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第二話 ビッグマウスにはご注意を
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「あれがキャニバルズ商会か」
私は屋台で買ったアイスを頬張りながら、敵の戦いっぷりを観察していた。
「あ、あのぉ……次の試合出るんですよね?」
選手の監視役として付いていた実行委員の男が言う。
忘れないように教えてくれたのか、試合前にアイスを食べている私に驚いたのかは分からないが、なんだか神妙な面持ちである。
「そうだけど」
「分かっているなら結構なのですが」
どうも歯切れが悪い。言いたいことがあるならハッキリ言えば良いのに。
「三回戦の種目は甘いもの対決だぁ!」
なるほどこういうことか。
よく考えれば事前に試合毎の種目発表はなされていた。
「次の試合が『ハチミツパンケーキ』だと分かっているはずなのに、なぜコイツはアイスを食べているんだ?」
と委員会の彼は言いたかったのだろう。
無論、私だって事前に各種目に目を通してはいた。先の対戦相手がムカついたので糖分を摂って落ち着きたかったのだ。
本当は忘れていただけ、なんて口が裂けても言うもんか。
「優勝候補グレンジャー選手、対するブレーメン楽団のヴァンソン選手です!」
相手は巨漢の男。こちらには目もくれず椅子に腰掛け、いまや遅しとパンケーキを待ち構えている。
「制限時間は五分。どちらが多く食べられるのか、それでは始め!」
用意された水はコップ二杯分だけ。とにかくパンケーキは水分が取られるので、相手の出方を見たいところではあるが。
「おおっと、ヴァンソン選手はこれほど大きなパンケーキを一口で平らげているぞ!」
口が大きいうえに飲み込むスピードが早い。
だが、制限時間は五分。このままでは後半の持久力が無くなってくるはず。
「最大五枚差まであった両者ですが、ここにきてグレンジャー選手がじわじわと迫ってまいりました!」
私の読みは当たった。あと一枚のところまでは追いついたが、なかなか追い抜けない。
相手は水も使い果たし、顔を真っ赤に染めている。相当苦しそうだが、意地と根性がある。
ならば、私も正々堂々向かい打つまで。
「グレンジャー選手、ここで水を一気に飲み干した! 残り一分でラストスパートに入ったかぁ?!」
とっておいた甲斐があった。これで口内は完全にリセットされる。
余裕が出てきたので食レポといこう。
ふんわりとした生地を一口食べると、口に甘みが広がり、上にかかった新鮮なハチミツがこぼれ落ちてくる。このハチミツもまた適度な甘みと、芳醇な香りで食欲を誘う。
トドメはパンケーキの中に入っているバターだ。強烈で濃厚なバターが生地に混ぜ込まれているのだろう。風味がガツンと鼻を殴りつけてくる。
「ここで試合終了!」
接戦ではあったが、危なげというほどでもなかったな。
「勝者は三枚差でローズマリー・グレンジャー選手の勝利です!」
「いいから、彼に水をあげてください。窒息しそうですよ」
気遣いができてこそ、真の勝者である。
次の試合まではまだ時間があるし、他の出場者がどれほど勝ち進んでいるかを見てくるか。
「団長、さすがっすねぇ!」
張り出されたトーナメント表を見ていたら、パーティの一人と出会した。彼はつい最近入ったばかりの新人で、この大会にも出場はしていない。
ぶっちゃけ、名前も覚えていない。
「まぁね。ここまでは順調かな」
「でも次の相手は手強そうですよ」
「この人って」
次の相手は聞いたことも見たこともない名前だった。そして所属名も無い。
「南地区の三大大会を初参加でリボン総取りした、無所属の獣人ですよ」
「そうか、彼女が……」
私は静かな闘志を燃やしつつ、屋台の串焼きを四本ほど平らげた。
◇◇◇◇◇
「お前は出なかったのか?」
「あんなの勝てっこねぇよ。それに、少食なんだよ俺は」
王都中心部から約40キロ地点。二人の冒険者は、なんてことのない魔物討伐の依頼を受け、森へ入った。
「そういえば聞いたか? 魔物が異常に増殖してるって話」
「ああ、俺たち冒険者としては金になるから良いが、力無き者たちにとっては恐怖でしかないよな」
笑い合う冒険者に、悪魔の影がゆっくりと忍び寄る。
「力無き者たちよ」
「な、なんだ今の!?」
「糞でも踏みつけたのか」
「声が聞こえた気がしたんだけど……」
彼は自分だけに聞こえたその声に疑問を抱きつつ、相棒が聞こえていないことから「気のせい」と結論を付け、再度歩き出した。
◇◇◇◇◇
「今回のメニューは『チェマンジョ』のジャージャー麺です!」
相手を目の前にして驚いた。確かに獣人ではあるが、かなり幼い。
そして、この娘からはフードファイターというより『武人』のイメージが湧いてくる。あくまでも素人から見た感想だから何とも言えないが、冒険者や盗賊とは違う殺気を感じる。
「制限時間は一〇分です。それでは始め!」
気にしている暇はない。勢いよく麺を啜り、相手の出方を確認する。
「おっと、どうしたのでしょうか? 勢いよく食べ進めるグレンジャー選手に対して、イゾルド選手はゆっくりと口に運んでいる!」
獣人は啜るのが苦手なのか。いや、そんな技術では南地区の三冠を取るのは不可能。どういうつもりだ。
私が二皿、三皿と食べ進めているのに、彼女はゆっくりと味わって食べている。
作戦があるとしても、差は既に四枚となった。どんな魂胆なのか分からないのが逆に恐ろしい。
水は二杯分残してある。追い上げてきても逃げることはできる。
「会場からは大ブーイングです! イゾルド選手のプレーに空模様も怪しくなってきたぞぉ!」
では、恒例の食レポといこう――。
「来る……」
「ドラゴンだ! ドラゴンが出たぞ!!」
見上げると、空を覆うほどのレッドドラゴンの群。王都に張られた結界にはヒビが入り、今にも破られそうになっている。
「緊急事態です。会場の皆さんは直ぐに避難をして下さい!」
観客の悲鳴と司会者の怒号にも似た避難命令は、私の耳には届かない。いや、聞こえてはいたが、脚がすくんで動けなかった。
「アナタも早く逃げて」
「なにを――」
「私はドラゴンと戦うために来たの」
少女は言う。
なんでそんな目ができるんだ?
なんで戦おうとしている?
「無理だあんなの! 一緒に逃げよう」
「アナタ、冒険者なの?」
私は咄嗟に首元にぶら下がったお飾りの冒険者証を隠した。だって戦えないから。
だって、怖いから。
「逃げることくらい一人でできるわよね?」
無理だと言いたかった。けど、できなかった。
彼女は私を一瞥した後、空へと飛び立った。
「浮遊魔法か。おいアンタ早く逃げるぞ」
声をかけてきたのは先の対戦相手、帝国騎士の男だった。
「騎士様、私脚が動かなくて……」
「あんだけ大口叩いといてそのザマか?」
騎士は私を軽々と持ち上げると、指定された避難場所まで走り出した。
「すみません」
「え、なにが?」
「いえ、なにも……」
私にも力があれば。
なによ『爆食スキル』って。
神様のバカ。
私は屋台で買ったアイスを頬張りながら、敵の戦いっぷりを観察していた。
「あ、あのぉ……次の試合出るんですよね?」
選手の監視役として付いていた実行委員の男が言う。
忘れないように教えてくれたのか、試合前にアイスを食べている私に驚いたのかは分からないが、なんだか神妙な面持ちである。
「そうだけど」
「分かっているなら結構なのですが」
どうも歯切れが悪い。言いたいことがあるならハッキリ言えば良いのに。
「三回戦の種目は甘いもの対決だぁ!」
なるほどこういうことか。
よく考えれば事前に試合毎の種目発表はなされていた。
「次の試合が『ハチミツパンケーキ』だと分かっているはずなのに、なぜコイツはアイスを食べているんだ?」
と委員会の彼は言いたかったのだろう。
無論、私だって事前に各種目に目を通してはいた。先の対戦相手がムカついたので糖分を摂って落ち着きたかったのだ。
本当は忘れていただけ、なんて口が裂けても言うもんか。
「優勝候補グレンジャー選手、対するブレーメン楽団のヴァンソン選手です!」
相手は巨漢の男。こちらには目もくれず椅子に腰掛け、いまや遅しとパンケーキを待ち構えている。
「制限時間は五分。どちらが多く食べられるのか、それでは始め!」
用意された水はコップ二杯分だけ。とにかくパンケーキは水分が取られるので、相手の出方を見たいところではあるが。
「おおっと、ヴァンソン選手はこれほど大きなパンケーキを一口で平らげているぞ!」
口が大きいうえに飲み込むスピードが早い。
だが、制限時間は五分。このままでは後半の持久力が無くなってくるはず。
「最大五枚差まであった両者ですが、ここにきてグレンジャー選手がじわじわと迫ってまいりました!」
私の読みは当たった。あと一枚のところまでは追いついたが、なかなか追い抜けない。
相手は水も使い果たし、顔を真っ赤に染めている。相当苦しそうだが、意地と根性がある。
ならば、私も正々堂々向かい打つまで。
「グレンジャー選手、ここで水を一気に飲み干した! 残り一分でラストスパートに入ったかぁ?!」
とっておいた甲斐があった。これで口内は完全にリセットされる。
余裕が出てきたので食レポといこう。
ふんわりとした生地を一口食べると、口に甘みが広がり、上にかかった新鮮なハチミツがこぼれ落ちてくる。このハチミツもまた適度な甘みと、芳醇な香りで食欲を誘う。
トドメはパンケーキの中に入っているバターだ。強烈で濃厚なバターが生地に混ぜ込まれているのだろう。風味がガツンと鼻を殴りつけてくる。
「ここで試合終了!」
接戦ではあったが、危なげというほどでもなかったな。
「勝者は三枚差でローズマリー・グレンジャー選手の勝利です!」
「いいから、彼に水をあげてください。窒息しそうですよ」
気遣いができてこそ、真の勝者である。
次の試合まではまだ時間があるし、他の出場者がどれほど勝ち進んでいるかを見てくるか。
「団長、さすがっすねぇ!」
張り出されたトーナメント表を見ていたら、パーティの一人と出会した。彼はつい最近入ったばかりの新人で、この大会にも出場はしていない。
ぶっちゃけ、名前も覚えていない。
「まぁね。ここまでは順調かな」
「でも次の相手は手強そうですよ」
「この人って」
次の相手は聞いたことも見たこともない名前だった。そして所属名も無い。
「南地区の三大大会を初参加でリボン総取りした、無所属の獣人ですよ」
「そうか、彼女が……」
私は静かな闘志を燃やしつつ、屋台の串焼きを四本ほど平らげた。
◇◇◇◇◇
「お前は出なかったのか?」
「あんなの勝てっこねぇよ。それに、少食なんだよ俺は」
王都中心部から約40キロ地点。二人の冒険者は、なんてことのない魔物討伐の依頼を受け、森へ入った。
「そういえば聞いたか? 魔物が異常に増殖してるって話」
「ああ、俺たち冒険者としては金になるから良いが、力無き者たちにとっては恐怖でしかないよな」
笑い合う冒険者に、悪魔の影がゆっくりと忍び寄る。
「力無き者たちよ」
「な、なんだ今の!?」
「糞でも踏みつけたのか」
「声が聞こえた気がしたんだけど……」
彼は自分だけに聞こえたその声に疑問を抱きつつ、相棒が聞こえていないことから「気のせい」と結論を付け、再度歩き出した。
◇◇◇◇◇
「今回のメニューは『チェマンジョ』のジャージャー麺です!」
相手を目の前にして驚いた。確かに獣人ではあるが、かなり幼い。
そして、この娘からはフードファイターというより『武人』のイメージが湧いてくる。あくまでも素人から見た感想だから何とも言えないが、冒険者や盗賊とは違う殺気を感じる。
「制限時間は一〇分です。それでは始め!」
気にしている暇はない。勢いよく麺を啜り、相手の出方を確認する。
「おっと、どうしたのでしょうか? 勢いよく食べ進めるグレンジャー選手に対して、イゾルド選手はゆっくりと口に運んでいる!」
獣人は啜るのが苦手なのか。いや、そんな技術では南地区の三冠を取るのは不可能。どういうつもりだ。
私が二皿、三皿と食べ進めているのに、彼女はゆっくりと味わって食べている。
作戦があるとしても、差は既に四枚となった。どんな魂胆なのか分からないのが逆に恐ろしい。
水は二杯分残してある。追い上げてきても逃げることはできる。
「会場からは大ブーイングです! イゾルド選手のプレーに空模様も怪しくなってきたぞぉ!」
では、恒例の食レポといこう――。
「来る……」
「ドラゴンだ! ドラゴンが出たぞ!!」
見上げると、空を覆うほどのレッドドラゴンの群。王都に張られた結界にはヒビが入り、今にも破られそうになっている。
「緊急事態です。会場の皆さんは直ぐに避難をして下さい!」
観客の悲鳴と司会者の怒号にも似た避難命令は、私の耳には届かない。いや、聞こえてはいたが、脚がすくんで動けなかった。
「アナタも早く逃げて」
「なにを――」
「私はドラゴンと戦うために来たの」
少女は言う。
なんでそんな目ができるんだ?
なんで戦おうとしている?
「無理だあんなの! 一緒に逃げよう」
「アナタ、冒険者なの?」
私は咄嗟に首元にぶら下がったお飾りの冒険者証を隠した。だって戦えないから。
だって、怖いから。
「逃げることくらい一人でできるわよね?」
無理だと言いたかった。けど、できなかった。
彼女は私を一瞥した後、空へと飛び立った。
「浮遊魔法か。おいアンタ早く逃げるぞ」
声をかけてきたのは先の対戦相手、帝国騎士の男だった。
「騎士様、私脚が動かなくて……」
「あんだけ大口叩いといてそのザマか?」
騎士は私を軽々と持ち上げると、指定された避難場所まで走り出した。
「すみません」
「え、なにが?」
「いえ、なにも……」
私にも力があれば。
なによ『爆食スキル』って。
神様のバカ。
応援ありがとうございます!
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