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4年目 新しい日々の始まり
第88話 それでも僕らは前を向く
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「今は育成選手という仕組みもあるし、球団は復帰まで面倒を見てくれるんじゃないか?」 「ああ、そうかもしれない。
でも自分の肩だ。
誰よりも自分が良く状態を分かっている。もう元には戻らない」
「だって、そんな……」
「いや、いいんだ。 俺はむしろ清清しい気分だ。
最後に二軍とは言え、完全試合という、ピッチャーとしての最大の夢を果たせた。
いつか誰かが完全試合を達成した時、また誰かがインターネットで完全試合と検索した時、参考記録としてだが、俺の名前が出るだろう。
ささやかかもしれないが、三田村清というプロ野球選手がいたこと、それを球史に残すことが出来た。俺はそれで満足だ」
三田村の声は淡々としていた。
「プロ野球選手としての4年間、手術とリハビリばかりで辛いことも多かったが、隆や谷口、原谷さん、杉澤さん、竹下さん、飯島さん、そしてチームメート。
素晴らしい仲間に囲まれて、俺は楽しかった。
プロ野球を引退しても、一生友達でいてくれるか」
「当たり前だろう。
チームが変わっても、引退しても、俺たちドラフト同期はいつまでも仲間だ」
「ありがとう。
隆達と出会えただけでも、プロに入った価値はあった。
でも正直なところ、一度で良いから一軍で投げてみたかったな。
隆が羨ましいよ。
例えチャンスで三振したり、大事な場面でエラーしたり、チームのシーズン最終戦で牽制球で刺されたりしても、大観衆の前でプレーしてみたかった。
それだけは心残りだ」
さりげなく人をディスらないでくれるか。
確かに三振もエラーも、牽制球で刺された事もあるので、否定はできないが……。
「お前、これからどうするんだ」
「シーズン中だけど、チームには任意引退を申し出るつもりだ。
戦力にならないのに、給料を貰い続けるのも申し訳ないし、それにやりたいことがある」 「やりたいことってなんだ。 世界中を放浪するのか。 やめてくれ、国際問題になりかねない」
「バカ野郎。俺を何だと思っているんだ。 俺は大学に行きたいんだ」
「大学?、何しに行くんだ?」
「トレーナーになりたいんだ。
大学で学んで、資格を取って、いつか俺みたいに故障で苦しむスポーツ選手の助けになりたいんだ」
僕はちょっと感動した。
アホだとばかり思っていたが、柄にもなくそんな事を考えていたのか。
「そうか。
故障に苦しむ選手の気持ちも分かるし、お前は適任かもしれないな。」
「そうありたいものだな。ところで俺、思うんだが」
「何だ」
「大学入ったら、俺、元プロ野球選手だし、契約金や年俸が残っているから金あるし、女子大生にもてるんじゃないかな」
僕の感動を返せ。
「まあ、そういう事だ。彼女によろしくな」 「ああ、ていうかお前、まだ会ったことないだろう」
「だから今度紹介してくれ。
ついでに同僚の看護師さんも紹介してくれ」
最後まで三田村は三田村だった。
「ああ、言っとくよ。 ボランティアが好きな同僚がいれば良いけどな」
「よく知っているな。俺もボランティアは好きだ。高校時代、よくチームで地域貢献のボランティアをやっていた」
僕が言ったのはそういう意味では無い。
その後、少し雑談して電話を切った。 三田村が引退か……。
僕は言いようのない寂しさを感じた。
プロに入って、右も左もわからない中、そして周りの選手との実力の差に臆する中、何とかプロとしてやって来られたのは、ドラフト同期の仲間に恵まれた事が大きい。
特に三田村とは歳も同じであり、性格も合い、1番つるむことが多かった。
だから三田村の引退は正直なところ、とても寂しい。
だがプロ野球選手は個人事業主だ。 ケガをしても何の保障もない。
僕だって、今年は一軍へ帯同しているとは言え、まだ確固たる地位を確保したわけでは無い。
ちょっとエラーしたり、有力な新人が入ったら、すぐに一軍から弾き出されるような立場なのだ。
三田村の引退は寂しいが、それでも完全試合により、勇気を貰ったのは確かだ。
また明日から頑張ろう。 素直にそう思った。
でも自分の肩だ。
誰よりも自分が良く状態を分かっている。もう元には戻らない」
「だって、そんな……」
「いや、いいんだ。 俺はむしろ清清しい気分だ。
最後に二軍とは言え、完全試合という、ピッチャーとしての最大の夢を果たせた。
いつか誰かが完全試合を達成した時、また誰かがインターネットで完全試合と検索した時、参考記録としてだが、俺の名前が出るだろう。
ささやかかもしれないが、三田村清というプロ野球選手がいたこと、それを球史に残すことが出来た。俺はそれで満足だ」
三田村の声は淡々としていた。
「プロ野球選手としての4年間、手術とリハビリばかりで辛いことも多かったが、隆や谷口、原谷さん、杉澤さん、竹下さん、飯島さん、そしてチームメート。
素晴らしい仲間に囲まれて、俺は楽しかった。
プロ野球を引退しても、一生友達でいてくれるか」
「当たり前だろう。
チームが変わっても、引退しても、俺たちドラフト同期はいつまでも仲間だ」
「ありがとう。
隆達と出会えただけでも、プロに入った価値はあった。
でも正直なところ、一度で良いから一軍で投げてみたかったな。
隆が羨ましいよ。
例えチャンスで三振したり、大事な場面でエラーしたり、チームのシーズン最終戦で牽制球で刺されたりしても、大観衆の前でプレーしてみたかった。
それだけは心残りだ」
さりげなく人をディスらないでくれるか。
確かに三振もエラーも、牽制球で刺された事もあるので、否定はできないが……。
「お前、これからどうするんだ」
「シーズン中だけど、チームには任意引退を申し出るつもりだ。
戦力にならないのに、給料を貰い続けるのも申し訳ないし、それにやりたいことがある」 「やりたいことってなんだ。 世界中を放浪するのか。 やめてくれ、国際問題になりかねない」
「バカ野郎。俺を何だと思っているんだ。 俺は大学に行きたいんだ」
「大学?、何しに行くんだ?」
「トレーナーになりたいんだ。
大学で学んで、資格を取って、いつか俺みたいに故障で苦しむスポーツ選手の助けになりたいんだ」
僕はちょっと感動した。
アホだとばかり思っていたが、柄にもなくそんな事を考えていたのか。
「そうか。
故障に苦しむ選手の気持ちも分かるし、お前は適任かもしれないな。」
「そうありたいものだな。ところで俺、思うんだが」
「何だ」
「大学入ったら、俺、元プロ野球選手だし、契約金や年俸が残っているから金あるし、女子大生にもてるんじゃないかな」
僕の感動を返せ。
「まあ、そういう事だ。彼女によろしくな」 「ああ、ていうかお前、まだ会ったことないだろう」
「だから今度紹介してくれ。
ついでに同僚の看護師さんも紹介してくれ」
最後まで三田村は三田村だった。
「ああ、言っとくよ。 ボランティアが好きな同僚がいれば良いけどな」
「よく知っているな。俺もボランティアは好きだ。高校時代、よくチームで地域貢献のボランティアをやっていた」
僕が言ったのはそういう意味では無い。
その後、少し雑談して電話を切った。 三田村が引退か……。
僕は言いようのない寂しさを感じた。
プロに入って、右も左もわからない中、そして周りの選手との実力の差に臆する中、何とかプロとしてやって来られたのは、ドラフト同期の仲間に恵まれた事が大きい。
特に三田村とは歳も同じであり、性格も合い、1番つるむことが多かった。
だから三田村の引退は正直なところ、とても寂しい。
だがプロ野球選手は個人事業主だ。 ケガをしても何の保障もない。
僕だって、今年は一軍へ帯同しているとは言え、まだ確固たる地位を確保したわけでは無い。
ちょっとエラーしたり、有力な新人が入ったら、すぐに一軍から弾き出されるような立場なのだ。
三田村の引退は寂しいが、それでも完全試合により、勇気を貰ったのは確かだ。
また明日から頑張ろう。 素直にそう思った。
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