職場で一番嫌いな奴と、なんでか付き合うことになった話

あきら

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職場で一番嫌いな奴と、なんでか付き合うことになった話

お客様には『様』をつけて呼びましょう

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 「…例え業務外においても、お客様には『様』をつけて呼びましょう。でも、今なんて?」

 「だから、可愛そうじゃないっスよ。その、お客様。むしろ、ラッキーだと思います。辻村さんに当たって。辻村さんが入社した時から、思ってた。一本一本の電話を、すごい大切にしてるなぁって。お客様が喜んでたら一緒に喜ぶし、悲しんでたら一緒に解決策を考える。スランプに陥るのは、お客様のことを真剣に考えてるからこそだと思います。オレなんかと違って」
 「そ…そんな。めっちゃ褒めるやん?嬉しいけど。何にも出ねーぞ?おだててもさぁ?それに、保志くんが真剣じゃないなんて。そんなことも、ないと思います。いつも直球勝負だから、どのお客様も安心するのだと思います…。言葉遣いは、まだまだだけどさぁ」
 「オレの言葉遣い、まだまだっスか?どのあたりが?」
 「えぇと…。『○○の方』とか言うのと、『よろしかった』とか言うのと、『○○ですかね』も怪しいかな。多すぎて、枚挙に暇がない。応対以前の問題かな。でもこれは仕方ない。うちの会社、さっき言うたQTがいないから…」
 「辻村さんがなれば、いいですやん?」
 「はぁ?」
 「カラオケのボイトレと一緒でしょ。今からでも、基本を叩き直すことが出来るんでしょ。辻村さんがそのQTとやらになって、みんなの言葉遣いを指導してくださいよ」
 「え?だから今、部署自体がないんだって。部署から立ち上げろって?俺にこの会社で、出世しろって言ってる?無理でしょ」
 この年になって…。と言いかけたけど、何かシャクに触ってやめた。歌手のオーディションのことと言い、次から次から何を言い出すんだろうこの子は。
 でも…何もかもまだ、諦める時ではないのかなぁ。何歳になっても、チャンスはそこら中に転がっている。自分の気持ちの持ち方次第で、何にでもなることは出来るのかなぁ。そして、もしその隣に彼がいてくれたなら…。
 「辻村さんなら…やれますって」
 そう言って、身体を抱きしめてきた。えぇ…なんだこの展開。急すぎて、頭が追いつかない。でも、嫌な気分はしないかな?未だに身体は震えたけど、それはきっと尿意だけのせいではなくて…。
 「保志くん…」
 「葵で、いいっスよ」
 保志くん…葵くんが、唇を近づけてきた。暗闇で見えなかったけど、多分。おい、タバコの匂いは好きじゃないって言うたやろが!あぁでも、今日は仕事終わりに吸ってなかったんだっけ?仕方ないなぁ、ちょっとだけなら…。そう思って、目をつぶった所。
 これまた見事なタイミングで、エレベーターの扉が開いた。外で、作業員と思しきお兄ちゃんが硬直している。まぁ、仕方のないことだろう。夜分にて、他に人がいなかったことが幸いだ…。
 なんて、落ち着いてる場合じゃない!トイレだトイレ!
 なおも抱き締めてくる葵くんの身体をひっぺがし、硬直するお兄ちゃんの脇をすり抜けてトイレに直行した。普段は縁もゆかりもない階層で何のオフィスが入っているかも知らないが、緊急事態ゆえお許し願いたい。
 やっとのことでトイレにたどり着き用を足していると、隣に葵くんがやって来てやはり用を足し始めた。あれ、これエレベーター内でするのとそんなに変わらなかったんじゃ?
 「いやぁ、危なかったっスわ。実は、オレもトイレ行きたくて限界だったんス。へへへ」
 そう言って笑う彼の口からは、真っ白な八重歯が見えていた…。

 …トゥンク。

 いや、トゥンクじゃねーよ。トイレだよ。用足してる最中だよ。ときめくような場所でなければ、シチュエーションでもないわ。
 あぁでも、胸の鼓動が止まらない。耳まで顔が赤いのが、彼にバレていないか心配だ。
 どうしよう。俺、どうしようもなく彼のことが好きだ…。
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