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第15話 舌戦
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帝国の使節団が王都に入ったという報せを受けたとき、僕は嫌な予感しかしなかった。
停戦状態に入ってからというもの、帝国は妙に静かだった。援軍要請も、外交文書も、最低限に抑えられている。その沈黙が破られたということは、向こうの腹が固まったということだ。
会談は王城の中枢、普段は使われない会議室で行われた。
窓は少なく、天井は高い。音が反響しないよう、厚い絨毯が敷かれている。逃げ場のない部屋だ。
公王が玉座につき、公国側の貴族たちが左右に並ぶ。
僕は軍務案件の列席者として、やや後方の席についた。
やがて、帝国側の代表が入室する。
軍務少将――名はヴァルデリオ。
年は四十代半ば。体躯は細身だが、姿勢に無駄がない。剣よりも机の前にいる時間の方が長い人間の立ち姿だ。
彼は一礼すると、いきなり本題に入った。
「本日は単刀直入に参りましょう」
声は穏やかだが、間を与えない。
「帝国は現在、魔王軍との停戦状態にあります。しかし、これは恒久的なものではない。次に戦が始まれば、今度こそ決着をつける」
彼は、そこまでを前提として語る。
反論の余地を最初から削っている。
「そのために、我々は同盟国である公国の協力を必要としている」
来たな、と思った。
「第一に、軍資金の提供。第二に、一定数の兵の貸与。後方支援でも構いません」
公国側の空気が、わずかに硬くなる。
ヴァルデリオ少将は、こちらの反応を見逃さない。
薄く笑う。
「無論、見返りは考慮します。帝国は勝ちます。その勝利の果実を、公国にも分け与えましょう」
……便利な言葉だ。
貴族の一人が口を開く。
「具体的には?」
「戦後の交易優遇、領土再編時の配慮、その他諸々」
すべてが曖昧だ。
だが、断るとどうなるかは、あえて言わない。
公王は黙っている。
だからこそ、場の主導権は帝国側にある。
僕はヴァルデリオ少将を観察していた。
彼は強気だが、傲慢ではない。相手の弱点を嗅ぎ取る嗅覚がある。だからこそ厄介だ。
「兵を貸せば、公国の防衛は手薄になります」
僕は発言を求め、許可を得た。
「停戦中とはいえ、北方と西方に脅威が消えたわけではありません」
ヴァルデリオは僕を見る。
その視線は、品定めだった。
「乙女騎士団団長、でしたな」
「はい」
「勇名は伺っている。だが、戦争は感情で動かすものではない」
その言い方に、わずかな棘があった。
「帝国が魔王軍と戦っているのは、公国のためでもある」
僕は、その言葉を待っていた。
「……少将」
声を抑える。
「その戦争の発端が何であったか、ご存じですよね」
室内が静まり返る。
ヴァルデリオは眉一つ動かさない。
「歴史の解釈は、勝者が決めるものです」
「では、事実を」
僕は続けた。
「帝国が先に魔王領へ侵攻した。資源確保と勢力拡大を目的に。魔王軍が動いたのは、その後です」
数人の貴族が息を呑む。
公王の視線が、僕に向いたが、止めはしなかった。
ヴァルデリオは、ようやく笑みを消した。
「……だから何だと?」
「だから、帝国の戦争は“自業自得”の側面がある。公国が無条件で血を流す義理はありません」
一瞬、空気が張り詰める。
だが、ヴァルデリオはすぐに立て直した。
「正論ですな。だからこそ、我々は同盟を結んでいる」
彼は手を広げる。
「戦争とは、始めた者だけが戦うものではない。巻き込まれた者も、選択を迫られる」
嫌な男だ。
だが、間違ったことは言っていない。
「帝国が負ければ、次は公国です」
その言葉で、貴族たちの一部が揺れた。
ここで、僕は切り札を切ることにした。
「一つ、帝国がまだ把握していない情報があります」
ヴァルデリオの目が細くなる。
「北方で、魔王軍とは無関係の魔族勢力を殲滅しました」
「聞いている」
「ですが、その長を捕らえています」
ざわめきが走る。
「独立勢力の魔族――カルロタ・フィゲロア。魔王軍内部の事情に通じ、停戦の裏側についても情報を持っている」
ヴァルデリオは、初めて完全に動揺を見せた。
ほんの一瞬だが、確かに。
「……魔族を生かしていると?」
「管理下に置いています」
僕は続ける。
「彼女の情報によれば、魔王軍内部でも停戦を巡って対立がある。帝国が次に動けば、それに呼応する勢力も動くでしょう」
ヴァルデリオは沈黙した。
頭の中で、計算している。
「公国は提案します」
僕は言った。
「無条件の金銭、兵力提供は行いません。その代わり――」
条件を並べる。
情報共有。
共同作戦時の指揮権調整。
停戦破棄時の相互防衛義務。
「対等な同盟としての再交渉です」
公王が、ゆっくりと頷いた。
「それが、公国の意思だ」
ヴァルデリオはしばらく黙り込み、やがて深く息を吐いた。
「……なるほど」
そして、薄く笑う。
「乙女騎士団団長。あなたは危険だ」
「誉め言葉として受け取ります」
「そうしておきましょう」
会談は、一応の合意に達した。
帝国は条件を持ち帰る。即答はしない。
去り際、ヴァルデリオは僕を見た。
「覚えておいてください。帝国は勝ちます。その時、公国がどちら側にいたかは、必ず記録される」
「同じ言葉を返します」
僕は答えた。
「公国も、選択を記録します」
扉が閉まる。
深く息を吐いた。
会談後、カルロタに結果を伝えると、彼女は愉快そうに笑った。
「いい顔だったぞ、団長」
「最悪だ」
「戦争は、こうでなくては」
僕は理解している。
剣で斬り合うより、
こうして言葉で削り合う方が、ずっと疲れる。
だが――もう戻れない。
僕は乙女騎士団団長であり、
公国の意思を背負う人間なのだから。
停戦状態に入ってからというもの、帝国は妙に静かだった。援軍要請も、外交文書も、最低限に抑えられている。その沈黙が破られたということは、向こうの腹が固まったということだ。
会談は王城の中枢、普段は使われない会議室で行われた。
窓は少なく、天井は高い。音が反響しないよう、厚い絨毯が敷かれている。逃げ場のない部屋だ。
公王が玉座につき、公国側の貴族たちが左右に並ぶ。
僕は軍務案件の列席者として、やや後方の席についた。
やがて、帝国側の代表が入室する。
軍務少将――名はヴァルデリオ。
年は四十代半ば。体躯は細身だが、姿勢に無駄がない。剣よりも机の前にいる時間の方が長い人間の立ち姿だ。
彼は一礼すると、いきなり本題に入った。
「本日は単刀直入に参りましょう」
声は穏やかだが、間を与えない。
「帝国は現在、魔王軍との停戦状態にあります。しかし、これは恒久的なものではない。次に戦が始まれば、今度こそ決着をつける」
彼は、そこまでを前提として語る。
反論の余地を最初から削っている。
「そのために、我々は同盟国である公国の協力を必要としている」
来たな、と思った。
「第一に、軍資金の提供。第二に、一定数の兵の貸与。後方支援でも構いません」
公国側の空気が、わずかに硬くなる。
ヴァルデリオ少将は、こちらの反応を見逃さない。
薄く笑う。
「無論、見返りは考慮します。帝国は勝ちます。その勝利の果実を、公国にも分け与えましょう」
……便利な言葉だ。
貴族の一人が口を開く。
「具体的には?」
「戦後の交易優遇、領土再編時の配慮、その他諸々」
すべてが曖昧だ。
だが、断るとどうなるかは、あえて言わない。
公王は黙っている。
だからこそ、場の主導権は帝国側にある。
僕はヴァルデリオ少将を観察していた。
彼は強気だが、傲慢ではない。相手の弱点を嗅ぎ取る嗅覚がある。だからこそ厄介だ。
「兵を貸せば、公国の防衛は手薄になります」
僕は発言を求め、許可を得た。
「停戦中とはいえ、北方と西方に脅威が消えたわけではありません」
ヴァルデリオは僕を見る。
その視線は、品定めだった。
「乙女騎士団団長、でしたな」
「はい」
「勇名は伺っている。だが、戦争は感情で動かすものではない」
その言い方に、わずかな棘があった。
「帝国が魔王軍と戦っているのは、公国のためでもある」
僕は、その言葉を待っていた。
「……少将」
声を抑える。
「その戦争の発端が何であったか、ご存じですよね」
室内が静まり返る。
ヴァルデリオは眉一つ動かさない。
「歴史の解釈は、勝者が決めるものです」
「では、事実を」
僕は続けた。
「帝国が先に魔王領へ侵攻した。資源確保と勢力拡大を目的に。魔王軍が動いたのは、その後です」
数人の貴族が息を呑む。
公王の視線が、僕に向いたが、止めはしなかった。
ヴァルデリオは、ようやく笑みを消した。
「……だから何だと?」
「だから、帝国の戦争は“自業自得”の側面がある。公国が無条件で血を流す義理はありません」
一瞬、空気が張り詰める。
だが、ヴァルデリオはすぐに立て直した。
「正論ですな。だからこそ、我々は同盟を結んでいる」
彼は手を広げる。
「戦争とは、始めた者だけが戦うものではない。巻き込まれた者も、選択を迫られる」
嫌な男だ。
だが、間違ったことは言っていない。
「帝国が負ければ、次は公国です」
その言葉で、貴族たちの一部が揺れた。
ここで、僕は切り札を切ることにした。
「一つ、帝国がまだ把握していない情報があります」
ヴァルデリオの目が細くなる。
「北方で、魔王軍とは無関係の魔族勢力を殲滅しました」
「聞いている」
「ですが、その長を捕らえています」
ざわめきが走る。
「独立勢力の魔族――カルロタ・フィゲロア。魔王軍内部の事情に通じ、停戦の裏側についても情報を持っている」
ヴァルデリオは、初めて完全に動揺を見せた。
ほんの一瞬だが、確かに。
「……魔族を生かしていると?」
「管理下に置いています」
僕は続ける。
「彼女の情報によれば、魔王軍内部でも停戦を巡って対立がある。帝国が次に動けば、それに呼応する勢力も動くでしょう」
ヴァルデリオは沈黙した。
頭の中で、計算している。
「公国は提案します」
僕は言った。
「無条件の金銭、兵力提供は行いません。その代わり――」
条件を並べる。
情報共有。
共同作戦時の指揮権調整。
停戦破棄時の相互防衛義務。
「対等な同盟としての再交渉です」
公王が、ゆっくりと頷いた。
「それが、公国の意思だ」
ヴァルデリオはしばらく黙り込み、やがて深く息を吐いた。
「……なるほど」
そして、薄く笑う。
「乙女騎士団団長。あなたは危険だ」
「誉め言葉として受け取ります」
「そうしておきましょう」
会談は、一応の合意に達した。
帝国は条件を持ち帰る。即答はしない。
去り際、ヴァルデリオは僕を見た。
「覚えておいてください。帝国は勝ちます。その時、公国がどちら側にいたかは、必ず記録される」
「同じ言葉を返します」
僕は答えた。
「公国も、選択を記録します」
扉が閉まる。
深く息を吐いた。
会談後、カルロタに結果を伝えると、彼女は愉快そうに笑った。
「いい顔だったぞ、団長」
「最悪だ」
「戦争は、こうでなくては」
僕は理解している。
剣で斬り合うより、
こうして言葉で削り合う方が、ずっと疲れる。
だが――もう戻れない。
僕は乙女騎士団団長であり、
公国の意思を背負う人間なのだから。
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