過保護なα生徒会長に囲われたΩ

雪兎

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その手は、誰のもの

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 放課後、生徒会室に通う日々が始まった。

 と言っても、強制連行されているわけではない。

 ……形式上は。

「朝比奈、書類はこっちだ」
「はいはい」

 俺は生徒会の雑務を手伝わされている。

 来月の文化祭に向けた企画書の整理、各委員会からの申請チェック、ポスター案の仕分け。

 完全に労働力だ。

「保護対象じゃなかったんですか、俺」
「保護している」

「どこが」
「目の届く範囲に置いている」

 さらっと言われて、言葉に詰まる。

 それを束縛って言うんじゃないのか。

 だが生徒会室は意外にも居心地が悪くなかった。役員たちは優秀で、無駄に詮索もしない。何より――

 ここにいると、妙な視線を浴びずに済む。

 Ωであることを、過剰に意識されない。

 それは少し、楽だった。

「湊、最近会長と仲良いよな」

 昼休み、クラスメイトのα・神崎に声をかけられた。

 軽い口調だが、視線は探るようだ。

「仲良くない。雑務手伝ってるだけ」
「へえ? Ωを囲い込む趣味あるのかと思った」

 笑いながら肩に手を回される。

 ぞわ、と背筋が粟立つ。

 強くはないが、α特有の気配。

 反射的に一歩引いた。

「離れて」

「そんな警戒すんなって」

 そのとき。

「神崎」

 低い声が割って入る。

 振り向かなくても分かる。

 空気が変わった。

「……会長」

 神崎の手が、ゆっくりと離れる。

 振り返ると、鷹宮が立っていた。

 笑っていない。

 無表情なのに、圧がある。

「彼に何か?」

「いや、ただ話してただけですけど」

「そうか」

 一歩、近づく。

「朝比奈は私の管理下にある」

 ざわりと周囲がざわめく。

「管理って……」
「保護対象だ。無用な接触は控えろ」

 静かな声なのに、有無を言わせない。

 神崎は苦笑しながら両手を上げた。

「分かりましたよ。そんな怒んなくても」

「怒ってはいない」

 否定しながらも、目は鋭い。

 神崎が去ると、教室の空気が微妙に変わる。

 注目の中心は、俺だ。

「……やりすぎです」

 小声で抗議する。

「何が」
「管理下とか言わないでください」

「事実だ」

「誤解招きます」

「誤解させておけばいい」

 平然としている。

「朝比奈」

 ふいに、俺の顎に触れそうな距離まで近づく。

「さっき、嫌だったな」

 心臓が跳ねる。

「……別に」

「嘘だ」

 彼の指が、ほんの一瞬だけ俺の手首に触れた。

 軽く。

 確認するように。

「脈が速い」

「触らないでください!」

 思わず声が大きくなり、周囲の視線がまた集まる。

 鷹宮はまったく動じない。

「嫌なら、私以外に触れさせるな」

「意味分かりません」

「分かるだろう」

 低く、耳元で。

「君が触れられていいのは、私だけだ」

 ぞく、と背筋を震わせる言葉。

 独占欲。

 露骨すぎる。

「俺の自由です」

「否定はしない」

「じゃあ――」

「だが、私は嫌だ」

 真っ直ぐな視線。

「君に触れるαを見るのは」

 言葉が出ない。

 それは命令じゃない。

 ただの感情。

 むき出しの。

「……会長って、そんな人でしたっけ」

「どんな人間に見える?」

「完璧で、冷静で、何も動じない」

「買い被りだ」

 ほんの少しだけ、目元が和らぐ。

「君のことになると、余裕はない」

 胸が、ぎゅっと締まる。

 ずるい。

 そんなこと言われたら。

「俺は、所有物じゃない」

「分かっている」

「じゃあ」

「だからこそ、欲しい」

 はっきりと告げられる。

 呼吸が止まる。

「番にするとか、そういう話じゃない」

 まだ、とは言わなかった。

「ただ」

 彼の手が、今度は逃げ場を塞がないように、そっと俺の背後の机に置かれる。

 触れていない。

 でも囲われている。

「君が私を選ぶまで、他の誰にも渡さない」

 静かな宣言。

 束縛。

 なのに、不思議と嫌悪は湧かない。

 むしろ。

 安心してしまう自分がいる。

「……俺、重いの嫌いです」

「知っている」

「過保護も嫌いです」

「承知している」

「束縛はもっと嫌いです」

 一瞬、沈黙。

 それから。

「努力はする」

「するんですか……」

 少し笑ってしまう。

 あまりに真面目な顔で言うから。

「だが」

 彼の視線が、熱を帯びる。

「嫌われても、手放す気はない」

 逃げ場は、ある。

 はずなのに。

 なぜか、足が動かない。

「湊」

 名前を呼ばれる。

 今度は、柔らかく。

「怖いか」

 問いかけ。

 俺は少しだけ考えてから、正直に答えた。

「……少し」

「そうか」

 彼はゆっくりと距離を取る。

「なら、急がない」

 意外な言葉。

「だが諦めない」

「それは変わらないんですね」

「当然だ」

 きっぱり。

 胸がまた騒ぐ。

 こんな風に、真正面から欲しいと言われたことはない。

 Ωとして見られることはあっても。

 俺自身を、こんな目で見られたことは。

「放課後、迎えに行く」

「来なくていいです」

「行く」

「強引すぎる……」

 そう言いながらも、完全に拒絶できない自分が悔しい。

 窓の外では、春の光がまぶしい。

 俺は自由でいたい。

 でも。

 もし自由の隣に、この人がいるなら。

 それも悪くないと、ほんの少し思ってしまった。

 ――その手は、誰のもの。

 まだ答えは出せない。

 けれど確実に。

 俺の心は、彼に触れられ始めている。
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