顔面最強、戦力最弱男は今日も戦わず逃げ出したい〜容姿に全振りした僕が、なぜか最強扱いされています〜

小林一咲

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第17話 裁定

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 南西方面から届いた急報は、嫌な予感しかしない内容だった。

 ストロース王国側の辺境伯領。国境からそう遠くない場所に存在するダンジョンが異常活性を起こし、魔物が溢れ出しているという。しかも量が多い。通常のスタンピードとは違い、断続的に、しかし確実に増え続けている。

 問題は、被害がすでに一般人に及んでいることだった。

 農村が襲われ、街道が遮断され、避難民が溢れている。王国軍だけでは対処が追いつかず、辺境伯が公国へ応援を要請してきた。

 外交文書としては、丁寧だった。だが行間からは焦りが滲んでいた。

「厄介だな……」

 執務机に地図を広げながら、僕は小さく呟いた。

 南西は、今まさに神経を使う方向だった。先日の会談以降、ストロース王国とも妖精国とも、微妙な均衡を保っている。ここで要請を断れば、冷淡な国という評価を受ける。だが、大軍を動かす余裕もない。

 北方だ。

 帝国と魔王軍は停戦状態とはいえ、いつ破れるか分からない。副団長も、各師団長も、主力はすでに北へ向かっている。乙女騎士団として動かせる兵力は限られていた。

 精鋭を選抜しても、五十名が限界。

 正直に言えば、それでは足りない。

 ダンジョン由来の魔物は、数も質も安定しない。少数精鋭で抑えられる規模を超えている可能性が高かった。

 それでも、公王は出撃を許可した。

 限定的支援。深入りはするな。被害拡大を防ぐことを最優先に。

 もっともな判断だと思う。だからこそ、団長である僕が現地へ向かうことになった。

 出陣準備を進めながら、僕はずっと考えていた。

 この戦力で、本当に守れるのか。

 答えは、限りなく否に近かった。

 だから、僕は一線を越える決断をした。

 誰にも告げず、夜の王都を抜ける。向かった先は、監視付きで滞在させている一人の女の元だった。

 カルロタ。

 かつて魔族軍の長として戦場に立ち、今は捕虜という立場にある存在。

 彼女を使う。それが、僕の出した結論だった。

「随分と思い切った顔だな」

 牢ではない。だが自由もない部屋で、彼女はそう言った。

 事情を簡潔に説明する。時間はなかった。

「条件がある」

 僕ははっきりと告げた。

「命令に従うこと。正体を隠すこと。勝手な行動は許さない」

「それで?」

「それで、力を貸してほしい」

 カルロタは少し考え、そして笑った。

「人は面白い選択をする」

 了承だった。

 こうして、乙女騎士団五十名と、名簿に存在しない戦力一名を伴い、僕たちは南西へ向かった。

 現地は、想像以上に混乱していた。

 ダンジョン周辺はすでに荒れ果て、魔物の痕跡が無数に残っている。王国騎士団も必死に防衛線を張っていたが、消耗が激しい。

 合流した辺境伯配下の騎士たちは、僕たちを歓迎した。乙女騎士団の旗は、彼らにとって希望だったのだろう。

 戦闘は、すぐに始まった。

 魔物は多種多様だった。小型から中型、群れで動くもの、単体で暴れるもの。統率はないが、数が多い。

 乙女騎士団は連携で対処した。少数でも対応できるよう鍛え抜かれた部隊だ。魔物を引きつけ、分断し、確実に仕留める。

 そして、カルロタが動いた。

 彼女は前に出過ぎない。それでいて、戦線が崩れそうな瞬間に必ず現れる。魔物を叩き潰し、切り裂き、恐怖を植え付ける。

 その力は、圧倒的だった。

 魔物たちが、彼女を避けるように動き始めたのを見て、僕は背筋が冷えた。力の差を、理解しているのだ。

 戦況は、一気にこちらに傾いた。

 だが、その異質さは、味方にも伝わる。

 王国騎士の一人が、彼女を見る目を変えたのに気づいたのは、戦闘が終盤に差し掛かった頃だった。

 魔力の流れ。傷の治り。動きの質。

 見抜かれた。

 戦闘自体は勝利だった。ダンジョン周辺の魔物は掃討され、溢れ出す兆候も収まった。

 だが、勝利の余韻はなかった。

「団長殿」

 王国騎士が、慎重な口調で話しかけてくる。

「先ほどの女性ですが……人族ではありませんね」

 周囲の視線が集まる。

 僕は否定しなかった。

 否定できなかった。

 沈黙が、答えだった。

 空気が変わる。

「説明を求めます」

 それは当然の要求だった。魔族を戦力として使った。しかも、事前の通達なしに。

 国際問題になりかねない。

 僕は一歩前に出た。

「判断したのは、僕です」

 全てを背負うつもりだった。

 救った命の数と、踏み越えた線。その重さを、今になってはっきりと感じていた。

 剣では勝った。

 だが、この先は、政治の戦場だ。

 その覚悟を決めながら、僕はストロース王国側の騎士たちと向き合った。

 ◆

 戦いが終わったあとに残るものは、勝利の実感ではない。

 沈黙と、視線と、説明を求める空気だ。

 ストロース王国側の辺境伯領に設けられた臨時の詰所。その中で、僕は王国騎士団の上官たちと向き合っていた。机を挟み、互いに立ったまま。座ることすら許されない緊張感が、場を支配している。

「確認したい」

 王国騎士団の副長格と思しき男が、硬い声で口を開いた。

「先の戦闘において、貴殿の指揮下にあった戦力の中に、人族ではない存在がいた」

 否定はしなかった。

「いました」

 短く答える。

 その瞬間、空気がさらに冷えた。

「それは魔族か」

「そうです」

 ざわり、と小さなざわめきが起こる。誰かが息を呑む音が聞こえた。想定していたとはいえ、実際に言葉にされると、受け取られ方は違う。

「説明を求める」

 当然の要求だった。

 僕は一歩前に出る。

「今回の判断は、全て僕の独断です」

 間を置かずに続けた。

「ダブリン公国、乙女騎士団、いずれの上層部も関与していません。事前承認もありませんでした」

 責任を切り離す。それが最優先だった。

 王国側の騎士たちは、互いに視線を交わす。誰もが、この発言の意味を理解している。独断専行という言葉は、便利だ。だが同時に、重い。

「魔族を戦力として用いた前例は、極めて危険だ」

 別の騎士が言った。

「帝国がこれを知れば、どう利用するか分からん。魔王軍に与する国だと喧伝される可能性もある」

「理解しています」

 理解しているからこそ、やった。

 そう言いたかったが、口にはしなかった。

「しかし」

 副長格の騎士が言葉を継ぐ。

「結果として、我々は救われた。被害の拡大も防がれた。それも事実だ」

 その言葉に、誰もすぐには反論しなかった。

 やがて、辺境伯本人が姿を現した。

 疲れた顔だった。ここ数日の緊張と、民の被害、その全てが刻まれている。彼は僕を見ると、深く息を吐いた。

「騎士団長殿」

 静かな声だった。

「礼を言うべきか、叱責すべきか、判断に迷っている」

 正直な言葉だった。

「我が領は、貴殿の判断によって救われた。多くの命が助かった」

 だが、と続ける。

「同時に、我が国は難しい立場に置かれた」

 僕は黙って聞いた。

「魔族を使役したとなれば、国内の強硬派は騒ぐ。帝国も黙ってはいないだろう」

 その通りだ。

「それでも」

 辺境伯は、視線を逸らさずに言った。

「私は、貴殿の行動を軽々しく断罪するつもりはない」

 一瞬、胸の奥が緩むのを感じた。

 だが、それは許しではない。

「今回の件は、非公式支援として処理する」

 辺境伯は言った。

「公式記録には残さない。魔族の存在についても、確認不能という形にする」

 それは、最大限の譲歩だった。

「ただし」

 言葉が続く。

「この件が他国に知られた場合、我が国は貴殿を守れない」

 当然だ。

「異議はありますか」

「ありません」

 僕は即答した。

 会談は、そこで一区切りとなった。

 表向きは、穏便に収まったと言える。だが、火種は消えていない。地中で燻り続けている。

 詰所を出たあと、僕は人気のない場所でカルロタと短く言葉を交わした。

「随分と大事になったな」

 彼女は、どこか楽しそうに言った。

「後悔はしていないか」

 僕は尋ねた。

「していない」

 即答だった。

「人を救った。それだけだ」

 彼女は続ける。

「だが、人の国の政治は、戦場より残酷だ。敵が見えない」

「分かっている」

 分かっているつもりだった。だが、実際にその渦中に立つと、重みが違う。

 王都への帰路、僕はずっと考えていた。

 今回の判断で、何を得て、何を失ったのか。

 救えた命は、確かにある。数字では表せない価値だ。

 だが、信用という目に見えない資産を、確実に削った。

 貴族たちはどう動くか。公王はどう裁くか。帝国は、この情報を嗅ぎつけるだろうか。

 答えは、まだ出ない。

 ただ一つ、はっきりしていることがある。

 僕はもう、後戻りできない位置にいる。

 剣を振るうだけの団長ではない。判断し、その結果を引き受ける立場だ。

 王都の城壁が見えてきたとき、僕は小さく息を吐いた。

 次に待っているのは、戦闘ではない。

 裁定だ。

 そしてそれからも、きっと選択は続く。

 逃げない。それだけは、決めていた。
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