ドラフト7位で入団して

青海啓輔

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3年目 激動のシーズン

第57話 これも僕らしい

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 6回の裏、7回の表裏と両チームとも三者凡退に終わった。。
 得点は6対3で8回の表を迎えた。
 このまま出場し続けたら、8回の裏は、僕からの打順だ。
 僕は8回の表の守備につく前に、君津監督、市川ヘッドコーチの方を見た。
 守備固めで飯田選手に交代されないだろうか。
 しかし、特に何も言われなかったので、そのまま守備位置に向かった。

 8回の表の東京チャリオッツの攻撃は三者凡退となり、いよいよ四打席目を迎える。
 僕はベンチに戻り、グラブを置き、またしても首脳陣の方を見た。
 代打を出されないか。
 恩田打撃コーチが僕の方を見て、肯いた。
 そのまま打席に入れということた。
 ありがたい。
 ここで打たなければ、次の機会は暫く無いかもしれない。
 何とか1本出したい。
 僕はバットを持ち、腕を伸ばし、上にかざした。
 照明に照らされて、バットの先が光っているように見えた。
 
「僕は打てる」
「僕は打てる」
「僕は打てる」
 僕は呟きながら、バッターボックスに入った。
 東京チャリオッツの投手は、この回から大卒6年目の右腕、中沢投手に替わっていた。
 右対右。
 決して有利では無いが、そんな事を気にしてられない。
 
 僕はバッターボックスに入り、ベンチを見た。
 サインは出ていない。
 好きに打てと言うことだ。
 僕はセーフティバントをする事を思いついた。
 サードの角選手は定位置のままだ。

 初球、内角低目へのストレート。
 低いと思って見送った。
「ストライク。」
 投手が投げた瞬間、角選手は前にダッシュしてきた。
 読まれていた。
 バントをしなくて良かった。

 2球目。
 外角高目へのカーブ。
 意表を突かれたが、ストライクゾーンからは外れていた。
 これでワンボール、ワンストライク。

 3球目。
 ど真ん中へのストレートか。
 僕はバットを振った。
 いやスプリットだ。
 ホームベースの手前で変化した。
 小さく落ちる球だ。

 何とかバットに当てた。
 鈍い音がして、ボテボテのゴロかサード方向に転がり、角選手は突っ込んで来た。
 僕は必死に一塁に走り、ベースを駆け抜けた。
 どうだ。
 振り向いた。
 
「セーフ。」
 一塁審判が両手を横に開いた。
 やったぜ。
 プロ初ヒットだ。
 ファーストの石川選手がグラブの中からボールを取って、僕に手渡してくれた。

「おめでとう。プロ初安打。」
「あ、ありがとうございます。」
 決して会心の当たりでは無かった。
 僕は渡されたボールをしみじみと眺めた。
 ある意味、僕らしいヒットかもしれない。
 プロ七打席目でようやく打てた。
 記念のボールはボールボーイに預かってもらった。
 次は初盗塁を決めたい。

 二番は新井選手。
 セオリーならバントかもしれないが、この試合でスリーランホームランを打っており、3点リードしている展開なので、ここは打たせるか。
 
 僕はベンチのサインを見てから、リードを取った。
 サインはグリーンライト。
 つまり隙があれば盗塁して良いということだ。
 僕はリードを取りながら、中沢投手の様子を伺った。
 
 牽制球が来た。
 警戒されているようだ。
 一度ベースに戻り、またリードした。
 また牽制球が来た。
 かなり警戒されている。
 中沢投手はクイックモーションが上手い。
 ここで盗塁するのは至難の業だ。

 もう一球牽制球を挟んで、中沢投手は新井選手に投球した。
 初球ヒッティング。
 ショートゴロだ。
 僕は懸命に走ったが、あえなく二塁フォースアウト。
 新井選手は一塁セーフとなり、ダブルプレーは逃れた。
 プロ初盗塁は次に持ち越しだ。

 結局試合はそのまま、6対3で静岡オーシャンズが勝利した。
 ヒーローインタビューはスリーランホームランを打った、新井選手。
 あれがヒットになっていたら、僕がヒーローインタビューだったかもしれない。
 そう考えたら、ちょっと残念だった。

「高橋。」
 ベンチ裏に下がり、ロッカールームに向かう通路で後ろから声をかけられた。
 振り向くと、何と東京チャリオッツの岡谷選手だった。
 
「ほら、これ持っておけ。」と言って、僕に向かってボールを差し出した。
「俺は精一杯のプレーをした。
 それでも捕れなかった。
 俺の誇りにかけて、誰が何と言おうとあれはヒットだ。
 ナイスバッティング。」
「ありがとうございます。」
「そして守備も良かったぞ。
 俺のヒットを2本も消しやがって。
 年俸下がったら、お前のせいだぞ」
 岡谷選手は色黒の厳つい顔をしているが、そう言ってニヤリと笑った。
 白い歯がキラリと光った。

「俺の三打席目の守備も惜しかったな。
 またヒットを消されたかと思ったぜ。
 あの打球に追いつくとはな。
 末恐ろしい奴だ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、またな。」と言って、岡谷選手は去って行った。
 僕は岡谷選手の後ろ姿を見送りながら、渡されたボールを握り締めた。
 ライバルチームなのに、このように声をかけてくれるなんて。
 厳つい顔に似合わず、優しい人だ。

 数日後、スカイリーグ連盟から記録の修正が公表された。
 5回の裏の岡谷選手のエラーが取り消され、僕の打球はツーベースヒットになり、2打点がついた。
 つまり記録上、あれがプロ初ヒット、初長打になった。
 このように初ヒットの記録すら、一筋縄でいかないのも、僕らしいかもしれない。
 
 僕は寮の部屋に岡谷選手から貰った結果的にプロ初ヒットとなったボールと、2安打目となった内野安打のボールを二つ並べて飾った。
 ここから僕の二千本安打への道が始まった………。 
 
 ………と後から振り返って、なればいいのにな。
 

 
 
 
 
 
 

  
 
 
 
 
 
 
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