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逃げたいのに、目で追ってしまう
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最悪だ。
あの日の廊下でのやり取りから、まだ三日しか経っていないのに、俺の平穏は見事に崩れ去った。
「朝比奈くん、生徒会長と知り合いなの?」
「昨日も話してたよね?」
「もしかして番候補とか?」
違う。
断じて違う。
だが否定すればするほど、周囲は面白がる。
「たまたまです。生徒会の制度の説明を受けただけ」
そう言っても、納得する顔は少ない。
そもそも問題なのは――
視線だ。
教室の窓から校庭を見下ろせば、そこには生徒会役員に囲まれた鷹宮会長の姿がある。
背筋を伸ばし、穏やかな表情で指示を出す姿は、やはり絵になる。
……見なければいいのに。
なぜか、目が追ってしまう。
「湊、お前さ」
隣の三浦が、肘でつついてくる。
「会長にロックオンされてるよな」
「変な言い方するな」
「だって普通、会長が直々に二年呼び出すとかないって」
それは俺も思っている。
生徒会によるΩ保護制度は存在する。けれど普通は担任経由で話が来るはずだ。
なのに、なぜ直接。
しかもあんな宣言付きで。
――誰にも渡したくない。
思い出すな、俺。
頬が熱くなりそうになり、慌てて窓から視線を外す。
その瞬間。
校庭にいたはずの鷹宮が、ふと顔を上げた。
まっすぐ、こちらを見上げる。
距離があるのに、目が合ったと分かる。
心臓が跳ねた。
彼はほんのわずかに口元を緩めると、役員に何か告げ、校舎へ向かって歩き出した。
「……まさか」
「え、何?」
「いや、何でもない」
嫌な予感しかしない。
*
放課後。
できるだけ急いで帰ろうと鞄を掴んだところで、教室のドアが開いた。
「朝比奈」
低く落ち着いた声。
教室が再びざわつく。
逃げ場は、ない。
「……何ですか」
「少し付き合ってもらう」
「断ったら?」
「断らせない」
即答だった。
周囲の視線が痛い。
俺はため息をつき、彼の後を追う。
連れてこられたのは、生徒会室。
重厚な扉の向こうは、静かで整然としている。
「座って」
差し出された椅子に渋々腰掛ける。
「用件は?」
「君の抑制剤の管理について」
「は?」
「保健室から報告を受けた。最近、効きが不安定だそうだな」
背筋が凍る。
「なんでそんなことまで」
「私は生徒会長だ。学園内の安全は把握している」
淡々と告げられる。
確かに最近、少し体調が揺らぎやすい。
けれど、それは個人的な問題だ。
「俺、自分で対処できます」
「無理をしている」
「してません」
「顔色が悪い」
言われて、思わず言葉に詰まる。
近づいてくる足音。
気づけば、彼は俺の目の前に立っていた。
「少し、失礼」
手が伸びる。
触れられると思った瞬間、指先が俺の前髪をそっと払いのけた。
額に、ひやりとした感触。
体温を測るように、軽く触れるだけ。
それだけなのに、全身が緊張する。
「……っ」
「熱はないな」
距離が近い。
呼吸がかすかに触れそうなほど。
「離れてください」
「嫌だと言ったら?」
「……セクハラで訴えます」
ぴくり、と彼の眉が動く。
だがすぐに、喉の奥で小さく笑った。
「なるほど。強気だ」
ようやく手が離れる。
ほっとしたのも束の間。
「だが、無理はさせない」
「だから俺は――」
「君は、自分を過小評価している」
真剣な眼差し。
「Ωであることを負担だと思い、誰にも頼らない。だがな」
一歩、また近づく。
「頼られる側にも、選ぶ権利がある」
「……どういう意味ですか」
「私は君を守りたい」
静かな声。
押しつけがましさはない。
ただ、揺るがない意志だけがある。
「守られる気はありません」
「知っている」
「じゃあなんで」
「それでも守る」
まるで宣誓のように。
胸がざわつく。
怒るべきなのに。
拒むべきなのに。
どうしてこんなにも――安心してしまうんだ。
「君が自由でいたいのは理解している」
不意に、彼の声が柔らぐ。
「だから檻には入れない」
「……檻?」
「だが、縄は持つ」
「物騒すぎません?」
「比喩だ」
わずかに笑う。
その表情は、校庭で見た“完璧な会長”とは違う。
俺だけに向けられているような、熱を帯びた目。
「朝比奈」
名前を呼ばれる。
「放課後は、私と行動を共にしろ」
「はあ!?」
「君の体調が安定するまでだ」
「それ、ほぼ監禁じゃないですか」
「学園内だ。健全だろう」
どこがだ。
「嫌です」
「嫌でもだ」
きっぱりと言い切る。
その強引さに、腹が立つ。
なのに。
心のどこかで思ってしまう。
――俺のことを、ここまで気にかける理由は何なんだ。
「どうして、俺なんですか」
思わず零れた本音。
鷹宮は一瞬だけ沈黙し、それから低く答えた。
「本能が告げるからだ」
ぞくりとする。
「君は、私の隣にいるべきだと」
強いα性が、わずかに揺らぐ。
圧ではない。
包み込むような気配。
逃げたい。
でも、逃げたくない。
矛盾した感情が胸をかき乱す。
「……俺は、まだ何も決めてません」
「構わない」
彼は俺の顎に触れそうな距離で止まり、低く囁く。
「決めるのは君だ」
指先が、今度は本当に触れるかと思った瞬間。
止まった。
触れない。
ぎりぎりで、止める。
「だが、選択肢から私は消えない」
そう言って、ゆっくりと距離を取る。
余裕のある微笑。
「帰ろう、朝比奈」
当たり前のように言う。
まるで、俺が隣にいるのが当然みたいに。
――囲われるなんて、ごめんだ。
そう思っていたはずなのに。
並んで歩く帰り道。
ほんの少しだけ。
この距離が嫌じゃないと思ってしまった自分が、悔しい。
春の夕暮れは、まだ明るい。
俺の自由は、ちゃんと守れるのか。
それとも。
もう少しだけ、この手に掴まってもいいのか。
答えはまだ、出ない。
あの日の廊下でのやり取りから、まだ三日しか経っていないのに、俺の平穏は見事に崩れ去った。
「朝比奈くん、生徒会長と知り合いなの?」
「昨日も話してたよね?」
「もしかして番候補とか?」
違う。
断じて違う。
だが否定すればするほど、周囲は面白がる。
「たまたまです。生徒会の制度の説明を受けただけ」
そう言っても、納得する顔は少ない。
そもそも問題なのは――
視線だ。
教室の窓から校庭を見下ろせば、そこには生徒会役員に囲まれた鷹宮会長の姿がある。
背筋を伸ばし、穏やかな表情で指示を出す姿は、やはり絵になる。
……見なければいいのに。
なぜか、目が追ってしまう。
「湊、お前さ」
隣の三浦が、肘でつついてくる。
「会長にロックオンされてるよな」
「変な言い方するな」
「だって普通、会長が直々に二年呼び出すとかないって」
それは俺も思っている。
生徒会によるΩ保護制度は存在する。けれど普通は担任経由で話が来るはずだ。
なのに、なぜ直接。
しかもあんな宣言付きで。
――誰にも渡したくない。
思い出すな、俺。
頬が熱くなりそうになり、慌てて窓から視線を外す。
その瞬間。
校庭にいたはずの鷹宮が、ふと顔を上げた。
まっすぐ、こちらを見上げる。
距離があるのに、目が合ったと分かる。
心臓が跳ねた。
彼はほんのわずかに口元を緩めると、役員に何か告げ、校舎へ向かって歩き出した。
「……まさか」
「え、何?」
「いや、何でもない」
嫌な予感しかしない。
*
放課後。
できるだけ急いで帰ろうと鞄を掴んだところで、教室のドアが開いた。
「朝比奈」
低く落ち着いた声。
教室が再びざわつく。
逃げ場は、ない。
「……何ですか」
「少し付き合ってもらう」
「断ったら?」
「断らせない」
即答だった。
周囲の視線が痛い。
俺はため息をつき、彼の後を追う。
連れてこられたのは、生徒会室。
重厚な扉の向こうは、静かで整然としている。
「座って」
差し出された椅子に渋々腰掛ける。
「用件は?」
「君の抑制剤の管理について」
「は?」
「保健室から報告を受けた。最近、効きが不安定だそうだな」
背筋が凍る。
「なんでそんなことまで」
「私は生徒会長だ。学園内の安全は把握している」
淡々と告げられる。
確かに最近、少し体調が揺らぎやすい。
けれど、それは個人的な問題だ。
「俺、自分で対処できます」
「無理をしている」
「してません」
「顔色が悪い」
言われて、思わず言葉に詰まる。
近づいてくる足音。
気づけば、彼は俺の目の前に立っていた。
「少し、失礼」
手が伸びる。
触れられると思った瞬間、指先が俺の前髪をそっと払いのけた。
額に、ひやりとした感触。
体温を測るように、軽く触れるだけ。
それだけなのに、全身が緊張する。
「……っ」
「熱はないな」
距離が近い。
呼吸がかすかに触れそうなほど。
「離れてください」
「嫌だと言ったら?」
「……セクハラで訴えます」
ぴくり、と彼の眉が動く。
だがすぐに、喉の奥で小さく笑った。
「なるほど。強気だ」
ようやく手が離れる。
ほっとしたのも束の間。
「だが、無理はさせない」
「だから俺は――」
「君は、自分を過小評価している」
真剣な眼差し。
「Ωであることを負担だと思い、誰にも頼らない。だがな」
一歩、また近づく。
「頼られる側にも、選ぶ権利がある」
「……どういう意味ですか」
「私は君を守りたい」
静かな声。
押しつけがましさはない。
ただ、揺るがない意志だけがある。
「守られる気はありません」
「知っている」
「じゃあなんで」
「それでも守る」
まるで宣誓のように。
胸がざわつく。
怒るべきなのに。
拒むべきなのに。
どうしてこんなにも――安心してしまうんだ。
「君が自由でいたいのは理解している」
不意に、彼の声が柔らぐ。
「だから檻には入れない」
「……檻?」
「だが、縄は持つ」
「物騒すぎません?」
「比喩だ」
わずかに笑う。
その表情は、校庭で見た“完璧な会長”とは違う。
俺だけに向けられているような、熱を帯びた目。
「朝比奈」
名前を呼ばれる。
「放課後は、私と行動を共にしろ」
「はあ!?」
「君の体調が安定するまでだ」
「それ、ほぼ監禁じゃないですか」
「学園内だ。健全だろう」
どこがだ。
「嫌です」
「嫌でもだ」
きっぱりと言い切る。
その強引さに、腹が立つ。
なのに。
心のどこかで思ってしまう。
――俺のことを、ここまで気にかける理由は何なんだ。
「どうして、俺なんですか」
思わず零れた本音。
鷹宮は一瞬だけ沈黙し、それから低く答えた。
「本能が告げるからだ」
ぞくりとする。
「君は、私の隣にいるべきだと」
強いα性が、わずかに揺らぐ。
圧ではない。
包み込むような気配。
逃げたい。
でも、逃げたくない。
矛盾した感情が胸をかき乱す。
「……俺は、まだ何も決めてません」
「構わない」
彼は俺の顎に触れそうな距離で止まり、低く囁く。
「決めるのは君だ」
指先が、今度は本当に触れるかと思った瞬間。
止まった。
触れない。
ぎりぎりで、止める。
「だが、選択肢から私は消えない」
そう言って、ゆっくりと距離を取る。
余裕のある微笑。
「帰ろう、朝比奈」
当たり前のように言う。
まるで、俺が隣にいるのが当然みたいに。
――囲われるなんて、ごめんだ。
そう思っていたはずなのに。
並んで歩く帰り道。
ほんの少しだけ。
この距離が嫌じゃないと思ってしまった自分が、悔しい。
春の夕暮れは、まだ明るい。
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それとも。
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