顔面最強、戦力最弱男は今日も戦わず逃げ出したい〜容姿に全振りした僕が、なぜか最強扱いされています〜

小林一咲

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第2話 王の前で、私は剣を捧げた

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 勝った――のだと思う。

 凱旋の鐘が鳴り響くダブリン公国の城門をくぐりながら、私は未だに現実感を掴めずにいた。

 敗北寸前だった。
 誰もが、それを知っている。

 それでも結果は――勝利。

 街道沿いに集まった民衆の歓声が、耳に刺さる。
 乙女騎士団の名を叫び、英雄を讃える声。

 そして。

「団長さまーっ!」

 ……やめてほしい。

 視線の先で、ロイク・リュエットが小さく身をすくめていた。
 ぎこちなく手を振り、困ったように笑っている。

 そのたびに、歓声が一段階、跳ね上がる。

 ――まったく。

 この人は、自分がどれほど危険な存在か、理解していない。



 謁見の間は、重苦しい空気に満ちていた。

 玉座に座すのは、ダブリン公国公王。
 戦の報告を受け、疲労の色を隠せない表情でこちらを見下ろしている。

「……此度の戦、よく耐え抜いた」

 その言葉に、騎士たちが一斉に頭を垂れた。

 だが、公王の視線はすぐに、彼へと移る。

「そなたが……ロイク・リュエットか」

「は、はい」

 ロイクは背筋を伸ばし、ぎこちなく応じた。
 その仕草一つで、場の空気が微妙に変わるのを、私は感じ取る。

 ――危うい。

 このままでは、あらぬ方向へ話が進む。

「副団長マルタ」

 公王が私を呼んだ。

「団長を失った乙女騎士団を、そなたが率いて勝利した。
 異論はないな?」

 ……違う。

 私は、はっきりと理解していた。
 私が率いたのではない。

 一歩、前へ出る。

「恐れながら、閣下」

 謁見の間が、静まり返る。

「この勝利は、私のものではありません」

 公王の眉が、わずかに動いた。

「ほう?」

 私は、迷わなかった。

 膝をつき、剣を床に置く。
 戦場で行ったのと、同じ所作。

「乙女騎士団は――この方に率いられて、勝利しました」

 そう言って、私はロイクを示した。

「なっ……!?」

 背後で、彼の息を呑む音がした。

 だが、もう止まらない。

「団長を失い、士気が崩壊しかけたあの戦場で。
 彼は、前に立ちました」

 剣も、魔法もないまま。

 ――とは、言わない。

「彼は、退かず、逃げず。
 私たちに“生きて帰れ”と告げたのです」

 事実だ。

「その一言が、
 乙女騎士団を、再び一つにしました」

 公王は、黙って聞いている。

「どうやら、そなたは随分と彼を買っているようだな」

「はい」

 即答だった。

「この方は、戦場に立つ者ではありません。
 ですが――」

 一度、息を吸う。

「人を、戦わせてしまうお方です」

 その言葉に、謁見の間がざわついた。

「……なるほど」

 公王は、腕を組み、しばし考え込む。

「ロイク・リュエット。
 そなた、己の力を示すつもりはあるか?」

 私は、思わず身構えた。

 ――まずい。

 ステータス。
 測定など、させられたら。

「い、いえ……その……」

 ロイクが、しどろもどろになる。

 私は、即座に口を挟んだ。

「閣下」

 強い声で。

「この方は、自らを誇るお方ではありません。
 だからこそ、信じられるのです」

 ――押し切る。

「力を示す者は多くいます。
 ですが、人を守ろうとする者は、そう多くはありません」

 沈黙。

 やがて、公王は小さく息を吐いた。

「……分かった」

 その一言で、空気が変わる。

「ロイク・リュエット」

 玉座から、声が響く。

「そなたを、乙女騎士団団長に任命する」

「え……?」

 彼の顔から、血の気が引いた。

「副団長マルタの推薦、
 そして此度の戦果を鑑みての判断だ」

 公王は、静かに続ける。

「そなたが剣を振るえぬなら、
 振るう者を信じよ」

「……っ」

 ロイクは、何か言おうとして、結局言葉を失った。

 私は、深く頭を下げる。

 ――これでいい。

 この人は、逃げられなくなった。

 だが、それ以上に。

 乙女騎士団は、
 この人を、手放せなくなった。

「団長」

 私は、そう呼ぶ。

 彼が戸惑いながらこちらを見る。

「これからは――
 私たちが、あなたの剣になります」

 その言葉の意味を、
 彼はまだ、理解していない。

 だが。

 この日、確かに決まった。

 ロイク・リュエットは、乙女騎士団の団長となったのだ。




 ……正直に言おう。

 甘く見ていた。

 城を出て、兵舎へ向かうまで。
 ほんの短い距離だ。
 凱旋の余韻はあれど、もう戦は終わっている。

 だから、ここまでになるとは思っていなかった。

「きゃあああっ!」

「団長さま! 団長さまですよね!?」

「こっち見た! 今、絶対に見たわ!」

 ……うるさい。

 通りの両脇に人が溢れ、道が埋まっている。
 庶民も、商人も、貴族のご婦人も。
 子どもまで混じって、口々に同じ名前を叫んでいた。

 ――ロイク。

 原因は、分かりきっている。

 あの人は、歩いているだけだ。
 剣も持たず、鎧も着ず、ただ困ったように笑いながら。

 それだけで、人が集まる。

 理由?
 ……容姿だ。

 それ以外に、何がある。

「す、すみません……通して……」

 本人は恐縮しきりだが、その声ですら火に油だった。

「優しい声……」

「近くで見ると、さらに……」

 視線が、突き刺さる。

 私は、一歩前に出て、鋭く睨んだ。

「団長の進路を塞がないでください」

 その一言で、さっと道が開く。

 ――当然だ。

 騎士団副団長の睨みは、顔面最強団長よりも実効性がある。

 ……あるのだが。

 後ろで、なおもひそひそと囁く声が止まらない。

 気づけば、歯を噛みしめていた。

 ――何を、私は。

 嫉妬?
 馬鹿な。

 私は副団長だ。
 団の秩序を守る立場で――。

「……」

 ……視線が、集まりすぎだ。

 兵舎の門をくぐった瞬間、空気が変わった。

 ここは乙女騎士団の兵舎。
 当然ながら、女性しかいない。

 そして――。

「……」

 静寂。

 数瞬後。

「団長……?」

「本物……?」

「近っ……!」

 ざわり、と空気が揺れる。

 視線。
 視線。
 視線。

 まるで、獲物を見るような――いや、違う。
 もっと、露骨な。

 ロイクは、完全に固まっていた。

 無理もない。
 女だらけの兵舎に、ただ一人の男性。

 しかも――この顔だ。

「こちらです、団長」

 私は即座に前に立ち、進路を確保する。

「……マルタさん」

 小さな声で、助けを求められた。

 ……当然だ。

 私が、守る。

 団長室の扉を開き、内側へ押し込むように案内する。

 扉を閉めた瞬間、ようやく静寂が戻った。

「……すごいですね」

 ロイクが、疲れたように言った。

「日常になります」

 淡々と返す。

 ……ならない方がいい。

「これから公式な叙任式があります。
 その前に、装備と服を整えます」

 侍女と補給担当の騎士たちが入り、荷物を運び込む。

「えっと……」

 一人が、困った顔をした。

「男性用の制服が……」

 沈黙。

 そうだった。
 前団長も、その前も、ずっと女性。

 男性用の正規制服など、用意されていない。

「サイズが合わないかもしれませんが……」

 そう言って差し出されたのは、前団長の制服。

 私は、一瞬、躊躇った。

 だが。

「……着てみましょう」

 結果。

 ――ぴったり、だった。

 筋肉のない、細い身体。
 鎧の内側に、余計な厚みがない。

 肩幅も、腰も、すんなりと収まる。

 裾だけが、ほんの少し余った。

「……あ」

 誰かが、小さく声を漏らす。

 ……まずい。

 あまりにも。

 あまりにも――似合っている。

 騎士団の紋章。
 深い青の制服。
 そして、あの顔。

「……団長」

 私は、無意識に一歩、前に出ていた。

「はい?」

 振り向いた彼に、
 一瞬、言葉を失う。

 ……危険だ。

 この人は、歩くだけで戦況を変え、
 立っているだけで人心を掌握し、
 制服を着ただけで、空気を塗り替える。

 私は、はっきりと自覚した。

 ――この人は、誰にも渡してはいけない。

 団長としても。
 そして――それ以外の意味でも。

「叙任式まで、少し時間があります」

 私は、視線を逸らして言った。

「……私が、側にいますから」

 彼は、ほっとしたように笑った。

 その笑顔に、胸が痛む。

 ……まったく。

 これだから、顔面最強は困るのだ。


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