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第3章 凡人は牙を研ぐ
第102話 世界の均衡を守る者
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地響きの轟音が谷間に反響する中、ダリウスは巨体の破壊公に向かって突進していった。短剣と魔術が混ざった攻撃の連続。僕は後ろで身をかがめ、息を整えながら、その背中を見つめるしかなかった。あまりに鮮烈な戦闘の光景に、心臓が喉元まで跳ね上がる。
「ボクは……君を守るッ!」
ダリウスの声が谷間にこだまする。声と同時に、光の斬撃が破壊公の角に弾かれ、黒い霧が渦を巻いた。僕の体が自然に後退しようとする。後ろを見れば、崩れた岩の隙間から、光に満ちた異空間の裂け目が開いている。まるで神が差し伸べた手のように、僕たちを誘っていた。
「バルト、ここだ!」
その声に呼ばれ、僕は全速力で裂け目へ飛び込んだ。周囲の景色が歪み、光と闇が交錯する異空間に吸い込まれるように落ちていく。耳がキーンと鳴り、重力が一瞬消えたような感覚。次の瞬間、硬い床に転がり込んで息を切らした。
目を上げると、そこはまったく異なる場所だった。空は淡い青灰色で、視界の端には浮遊する石の塊。静寂が戦いの余韻を覆い隠している。その中心に、黒衣の男たちが並んでいた。
「ここは……?」
僕が問いかけると、一人の男が歩み寄り、低く落ち着いた声で言った。
「バルト・クラスト、君は危険から保護された。ここがオルディナス――世界の均衡を守る者たちの拠点だ」
言葉が耳に届く前に、体の奥底に不思議な安心感が流れ込む。背後で微かに光る壁の裂け目が、僕を安全な空間に隔ててくれたのだ。
「僕を……助けてくれたのか?」
「助けた……というより、君はこの世界にとって必要な存在だ」
幹部の声は、理路整然としていながら、どこか冷たさを帯びていた。僕が立ち上がろうとするのを遮るように、別の幹部が地面に手を置くと、透明な結界が出現し、僕を包んだ。
「君のスキルは“均衡力”。魔族と人間の世界の釣り合いを保つ、極めて稀有な能力だ。制御には訓練が必要だ」
訓練――僕の脳裏に先ほどの戦闘の映像が蘇る。ダリウスが一人で戦っていた光景。あの勇敢さを持つ彼も、この世界では万能ではないのだ。
「半年間の訓練を受ける。身体能力、戦闘技術、スキルの制御、そして精神力。全ては君自身と、この世界の未来のためだ」
僕は深く息をついた。背後の裂け目がふっと閉じ、戦場の記憶が遠のく。ダリウスは肩を押さえながら、痛みに耐えて立ち上がろうとしている。
「ボクは……君の隣にいる。君の器は特別だ。世界を守る鍵だ。だから、訓練は逃げ場ではなく、力を手に入れるための場所なんだ」
僕は頷いた。恐怖と混乱、絶望の渦の中で、初めて自分の存在価値を実感した瞬間だった。
◇◇◇
日々は過酷だった。模擬戦闘は想像以上に厳しく、魔族の幻影が襲いかかり、身体と精神を追い込む。だが、僕の体の奥底で、少しずつ何かが目覚めるのを感じた。空間の流れが手に取るように分かり、風の流れや重力の変化で微妙に力を補正できる。均衡を“感じる”ことができるようになったのだ。
半月が過ぎた頃、僕は鏡のような水面に映る自分を見つめた。かつての普通の少年の顔ではない。目には意志が宿り、全身から確かな自信が滲んでいる。
「バルト、今日の訓練はここまでだ」
ダリウスの声が響く。僕は頷き、深く呼吸を整えた。痛みも疲労もあるが、どこか清々しい気持ちだ。自分が世界のために、何かを成す力を持っている――それだけで、胸の奥が熱くなる。
「半年後……僕は、あの破壊公と、魔族たちと、再び対峙できるのか」
不安と希望が交錯する。だが、もう逃げることはできない。僕の力は、僕だけのものではなく、世界の均衡を守るためのものなのだ。
谷間に轟音が再び蘇るのは、まだずっと先のこと。今はただ、この場所で力を身につけ、世界に立ち向かう準備をするしかない。
「ボクは……君を守るッ!」
ダリウスの声が谷間にこだまする。声と同時に、光の斬撃が破壊公の角に弾かれ、黒い霧が渦を巻いた。僕の体が自然に後退しようとする。後ろを見れば、崩れた岩の隙間から、光に満ちた異空間の裂け目が開いている。まるで神が差し伸べた手のように、僕たちを誘っていた。
「バルト、ここだ!」
その声に呼ばれ、僕は全速力で裂け目へ飛び込んだ。周囲の景色が歪み、光と闇が交錯する異空間に吸い込まれるように落ちていく。耳がキーンと鳴り、重力が一瞬消えたような感覚。次の瞬間、硬い床に転がり込んで息を切らした。
目を上げると、そこはまったく異なる場所だった。空は淡い青灰色で、視界の端には浮遊する石の塊。静寂が戦いの余韻を覆い隠している。その中心に、黒衣の男たちが並んでいた。
「ここは……?」
僕が問いかけると、一人の男が歩み寄り、低く落ち着いた声で言った。
「バルト・クラスト、君は危険から保護された。ここがオルディナス――世界の均衡を守る者たちの拠点だ」
言葉が耳に届く前に、体の奥底に不思議な安心感が流れ込む。背後で微かに光る壁の裂け目が、僕を安全な空間に隔ててくれたのだ。
「僕を……助けてくれたのか?」
「助けた……というより、君はこの世界にとって必要な存在だ」
幹部の声は、理路整然としていながら、どこか冷たさを帯びていた。僕が立ち上がろうとするのを遮るように、別の幹部が地面に手を置くと、透明な結界が出現し、僕を包んだ。
「君のスキルは“均衡力”。魔族と人間の世界の釣り合いを保つ、極めて稀有な能力だ。制御には訓練が必要だ」
訓練――僕の脳裏に先ほどの戦闘の映像が蘇る。ダリウスが一人で戦っていた光景。あの勇敢さを持つ彼も、この世界では万能ではないのだ。
「半年間の訓練を受ける。身体能力、戦闘技術、スキルの制御、そして精神力。全ては君自身と、この世界の未来のためだ」
僕は深く息をついた。背後の裂け目がふっと閉じ、戦場の記憶が遠のく。ダリウスは肩を押さえながら、痛みに耐えて立ち上がろうとしている。
「ボクは……君の隣にいる。君の器は特別だ。世界を守る鍵だ。だから、訓練は逃げ場ではなく、力を手に入れるための場所なんだ」
僕は頷いた。恐怖と混乱、絶望の渦の中で、初めて自分の存在価値を実感した瞬間だった。
◇◇◇
日々は過酷だった。模擬戦闘は想像以上に厳しく、魔族の幻影が襲いかかり、身体と精神を追い込む。だが、僕の体の奥底で、少しずつ何かが目覚めるのを感じた。空間の流れが手に取るように分かり、風の流れや重力の変化で微妙に力を補正できる。均衡を“感じる”ことができるようになったのだ。
半月が過ぎた頃、僕は鏡のような水面に映る自分を見つめた。かつての普通の少年の顔ではない。目には意志が宿り、全身から確かな自信が滲んでいる。
「バルト、今日の訓練はここまでだ」
ダリウスの声が響く。僕は頷き、深く呼吸を整えた。痛みも疲労もあるが、どこか清々しい気持ちだ。自分が世界のために、何かを成す力を持っている――それだけで、胸の奥が熱くなる。
「半年後……僕は、あの破壊公と、魔族たちと、再び対峙できるのか」
不安と希望が交錯する。だが、もう逃げることはできない。僕の力は、僕だけのものではなく、世界の均衡を守るためのものなのだ。
谷間に轟音が再び蘇るのは、まだずっと先のこと。今はただ、この場所で力を身につけ、世界に立ち向かう準備をするしかない。
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