僕と君の長い日々

藤野ひま

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春夏秋冬、昼と夜 (僕•age:22)

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「おみくじ引く?」
「俺はいいよ、混んでるし。お前が引きたければ待つぞ」

 雪の積もる参道を戻りながら聞く。答えたほうは寒いのか手をジャンパーのポケットに突っ込んだまま歩いている。
 大晦日の昨晩、かなり雪が降ってこの地方には珍しく積もったが、やはり元日は特別なのか神社は賑わっていた。晴れたせいもあるだろう。青い空から降り注ぐ光は白い雪に反射して目に痛いくらいキラキラしていた。

「僕もいいよ」

 おみくじに並ぶ列の横を通り過ぎながら聞いてみる。

「覚えてる?  前に大凶ひいたの」
「受験の時な、最悪だった」
「結構、落ち込んでたよね」
「あの時合格できるか怪しかったからなあ」
「大丈夫だったけどね」
「後期でギリな。やばかった、今でもたまに試験の夢見て冷や汗かく」

 「受かって良かったけどさ」と独りごつ声を聞きながら僕は聞いた。

「……でも、本当に……」
「うわっ」

 いきなり大きな声がして、僕は反射的に手を伸ばすと腕を掴んだ。参道の敷石の雪に足をとられて滑ったのだ。

「気をつけて。手をだせよ」
「わりぃ」

 言いながら、少々そそっかしい相棒は僕の肩に手を置いて体勢を立て直す。少し離れた所から女子高生らしい二人連れがこちらを見て笑いながらコソコソ話しているのに気づく。

「笑われたな」
「見事に滑ったからね」
「……気をつける」

 僕は腕を離した。……やっぱり今日も寒い。

「で?」

 急に聞かれた。

「え?」
「なんか言いかけてたろ?」
「ああ……、別に……」
「なんだよ、気持ち悪いな、言いたい事あれば言えよ」

 黒目がちな目を僕に向ける。髪は染めてたけど黒に戻している。多分もう染めないだろうな。

「うん、いや、もしかしてあのおみくじ当たってたのかもって気がちょっとしてさ、この四年間」
「なんだそりゃ。悪いことあったか?」
「ないけどさ……」

 新たに年が変わるせいなんだけど、ここのところ、つい色々振り返って落ち込み気味だった。

「なあ、僕とルームシェアして良かった?」
「こっちが聞きたい。俺はお前のおかげでちゃんとした飯にありつけ続けたし、大学中退せずに済んだし」
「あの時ね。大学に飽きてたもんな、お前」
「うん。お前いなかったら辞めてたって言ったら、母さんマジで喜んでたぞ。多分、後でお年玉貰えるぜ」

 その思いが僕はむしろ心苦しい。後ろめたい気持ちになる。
 上を見ると青い空が眩しかった。でも遠くに灰色の雲が見える。雪雲だ、また降るのかな。
 隣を見ると、僕と同じように上を見上げていた。黒髪の上に小さな雫が見えて、僕は我慢できずに手を伸ばしてそれを払う。僕より硬い髪質、僕より短い髪。

「何だ?」
「濡れてた」
「ああ、さっき枝に引っかかったからかな」
「うん」
「……寒いな、マックでも行くか、あったかいもん飲みたい」
「そうだね」

 僕たちは神社を後にした。敷地から出るとき僕は振り返って、つい、声に出して言ってしまった。

「また、来年一緒に来られるかな」
「正月休みくらいあるさ」

 そうだけど、そうじゃない。

 大学の卒業の目処がついて、こいつはそこそこの企業に就職も決まっている。僕はそのまま大学に残って院に進む。それは元々の予定通りで、二人とも順調と言って良かった。
 とはいえ、会社は今までよりちょっと遠い。とりあえず金銭的な事もあり二人とも引っ越さない事に決めたが、場合によっては職場近くに住む必要が出るだろう。そうしたら僕ももっと狭いアパートに引っ越すことになる。……多分、そう遠くない先にそうなる予感がする。それでも、また来年、こうして一緒に来られるのだろうか?
  
「何を心配してんだ?」
「……別に。……環境変わるの苦手なんだ」
「知ってる。でも大丈夫なのも知ってるし」

 お前がいたからな、と心の中で言う。中退しそうなのを僕が支えたって言うけど、そもそもお前がいたから僕は毎日をまともに過ごせたんだ、と思っている。変な方向に走らずに。四年前も必死だった。でも今は、もっと……怖い。

「何とかなるさ」

 気楽に言われた。というか、僕が考えすぎなんだろう、とわかっている。わかってはいるんだ。

「そうだね。でも転勤もあるんだろ?」
「地球の反対側行ったって何とかなるって。なんのための通信技術だよ」
「まあ、そうだね」
「別に飛行機が飛ばないような所は行かないし」
「冒険者かよ」
「だからいつでも何処でも、いざとなれば行けるって話」

 そこまでの自由が現実にあるとは思えない。だから、代わりに言う。

「お金も時間もかかるけどな。何のために働くってなるよ」
「そのためだろ?」
「そのためって」

 そんなん、キリがないぞ。
 細かな雪が降り出して風に舞った。

「推しを推すために働く!って、昨日姉ちゃんがスマホ見ながら散財して叫んでたけど、珍しく意見合うなって思ったよ」
「推し?」
「推し」

 僕が戸惑っていると、不意に手を伸ばされ頭の上を撫でられた。

「何⁈」
「ほら、やっぱりお前も髪濡れてた。お前のほうが背が高いから分かりにくいんだよ、ムカつく」
「ムカつくって言われてもさ」
「ムカつく。背もだし、学歴だってお前のが高くなるし、ムカつく。だからめちゃくちゃ働いてお前より稼いでやるからな」
「いや、あんまり無理しないほうが……」
「無理じゃない。お前は地味に研究でもしとけ。俺はその間に稼いで……」
「稼いで?」
「お前に貢いでやる。だから大丈夫だって」

 僕は言葉が出なくてただ顔を見つめた。恥ずかしさを誤魔化すようにしかめっ面しながら、こちらを見返す黒い瞳がある。

「ほら、行くぞ。お前さっきからずっと頬赤いんだからな、寒いとすぐそうなるんだから」

 ぶつぶつ言いながらスタスタと歩き出したその背中に僕は言う。

「……耳、赤いぞ」
「うるさい! だから、寒いんだって。ごちゃごちゃ言わずにさっさと来いよ! あったかいもん飲みに行くんだろ」

 腕を掴まれ引っ張られる。その感触が嬉しくて、そして足りない。

「手を握ってくれたら、とりあえずもっと温かくなるのに」
「調子に乗るんじゃねえ」

 拳が頬に向かってくるのを、笑って僕は払った。と、その手が開かれ僕の頬を包んだ。不意打ちに、心が跳ねる。
 その指先は冷たくて、そして僕を温める。

「寒そうな時はすぐに気づいてやるからさ」
「……うん」
「春になっても夏になっても秋も冬も……一緒にいようぜ」
「うん」

 ああ、きっと。

「……昼の空も、夜の星も……一緒に見上げていたいよ」

 僕の呟きはお前に届いて、笑顔が返ってくる。その向こうに青空があった。僕は眩しくて目を細める。
 舞う雪が光にキラキラと煌めいていた。



                   
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