桜の樹の下に

レモンイカ

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「ヤッホ~」

 数日後。
 気軽、を絵に描いたらこんな感じだろうという軽さで俺に声をかけてきたのは、加奈子さんだった。現在、学校に登校してすぐで、ホームルームも始まっていない朝の時間。ガヤガヤと騒がしい教室は、警官の加奈子さんが入ってきた事で完全に沈黙した。

「あぁ、ごめんね、突然。琉生くんに用があってね~」
「ええっと、移動しますか?」
「ううん、ここで大丈夫だよ、ありがとう」

 手をひらひらと振る加奈子さんを見ながら、俺は、散々握りしめて皮の残っていない手を握りしめた。
 加奈子さんは、静かになった教室を気まずげに眺めてから、話し始めた。

「…今日のホームルームで先生からもあると思うけどね。学校での調査は、打ち切りになった」
「うち…きり…?」
「そう。これ以上調査しても、何も出ないだろうって事でね。警官が学校を彷徨く事も無くなるから、一応お別れの挨拶をって事で」

 お別れの、挨拶。その言葉を、口の中で転がした。

「こんな美人なお姉さんと会えなくなるなんて、残念すぎて涙が溢れると思うけど…。…あぁ、勿論冗談だよ?」
「ええっと、それだけですか?」
「…鋭いね。…お詫び、かな、を、言いに来た」

 加奈子さんは腰を折って、俺にお辞儀をした。俺は驚いて、タジタジと両手を動かす事しか出来なかった。

「疑っていたとはいえ、確定もしていない時に皆の前で呼び出しなんてしてしまってごめんなさい。クラスで貴方がどんな目で見られるか、考えてなかったわ」
「い…いえいえ!!大丈夫ですよ!!特段変な目で見られる事も無かったですし!!」
「…そう?それならよかった」

 頭を上げた加奈子さんは、ニッコリと笑って言った。

「私はこれから交番に帰るから。…もう、会わない事を祈るわ」
「…え?」
「貴方が犯人じゃない事を祈ってるって事。それじゃあ、バイバイ。琉生くん」

 こうして…。甲本殺人事件の幕は、思ったよりあっさりと閉じられた。

――――――――――

 時は飛び、お昼休み。俺と紗友里は、やっぱり屋上で、2人並んでお昼ご飯を取っていた。

「…特訓した意味無かったじゃん…」
「まぁまぁ。もしかしたら、交番から僕たちに呼び出しがあるかもしれないじゃない。もしものため、だよ~。…それにしても、山田くんは凄いねぇ~。本当に警察に話さなかったらしい」
「本当にな。何なら今朝も、何事も無かったかのように「おはヨーグルト!!!」とか叫んできたし」

 やっと段々とお肉が食べられるようになってきた俺は、お母さんの作ったお弁当を広げた。中身はコロッケ。冷凍のやつだから少しパサパサしていたが、中々美味しかった。そそくさと食べ終わり、紗友里と他愛もない話をしたり事件の話をしたりして、いつの間にか、紗友里の家の話になった。

「紗友里のマンションの下の階の…。階段の、斜めの所の部屋さ、誰か知り合いが住んでるの??」
「なんで?」
「この前お邪魔した時、丁度ドアから出てきてたんだけどさ、「琉生」って呼ばれた気がしたんだよね…」
「いや、知り合いではないけれど…。…気のせいじゃない?」
「そう…かな?」

 たしかに、気の所為、かもしれない。だいぶ距離離れてたし。
 その後は、ちょっと嘘をつく特訓をして、昼休みが終わった。

――――――――――

「…って、言われても気になるんだよなぁ…」

 たしかに気の所為かもしれない…。でも、あの時はたしかに、「琉生」って呼ばれた気がしたんだ。…それと、知らない人のはずなのに、何処か知ってる気もした。何故だろうか…。

「誰なんだろう、あの人…」

 あの人が俺をみた時の、あの表情、あれは…。驚き…?何故に?
 考え始めると駄目だった。何となく、準備をして、何となく、足を運んだのは…。…紗友里のマンションだった。
 会えるかどうかも分からない知らない人のために行動するとか馬鹿すぎる。なのに足は止まらず、嫌な予感と共に、俺は、紗友里のマンションに到着した。
 …ここまではいい。ここからどうしよう。
 考え無しに行動してしまったため、ここから考えていなかった。仕方がなく、暫くうろちょろとマンションの前を歩いたが…。そんな都合の良く扉が開く訳でもなく、辺りには沈黙が広がっていた。

「…帰ろ」

 何やってんだろう、と、急に思考が落ち着いた。衝動的に来てしまったが、偶然その人と出くわすなんて、そんな都合のいい展開があるはずない。マンションに背を向け、帰途につく。一歩踏み出したその時…。ガチャリと、ドアが開く音がした。反射で振り返る。
 ドアを開けたのは…。…あの人だった。
 咄嗟のことで、俺達は顔を見合わせて黙りこくってしまった。…あぁ、どうしよう。やっぱり知らない人だった。アレはきっと気の所為だったんだ。この人が、俺の名前を知っているわけがない…。
 が、しかし、その考えは打ち砕かれた。

「…やっぱり…琉生、だよな?」

 今度ははっきりと、そう聞こえた。

「久しぶりだな、琉生。…つーかお前、なんで紗友里と一緒にいるんだよ」
「…ええっと…」

 どうしよう。思ったりのフレンドリーだった。こっちは知らない成人男性を相手にしているわけで、緊張しないわけがなかった。そんな俺の様子に気がついたのだろう。その人は少々気まずげに首を撫でると、俺に問いかけた。
 
「…なぁ琉生、もしかしてだけどお前…覚えて…無いのか?」

 問いかけに、こっくりと頷く。マジかぁ、と、天を仰いだその人は、「じゃあいいか」と、よく分からない呟きをした。

「じゃあコレは俺の独り言な!!…琉生…無事で何よりだよ。

 …背筋に氷が張り付いたような気がした。…なんで、なんでこの人がそんな事を言うんだ??何を埋めたって??アレって??…もしかして…。

「…埋めたって…アレって…もしかして…」
「…なんだ、琉生、お前…覚えてんじゃん」

 その人の目から、フッと、光が消えた。

――――――――――

 上がっていけよ、という男性の言葉で、俺は、男性の家でお茶をごちそうになっていた。家の中は、紗友里の家ほどではないが片付いていて、一人暮らしであろう事がうかがえた。

「…お前もしかして、紗友里と2人で紗友里の父さん埋めたとでも思ってたのか?当時2人とも幼稚園生だろうが。何処にそんな力があるんだよ」

 男性曰く、男性と俺と紗友里の3人で紗友里のお父さんを埋めたのだという。特に、穴を掘る、運ぶ、といった力仕事を担ったのが、当時小学生5年生だったこの男性だと。にわかに信じがたい話だった。

「…あの…あなたの事は、なんと呼べばいいですか?」
「タメ口でいいぜ?俺は國森祐希くにもり ゆうき。紗友里とお前とは幼馴染だったな。…まぁ、俺は中学受験して県外に行ったけど」
「ちゅ…中学受験…」
「驚くとこそこかよ?まぁ、いいけど」

 温くなったお茶をすすって、祐希さんは笑った。俺もお茶を頂いた。緑茶だったが、あまり苦くなくて、美味しかった。
 俺の事を懐かしそうに眺めていた祐希さんは、ふと笑みを消すと、真剣な眼差しで話し始めた。

「なぁ、琉生。お前もあの事を覚えているなら…相談がある」
「相談?」
「…あぁ。…俺、大人になるにつれてさ、自分が何をしでかしたのか、段々と分かってきたんだ」

 死体を埋めるというのが、罪を隠すというのが、どれほど罪深い事か。お茶のコップを握る手に、力が籠もった。

「…それで、考えたんだ。やっちまった事はもう取り返しがつかねぇ。でも、せめて。紗友里の父さんを、しっかりと埋葬してやりたい」
「…つまり…?」
「…なぁ、琉生。俺と一緒に、自首、してくれないか?」

 世界の音が、一瞬、止まった気がした。それくらい驚いた。

「じ…自主?」
「あ゙ー…。やっぱそういう反応になるよなぁ…」

 ガシガシと頭を掻く祐希さんは、覚悟を決めた目をしていた。一方俺は、うろちょろと目をアチラコチラにやるしかなかった。俺の頭の中にあったのは…。…國森さんと埋めた死体ではなく、紗友里と2人で埋めた死体の事だった。…何となく、それが頭に浮かんだんだ。

「お前らは当時幼稚園生だったし、多分もうあの事件のことは時効だ」

 3人で埋めた死体の事を警察に話したら、掘り返す事になるだろう。…その時、もう1つの死体はどうなる?あの死体の埋めた跡だけが見つからないなんて、そんな都合のいいことは無いだろう。

「でも俺は…。罰を受けたいとすら思ってしまうほどの罪悪感で、押しつぶされそうなんだ」

 紗友里と埋めた死体が見つかったら、芋づる式に紗友里の殺人もバレるだろう。そしたらどうなる?紗友里は俺のために殺人を犯したのに。なのに、俺のせいでそれが露見する??…そんなの…。

「…だから、さ、琉生。俺と一緒に…」
「ご…ごめんなさい、祐希さん!!無理です!!」

 締めくくりそうな祐希さんに、慌てて口を開いた。驚いた顔の祐希さん。俺も驚いた。ワタワタと意味もなく手を動かし、しどろもどろにまた口を開く。

「え…っと…、今俺学生で…正直、学校退学になったら不味いというか、紗友里にも相談しなくちゃだし…、」

 思いついた言い訳を、次々にポンポン投げていく。俺はひどい顔をしていた事だろう。祐希さんは心配した顔で、俺を見つめている。

「…あと、やっぱり、警察は怖いというか、なんか、その、…」
「…琉生…なんか、あったのか?」

 ピタ、と、ワタワタ動かしていた手が止まる…。ナンカ、アッタノカ…?…あったよ。人を、殺して、埋めたんだ…。…だが、言えるはずがない。言ったら、余計自首を勧められるに違いない。それどころか、こっそりと警察に通報されるかもしれない。それだけは避けたかった。

「何も、ない、です…。」
「…嘘つく時に手を握りしめる癖、変わってねぇな」

 いつの間にか握りしめていた手を指さされたら、逃げようがない。咄嗟に、「用事を思い出しました!!」と叫んで、冷えたお茶を机に残して玄関に向かう。ドタドタとついた玄関で靴を履こうとするが、慌ててるせいでうまくいかない。そのうちにゆっくり落ち着いたらしい祐希さんが、「琉生」と、俺に声をかける。
 
「自首の事…考えておいてくれ」

 ゴクリと、自分がツバを飲む音が鮮明に聞こえた。俺は祐希さんの言葉に、ちゃんと返事をしただろうか?やっと靴を履き終えた俺は、その足で紗友里の部屋に向かった。空は、泣く寸前だった。

――――――――――

 いきなり訪ねた俺を、紗友里は何も聞かずに部屋に入れてくれた。
 暫く無言を貫いた俺だったが、空気に耐えられなくなってきたのと、今起こったことを紗友里に話したい気持ちが重なり合い、重い口を開いた。

「…紗友里…。…やっぱり、俺の聞き間違いじゃなかったよ。…祐希さんの事、覚えてる?」
「…うん。幼稚園の時一緒に死体を埋めた、あの人でしょう?」
「…そう…。…その人、が、このマンションの一階に住んでる」

 ぎゅっと手を握りしめながら、俺は紗友里の顔が見れずにいた。紗友里は祐希さんの事覚えていたらしい。忘れていたのは俺だけか。…なんでこんなに大事なことを忘れていたんだろう?

「それで?それがどうかしたの?」
「…それで…その、祐希さんから、幼稚園の時に埋めた死体の方の自首を勧められてる」

 へぇー、と、感情の読めない声で紗友里は返事をした。…紗友里の顔が、見れない。紗友里はどう思っているのだろうか?紗友里のお父さんのことを自首したら、自動的に甲本のこともバレてしまう。紗友里と俺はそれを避けたい。でも、祐希さんになんて説明すれば…。
 紗友里は俺の反応を眺めていたらしい。暫く空白の時間が過ぎた後に、ゆっくり口を開いた。

「…ねぇるーくん。…祐希さんのこと、どうする?」
「…どう…すれば、いいかな…?」
 
 困惑した俺の声に対し、紗友里の声は落ち着いていた。それどころか、幾分か愉快そうな雰囲気も聞いて取れた。紗友里はきっと今、口を弧に歪めているだろう。そして、ゆっくりと開かれたその口から、冗談は読み取れなかった。
 
「僕に任せてくれたら…。るーくんが殺ったってバレない殺人計画立ててあげる」

 え、と、声が喉からか細く漏れた。
 思わず顔を上げて紗友里を見やる。
 頭が言葉に追いつかない。
 それって、それってつまり…。

「…祐希さんの事…殺すの?」
「だって、そうしないと僕達の犯行がバレちゃうでしょう?」

 さも当然のようにそう言う紗友里。
 俺は…。…俺は、なんて返事をするべきなのだろうか?
 
 
 

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感想 1

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みんなの感想(1件)

腐男子ミルク

レモンイカさんの小説読みました!
なんだかドキドキしちゃうこの小説(意味深)
どんな展開になるのか見物です!!

2025.08.06 レモンイカ

ありがとうございます!!
もっとドキドキの展開(意味深)になるので、もしよければ次の話も是非読んで見て下さい!!

解除

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