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お正月

一日(ⅲ)

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「ねえ、このチョコおいしいの?」

「美味しいよ。CMの撮影で結構食べたけど最後まで美味しかった。僕のおすすめはホワイトチョコかな、白いパッケージのやつ」

「ふーん」

「スーパーで普通に売ってるでしょ? 試してみて」

「うーん」そうなんだけどさ。「甘いチョコ苦手だしなあ」

「相変わらずだなあ、咲歩ちゃんは。かっこいいよね」

 言い返そうとしたら育子さんの声で遮られた。

「咲歩ちゃん、お肉こんなにいいの?  高かったでしょう」

「いいよ、しょっちゅうタダで食べさせて貰っているんだから、こんな時くらい贈らせてよ」

  高校から家で一人暮らしの私を気遣ってくれるのと、あと多分ここ数年は董也がいない事もあって、しょっちゅう渡邊家でご飯を食べている。でもお礼とか受け取ってくれたことがないのだ。

「でも、大丈夫なの? お金ある?」

「育子さん、私だって社会人やってるんだよ、大丈夫、信用して」

「信用はしてるわよ。ありがとう。すき焼きいっぱい食べて行くのよ」

 はーい、と答える。持ってきて、おいしく食べさせてもらえるのだから実際、私的には得しかない。

「咲歩ちゃんは仕事どうなの?」

 董也がお酒を二人分つぎながら聞いてきた。

「あれ、飲むの?」

「出かけないなら、さ」

「おみくじなんだった?」

「大吉」

 この、勝ち組男め。

「仕事は普通。淡々と日々やっております」

「でも、秋口からこっち少し元気なかったけど、良くなった?」

 育子さんが聞いてくれる。

「あの頃繁忙期だったからね」本当はそれだけじゃないけど。「でも、もう大丈夫」

「なんかあった?」

 董也が口を挟む。

「別に。忙しかっただけ」

「あれはどうなったの?」

「何? 育子さん」

「お嫁行く話」

「消えた、行かない」

「あら残念。楽しみにしてたのに」

 と、いきなり董也が勢いよく立ち上がった。

「ちょっと、何? 嫁って誰の?」

「だから行かないよ」

「待てよ、誰が何? なんで?」

「だから、終わった話なの。聞いてる? 酔ってるの?」

「酔ってないよ。だって、僕じゃないよね?」

「何言ってるの」

「僕の嫁の話だよ! 僕のプロポーズは無視されたままなんだけど⁈」

「そっちも終わってるでしょ」

「終わってないよ、始まってもいないよ。結婚自体したくないって。なのになんで別の男? はあ?」

 知るか。

「みっともないわよ、董也」

 育子さんがたしなめる。

「そうだ、そうだ」

「なっ、それって……。うわー、咲歩ちゃん鬼かよ」

 知るかっての。誰が今をトキメクイケメン俳優なんかと結婚するかってのよ。
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