もしも、工作が好きな普通の男の子が伝説のスキルを手に入れたら

小林一咲

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第一章 万華鏡

第六話 旅

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「また失敗か……」

 あれから1年と5ヶ月後。僕の研究は最大の山場を迎えていた。
 今まで作成したアーティファクトは、使用者の魔力に応じてその力を発揮する。だが、兵士の中には魔力がほとんど無い者も少なからずいる。僕はその魔力の無い者でも使える武具やアーティファクトを作ろうとしていた。

「それは難しいんじゃないか?」
「スキルがあっても、身体ひとつでは限界がある。だからこそ、今の研究は完成すれば大いに役立つはずなんだ」

 腕を組んで考え込むリシス。世界一の錬金術師でもこの課題は難関のようだ。

 柔軟な思考が鍵となると感じた僕は、双子にも聞いてみることにした。

「ううむ……」
「魔力が要らないアーティファクト……」

 流石に難しかったか。今までも何度か2人の考えがハマることがあったが、今回ばかりは――。

「じゃあ、封印の魔法石を作ってみたら?」
「魔封石かぁ」

 封印の魔法石とは、魔力を一定まで貯めておける魔法石のことだ。とても貴重で、唯一の採掘場はここから数百キロ離れた海沿いにある。

「やはりそれしか無いかぁ」

 本の知識では知っていた。しかし、これまでの経験から実物を見て触れないと“最大限の効力は発揮されない"ということが分かっていた。

 早速、リシスに相談することにした。
 
「シーランス港に行きたいって?!」
「旅費は自分で出せるし、そう何ヶ月も滞在するわけじゃないよ」
「しかしなぁ……」

 放任主義のリシスが何故ここまで渋るかというと、採掘場があるシーランス港は『採掘ギルド』なるものが縄張りとし、立ち入ることさえ困難であるからなのだ。

 そして、困ったことに採掘ギルドと錬金術ギルドは仲が悪い。

「高い旅費を出してまで行っても、採掘場に入れる保証は無いんだぞ?」
「分かってる。でも、どうしても必要なんだ」

 1時間余りの話し合いの結果、僕たちはアズボンドに頼ることにした。

「ああ、構わないよ。幸いにもシント殿は錬金術ギルドに加入していない。今回は私の弟子として同行してもらおう」
「ありがとう!」
「良いんだ。君には借りもあるしね」

 というのも数ヶ月前、国内でも力のある伯爵家に保管されていた希少な宝剣がポッキリ折れてしまったことがあった。
 修理するよう依頼したものの、そんな大役を負う鍛治職人も錬金術師も居なかった。そこで、僕を頼ったというわけだ。

「あの時は言葉通り首がつながった感じだったよ」
「上手くいって良かったよ」

 宝剣を作り直した僕のおかげで、アズボンドは見事にその役目を果たした、というわけだ。

 まったく、恩は売っておくものだな。

「出発は2日後の明朝にしよう」

 となると、後の問題は――。

「「絶対ダメ!」」

 この2人の説得だ。


「じゃあ行ってくるよ」
「ああ、くれぐれも気をつけてな」
「早く帰ってきて」
「遅くなったら許さない」

 子守りはリシスに任せ、僕とアズボンドはシーランス港に向けて出発した。

「しかし私の旅費まで工面してくれるとは。シント殿にはおんぶに抱っこだな」

 シーランス港までは馬車で10日ほど。旅費は食費、宿代も含めて総額金貨20枚。何故これほど金があるかというと、僕が作成に失敗した不良品のアーティファクトをリシスが高値で売ってくれていたからだ。

「賢者の石は量産できるようになったのかい?」
「それが、何度やっても二つ目を作ると一つ目の効力が無くなるんだ」
「つまり賢者の石は一つしか作れない……と。まぁそんなに多くても価値が下がるだけだからね」
「そもそも伝説上の鉱石なんて、価値すら無いに等しいよ」
「あはは。本当に君ってやつは」

 例の一件からアズボンドとの距離は縮まっていたけど、この旅でますます仲良くなれそうな気がする。

「今日はここまでかな。良いペースで進んでいるから、2日くらい早く着くかもしれないね」

 初日は山間の小さな町で一泊することになった。寂れた町だが、穏やかで風情があるとも言える。
 宿屋の女将さんも久しぶりの来客にご機嫌だったし、旅の疲れを癒すにはもってこいだ。でも――。

「なんで2人部屋?」
「男同士なんだから問題は無いだろう」
「ま、まぁそうだけど……」

 彼の言う通りなんだ。良いんだ、良いんだけど、彼の顔立ちや体つきは男とは思えないほど可憐なのだ。

「他に客はほとんど居ないし、部屋代なら出すのに」
「お金は大事だよ。それに、何が起こるか分からないからね」

 ナニも起きないはずも無く、見事にフラグは回収された。
 夕食をとり、ひとしきり鉱石や錬金術の話で盛り上がった後、僕たちはそれぞれ眠りについた。

「……すけてぇ」

 どこからか蚊の鳴くような声が聞こえて目が覚めた。それは次第に大きくなり、最後は耳元で囁かれているように錯覚した。

「誰だ!」
「う、ううん……どうしたの?」
「声が聞こえ――」
「ん? 声なんて聞こえないよ」

 彼の寝巻きが目のやり場に困る、のは置いておいて、この声は隣の部屋からだろう。

「ちょっと見て来る!」
「えっ、待ってよ!」

『コンコンコン……』

 ノックをしても返答はない。しかし、先程の声は間違いなくこの部屋から聞こえる。

「何だよ急に飛び出して。うん? この声……」
「女将さんを呼んだ方が良いかな?」
「これ人じゃないよ」

 まさか、魔獣?! 

「魂の欠片だね」
「ゆ、幽霊?!」
「いや、どちらかと言えばスケルトンだ」

 スケルトンって骨のヤツだよね? なんでこの人そんなに冷静なの……っていうか、まだし!

「開けてみようか」

 彼はやめてと言う前に扉を開けた。予想通り、室内には苦しそうに悶えるスケルトンが居た。

「……すけてぇ、助けてぇ」
「こちらに気づいたか。あ、そうだ」

 何かを閃いたようだけど、悠長にしている暇は無さそうだ。スケルトンは僕たち目掛けて突進してきた。

『コツン……』

「あれ? 痛くない」
「そりゃただの骨だからね。それより、賢者の石は持っているかい?」
「持ってるけど……」

 アズボンドは賢者の石を受け取ると、体当たりでバラバラになったスケルトンの上に置いた。その瞬間、石が赤黒い光を放つとスケルトンが徐々に肉付き始めた。

「これって……」
「賢者の石はあらゆる病を治し、時には人を蘇らせる万能器。どうやらただの伝説ではなかったようだね」

 スケルトンはみるみるうちに人の姿になっていった。屈強な肉体と、清廉な顔立ちから名のある騎士だと直感した。

「私を救って頂き感謝致します。これからは我が主人《あるじ》の剣として、この身を捧げます」
「残念ながら、君の主人は私じゃないよ。彼の作った賢者の石で君は解き放たれたんだ」

 コイツなすりつけやがったな。

「そうでしたか! 貴方様が我が主人ですね!」
「え、えっと僕は――」
「これからよろしく頼むよ。えっと……」
「失礼致しました。我が名はエルロイド・ミルハイムにございます」
「じゃあ、エルだね」

「はっ!」

 旅は道連れ、世は情けつってな。
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