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第1話 勘違い
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「こっちに来い!」
大粒の雨が降り頻る寒い夏のことだった。1人の少女が断崖絶壁から今まさに命を絶とうとしていた。
その目に写っているのは、怒りでも憎しみでも哀しみでもない。淡々とした瞳はこの冷えた滝壺を見つめていた。
彼女が何故こんな決断に至ったかについては定かでは無い。しかし、止めなければ後悔する――と僕がそう思ってしまったのだ。
「生きていれば良いことがきっとある! 死んだらどうにもならない!」
「無責任な子ね」
そう、これは自己満でしかない。でも他に言葉が見つからないのだから仕方がない。
「とにかく死んじゃダメだ!」
「……死ななかったら何してくれる?」
「なんでもするさ!」
もう少し考えてから発言するべきだった。
「分かったわ」
そう言って彼女はくるっと身を反転させたかと思うと、不気味な笑みを浮かべながら飛び降りた。
僕が急いで駆け寄り下を覗き込むと、飛び降りたはずの少女は空中にふわふわと浮いているではないか。
なんだ……魔女かよ。
「ごめんね人間君」
魔女が人間を揶揄うのが好きなのは知っているが、実際に自分がされるとかなり頭にきた。
まあ、魔女や魔法使いに歯向かったところで勝ち目なんてないし、そもそも身分が違い過ぎる。ここは穏便にお帰り頂こう。
「魔女様が無事で何よりです」
「ふうん、そうなの」
どこか不機嫌そうに鼻を鳴らす魔女。それにしても随分若い。僕と同い歳か、あるいは歳下か。
「失礼な人間。もう19歳よ」
しまった。彼女らは人間の思考が読めることを完全に忘れていた。
「これは失礼いたしました。えっと……」
「カリンよ」
「失礼いたしました、カリン様」
「それで?」
「はい?」
「だからー」
魔女は気怠そうに腕を組んだ。
「死ななかったら、なんでもしてくれるんでしょ?」
完全に忘れていたが、僕は確かになんでもすると言ってしまった。よりによって魔女に。
「ですが、先ほどは人間だと思っておりましたので……」
「なに? 私が魔女だからなにもしないということ?」
「いえ、滅相もございません」
カリンは溜息を吐きながら静かに腰を下ろし、透き通るような淡い水色の瞳で僕を見つめた。
「私、屋敷じゃひとりぼっちなの。領民からの食事や金銭はあるけど、とても退屈でさ」
遊んでくれということだろうか。19歳にもなって遊ぶと言っても――。
「だから貴方を我がテュールフ家の使用人としてお招きするわ」
「し、使用人?!」
なんということだ。本来、魔法使いや魔女の使用人になるというのは、人間にとって願ってもいないほど光栄なことだ。
しかし、それがテュールフ家となれば話は違ってくる。テュールフというのは隣国の領地の名であり、その悪名ぶりは全国に広まっているほどだ。なにが酷いのかは分からないが、とにかくあの街には誰1人として行きたがらないのだ。
「少しいきなり過ぎたわね。拒否権を与えるわ」
「え?! よ、よろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
いや、待てよ。この場合、拒否権は与えられるがその後の命の保証まではされていない。断った瞬間に冥界にグッバイする可能性すらある。
「もし、断ったら……」
尋ねた瞬間、蛇のように鋭い眼光が僕の体を取り囲んだ。
「申し出、ありがたくお受け致します」
「よろしい」
思った通りの結末だ。
「荷物なんて要らないでしょ」
堂々と僕の部屋に入るカリン。いつぞや通りかかった魔女は人間の部屋に入った途端「臭い臭い」と喚き散らかしていた。しかしこの魔女さんは随分と平気そうだ。
「いえ、きっとこの家には戻って来ませんので」
「いい心掛けね」
彼女と僕の考えていることは少し違う気がする。もし魔女に捨てられたとしても、多分僕は帰らない。
こんな所に帰ったって、良い思い出なんてひとつも無いのだから。
大粒の雨が降り頻る寒い夏のことだった。1人の少女が断崖絶壁から今まさに命を絶とうとしていた。
その目に写っているのは、怒りでも憎しみでも哀しみでもない。淡々とした瞳はこの冷えた滝壺を見つめていた。
彼女が何故こんな決断に至ったかについては定かでは無い。しかし、止めなければ後悔する――と僕がそう思ってしまったのだ。
「生きていれば良いことがきっとある! 死んだらどうにもならない!」
「無責任な子ね」
そう、これは自己満でしかない。でも他に言葉が見つからないのだから仕方がない。
「とにかく死んじゃダメだ!」
「……死ななかったら何してくれる?」
「なんでもするさ!」
もう少し考えてから発言するべきだった。
「分かったわ」
そう言って彼女はくるっと身を反転させたかと思うと、不気味な笑みを浮かべながら飛び降りた。
僕が急いで駆け寄り下を覗き込むと、飛び降りたはずの少女は空中にふわふわと浮いているではないか。
なんだ……魔女かよ。
「ごめんね人間君」
魔女が人間を揶揄うのが好きなのは知っているが、実際に自分がされるとかなり頭にきた。
まあ、魔女や魔法使いに歯向かったところで勝ち目なんてないし、そもそも身分が違い過ぎる。ここは穏便にお帰り頂こう。
「魔女様が無事で何よりです」
「ふうん、そうなの」
どこか不機嫌そうに鼻を鳴らす魔女。それにしても随分若い。僕と同い歳か、あるいは歳下か。
「失礼な人間。もう19歳よ」
しまった。彼女らは人間の思考が読めることを完全に忘れていた。
「これは失礼いたしました。えっと……」
「カリンよ」
「失礼いたしました、カリン様」
「それで?」
「はい?」
「だからー」
魔女は気怠そうに腕を組んだ。
「死ななかったら、なんでもしてくれるんでしょ?」
完全に忘れていたが、僕は確かになんでもすると言ってしまった。よりによって魔女に。
「ですが、先ほどは人間だと思っておりましたので……」
「なに? 私が魔女だからなにもしないということ?」
「いえ、滅相もございません」
カリンは溜息を吐きながら静かに腰を下ろし、透き通るような淡い水色の瞳で僕を見つめた。
「私、屋敷じゃひとりぼっちなの。領民からの食事や金銭はあるけど、とても退屈でさ」
遊んでくれということだろうか。19歳にもなって遊ぶと言っても――。
「だから貴方を我がテュールフ家の使用人としてお招きするわ」
「し、使用人?!」
なんということだ。本来、魔法使いや魔女の使用人になるというのは、人間にとって願ってもいないほど光栄なことだ。
しかし、それがテュールフ家となれば話は違ってくる。テュールフというのは隣国の領地の名であり、その悪名ぶりは全国に広まっているほどだ。なにが酷いのかは分からないが、とにかくあの街には誰1人として行きたがらないのだ。
「少しいきなり過ぎたわね。拒否権を与えるわ」
「え?! よ、よろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
いや、待てよ。この場合、拒否権は与えられるがその後の命の保証まではされていない。断った瞬間に冥界にグッバイする可能性すらある。
「もし、断ったら……」
尋ねた瞬間、蛇のように鋭い眼光が僕の体を取り囲んだ。
「申し出、ありがたくお受け致します」
「よろしい」
思った通りの結末だ。
「荷物なんて要らないでしょ」
堂々と僕の部屋に入るカリン。いつぞや通りかかった魔女は人間の部屋に入った途端「臭い臭い」と喚き散らかしていた。しかしこの魔女さんは随分と平気そうだ。
「いえ、きっとこの家には戻って来ませんので」
「いい心掛けね」
彼女と僕の考えていることは少し違う気がする。もし魔女に捨てられたとしても、多分僕は帰らない。
こんな所に帰ったって、良い思い出なんてひとつも無いのだから。
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