」

 いらぬ思考に浸っていたせいで心配をかけてしまったらしい。
 すぐ自分の世界に入ってしまう癖があるので、気をつけなければ。

 渚の柔らかな髪を優しく撫でてあげてから、もう一度抱きしめる。

「……っ」

 一瞬その体がビクンと小さく跳ねた。
 緊張して硬くなる渚を安心させるように背中をそっと撫でてやる。

「渚が制度からいろいろ外されていたら、俺が支えてやるから、遠慮なく俺のところに来ていい。戻って崩れてたなら、また積み上げればいいんだ」

「……荒玖。あは、ありがとう」

 渚が俺の背中に手を回して抱きしめ返してくれる。
 その手の温もりがとても愛おしくて、少し離れてから軽く唇に触れた。

「ん……、っはぁ……。あの……荒玖」

「?」

「ちゃんと、ベッド、行こう……?」

「……そう、だな」

 それは、誘ってくれている、ということで。
 渚からしっかり形として「しよう」と言われることがとてつもなく嬉しかった。

「なんか、飲んでから行こうか? それとも、持ってくか?」

「ううん、飲んでく」

 俺はソファから立ち上がってコップを二つ用意すると、冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いだ。

「えっと、ちょっと深呼吸してから行くから……先に行って待っててくれ」

 二人で行くには気恥ずかしくて、麦茶を注いだコップを手渡しながら先に断りを入れておく。
 だが、俺のその言葉に渚は何故か微妙な表情になった。

「緊張してるのは、俺も同じ……。だから……一緒に、行こ……?」

 上目遣いでそんなことを言ってくる渚にそれ以上なにも言えなくなってしまった。

「わ、かった……」
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