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第二章 美談

第十三話 無念

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「一個小隊の武具はこれで完成です」

 サンドル帝国への宣戦布告まで、わずか2日となった今日、僕たちは王国内の商人や鍛治職人らと協力して武具の製作を行っていた。

「ありがとうミュール。今日で最後か」
「ええ、本当はお手伝いしたいのですけれど……」

 手が足りないのは確かだが、王国の人間ではないミュールを戦争に巻き込むわけにはいかず、彼女は東シーランスに帰らせることにした。最初は「残る!」と聞かなかったが、リシスや他の錬金術師からの説得により渋々承諾してくれた。

「これだけやってくれれば十分だよ。戻る支度は済んでる?」
「馬車を手配したら荷物も一緒に載せてくれたわ。夕刻の日が落ちる前にはここを立つつもりよ」

 寂しくはなるが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「東シーランスで何か出来ることはないかしら」

 シーランス港と東シーランスは完全に大陸の孤島だ。王国にも帝国にも属しておらず、採掘ギルドや冒険者ギルドといったギルドが協力して統治している。
 本来なら動かし難いが、採掘場での一件でこちらの融通もかなり効く。先頭に参加しなくとも、もしかしたら何かできることがあるかもしれない。

「じゃあ、ひとつお願いしても良いかな」


◇◇◇◇◇


「こんな時間に呼び出してすまないな、シントよ」
「いえ」

 ミュールを見送った後、すぐに国王からの呼び出しを受けた僕はあるお願いをされた。

「アズボンドを連れて来てはくれぬか?」

 そういえば、ここ最近彼の姿を見ていない。武具製作で忙しく気にする暇もなかった。まだシリエルのことを引きずっているのだろうか。

「彼は今どこに?」
「自宅で療養中だ。勇者シリエル……いや、弟の行方が分からず終いになっているのだから致し方ないことではあるのだが」

 やはりか。
 アズボンドは非常に頭がキレる。だからこの戦争には不可欠の人材なのだろう。

「それならお任せ下さい」
「無理にとは言わぬから慎重にな」


 僕は宮殿からそのままの足でアズボンドの家へ向かった。

「デカいなぁ」

 貴族の屋敷は幾度か見て来たが、その中でも群を抜いた大きさに思わず心の声が漏れた。
 ふと目をやると、軒先に人の姿があった。それは勇者一行の中の1人『ロイ・コランド』だった。

「こんばんは、ロイさん」
「ああ、シントくんか……」

 頬がこけ、目の下はクマができていて瞳には光が映らない。相当参っているのだろう。

「ここで何をしてるのです」
「シリエルの帰りを待っているのさ」
「まさか、あの日からずっと……?」

「もちろんさ」

 なんてことだ。この人はひと月もの間、行方不明の勇者を待っているのか。

「食事は? 睡眠は?!」
「彼が戻って来たら1番に迎えてあげたいからね。そんな暇は無いさ」
「そ、そんな」

 この器用で不器用な男は死ぬつもりなのか。生きているか分からない人間を待ち続けるなんて、正気の沙汰ではない。

「分かっているさ、馬鹿げてるってね。でもハーフエルフはそんな簡単に死なない。だって、僕が止めていれば彼は、彼は――」
「ロイさん!」

 彼は地面に倒れ込んだ。脈も呼吸もあるが、呼びかけても返事がない。どうやら意識を失っているようだ。


『ゴンゴンゴンゴン』

「アズボンド、開けてくれ! ロイさんの意識が無いんだ!」

 重い扉が開き、中からアズボンドが出迎えた。

「炉に火を入れた。リビングに運んでくれ」
「ありがとう」

 ソファに寝かせ回復薬を飲ませると、荒かった呼吸も落ち着いた。
 
 それにしてもアズボンド、表面上だけはなんとか元気そうで安心した。彼の心も相当ガタが来ているはずだが、僕にはそれを見せなかった。

「待つなら中に入りなって、何回も言ったんだけどね」

 無理に笑っている。そんなのすぐに分かる事なのに。

「アズボンド――」
「そういえば明日、貴族の地位を返納しようと思うんだ」
「……なんだって?」

 僕は自分の耳を疑った。それはつまり、王室に仕える鑑定士としての職を退くということだ。

「なんか疲れちゃってさ。こんな調子でいたら迷惑かけちゃうし、きっとこれが正解なんだよ」
「でも、そんなの――」
「さっき連絡があったんだ。シリエルの遺体が見つかったって」

 ぐっと唇を噛むアズボンド。そんな姿を見たら、もう何も切り出せなかった。

「久しぶりに君の顔が見れて良かったよ、シント」
「何か必要だったら言ってくれ。僕にできる範囲だったら応えてあげたい」
「ありがとう」

 何も期待することが出来なくなったその目は、もう僕を見つめることはなかった。

 
◇◇◇◇◇

「こんな所まで……」
「はい、火が何かに引火した影響で爆発が起こったようです」

 翌日、国王に事の顛末を伝えた僕とリシスは、遺体が見つかったという場所に訪れていた。

「案内ご苦労でした」
「は。失礼致します」

 僕たちは何も話さず、勇者シリエルに祈りを捧げた。

「もし……もし、死者が蘇ったらその人は嬉しいのだろうか?」

 工房への帰り道、リシスは呟いた。

「そんなの、死んだことがないから分からないよ」
「それもそうだな」

 ん? 死んだことが無いから?



「久方ぶりですな、主人殿。私めに何か御用ですかな?」
「エルにひとつ聞きたいことがあるんだ」



―――――――――――――――――――


 今日から二章の続編を投稿していきます!

 それでは、またお会いしましょう。
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