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嘘と真実
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「ここからが勝負どころだよぉ~。先ずは…るーくんに、嘘をつく特訓をしてもらいます!!」
何となく集合してしまった桜の樹の下、俺達は、警察を騙すために…。
「…嘘の…特訓??」
「そう!…と、いっても嘘は、一朝一夕で身につくものでもないけどねぇ~。でも、コツをいくつか掴めば、それっぽい嘘はつけるようになるから」
そう言うと紗友里は、縁側に腰掛け、隣の空いてるスペースをポンポンと優しい叩いた。座れ、という事だろう。大人しく腰掛けると、紗友里は2本指を立てて話始めた。
「コツは大きく2つ!!1つ目は、有名なやつね~。「嘘に真実を混ぜる」。バレにくくなるし、口からもでていきやすくなる」
紗友里はそう言うと、一笑して、「るーくんももう使ったよね」と、説明し始めた。
「警察の人から、「甲本くんと会う約束をしたという目撃情報がある」って言われたとき、るーくん、なんて言ったか覚えてる?」
「ええっと、「会う約束はしたけれど、実際には行かなかった」…って、答えた気がする…」
「そう。この答え方の、「会う約束はした」という部分は、本当の事だよねぇ。だから、「実際には行かなかった」っていう嘘が現実味をもった」
なるほど、と、俺は加奈子さんとの会話を思い返した。…確かに、校舎裏、というワードがでたために疑われたが、嘘自体に疑問を持たれている印象は無かった。
そんな俺の様子を見てニッコリと笑った紗友里は、1本指をフラフラ振りながら言った。
「でも1つ目だと、完全な嘘はつきにくい。例えば、「貴方は甲本くんを埋めましたか?」って聞かれたとして、真実の混ぜようが無いでしょう?」
「…確かに…」
ふとその時、縁側と隣接する道路に人影が映った気がして、俺はそちらを見やった…が、誰が居るでもなく、そこには閑静な住宅街が広がっていた。だから特段気にすることはなく、紗友里の声に耳を傾けた。
紗友里は2本目の指を立て、「そんな時には2つ目」と、話しだした。
「コレはちょっとコツがいる。「嘘を真実だと思って話す」」
「…ちょっとどころか、大分コツがいりそうなんだけれど…」
紗友里は口に手を添えてクスクスと笑うと、「そんな事は無いよ」と、2本指を蟹のように動かした。
「上級者になると、自分に自己暗示かけたりするけれど、そこまでする必要は無いしね。念入りに下準備出来るなら、これ以上無いほど簡単に嘘がつける」
つまりこういうことだ。思い込みをしたことが無い人がいるとは言わせない。思い込みをした時の言動は、自分にとっては真実なため、スルスルと口から出ていく。その様子は、あまりに現実からかけ離れた事を言っていない限り、周りから見て真実を話しているように見えるらしい。
「…って事は、今からその、2つ目のコツの下準備するってこと?」
「そういう事。1つ目の練習も幾つかする予定だよ~」
なんだか、紗友里が先生に見えてきた。下準備とは、念入りに打ち合わせして、自分に「甲本を殺してないし埋めてない」と、思い込ませるまでは行かなくとも、嘘が口からスルスル出る程度に馴染ませることらしい。
「早速練習したいんだけど、その前に…」
紗友里はパチンと手を叩くと、住宅街の方に体を向けた。
「出てきなよ。気づかれてないと、思ったの?」
ドキン、と、俺の胸が鳴った気がした。…やっぱり、見間違えでは無かったらしい。人に見られて、もしかしたら会話を聞かれていたかもしれない。ドキドキと胸が高鳴る。
…もし、紗友里は、見られていたとしたら、聞かれていたとしたら…。…その相手を、どうするつもりなのだろうか?
住宅街のは、暫く静寂が幕を張っていた。…が、紗友里の家の雑草を踏み分けるような、ザクザクとした音が、微かに近づいてくる。その人物が俺達と目を合わせた時…俺は、心臓が止まるんじゃあないかってほどに驚いた。
「…や…山田…?」
「…すまない。話、聞いちまった」
気まずそうに俺達から目を逸らすのは…。…山田だった。見間違うはずはない。俺の顔色が、ソッと悪くなった。
山田は、俺の事を、俺達のことを疑っていた。そこに、こんな話を聞いてしまえば、それは確信に変わるだろう。…どうしよう。バレてしまった。紗友里は殺人犯として、俺は協力者として、警察に捕まってしまうだろう。どうする、どうしたら…。
「…なぁ、琉生」
いつの間にか、山田はしっかりとこちらを見据えていて、僕は、気まずげに目を逸らしていた。
「…俺も、一緒についていくから、さ。…その…。…加奈子さん、だっけ?に、…話す気…あったり、しないか?」
しどろもどろだが、しっかりと芯を持った声に、俺は、どうすればいいか分からなくなる。…山田の言う事は、正しい。今ならまだ、いや、今しかもう、正しい道に戻るタイミングはない。目に張った涙の膜がこぼれ落ちないように、少し上を向いた。すると涙は、目の横から溢れてくる。
「…紗友里も。お前らが、そんな事する理由を、俺は知らない。でも、お前らが何も無しに人を殺す奴らじゃねぇって事は分かる。…だから…」
山田の声は、どこまでも優しかった。溢れた涙を、雑に拭う。目元が痛くなったが、関係無い。…何か、言わなければ。山田に、応えなければ。なのに、僕は、こんなにもいい友人に、僕は…。
…僕みたいな汚れた人の口から…。そんな言葉が一瞬頭をよぎった後。…かける言葉を見つけることは、出来なかった。
「うふふ、あはは、あはははは」
突然、紗友里が笑い声をあげた。俺と山田は驚いて、紗友里を見やる。
紗友里はお腹を抱えて笑うと、「いい話だねぇ~」と、薄っすら涙を浮かべた目を開いた。
「自首?するわけ無いじゃん。…と、いうかさぁ~。そういう、無駄な正義感、っていうのかな?捨てたほうがいいよ。厨二みたいにわざわざ首突っ込んじゃってさ。」
「…は?」
「だってそうでしょう?僕達が自首して得をするのは君だけだ。君は自分が得をしたいがために、僕達に自首をするように言っているんだよ?」
「…な…何、言ってんだよ紗友里!!山田は俺達のために言ってくれたんじゃないか!!」
「るーくんは黙ってて?」
俺ににこやかな笑みを見せた後、その表情のまま何処か冷たい雰囲気を滲ませ、紗友里は山田と向き合った。
「…琉生の言う通りだ。俺は、自分が得をしたいがために、お前を自首させようとしているんじゃない」
「だからさ~。そういうのが無駄な正義感って言ったんだよ。それとも何?僕かるーくんが、君に助けを求めたりしたっけ?」
「…琉生は…助けを求める目をしていた」
「目…?そんな不確定で不安定なもので、君は首を突っ込んだの?…それとも何?厨二が抜けてなくて、目で会話する事に夢でも見ちゃってるの?」
あはは、と、軽く笑う紗友里に、山田は掴みかかった。山田に先程までの優しさは欠片も見当たらず、その目には強い怒りが滲んでいた。
「…んだと?!」
「そんな直ぐに怒っちゃって…。…図星だったからかな?」
「…チッ。おい琉生!!!お前、こんな奴に流されて良いのかよ?!」
大きね舌打ちとともに、山田の口から怒りの言葉が発せられた。俺に向けられたそれに、俺は、タジタジと慌て、黙り込むしか無かった。
――こんな奴に流されて良いのかよ?!――山田の言葉が、胸に突き刺さる。…駄目だ。…駄目なんだよ。山田、ごめん、ごめん。ごめんなさい。それでも俺は…。…紗友里を殺人犯には出来ない…!!!
「…琉生…!!…あ゙あ゙クソ!!」
掴みかかっていた紗友里の胸倉を、投げるように離して、山田は俺達に背を向けた。そのままスタスタと歩きだし…。…紗友里の家の敷地を出る直前で、ピタリと足を止めた。
「…帰る。けど、琉生。…俺は、今日の事、誰にも言わねぇ。…もし、お前が自首する気になったら俺は…。…何時でも一緒に行ってやるからな」
俺達に背を向けたままの山田の言葉に、俺の目から再び涙が溢れる。…嗚呼、俺は最近、泣いてばっかりだ。
「え~。警察に言わないでくれるんだぁ~。やっさしい~♪…でもごめんね。そんな日は、訪れないよ」
俺の涙を優しくハンカチで拭いながら、紗友里は山田に答えた。
山田の足音が聞こえなくなるまで、俺は、嗚咽を堪えて泣き続けた。
「…さて。邪魔者はいなくなった。と、言いたい所だけれども、ここでは誰が来ないとも言い難いからね~。移動しよっか」
俺が泣き止んだ頃合いで、紗友里はハンカチを仕舞い、ポン、と立ち上がった。そして、俺に手を差し伸べる。立て、という事だろう。
「…何処に…行くの?」
その手を取りながら立ち上がり、歩き始めた紗友里の後を追う。
「るーくんの家は、いつ誰が帰ってくるか分かったもんじゃ無いし、ここはもっと誰が来るか分かったもんじゃ無い。…つまり、行き先は1つ!!」
ピン、と、指を立てた紗友里は、器用に後ろ歩きしながら僕に向き合った。
「行こうか、僕んち」
――――――――――
紗友里の住むというアパートは、言い方は悪いが古びていて、階段もギィギィと音を立てて出迎えてくれた。紗友里の部屋は2階にあるらしく、俺は大人しく紗友里の後を追った。
「なんというか…趣があり過ぎると言うか…」
「言いたいことは分かるよ」
だって学校近くのアパート、ここしか空いてなかったんだもん!!、と、紗友里は憤慨した声で言った。僕は、錆びた手すりに恐る恐る捕まりながら階段を登った。
ふと、一階の、階段から斜めにある部屋のドアが音を立てて開いた。何となくそちらに目をやると、ドアから出てきた人影と目が合ってしまった。その人物は会釈するでもなく、挨拶するでもなく、驚いた視線をよこした。そして
「…え?琉生?」
なんて、口が動いた気がするのは、きっと、俺の気の迷いだ。
――――――――――
紗友里のアパートは、部屋の中は小綺麗だった。特に紗友里は整理整頓が上手いらしく、以前ショッピングモールのクレーンゲームで紗友里が取っていた可愛らしいぬいぐるみも、違和感なく部屋に収められていた。
「さ、入って入って」
俺を部屋に招き入れて鍵をかけた紗友里は、お茶を入れると言って、台所に消えていった。俺はオロオロしながらも、部屋の中央にあった机の前に正座した。
暫くしてお茶を運んできた紗友里は、さて、と、口を開いた。
「これから嘘をつく特訓を始めるんだけどその前に。…るーくんに、質問」
お茶を口元に運んでいた手が、ピクリと止まった。紗友里の纏う雰囲気が、真剣さを含むものになった。思わず、手を両腿の上に乗せて、姿勢を正す。
「…るーくんは…自首、したい?」
「…え?」
俺の口から出た声は微かに掠れていた。…ジシュ…じしゅ…自首…?頭の中で変換するのが遅れるほどには混乱し、コテン、と首を傾けた。
「…ほら、山田くんに言われたとき、るーくん…泣いてたじゃん。…もしかしたら、自首、したいのかなぁ~なんて…」
ドッと、汗が噴き出るような緊張が襲った。…この答えを間違えたらもしかして、紗友里に捨てられんじゃないかと、協力関係が無くなるんじゃないかと、そんな考えが頭に浮かぶ。だから、咄嗟に言った。
「い…いや、…!!違う!!全然そんな事思ってないから!!紗友里と俺は、2人だけの共犯者だから!!」
怖さで涙が出そうになった。…殺人犯に仕立てられるんじゃあないかと、気が気ではなかった。そんな俺の様子を見た紗友里は、真剣な表情を崩さなかった。が、突然、フッと笑顔になった。
「るーくん。…嘘、つかないで」
喉が凍った気がした。声が、出ない。ハクハクと口を動かして、何が必死に言おうとして…。…諦めた。…駄目だ。もう。紗友里に見捨てられたんだ。俺が駄目なせいで。俺のせいで紗友里が殺人を犯したのに。俺と紗友里で死体を埋めたのに。俺は、俺は…。
やっと口からでたのは、言う事は無いと思っていた本音だった。
「…うん。…嫌だ。自首、したい。…もう、嫌なんだ。楽になりたい…。」
嗚咽が息の邪魔をする。ハグハグと呼吸を整えて、紗友里を見やる。紗友里は、諦めた様な、切なげな顔をしていた。
「…でも。それ以上に。…紗友里に…罪を着せたくないんだ…!!」
ダン、と机を叩いて俺は勢いづいて言った。
「紗友里は、俺のせいで殺人犯になったんだ!!俺のせいで、こんなことに巻き込まれたんだ!!…だから…俺は、紗友里が捕まらないためなら…なんだってする!!」
そういい切ると、なんだかストン、と自分の中で整理がついた気がした。どこかの誰かが、「口に出す事も大切だ」なんて言っていた気もしたが、本当にそうらしい。紗友里にさけんだ本音…アレが、俺の全てなんだ。
紗友里は暫く切なげな顔をしていたが、「そっか」と、何処か嬉しそうな笑みを作った。
「…ありがとう、るーくん。るーくんにそんなに愛されてるなんて、思わなかったよ」
「愛…?!…う…うん。こちらこそ、なんというか、色々ありがとう」
俺と紗友里は微笑みあって、なんだか照れてしまった。照れ隠しのようにお茶を頂くと、紗友里もお茶を飲んだ。ふう、と、2人で一息つく。
「それじゃあ、作戦会議と行こうか。るーくん」
「うん!!」
覚悟は決まった。もう、迷わない。
――――――――――
紗友里の住むマンションの一階の、とある一室にて。一人の男性が、冷や汗をかきながら、玄関に座り込んでいた。
「…なんで…紗友里と琉生が…?」
そのつぶやきは、俺も紗友里も、知る由は無い。
何となく集合してしまった桜の樹の下、俺達は、警察を騙すために…。
「…嘘の…特訓??」
「そう!…と、いっても嘘は、一朝一夕で身につくものでもないけどねぇ~。でも、コツをいくつか掴めば、それっぽい嘘はつけるようになるから」
そう言うと紗友里は、縁側に腰掛け、隣の空いてるスペースをポンポンと優しい叩いた。座れ、という事だろう。大人しく腰掛けると、紗友里は2本指を立てて話始めた。
「コツは大きく2つ!!1つ目は、有名なやつね~。「嘘に真実を混ぜる」。バレにくくなるし、口からもでていきやすくなる」
紗友里はそう言うと、一笑して、「るーくんももう使ったよね」と、説明し始めた。
「警察の人から、「甲本くんと会う約束をしたという目撃情報がある」って言われたとき、るーくん、なんて言ったか覚えてる?」
「ええっと、「会う約束はしたけれど、実際には行かなかった」…って、答えた気がする…」
「そう。この答え方の、「会う約束はした」という部分は、本当の事だよねぇ。だから、「実際には行かなかった」っていう嘘が現実味をもった」
なるほど、と、俺は加奈子さんとの会話を思い返した。…確かに、校舎裏、というワードがでたために疑われたが、嘘自体に疑問を持たれている印象は無かった。
そんな俺の様子を見てニッコリと笑った紗友里は、1本指をフラフラ振りながら言った。
「でも1つ目だと、完全な嘘はつきにくい。例えば、「貴方は甲本くんを埋めましたか?」って聞かれたとして、真実の混ぜようが無いでしょう?」
「…確かに…」
ふとその時、縁側と隣接する道路に人影が映った気がして、俺はそちらを見やった…が、誰が居るでもなく、そこには閑静な住宅街が広がっていた。だから特段気にすることはなく、紗友里の声に耳を傾けた。
紗友里は2本目の指を立て、「そんな時には2つ目」と、話しだした。
「コレはちょっとコツがいる。「嘘を真実だと思って話す」」
「…ちょっとどころか、大分コツがいりそうなんだけれど…」
紗友里は口に手を添えてクスクスと笑うと、「そんな事は無いよ」と、2本指を蟹のように動かした。
「上級者になると、自分に自己暗示かけたりするけれど、そこまでする必要は無いしね。念入りに下準備出来るなら、これ以上無いほど簡単に嘘がつける」
つまりこういうことだ。思い込みをしたことが無い人がいるとは言わせない。思い込みをした時の言動は、自分にとっては真実なため、スルスルと口から出ていく。その様子は、あまりに現実からかけ離れた事を言っていない限り、周りから見て真実を話しているように見えるらしい。
「…って事は、今からその、2つ目のコツの下準備するってこと?」
「そういう事。1つ目の練習も幾つかする予定だよ~」
なんだか、紗友里が先生に見えてきた。下準備とは、念入りに打ち合わせして、自分に「甲本を殺してないし埋めてない」と、思い込ませるまでは行かなくとも、嘘が口からスルスル出る程度に馴染ませることらしい。
「早速練習したいんだけど、その前に…」
紗友里はパチンと手を叩くと、住宅街の方に体を向けた。
「出てきなよ。気づかれてないと、思ったの?」
ドキン、と、俺の胸が鳴った気がした。…やっぱり、見間違えでは無かったらしい。人に見られて、もしかしたら会話を聞かれていたかもしれない。ドキドキと胸が高鳴る。
…もし、紗友里は、見られていたとしたら、聞かれていたとしたら…。…その相手を、どうするつもりなのだろうか?
住宅街のは、暫く静寂が幕を張っていた。…が、紗友里の家の雑草を踏み分けるような、ザクザクとした音が、微かに近づいてくる。その人物が俺達と目を合わせた時…俺は、心臓が止まるんじゃあないかってほどに驚いた。
「…や…山田…?」
「…すまない。話、聞いちまった」
気まずそうに俺達から目を逸らすのは…。…山田だった。見間違うはずはない。俺の顔色が、ソッと悪くなった。
山田は、俺の事を、俺達のことを疑っていた。そこに、こんな話を聞いてしまえば、それは確信に変わるだろう。…どうしよう。バレてしまった。紗友里は殺人犯として、俺は協力者として、警察に捕まってしまうだろう。どうする、どうしたら…。
「…なぁ、琉生」
いつの間にか、山田はしっかりとこちらを見据えていて、僕は、気まずげに目を逸らしていた。
「…俺も、一緒についていくから、さ。…その…。…加奈子さん、だっけ?に、…話す気…あったり、しないか?」
しどろもどろだが、しっかりと芯を持った声に、俺は、どうすればいいか分からなくなる。…山田の言う事は、正しい。今ならまだ、いや、今しかもう、正しい道に戻るタイミングはない。目に張った涙の膜がこぼれ落ちないように、少し上を向いた。すると涙は、目の横から溢れてくる。
「…紗友里も。お前らが、そんな事する理由を、俺は知らない。でも、お前らが何も無しに人を殺す奴らじゃねぇって事は分かる。…だから…」
山田の声は、どこまでも優しかった。溢れた涙を、雑に拭う。目元が痛くなったが、関係無い。…何か、言わなければ。山田に、応えなければ。なのに、僕は、こんなにもいい友人に、僕は…。
…僕みたいな汚れた人の口から…。そんな言葉が一瞬頭をよぎった後。…かける言葉を見つけることは、出来なかった。
「うふふ、あはは、あはははは」
突然、紗友里が笑い声をあげた。俺と山田は驚いて、紗友里を見やる。
紗友里はお腹を抱えて笑うと、「いい話だねぇ~」と、薄っすら涙を浮かべた目を開いた。
「自首?するわけ無いじゃん。…と、いうかさぁ~。そういう、無駄な正義感、っていうのかな?捨てたほうがいいよ。厨二みたいにわざわざ首突っ込んじゃってさ。」
「…は?」
「だってそうでしょう?僕達が自首して得をするのは君だけだ。君は自分が得をしたいがために、僕達に自首をするように言っているんだよ?」
「…な…何、言ってんだよ紗友里!!山田は俺達のために言ってくれたんじゃないか!!」
「るーくんは黙ってて?」
俺ににこやかな笑みを見せた後、その表情のまま何処か冷たい雰囲気を滲ませ、紗友里は山田と向き合った。
「…琉生の言う通りだ。俺は、自分が得をしたいがために、お前を自首させようとしているんじゃない」
「だからさ~。そういうのが無駄な正義感って言ったんだよ。それとも何?僕かるーくんが、君に助けを求めたりしたっけ?」
「…琉生は…助けを求める目をしていた」
「目…?そんな不確定で不安定なもので、君は首を突っ込んだの?…それとも何?厨二が抜けてなくて、目で会話する事に夢でも見ちゃってるの?」
あはは、と、軽く笑う紗友里に、山田は掴みかかった。山田に先程までの優しさは欠片も見当たらず、その目には強い怒りが滲んでいた。
「…んだと?!」
「そんな直ぐに怒っちゃって…。…図星だったからかな?」
「…チッ。おい琉生!!!お前、こんな奴に流されて良いのかよ?!」
大きね舌打ちとともに、山田の口から怒りの言葉が発せられた。俺に向けられたそれに、俺は、タジタジと慌て、黙り込むしか無かった。
――こんな奴に流されて良いのかよ?!――山田の言葉が、胸に突き刺さる。…駄目だ。…駄目なんだよ。山田、ごめん、ごめん。ごめんなさい。それでも俺は…。…紗友里を殺人犯には出来ない…!!!
「…琉生…!!…あ゙あ゙クソ!!」
掴みかかっていた紗友里の胸倉を、投げるように離して、山田は俺達に背を向けた。そのままスタスタと歩きだし…。…紗友里の家の敷地を出る直前で、ピタリと足を止めた。
「…帰る。けど、琉生。…俺は、今日の事、誰にも言わねぇ。…もし、お前が自首する気になったら俺は…。…何時でも一緒に行ってやるからな」
俺達に背を向けたままの山田の言葉に、俺の目から再び涙が溢れる。…嗚呼、俺は最近、泣いてばっかりだ。
「え~。警察に言わないでくれるんだぁ~。やっさしい~♪…でもごめんね。そんな日は、訪れないよ」
俺の涙を優しくハンカチで拭いながら、紗友里は山田に答えた。
山田の足音が聞こえなくなるまで、俺は、嗚咽を堪えて泣き続けた。
「…さて。邪魔者はいなくなった。と、言いたい所だけれども、ここでは誰が来ないとも言い難いからね~。移動しよっか」
俺が泣き止んだ頃合いで、紗友里はハンカチを仕舞い、ポン、と立ち上がった。そして、俺に手を差し伸べる。立て、という事だろう。
「…何処に…行くの?」
その手を取りながら立ち上がり、歩き始めた紗友里の後を追う。
「るーくんの家は、いつ誰が帰ってくるか分かったもんじゃ無いし、ここはもっと誰が来るか分かったもんじゃ無い。…つまり、行き先は1つ!!」
ピン、と、指を立てた紗友里は、器用に後ろ歩きしながら僕に向き合った。
「行こうか、僕んち」
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紗友里の住むというアパートは、言い方は悪いが古びていて、階段もギィギィと音を立てて出迎えてくれた。紗友里の部屋は2階にあるらしく、俺は大人しく紗友里の後を追った。
「なんというか…趣があり過ぎると言うか…」
「言いたいことは分かるよ」
だって学校近くのアパート、ここしか空いてなかったんだもん!!、と、紗友里は憤慨した声で言った。僕は、錆びた手すりに恐る恐る捕まりながら階段を登った。
ふと、一階の、階段から斜めにある部屋のドアが音を立てて開いた。何となくそちらに目をやると、ドアから出てきた人影と目が合ってしまった。その人物は会釈するでもなく、挨拶するでもなく、驚いた視線をよこした。そして
「…え?琉生?」
なんて、口が動いた気がするのは、きっと、俺の気の迷いだ。
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紗友里のアパートは、部屋の中は小綺麗だった。特に紗友里は整理整頓が上手いらしく、以前ショッピングモールのクレーンゲームで紗友里が取っていた可愛らしいぬいぐるみも、違和感なく部屋に収められていた。
「さ、入って入って」
俺を部屋に招き入れて鍵をかけた紗友里は、お茶を入れると言って、台所に消えていった。俺はオロオロしながらも、部屋の中央にあった机の前に正座した。
暫くしてお茶を運んできた紗友里は、さて、と、口を開いた。
「これから嘘をつく特訓を始めるんだけどその前に。…るーくんに、質問」
お茶を口元に運んでいた手が、ピクリと止まった。紗友里の纏う雰囲気が、真剣さを含むものになった。思わず、手を両腿の上に乗せて、姿勢を正す。
「…るーくんは…自首、したい?」
「…え?」
俺の口から出た声は微かに掠れていた。…ジシュ…じしゅ…自首…?頭の中で変換するのが遅れるほどには混乱し、コテン、と首を傾けた。
「…ほら、山田くんに言われたとき、るーくん…泣いてたじゃん。…もしかしたら、自首、したいのかなぁ~なんて…」
ドッと、汗が噴き出るような緊張が襲った。…この答えを間違えたらもしかして、紗友里に捨てられんじゃないかと、協力関係が無くなるんじゃないかと、そんな考えが頭に浮かぶ。だから、咄嗟に言った。
「い…いや、…!!違う!!全然そんな事思ってないから!!紗友里と俺は、2人だけの共犯者だから!!」
怖さで涙が出そうになった。…殺人犯に仕立てられるんじゃあないかと、気が気ではなかった。そんな俺の様子を見た紗友里は、真剣な表情を崩さなかった。が、突然、フッと笑顔になった。
「るーくん。…嘘、つかないで」
喉が凍った気がした。声が、出ない。ハクハクと口を動かして、何が必死に言おうとして…。…諦めた。…駄目だ。もう。紗友里に見捨てられたんだ。俺が駄目なせいで。俺のせいで紗友里が殺人を犯したのに。俺と紗友里で死体を埋めたのに。俺は、俺は…。
やっと口からでたのは、言う事は無いと思っていた本音だった。
「…うん。…嫌だ。自首、したい。…もう、嫌なんだ。楽になりたい…。」
嗚咽が息の邪魔をする。ハグハグと呼吸を整えて、紗友里を見やる。紗友里は、諦めた様な、切なげな顔をしていた。
「…でも。それ以上に。…紗友里に…罪を着せたくないんだ…!!」
ダン、と机を叩いて俺は勢いづいて言った。
「紗友里は、俺のせいで殺人犯になったんだ!!俺のせいで、こんなことに巻き込まれたんだ!!…だから…俺は、紗友里が捕まらないためなら…なんだってする!!」
そういい切ると、なんだかストン、と自分の中で整理がついた気がした。どこかの誰かが、「口に出す事も大切だ」なんて言っていた気もしたが、本当にそうらしい。紗友里にさけんだ本音…アレが、俺の全てなんだ。
紗友里は暫く切なげな顔をしていたが、「そっか」と、何処か嬉しそうな笑みを作った。
「…ありがとう、るーくん。るーくんにそんなに愛されてるなんて、思わなかったよ」
「愛…?!…う…うん。こちらこそ、なんというか、色々ありがとう」
俺と紗友里は微笑みあって、なんだか照れてしまった。照れ隠しのようにお茶を頂くと、紗友里もお茶を飲んだ。ふう、と、2人で一息つく。
「それじゃあ、作戦会議と行こうか。るーくん」
「うん!!」
覚悟は決まった。もう、迷わない。
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紗友里の住むマンションの一階の、とある一室にて。一人の男性が、冷や汗をかきながら、玄関に座り込んでいた。
「…なんで…紗友里と琉生が…?」
そのつぶやきは、俺も紗友里も、知る由は無い。
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いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ?
2025年10月に全面改稿を行ないました。
2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。
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2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。
2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
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