僕と君の長い日々

藤野ひま

文字の大きさ
3 / 4

君と見る夜の宇宙(俺•age:20)

しおりを挟む
「わあ、可愛い」

 繁華街を歩いていて、横で後輩が言った。彼女の視線の先は本屋のショーウィンドウだった。夜の闇に負けないように明るく照らされたライトの下、青を基調に本や文房具がディスプレイされている。テーマは……、

「星、綺麗」

 濃紺の背景にキラキラ光る銀色の星を写したみたいに、彼女も目を輝かす。

「星好きなの?」
「ちょっとだけです。写真見たりとか。どっちかというと文房具が好きなんです。ノートとかボールペンとか可愛くないですか?」

 ガラスの向こうに飾ってある雑貨達がライトに光っている。

「中入る?」
「大丈夫です、行きましょう。少しお腹空いてきました」

 微笑みながら彼女から歩き出す。
 彼女とはバイト先で知り合った。大学の後輩でもあると分かり仲良くなり、バイト終わってから何度か一緒に皆でメシ食べに行ったりしたけど、今日は二人で行くことになっている。初、やばい。何がってやばいだろ、女の子と二人、それも夜。初、だぜ……ちょっと情け無いけど。

「ねえ、先輩」
「え? え、何?」

 ビビるな、俺。

「冬の大三角ってわかります?」
「大三角? え、あ、星?」
「そうそう、……シリウスとオリオン座のペテルギウスと、あと何でしたっけ? 思い出せなくて気になって」
「あー」

 何だっけ

「確かこいぬ座の…………ごめん、わからん」
 
 彼女は楽しそうだ。笑顔、可愛いいんだよなあ。

「俺の同居人なら知ってるんだろうけどなあ……」
「先輩とルームシェアしてる人ですよね、詳しいんだ」
 
 ルームシェアなんてカタカナは妙にそぐわない気もするけど。ただの腐れ縁の幼馴染だし。

「何か妙に雑学あるヤツで」

 と言いながらスマホ取り出して調べてみた。

「プロキオン、だって」

 「そう、それ」と言って彼女は夜空を見上げた。俺もつられて見上げる。街の灯りで白っぽい暗闇に、小さな穴のように点がいくつか見えるだけだった。

「見えませんね」
「あー、わからん」
「ですね」

 俺は視線を戻す。寒い夜だってのに、結構人が歩いている。飲み屋とかが連なる夜の街だから当たり前なんだけど。と、視界の中に見知った顔を見つけて、あれ? っと思った。何だあいつ、こんな時間に外か? 珍しい。

 声をかけるには遠いので、そのままそいつーー俺の同居人から目を逸らそうとして……再び見た。

 あれ、誰だ?

 隣に背広を着たサラリーマン風の男がいた。そいつと楽しそうに笑っている。随分親し気だ。別にいいけど……知り合い? サラリーマンと? どんな接点?

「先輩?」
「あ、ごめん、行こうか」

 言いながらもう一度見ると、ヤツはもう人混みに紛れてわからなくなっていた。
 まあ、いいや。子どもじゃあるまいし、放っておけば。帰ったら聞くか、いや、関係ないし、別に気にする事でもない、よ、な? 大丈夫だよな、変な勧誘とかに引っかかってないよな。最近大学でそんな話聞いたばかりだった。でもあいつは馬鹿じゃないしありえないだろう。でもなあ、妙に脇が甘いというか人が良いところがあるからなあ、っていうか、そうじゃないとしたら、逆に誰だ? 親し気だったけど。……高校までと違って相手の友人が自分にとっても友人で全部知ってる、なんて事はもうない訳で、別にいいんだが、……何だろう、何を気にしてる? ……ただ何かウキウキして見えて……珍しいし……大丈夫、だよな?

「ねえ、先輩、あれも可愛くないですか?」
「え、何?」

 彼女は今度はビルの壁面に飾ってあったパネル写真の横を歩きながら言った。クマのぬいぐるみとキラキラした洋服たち。

「クマちゃん、眼鏡可愛い」

 クマのぬいぐるみが眼鏡している。可愛い、可愛いけど……わかった、違和感。あいつ眼鏡してなかった。外なのに、ど近眼のくせに。

 不意に電子音がなって、慌ててスマホを見た。ただのアプリの通知だった。そのままスマホを戻そうとして……電話帳を押していた。

「先輩?」
「あ、ごめん、一本電話させて」

 俺はあいつに電話する。何を話すつもりか自分でもよくわからない。ただモヤモヤが気持ち悪かった。だが幸か不幸かあいつは出ずに留守電になった。

「ごめん、行こう」

 電話を切り、彼女ととりとめない話をしながら目的の店まで歩く。そのうちにヤツの事は気にならなくなる。よく笑う子で、そこが凄く可愛いと思う。あー、飯食った後どうしようかな。

 考えているうちに店に着いた。地下にある店で、照明に照らされた煉瓦調の階段に手書きの黒板メニューが階下に誘う。いい感じだ。降りて行こうとして、ふと、足が止まる。
 訝し気な目線で後輩が俺を見た。何やってんだ、行こう。……でも、店に入ったらしばらくは出られなくなる。いや、当たり前だし、何を……。

「どうかしたんですか、さっきから」
「………ごめん」

 俺は彼女に向き合うと言った。

「ごめん、同居人が、その、ちょっと……何かあったみたいで……」
「え、大丈夫ですか?」
「え、うん」

 何言ってんだ、俺。

「大丈夫、ごめん、行こう」
「あ、よかったら行ってあげてくださいね、私は平気ですから」
「でも……」
「あ、本当に気にしないで下さい」

 凄く良い子だな、と改めて思いながら俺は頭を下げた。

「ごめん、本当。今度絶対、埋め合わせするから」

 彼女は「はいっ」と言って笑った。やっぱりその笑顔が可愛くて、俺の心は重かった。



 帰ってみるとアパートは真っ暗だった。やっぱり見かけたのはあいつだったのだろう。俺は何故か出ようとするため息を飲み込むと、鍵を開けようとして……、

「あれ、ない」

 鍵が見つからない。鞄やらポケットやら探す。ない。冷たいドアノブを回す。もちろん開かない。ない。どこかで落とした? どこでだ?
 今日の行動を思い出す。バイト先まではあった。キーケースにバイト先のロッカーの鍵もついてるから使った筈だ。……ああ、多分、ロッカーの中にそのまま忘れたんだ。時間押して慌ててたし、浮かれてたし……。
 俺は今度こそため息をつくと、アパートの廊下に座り込んだ。鉄の柵が背中にあたる。どうする、バイト先に戻るか?
  ……何やってんだ、俺。何もかも何やってんだ。
 立ち上がる気力も湧かない。戻るのはかなり面倒だ。あいつが戻るの待つか、でも遅いと嫌だしな、寒いし。

 迷った挙句、俺は再びあいつに電話した。今度は、幸か不幸か、すぐに繋がった。

『もしもし、どうしたの?』
「あー、お前いつ帰る?」

 あちら側の音が悪い。ざわついている。

『え? お前、今日ご飯食べてくるって』
「あー、ちょっと無くなったんだけど……家の鍵忘れて、お前帰ってくるなら待つし……」

 喋ってて自分で何言ってんだろう、という気になる。

「……やっぱりいいわ、ごめん、取りに戻るわ」
『戻るってどこ』
「バイト先」
『え? バイト先? あ、待って』

 声が離れて、誰かに話しかけているのが伝わってきた。が、すぐに、

『すぐ帰るから待ってて。30分くらいかな』
「え、いいよ、別に。帰って来るところならって思っただけで」
『そこから鍵取りに行ってまた戻るより、僕が帰ったほうが早いよ。寒いから最寄りのコンビニにでもいて。じゃあね』

 反論を許さず電話は切れた。俺は鉄柵にもたれかかると、再び大きくため息をついた。

 何やってんだろう、俺。正直、自分でもわからない。彼女との約束を反故にして、あんなに楽しみだった筈なのに、で、鍵忘れて、あいつ呼び戻して。何やってるか、理解できない。理解できないのに……何故かほっとしている。何でか、何にか、わかんないけど、ほっとしている。……待っていれば鍵が開くしさ。

 俺は上を向いた。アパートの廊下の簡素な蛍光灯と、くすんだコンクリートが目に入るばかりだった。蛍光灯にはいつかの名残りのように、ちぎれた蛾の翅がひっついていた。

 暫くそうしていたが、

「寒いな」

 と呟いて立ち上がった。階下に降りる。言われたようにコンビニで立ち読みでもして待つか。でも、面倒だった。暗闇にうかぶ煌々とした明るいコンビニの店舗が脳裏に浮かぶ。どうにもやっぱり面倒くさい。行きたいと思えない、寒いのに。

 俺はアパート出てすぐにある自販機でホットコーヒーを二つ買った。一つはポケットに入れて、もう一つを開けた。熱すぎるくらいの缶で手を温めながら、暗い路上でゆっくりと口にする。上を見ると、さっきより星がよく見えた。冬の大三角……なんだっけ、シリウス、ペテルギウス、それから……。
 電話がなった。

『今コンビニに着いたけど、どこにいる? 』
「家の前」
『何で⁈』

 それから程なくあいつが帰ってきた。走って来る。吐く息が白い。

「コンビニにいないから慌てたよ。何でこんな所で待ってるかな」
「なあ、冬の大三角ってわかるか?」
「え、何の話?」
 
 俺は無言で上を見た。

「……ああ、星か、えっと……」

 話し出す幼馴染にポケットに入っていたコーヒーを押し付ける。

「何?」
「暖とってた。……悪かったな、帰って来てもらって」
「いいよ、別に」

 そう言った眼鏡の奥が微笑んでいて、俺も自然と口角が上がった。

「冬の大三角は……オリオン、ほらあそこの三点星」

 指さされた方を見る。

「わかるよ」
「あの肩にある赤い星がペテルギウス、それからシリウス、明るい白い星ね、左のプロキオンはわかる? 一等星だよ、三角形作ってみて」
「ああ、あれかな、わかった」

 今度こそ覚えていよう。いや、また忘れたら聞けばいいか。

 俺たちはすっかりぬるくなった缶コーヒーを手に、しばらくソラを見上げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

可愛いがすぎる

たかさき
BL
会長×会計(平凡)。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

処理中です...