13 / 35
職場で一番嫌いな奴と、なんでか付き合うことになった話
お客様には『様』をつけて呼びましょう
しおりを挟む
「…例え業務外においても、お客様には『様』をつけて呼びましょう。でも、今なんて?」
「だから、可愛そうじゃないっスよ。その、お客様。むしろ、ラッキーだと思います。辻村さんに当たって。辻村さんが入社した時から、思ってた。一本一本の電話を、すごい大切にしてるなぁって。お客様が喜んでたら一緒に喜ぶし、悲しんでたら一緒に解決策を考える。スランプに陥るのは、お客様のことを真剣に考えてるからこそだと思います。オレなんかと違って」
「そ…そんな。めっちゃ褒めるやん?嬉しいけど。何にも出ねーぞ?おだててもさぁ?それに、保志くんが真剣じゃないなんて。そんなことも、ないと思います。いつも直球勝負だから、どのお客様も安心するのだと思います…。言葉遣いは、まだまだだけどさぁ」
「オレの言葉遣い、まだまだっスか?どのあたりが?」
「えぇと…。『○○の方』とか言うのと、『よろしかった』とか言うのと、『○○ですかね』も怪しいかな。多すぎて、枚挙に暇がない。応対以前の問題かな。でもこれは仕方ない。うちの会社、さっき言うたQTがいないから…」
「辻村さんがなれば、いいですやん?」
「はぁ?」
「カラオケのボイトレと一緒でしょ。今からでも、基本を叩き直すことが出来るんでしょ。辻村さんがそのQTとやらになって、みんなの言葉遣いを指導してくださいよ」
「え?だから今、部署自体がないんだって。部署から立ち上げろって?俺にこの会社で、出世しろって言ってる?無理でしょ」
この年になって…。と言いかけたけど、何かシャクに触ってやめた。歌手のオーディションのことと言い、次から次から何を言い出すんだろうこの子は。
でも…何もかもまだ、諦める時ではないのかなぁ。何歳になっても、チャンスはそこら中に転がっている。自分の気持ちの持ち方次第で、何にでもなることは出来るのかなぁ。そして、もしその隣に彼がいてくれたなら…。
「辻村さんなら…やれますって」
そう言って、身体を抱きしめてきた。えぇ…なんだこの展開。急すぎて、頭が追いつかない。でも、嫌な気分はしないかな?未だに身体は震えたけど、それはきっと尿意だけのせいではなくて…。
「保志くん…」
「葵で、いいっスよ」
保志くん…葵くんが、唇を近づけてきた。暗闇で見えなかったけど、多分。おい、タバコの匂いは好きじゃないって言うたやろが!あぁでも、今日は仕事終わりに吸ってなかったんだっけ?仕方ないなぁ、ちょっとだけなら…。そう思って、目をつぶった所。
これまた見事なタイミングで、エレベーターの扉が開いた。外で、作業員と思しきお兄ちゃんが硬直している。まぁ、仕方のないことだろう。夜分にて、他に人がいなかったことが幸いだ…。
なんて、落ち着いてる場合じゃない!トイレだトイレ!
なおも抱き締めてくる葵くんの身体をひっぺがし、硬直するお兄ちゃんの脇をすり抜けてトイレに直行した。普段は縁もゆかりもない階層で何のオフィスが入っているかも知らないが、緊急事態ゆえお許し願いたい。
やっとのことでトイレにたどり着き用を足していると、隣に葵くんがやって来てやはり用を足し始めた。あれ、これエレベーター内でするのとそんなに変わらなかったんじゃ?
「いやぁ、危なかったっスわ。実は、オレもトイレ行きたくて限界だったんス。へへへ」
そう言って笑う彼の口からは、真っ白な八重歯が見えていた…。
…トゥンク。
いや、トゥンクじゃねーよ。トイレだよ。用足してる最中だよ。ときめくような場所でなければ、シチュエーションでもないわ。
あぁでも、胸の鼓動が止まらない。耳まで顔が赤いのが、彼にバレていないか心配だ。
どうしよう。俺、どうしようもなく彼のことが好きだ…。
「だから、可愛そうじゃないっスよ。その、お客様。むしろ、ラッキーだと思います。辻村さんに当たって。辻村さんが入社した時から、思ってた。一本一本の電話を、すごい大切にしてるなぁって。お客様が喜んでたら一緒に喜ぶし、悲しんでたら一緒に解決策を考える。スランプに陥るのは、お客様のことを真剣に考えてるからこそだと思います。オレなんかと違って」
「そ…そんな。めっちゃ褒めるやん?嬉しいけど。何にも出ねーぞ?おだててもさぁ?それに、保志くんが真剣じゃないなんて。そんなことも、ないと思います。いつも直球勝負だから、どのお客様も安心するのだと思います…。言葉遣いは、まだまだだけどさぁ」
「オレの言葉遣い、まだまだっスか?どのあたりが?」
「えぇと…。『○○の方』とか言うのと、『よろしかった』とか言うのと、『○○ですかね』も怪しいかな。多すぎて、枚挙に暇がない。応対以前の問題かな。でもこれは仕方ない。うちの会社、さっき言うたQTがいないから…」
「辻村さんがなれば、いいですやん?」
「はぁ?」
「カラオケのボイトレと一緒でしょ。今からでも、基本を叩き直すことが出来るんでしょ。辻村さんがそのQTとやらになって、みんなの言葉遣いを指導してくださいよ」
「え?だから今、部署自体がないんだって。部署から立ち上げろって?俺にこの会社で、出世しろって言ってる?無理でしょ」
この年になって…。と言いかけたけど、何かシャクに触ってやめた。歌手のオーディションのことと言い、次から次から何を言い出すんだろうこの子は。
でも…何もかもまだ、諦める時ではないのかなぁ。何歳になっても、チャンスはそこら中に転がっている。自分の気持ちの持ち方次第で、何にでもなることは出来るのかなぁ。そして、もしその隣に彼がいてくれたなら…。
「辻村さんなら…やれますって」
そう言って、身体を抱きしめてきた。えぇ…なんだこの展開。急すぎて、頭が追いつかない。でも、嫌な気分はしないかな?未だに身体は震えたけど、それはきっと尿意だけのせいではなくて…。
「保志くん…」
「葵で、いいっスよ」
保志くん…葵くんが、唇を近づけてきた。暗闇で見えなかったけど、多分。おい、タバコの匂いは好きじゃないって言うたやろが!あぁでも、今日は仕事終わりに吸ってなかったんだっけ?仕方ないなぁ、ちょっとだけなら…。そう思って、目をつぶった所。
これまた見事なタイミングで、エレベーターの扉が開いた。外で、作業員と思しきお兄ちゃんが硬直している。まぁ、仕方のないことだろう。夜分にて、他に人がいなかったことが幸いだ…。
なんて、落ち着いてる場合じゃない!トイレだトイレ!
なおも抱き締めてくる葵くんの身体をひっぺがし、硬直するお兄ちゃんの脇をすり抜けてトイレに直行した。普段は縁もゆかりもない階層で何のオフィスが入っているかも知らないが、緊急事態ゆえお許し願いたい。
やっとのことでトイレにたどり着き用を足していると、隣に葵くんがやって来てやはり用を足し始めた。あれ、これエレベーター内でするのとそんなに変わらなかったんじゃ?
「いやぁ、危なかったっスわ。実は、オレもトイレ行きたくて限界だったんス。へへへ」
そう言って笑う彼の口からは、真っ白な八重歯が見えていた…。
…トゥンク。
いや、トゥンクじゃねーよ。トイレだよ。用足してる最中だよ。ときめくような場所でなければ、シチュエーションでもないわ。
あぁでも、胸の鼓動が止まらない。耳まで顔が赤いのが、彼にバレていないか心配だ。
どうしよう。俺、どうしようもなく彼のことが好きだ…。
0
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
泣き虫で小柄だった幼馴染が、メンタルつよめの大型犬になっていた話。
雪 いつき
BL
凰太朗と理央は、家が隣同士の幼馴染だった。
二つ年下で小柄で泣き虫だった理央を、凰太朗は、本当の弟のように可愛がっていた。だが凰太朗が中学に上がった頃、理央は親の都合で引っ越してしまう。
それから五年が経った頃、理央から同じ高校に入学するという連絡を受ける。変わらず可愛い姿を想像していたものの、再会した理央は、モデルのように背の高いイケメンに成長していた。
「凰ちゃんのこと大好きな俺も、他の奴らはどうでもいい俺も、どっちも本当の俺だから」
人前でそんな発言をして爽やかに笑う。
発言はともかく、今も変わらず懐いてくれて嬉しい。そのはずなのに、昔とは違う成長した理央に、だんだんとドキドキし始めて……。
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる