凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲

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第3章 凡人は牙を研ぐ

第103話 均衡力

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 異空間の中で、僕はまだ呼吸を整えながら壁に手をついていた。目の前には黒衣の幹部たちが、整列するように立っている。空気は冷たく、静寂の中に確かな緊張が漂っていた。

「バルト・クラスト、まずはこの世界の裏側を知る必要がある」

 幹部の一人がゆっくり歩み寄り、淡い光を帯びた地図のようなものを空中に浮かべた。そこには、人間の国々、魔族の領域、そして見えない境界線が網の目のように描かれている。

「ここは……?」

「オルディナスの拠点、君を保護するための空間だ。表の世界からは干渉されず、私たちの意思で環境を調整できる」

 僕は目を見張った。空間の壁が光のようにゆらぎ、自在に形を変えている。まるで夢の中の城にいるようだった。

「オルディナスとは何者なのか?」

 幹部は目を細め、低く答える。

「我々は世界の均衡を守る者たち。帝国にも王国にも魔族にも属さず、裏で全ての力を監視している」

 裏で――僕の胸の中で何かがざわめいた。つまり、ダリウスが言っていた『帝国上層部とボクだけが君を本気で守る』というのは、この組織のことなのだろうか。

「我々の目的は、表立って戦争や外交を動かすことではない。均衡を崩す者、世界の釣り合いを乱す存在を監視し、必要なら介入する」

 空中に浮かぶ地図に、赤い光点が点滅した。魔族の拠点、帝国の要塞、王国の首都――すべてを彼らは掌握しているように見えた。

「君の能力――“均衡力”――は非常に特殊だ。女神の加護を受けず、魔族にも人間にも影響されない。だからこそ、君を放置すれば世界の釣り合いは崩壊する」

 僕はその言葉を反芻した。女神に干渉されず、世界の均衡を保つ力……それは、僕の存在自体が世界の鍵であることを意味するのか。

「しかし、この力はまだ不完全だ。制御が効かなければ、己も、周囲も、均衡も破壊しかねない」

 幹部の言葉に、自然と背筋が伸びた。逃げることは許されない。僕は訓練を受け、力を制御するしかないのだ。

「訓練は四つの柱で構成される」

・戦闘技術と身体能力の強化
・スキル制御と応用訓練
・心理・精神訓練
・情報収集と戦略思考の習得

「半年間の訓練を終えれば、君は初めて現実世界に介入できる。インヒター王国と魔族の関係を断つため、君の力を使うのだ」

 言葉の重さに、胸の奥がぎゅっとなる。半年後、僕は再びあの戦場に立つのだ。今度は、自分の力で魔族に立ち向かうことになる。

「君には選択肢があると思うかもしれない。しかし、力を得ることと、世界を守ることは不可分だ。逃げれば均衡は崩れる」

 僕は小さく頷いた。逃げるわけにはいかない。ダリウスが背中で示してくれた勇気と、オルディナスが提示する世界の全体像――それらを胸に、僕は訓練の日々に身を投じる決意を固めた。

 数日後、僕は初めて均衡力の訓練に臨む。鏡のように透き通った水面の前に立ち、集中する。息を整え、意識を体の奥に沈めると、空間の流れが手に取るように見えた。重力、風、光――すべてが微細な波として僕の感覚に届く。

「できる……!」

 初めて、均衡力が意志に応じて反応するのを感じた。小さな光の波紋が水面に広がる。その瞬間、世界の一部を僕が掌握しているという感覚に、戦慄と同時に深い高揚感が押し寄せた。

 オルディナスの幹部は微笑みもしなければ褒めもしない。ただ、静かに観察している。だが、僕には分かる。彼らは結果を求め、そして僕を信じているのだと。

「半年後、君は世界の均衡に介入する。だが、その時、君自身がその均衡の一部となる」

 胸の奥に熱い決意が広がる。もう後戻りはできない。僕はこの場所で力を磨き、世界のために立つ。

 外の世界では、魔族と帝国、王国の争いが続いているだろう。しかし今の僕には、オルディナスが作り出した安全な空間がある。そして、ダリウスが教えてくれた勇気がある。

 僕は拳を握り、心の中で小さく誓った。

 ――必ず、この力で、世界を守る。
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