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2年目 悩める日々
第32話 愉快な仲間とファン0号
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シーズンオフになり、寮を追い出された僕はトボトボと実家のアパートに帰った。
久しぶりのボロアパートのこたつでくつろいでいると妹が言った。
「ねえ、兄ちゃん。
いつになったら、マンション買ってくれるの。
早くいっぱい稼いで、引っ越そうよ。」
そうだね。でもね、プロ野球選手はみんな凄いんだよ。
その中で活躍するのは大変なんだよ。
大金を稼ぐ選手はほんの一握りなんだよ、というような事を僕は諭すように言った。
妹は野球にあまり興味が無く、テレビでプロ野球選手の契約更改を見て、プロ野球選手は稼げると思ったらしかった。
「ふーん。でも契約金いっぱいもらったんでしょ。」
忘れたのかな。僕の契約金は実家の借金返済と君の高校入学費用と授業料で半分以上消えたんだけど。
そしてそこに無造作に置いてある、入学祝いのブランドものの通学カバンは誰に買ってもらったのかな。結構高かったよ。
家では喧しいハムスターのような妹だが、高校ではそこそこ人気があるらしい。
確かに喋らなければ、まあまあ可愛い方かもしれない。
シーズンオフには恒例の高校時代の野球部の同窓会がある。
僕らは学校近くの中華料理屋にいつも集まることにしている。
僕が店に入ると、山崎以外は大体揃っていた。
「よお、初出場と初牽制球死おめでとう」とライトを守っていた柳谷が僕の顔を見るなり言った。
ありがとうよ。
御礼に頭からビールをかけてやるよ。
栓抜きでビール瓶の蓋を抜いていると、山崎が入ってきた。
「いよぅ、貧乏人諸君。」
嫌な奴もここまで振り切れると、むしろ清清しい。
今期、山崎は8勝3敗と後半はローテーションに定着し、年俸も1,200万円から2,600万円に上がったらしい。(推定)
「てめぇ、遅いぞ。罰として、会費全部払えよ。」と平井。
「わりぃ、わりぃ。
今年の活躍で車の所有許可が出たから、ジャガー見に行ってたんだ。」
ほう、京阪ジャガーズ所属だから、乗る車もジャガーってか。
面白い。面白い。
「おう、隆。初牽制球死、おめでとう」
山崎は僕の顔を見るなり、言った。
ありがとよ。
お前も飲むかビール。頭から。
というように久しぶりに高校時代の仲間と楽しい時間を過ごした。
プロに入った奴、大学や社会人で野球を続けている奴、家業を継ぐために野球を辞めた奴。
色々な進路の者がいるが、集まると高校時代に戻ったような気がする。
苦楽を共にした仲間はいいもんだ。
「ところで今日は結衣ちゃんは来てないのか。」と山崎が言った。
「さては別れたか?」と平井が嬉しそうに言った。
「隆に顔を会わせるのが、嫌で来なかったんだろ。」
「違ぇよ。今日はどうしても外せない看護実習があるんだってさ。
お前らのしょぼくれた、しけた、むさ苦しい顔を見られなくて残念だって言っていたぜ。」と答えた。
「えー、残念だな。
別に隆は来なくてもいいから、結衣ちゃんに会いたかったのにな。」とショートを守っていた葛西が言った。
お前までそれ言うか。
僕はそれを聞きながら、先週、結衣と会って、初冬の海岸に行った時の事を思い出していた。
「なあ、結衣。」
「なぁに?」
「俺は君が今でも好きだし、出来れば毎日でも会いたいと思っている。」
「なに、改まって。私だってそうだよ。」
「でも俺は今、プロ野球選手として、生き残れるかどうかの瀬戸際にいると思っている。」
「うん。」
「だから今は野球に集中しなければならない。」
「うん。」
「だから結衣と会えるのもシーズンオフの12月だけだ。」
「そうね。」
「君は寂しいと思っているんじゃないのかな」
「うん。本音を言えば、寂しいと思う時はあるよ。
やっぱり会いたいと思うときはある。でも…。」
そこで結衣は言葉を切って、視線を海の方に向けた。
「でも、新聞やホームページとかで隆の活躍を見たり、時々、二軍の施設で貴方の頑張る姿を見たり、私はそれだけで充分に幸せなの。」
「…」
「だって野球をやっている隆は、誰よりも格好いいよ。どんな俳優やアイドル、イケメンよりも。」
「あれ? 俺はイケメンじゃないのかな。」
「さあね、ノーコメント。
とにかく私は隆の一番のファン。
プロに入って一番目のファンが亡くなったあの子なら、私は0番目のファンよ。
隆は知らないかも知れないけど、私は中学生の時に隆のプレーに一目惚れしてから、ずっとファンだったんだから。」
「え、中学生の時?」
「そうよ。知らなかったでしょ。たまたま友達と野球部の応援に行った時に、相手チームのショートだった隆を見たの。」
「え、知らなかった。」
「あの時、私の中学校は弱くて、隆のいた中学校の野球部に5回コールド負けしたの。
だから3回くらいから、凄くだらけた試合になったんだけど、隆だけは精一杯声を出して、どんな打球にも手を抜かず飛びついて、目一杯のプレーして、一人だけ一生懸命だった。
私はそんな隆の姿に憧れて、群青大学付属高校の野球部のマネージャーになりたいと思ったの。」
「そうだったのか。」
「今だから言うとね。
高校時代、当時のキャプテンや、山崎君、平井君からも告白されたんだよ。
だけど私は最初から隆だけを見ていたから…。本当に隆は鈍感だよね。」
群青大学付属高校の野球部は強豪とあって、マネージャーの入部希望も多く、一年生の最初は20人くらい希望者がいた。
だが練習も長時間に及び、仕事も大変なため、一人一人と辞め、三年生まで残ったのは、結衣を入れて三人だけであった。
そして最初の20人の中でも、結衣はとびっきり可愛く、先輩や同輩からも一番人気だった。
だから僕はあまり声をかけることもできず、遠くから見ているだけだった。
ところが二年生になってから、練習試合の帰りにたまたま二人で一緒に帰る機会があり、その際に何故か一緒に映画を見に行く事になった。
そしてその後も何回か二人で会う事が増えて、自然と付き合うようになったという次第だ。
「だから私、隆が例えプロ野球選手で無くなっても、ずっと応援するよ。頑張って。」というようなやりとりがあったのだ。
僕はそれを思い出して、自然に顔がにやけていたらしい。
「おい、キモイ顔が更にキモくなっているぞ。」と柳谷。
「うるせぇ。さあ、飲め。」
という具合に久し振りの仲間との夜は更けていった。
蛇足だが、二次会の費用は、金持ちの山崎クンが渋い顔をしながら、渋々と払ってくれた。
少しは良いところあるじゃん。
久しぶりのボロアパートのこたつでくつろいでいると妹が言った。
「ねえ、兄ちゃん。
いつになったら、マンション買ってくれるの。
早くいっぱい稼いで、引っ越そうよ。」
そうだね。でもね、プロ野球選手はみんな凄いんだよ。
その中で活躍するのは大変なんだよ。
大金を稼ぐ選手はほんの一握りなんだよ、というような事を僕は諭すように言った。
妹は野球にあまり興味が無く、テレビでプロ野球選手の契約更改を見て、プロ野球選手は稼げると思ったらしかった。
「ふーん。でも契約金いっぱいもらったんでしょ。」
忘れたのかな。僕の契約金は実家の借金返済と君の高校入学費用と授業料で半分以上消えたんだけど。
そしてそこに無造作に置いてある、入学祝いのブランドものの通学カバンは誰に買ってもらったのかな。結構高かったよ。
家では喧しいハムスターのような妹だが、高校ではそこそこ人気があるらしい。
確かに喋らなければ、まあまあ可愛い方かもしれない。
シーズンオフには恒例の高校時代の野球部の同窓会がある。
僕らは学校近くの中華料理屋にいつも集まることにしている。
僕が店に入ると、山崎以外は大体揃っていた。
「よお、初出場と初牽制球死おめでとう」とライトを守っていた柳谷が僕の顔を見るなり言った。
ありがとうよ。
御礼に頭からビールをかけてやるよ。
栓抜きでビール瓶の蓋を抜いていると、山崎が入ってきた。
「いよぅ、貧乏人諸君。」
嫌な奴もここまで振り切れると、むしろ清清しい。
今期、山崎は8勝3敗と後半はローテーションに定着し、年俸も1,200万円から2,600万円に上がったらしい。(推定)
「てめぇ、遅いぞ。罰として、会費全部払えよ。」と平井。
「わりぃ、わりぃ。
今年の活躍で車の所有許可が出たから、ジャガー見に行ってたんだ。」
ほう、京阪ジャガーズ所属だから、乗る車もジャガーってか。
面白い。面白い。
「おう、隆。初牽制球死、おめでとう」
山崎は僕の顔を見るなり、言った。
ありがとよ。
お前も飲むかビール。頭から。
というように久しぶりに高校時代の仲間と楽しい時間を過ごした。
プロに入った奴、大学や社会人で野球を続けている奴、家業を継ぐために野球を辞めた奴。
色々な進路の者がいるが、集まると高校時代に戻ったような気がする。
苦楽を共にした仲間はいいもんだ。
「ところで今日は結衣ちゃんは来てないのか。」と山崎が言った。
「さては別れたか?」と平井が嬉しそうに言った。
「隆に顔を会わせるのが、嫌で来なかったんだろ。」
「違ぇよ。今日はどうしても外せない看護実習があるんだってさ。
お前らのしょぼくれた、しけた、むさ苦しい顔を見られなくて残念だって言っていたぜ。」と答えた。
「えー、残念だな。
別に隆は来なくてもいいから、結衣ちゃんに会いたかったのにな。」とショートを守っていた葛西が言った。
お前までそれ言うか。
僕はそれを聞きながら、先週、結衣と会って、初冬の海岸に行った時の事を思い出していた。
「なあ、結衣。」
「なぁに?」
「俺は君が今でも好きだし、出来れば毎日でも会いたいと思っている。」
「なに、改まって。私だってそうだよ。」
「でも俺は今、プロ野球選手として、生き残れるかどうかの瀬戸際にいると思っている。」
「うん。」
「だから今は野球に集中しなければならない。」
「うん。」
「だから結衣と会えるのもシーズンオフの12月だけだ。」
「そうね。」
「君は寂しいと思っているんじゃないのかな」
「うん。本音を言えば、寂しいと思う時はあるよ。
やっぱり会いたいと思うときはある。でも…。」
そこで結衣は言葉を切って、視線を海の方に向けた。
「でも、新聞やホームページとかで隆の活躍を見たり、時々、二軍の施設で貴方の頑張る姿を見たり、私はそれだけで充分に幸せなの。」
「…」
「だって野球をやっている隆は、誰よりも格好いいよ。どんな俳優やアイドル、イケメンよりも。」
「あれ? 俺はイケメンじゃないのかな。」
「さあね、ノーコメント。
とにかく私は隆の一番のファン。
プロに入って一番目のファンが亡くなったあの子なら、私は0番目のファンよ。
隆は知らないかも知れないけど、私は中学生の時に隆のプレーに一目惚れしてから、ずっとファンだったんだから。」
「え、中学生の時?」
「そうよ。知らなかったでしょ。たまたま友達と野球部の応援に行った時に、相手チームのショートだった隆を見たの。」
「え、知らなかった。」
「あの時、私の中学校は弱くて、隆のいた中学校の野球部に5回コールド負けしたの。
だから3回くらいから、凄くだらけた試合になったんだけど、隆だけは精一杯声を出して、どんな打球にも手を抜かず飛びついて、目一杯のプレーして、一人だけ一生懸命だった。
私はそんな隆の姿に憧れて、群青大学付属高校の野球部のマネージャーになりたいと思ったの。」
「そうだったのか。」
「今だから言うとね。
高校時代、当時のキャプテンや、山崎君、平井君からも告白されたんだよ。
だけど私は最初から隆だけを見ていたから…。本当に隆は鈍感だよね。」
群青大学付属高校の野球部は強豪とあって、マネージャーの入部希望も多く、一年生の最初は20人くらい希望者がいた。
だが練習も長時間に及び、仕事も大変なため、一人一人と辞め、三年生まで残ったのは、結衣を入れて三人だけであった。
そして最初の20人の中でも、結衣はとびっきり可愛く、先輩や同輩からも一番人気だった。
だから僕はあまり声をかけることもできず、遠くから見ているだけだった。
ところが二年生になってから、練習試合の帰りにたまたま二人で一緒に帰る機会があり、その際に何故か一緒に映画を見に行く事になった。
そしてその後も何回か二人で会う事が増えて、自然と付き合うようになったという次第だ。
「だから私、隆が例えプロ野球選手で無くなっても、ずっと応援するよ。頑張って。」というようなやりとりがあったのだ。
僕はそれを思い出して、自然に顔がにやけていたらしい。
「おい、キモイ顔が更にキモくなっているぞ。」と柳谷。
「うるせぇ。さあ、飲め。」
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