ドラフト７位で入団して

４年目 新しい日々の始まり

第79話 パンピーの雑草魂

　川崎ライツとのオープン戦、僕は１試合目は出場機会が無かったが、２試合目に６回の守備から出場した。
　守備機会は３回あったが、無難にこなした。
　打撃は１打数ノーヒット。
　９球粘ったが、セカンドゴロに倒れた。

　次は１日空いて、世田谷ドームでの東京チャリオッツ２連戦。
　１試合目はスタメンを告げられた。
　７番セカンドで出場し、３打数ノーヒットで、８回の打席で代打を出された。
　ショートライナー、ライトフライ、サードゴロで、１打席目と２打席目は打った感触は良かったが、打球が野手の正面をついた。
　守備ではアピールできているが、バッティングでは中々結果がでない。

　２試合目は７回に代走で出場した。
　１点を追う、ワンアウト一塁。
　ベンチを見ると、サインはグリーンライトだった。
　ここは足をアピールしたい。
　相手のピッチャーは木下投手。
　２年前の新人王で、今や球界を代表するセットアッパーとなり、クイックも上手い。
　そして受ける古馬捕手は強肩だ。
　状況としては厳しいが、こういう場面で盗塁を決めれば、アピールになる。

　泉州ブラックスの打者は、１番の岸選手。
　早打ちの傾向が強いので、盗塁に当たってのサポートは望めない。

　木下投手は相当盗塁を警戒しており、初球を投げるまでに３球も牽制球を投げてきた。
　初球は外角へのストレート。
　岸選手は見送ったが、判定はストライク。

　２球目、サインはヒットエンドランが出た。
　ここはボールが来る可能性が高いが、良いのだろうか。
　まあ僕としてはサイン通りに走るしかない。

　２球目を投げるまでに牽制球が４球来た。
　やはり警戒されている。
　そして木下投手が投球したと同時に僕は走った。
　投球は内角高めへのボール球。
　岸選手は空振りした。
　僕は夢中で二塁に向かって走った。
　古馬捕手は投球を掴むなり、素早く二塁に投げてきた。
　矢のような送球だ。

　二塁上、ベースカバーに入ったショートがタッチにきた。
　僕は足から滑り込んだ。
　判定は？
　
「アウト」
　残念ながら、あれだけ完璧な送球をされたら仕方が無い。
　
「ちょっとスタートが遅れたな。」
　ベンチに戻ると、戸塚内野守備走塁コーチに声をかけられた。
　自分では良いスタートを切れたと思っていたが、執拗な牽制球によって、知らず知らずのうちに消極的になってしまったのだろうか。
　後でビデオで確認しよう。

　新入団のトーマス選手は、当面は二軍施設で調整するようだ。
　遅れて合流したとは言え、アメリカでキャンプを過ごしていたし、日本球界も３年目なので、開幕には間に合わせてくるだろう。
　そうなると、開幕時点で一軍に残れるのは、瀬谷選手、泉選手、僕のうち１人か。
　初の開幕一軍に向けて、暗雲が立ちこめていた。

　オープン戦の次の試合は、二日空いて、熊本での熊本ファイアーズ戦だ。
　熊本遠征のメンバーにも僕は入った。
　そろそろアピールしないと、二軍に落とされる。

「よお。どうだ、調子は」
　肥後スタジアムで、試合前のバッティング練習を終え、ベンチに帰ろうとした時、低い声で話しかけられた。
「ああ、ゴリラか」
「誰が、ゴリラだ。せめてゴリラ男と言え。通年崖っぷち野郎」
　高校時代のチームメートの平井だった。

　プロに入ってから、ランナーがいない場面や、ほぼ勝敗が決まった場面では良く打つことから、ファンからはミスター焼け石に水とか、ミスターダメ押しと呼ばれて親しまれて（？）いる。
　
「何だ、通年崖っぷち野郎って？」
　僕らは熊本ファイアーズ側のベンチに並んで座った。
「いつも一軍と二軍の狭間にいるってことだ」
「悪かったな。でも今年はキャンプから、ずっと一軍に残っているぜ」
「頼むぜ。山崎と高級寿司を賭けているんだから」
「何のことだ？」
「隆が開幕一軍に残れるかどうかを山崎と賭けているんだ。
　ちなみに俺は残る方に賭けている。ありがたく思え」
　そんな事で賭けるんじゃない。
　まるで他人事だな。まあ他人事か。
　
「お前は調子はどうだ」
「絶好調だ。飯も旨いし、良く眠れている」
　僕は野球の事を聞いたのだが。
　
「隆はどうだ。新しいチームには慣れたか？」
「まあボチボチでんな」
「そうか。それは良かった」
　スルーするの、やめてくれるか。必要以上に恥ずかしい。

「しかし隆も苦難続きだな。
　折角、泉州ブラックスに移籍して、チャンスかと思ったら、トーマスが入ってきて」
「まあ、このままではいかないと思っていたけどな」
「これでセカンドの開幕スタメンはトーマスで決まりだろう。
　チームとしても、まずは外国人選手を使うだろうし」
「まあ、仕方ないさ。
　うまくいかないことには慣れている」
「そうだな。俺とか山崎のような野球エリートと違って、お前はパンピーから這い上がって来た奴だからな。
　雑草並の打たれ強さだけは、俺も適わない」

　普通、自分の事を臆面もなく、エリートというか？
　ちなみにパンピーとは僕の出身高校の野球部の用語で、レギュラーを期待されていない一般入部の選手の事である。（一般ピープルの略語らしい。）
　一応、僕も野球特待生ではあったが、入部時はその他大勢扱いだった。
　ちなみに高校３年時のレギュラーで、入学時にパンピーだったのは、僕と新田だけだった。

「今日の試合はでるのか？」
「少なくともスタメンとは言われていない。お前は？」
「俺も今日はベンチだ。」
「そうか、まあ出場機会があればお互い頑張ろうぜ」
　そう言って、僕は自分のベンチに戻った。