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囲われるなんて、ごめんだ
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春の風は、どこまでも無責任だ。
満開の桜を揺らしながら、星ヶ丘学園の正門をくぐった瞬間、俺――朝比奈 湊は、小さく息を吐いた。
今日から二年生。
そして、できるだけ目立たず、波風立てずに生きると決めた新学期。
俺はΩだ。
それも、抑制剤がないと少し体調を崩しやすい“扱いづらいタイプ”らしい。医者や教師たちはそう言うけれど、俺にとってはただの体質だ。
けれどこの学園では、第二性は“個性”というより“序列”になる。
αは頂点。
βは大多数で安定。
Ωは、守られる存在。
――守られる。
その言葉が、どうにも好きになれなかった。
「朝比奈、クラス替え見た?」
背後から声をかけてきたのは、同じβの友人・三浦。俺の第二性を知っている数少ない存在だ。
「見た。二組だった」
「お、俺も。よかったな、知り合い多くて」
よかった、か。
正直なところ、俺は“目立たない席”さえあればそれでよかった。
Ωはどうしても注目される。
発情期があるから。
保護対象だから。
将来の“番”候補として見られることもあるから。
そんな視線が、ひどく窮屈だった。
校舎へ向かおうとしたそのとき、不意にざわめきが広がる。
「会長だ……」
「朝から拝めるとか最高かよ」
人の波が割れる。
まるで王が通るみたいに。
その中心にいる人物を、俺は見なくても知っていた。
鷹宮 恒一。
星ヶ丘学園三年、生徒会長。
成績優秀、運動万能、容姿端麗。
そして――絵に描いたようなα。
黒髪を整え、涼しげな目元で周囲を見渡すその姿は、確かに完璧だった。だが同時に、どこか冷たい印象もある。
目が合った気がした。
いや、気のせいだ。
俺はすぐに視線を逸らし、足早に校舎へ入る。
関わる気はない。
αの頂点なんて、俺とは世界が違う。
そう思っていたのに。
*
二時間目の休み時間。
教室のドアが静かに開いた。
ざわつく空気。
「二年二組に、朝比奈 湊はいるか」
低く、よく通る声。
教室中の視線が一斉に俺へ向く。
最悪だ。
ゆっくりと立ち上がると、そこにはやはり――鷹宮会長がいた。
「……俺です」
名前を呼ばれた理由なんて、思い当たらない。
「少し時間をもらえるか」
有無を言わせぬ口調。
断れる空気じゃない。
俺は教室を出た。
廊下は妙に静かで、隣を歩く彼の存在感だけがやけに大きい。
「何か、用ですか」
できるだけ平坦に尋ねる。
鷹宮は足を止め、俺をまっすぐ見下ろした。
近い。
思った以上に背が高い。
「君はΩだな」
心臓が一拍遅れる。
「……それが?」
「隠しているつもりかもしれないが、分かる者には分かる」
淡々と告げられる。
責められているわけじゃない。
けれど、逃げ場がない。
「別に、隠してません。ただ騒がれたくないだけです」
「騒がせるつもりはない」
そう言って、彼はほんのわずかに距離を詰めた。
ふわりと、α特有の香りが漂う。
甘さと清潔感が混じったような匂い。
反射的に息が浅くなる。
「君を、生徒会で保護対象として登録する」
「……は?」
「星ヶ丘学園では、Ωの安全を最優先にする制度がある。特に、強いα性に影響を受けやすい者はな」
つまり――監視。
「結構です」
即答だった。
自分でも驚くほど、きっぱりと。
「俺は大丈夫です。発情期もコントロールできますし、迷惑かけません」
「迷惑の話はしていない」
静かな声が、逆に圧を持つ。
「君を危険に晒したくないだけだ」
「危険って、なんですか」
少しだけ睨み返す。
こんな風にαに逆らうのは、得策じゃないと分かっている。
けれど。
「俺は、守られるだけの存在じゃない」
言ってしまった。
胸の奥に溜め込んでいたものが、溢れる。
「勝手に決めないでください」
一瞬、沈黙が落ちた。
鷹宮は驚いたように目を細め、それから――ほんのわずかに、笑った。
冷たい印象が、柔らぐ。
「そうか」
低く、満足げな声。
「やはり君だな」
「……は?」
「いや。こちらの話だ」
意味が分からない。
彼は再び距離を詰めた。
壁と彼の間に挟まれる形になる。
逃げ場がない。
だが触れられてはいない。
ぎりぎりの距離。
「朝比奈」
名前を呼ばれる。
それだけで、なぜか鼓動が速くなる。
「私は、運命という言葉は好きではない」
「……俺もです」
「だが」
彼の視線が、まっすぐ俺を射抜く。
「君を見た瞬間、確信した」
喉が鳴る。
「誰にも渡したくないと」
世界が、止まった気がした。
告白?
いや、違う。
もっと――宣言に近い。
「……意味分かりません」
ようやく絞り出す。
「分からなくていい。今はな」
彼は一歩下がった。
圧迫感が消える。
なのに、胸の奥のざわめきは消えない。
「私は君を守る」
「だから、いらないって――」
「君が拒んでもだ」
さらりと言い切る。
それは優しさの皮を被った、束縛の始まりのようで。
「……俺は、囲われる気ありませんから」
強がりだった。
けれど、彼は気分を害した様子もなく、むしろ楽しそうに目を細める。
「そうか。ならば」
彼は踵を返しながら言った。
「囲われたくなくなるようにすればいい」
「は?」
「君が自分から、私のそばにいると言うまで」
振り返った横顔は、どこか自信に満ちている。
「逃がさないよ、朝比奈」
廊下の向こうへ消えていく背中を、俺は呆然と見つめた。
何なんだ、あの人。
独善的で、強引で、勝手で。
なのに。
胸の奥に残る熱が、消えない。
春風が窓から吹き込み、制服の裾を揺らす。
囲われるなんて、ごめんだ。
俺は自由でいたい。
そう思っているはずなのに。
どうしてあの瞳を思い出すたび、鼓動が早くなるんだろう。
新学期は、始まったばかり。
けれどきっと、もう。
俺の平穏は、終わっている。
満開の桜を揺らしながら、星ヶ丘学園の正門をくぐった瞬間、俺――朝比奈 湊は、小さく息を吐いた。
今日から二年生。
そして、できるだけ目立たず、波風立てずに生きると決めた新学期。
俺はΩだ。
それも、抑制剤がないと少し体調を崩しやすい“扱いづらいタイプ”らしい。医者や教師たちはそう言うけれど、俺にとってはただの体質だ。
けれどこの学園では、第二性は“個性”というより“序列”になる。
αは頂点。
βは大多数で安定。
Ωは、守られる存在。
――守られる。
その言葉が、どうにも好きになれなかった。
「朝比奈、クラス替え見た?」
背後から声をかけてきたのは、同じβの友人・三浦。俺の第二性を知っている数少ない存在だ。
「見た。二組だった」
「お、俺も。よかったな、知り合い多くて」
よかった、か。
正直なところ、俺は“目立たない席”さえあればそれでよかった。
Ωはどうしても注目される。
発情期があるから。
保護対象だから。
将来の“番”候補として見られることもあるから。
そんな視線が、ひどく窮屈だった。
校舎へ向かおうとしたそのとき、不意にざわめきが広がる。
「会長だ……」
「朝から拝めるとか最高かよ」
人の波が割れる。
まるで王が通るみたいに。
その中心にいる人物を、俺は見なくても知っていた。
鷹宮 恒一。
星ヶ丘学園三年、生徒会長。
成績優秀、運動万能、容姿端麗。
そして――絵に描いたようなα。
黒髪を整え、涼しげな目元で周囲を見渡すその姿は、確かに完璧だった。だが同時に、どこか冷たい印象もある。
目が合った気がした。
いや、気のせいだ。
俺はすぐに視線を逸らし、足早に校舎へ入る。
関わる気はない。
αの頂点なんて、俺とは世界が違う。
そう思っていたのに。
*
二時間目の休み時間。
教室のドアが静かに開いた。
ざわつく空気。
「二年二組に、朝比奈 湊はいるか」
低く、よく通る声。
教室中の視線が一斉に俺へ向く。
最悪だ。
ゆっくりと立ち上がると、そこにはやはり――鷹宮会長がいた。
「……俺です」
名前を呼ばれた理由なんて、思い当たらない。
「少し時間をもらえるか」
有無を言わせぬ口調。
断れる空気じゃない。
俺は教室を出た。
廊下は妙に静かで、隣を歩く彼の存在感だけがやけに大きい。
「何か、用ですか」
できるだけ平坦に尋ねる。
鷹宮は足を止め、俺をまっすぐ見下ろした。
近い。
思った以上に背が高い。
「君はΩだな」
心臓が一拍遅れる。
「……それが?」
「隠しているつもりかもしれないが、分かる者には分かる」
淡々と告げられる。
責められているわけじゃない。
けれど、逃げ場がない。
「別に、隠してません。ただ騒がれたくないだけです」
「騒がせるつもりはない」
そう言って、彼はほんのわずかに距離を詰めた。
ふわりと、α特有の香りが漂う。
甘さと清潔感が混じったような匂い。
反射的に息が浅くなる。
「君を、生徒会で保護対象として登録する」
「……は?」
「星ヶ丘学園では、Ωの安全を最優先にする制度がある。特に、強いα性に影響を受けやすい者はな」
つまり――監視。
「結構です」
即答だった。
自分でも驚くほど、きっぱりと。
「俺は大丈夫です。発情期もコントロールできますし、迷惑かけません」
「迷惑の話はしていない」
静かな声が、逆に圧を持つ。
「君を危険に晒したくないだけだ」
「危険って、なんですか」
少しだけ睨み返す。
こんな風にαに逆らうのは、得策じゃないと分かっている。
けれど。
「俺は、守られるだけの存在じゃない」
言ってしまった。
胸の奥に溜め込んでいたものが、溢れる。
「勝手に決めないでください」
一瞬、沈黙が落ちた。
鷹宮は驚いたように目を細め、それから――ほんのわずかに、笑った。
冷たい印象が、柔らぐ。
「そうか」
低く、満足げな声。
「やはり君だな」
「……は?」
「いや。こちらの話だ」
意味が分からない。
彼は再び距離を詰めた。
壁と彼の間に挟まれる形になる。
逃げ場がない。
だが触れられてはいない。
ぎりぎりの距離。
「朝比奈」
名前を呼ばれる。
それだけで、なぜか鼓動が速くなる。
「私は、運命という言葉は好きではない」
「……俺もです」
「だが」
彼の視線が、まっすぐ俺を射抜く。
「君を見た瞬間、確信した」
喉が鳴る。
「誰にも渡したくないと」
世界が、止まった気がした。
告白?
いや、違う。
もっと――宣言に近い。
「……意味分かりません」
ようやく絞り出す。
「分からなくていい。今はな」
彼は一歩下がった。
圧迫感が消える。
なのに、胸の奥のざわめきは消えない。
「私は君を守る」
「だから、いらないって――」
「君が拒んでもだ」
さらりと言い切る。
それは優しさの皮を被った、束縛の始まりのようで。
「……俺は、囲われる気ありませんから」
強がりだった。
けれど、彼は気分を害した様子もなく、むしろ楽しそうに目を細める。
「そうか。ならば」
彼は踵を返しながら言った。
「囲われたくなくなるようにすればいい」
「は?」
「君が自分から、私のそばにいると言うまで」
振り返った横顔は、どこか自信に満ちている。
「逃がさないよ、朝比奈」
廊下の向こうへ消えていく背中を、俺は呆然と見つめた。
何なんだ、あの人。
独善的で、強引で、勝手で。
なのに。
胸の奥に残る熱が、消えない。
春風が窓から吹き込み、制服の裾を揺らす。
囲われるなんて、ごめんだ。
俺は自由でいたい。
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