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番外編 バレンタイン
君は僕のチョコ
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「咲歩ちゃん、バレンタインだね」
「そうだね」
「バレンタインだね」
「そうね」
「バレン」
「しつこい」
「……」
電話の向こうで董也がやっと黙った。
何をごちゃごちゃ言ってるんだか。イケメン実力派俳優として人気の男が。メディア露出も爆上がり中のくせに。
「たくさん、スタッフさんやファンから貰ったんでしょ?」
「うん、去年よりも。有り難いよね」
「だったらいいじゃない、何言ってるの」
「そうだけど」
「ファン大事にしなよ」
「そうだけど。すごく嬉しいけど」
けど、なによ。
「それはそれとして、咲歩ちゃんから届いてない」
私はため息をつく。人気俳優がなんで幼馴染からチョコが来ないってダダこねてるの。
「ため息ついたってことは、本当にないんだ」
「ないよ」
「明日以降も受け付けるよ」
「……いい加減バカバカしい。何を電話してきたと思ったら」
「こういうイベントは乗ったほうが楽しいでしょ?」
「別に……。あ、そうだ、貰ったわ」
「え?何?」
董也の訝しげな声が問う。
「貰った。会社の後輩の女の子に。何故かくれたんだよね。だから参加済み」
今度は電話の向こう側からため息が漏れた。
「なんやかんや、そうだよね、咲歩ちゃんは。いいけど。でも僕を蚊帳の外にしないでさあ、もっとさあ……」
あー五月蝿っ!
「どうでもいいけど、まだやる事あるし、もう切るよ」
「わ、ちょっと待って」
「待たない。おやすみ」
何か言ってる声を無視して切る。
本当に迷惑。夜のリラックス時間に侵入してきて。……だいたい、すっごく沢山貰うのに何で私のまで欲しがるの? 無くてもいいよね?
「あーあ、風呂入るか」
私は伸びをしながら、誰もいない、築三十年の一軒家の我が家の中でわざわざ声に出して言った。
お風呂先に入って、それからゆっくりおやつ食べようっと。太るかも? バレンタインだから仕方ない!
♢ ♢ ♢
お風呂から上がっておやつタイムをしようとしていたら、玄関のチャイムがなった。
夜に誰だ?と思いつつ、前にもあったな、とイヤな予感がした。
「咲歩ちゃん、ハッピーバレンタイン!」
「……」
そのまま玄関ドアを閉めようとしたら足を入れられ止められた。
「咲歩ちゃん、待って。無言で閉めないで」
「……なんでここにいるの?」
「チョコ持ってきた」
「だから何で」
「だからバレンタインだから」
何とかしてくれ。
私は玄関に無理矢理入ってきた男を睨む。黒いダウンジャケットを着ていたが冷気をまとっていた。寒い中、何してんのよ。
「あのね、董也、あなた用のチョコはない。それに、さっき私と電話してたのに、なんでこんなに早くここにいるわけ?」
董也が今一人暮らしをしている所から私の家まで、こんなに早く来れないはずだ。
「車から話してたからね。僕から行かないと絶対相手してくれないとわかってたんだもん。びっくりした?」
「どれに? こんな夜に来た非常識で馬鹿馬鹿しい行動力に? それともあんたのお花畑ぐあいに? それとも……」
「僕の顔見れた事。ね、それより中入ろうよ。僕はいいけど咲歩ちゃん薄着じゃん、いつまでも玄関先にいたら風邪ひいちゃうよ?」
不本意だったけど確かに風呂上がりの手や足先は冷えてきていて、しょうがなく中に入る。
「紅茶飲むとこだったんだけど」
キッチンに向かう私の後ろを董也がついて来る。
「いいね。ごちそうさま」
こいつの厚かましさ絶対増してる。私はわざとらしくため息をついてみたけど、効果は無さそうで、董也はニコニコしたまま私に小さな紙袋をくれた。
「はい、チョコ。ごめんね、自分で買いに行きたかったんだけど、結局取り寄せになっちゃった。でも美味しいんだって」
それは話題の店の限定品だった。たぶん、取り寄せでもそれなりに手に入れるのは手間だったはずだ。
「ありがとう。嬉しいけど……」
いいのに。
「嬉しい?」
董也は被せるように言う。
「嬉しい」
嬉しくない筈がないわけで。
「じゃあ、よかった」
そう言って笑う。
しょうがないなあ。
「紅茶淹れるよ、座って。これも開けようか?」
「いいよ、それは咲歩ちゃん食べて。そんなにたくさん入ってないし。それよりすごくいい匂いしない?」
董也は上着を脱いでダイニングに座りながら聞いてくる。まあ、隠しようも無く甘い香りが漂っているんだけど。
「チョコケーキ焼いたから」
「あるじゃん、チョコ」
「ケーキね。それね、混ぜて焼くだけの簡単なヤツで……」
「美味しそう」
と、相変わらずニコニコしたままだ。分けてあげるけどもさ。
「たまたま焼いただけなんだよ。何かあると思って来たのかもしれないけど」
私はケーキとお茶の準備しながら、もう諦め気分だった。何やかんや董也は好き勝手するんだよ、自覚あるのかないのか。
「何もなくても咲歩ちゃんはいるじゃん。チョコは期待してなかったよ、だから嬉しい」
何かなー。
「……家には行ったの?チョコ、育子さんにも渡した?」
お隣は董也の実家だ。もし、用意してないならこのチョコを渡すように言うつもりだった。
「持ってきてるよ。後で行く」
「先に行きなよ。育子さんもおいちゃんも寝ちゃうかもよ」
「大丈夫だよ。どっちみちそんなに居れないんだ。明日も朝から仕事で……」
私は切り分けたケーキを皿に取り分けようとして手を止めた。
「董也」
「はい」
「今すぐ帰れ」
「言うと思った。食べたら帰る」
董也がハードスケジュールだって知ってるし。たぶん睡眠だって削ってるハズだ。
「ねえ、あのね……」
「心配しがちな咲歩ちゃんが何言いたいかはわかるよ」
そう言いながら董也は私の手元から皿を取ると、二人分のケーキを取り分けて並べた。
「でもそこまで心配しないで。もう大人だって知ってる?」
「大人の方が馬鹿をする事は多いわ」
「確かに」彼は笑いながら続けた。「でも、今回は平気。明日の朝って言っても9時からだし、本当にすぐ帰る」
私はため息をついた。確かにここまで来たらお茶の一杯くらい変わらないけど、そもそも何で来るかなあ。
向い合わせに座った私に董也は話しかける。
「咲歩ちゃんは最近どう?」
「変わりないよ」
「電撃婚とかない?」
「無いに決まってるでしょ」
よかった、と董也は微笑んだ。何なのさ。紅茶は淹れどきを過ぎて少し渋くなっている。
「そっちこそ、どうなの?」
「特に。このケーキ美味しいね」
「育子さんに教えてもらったんだよ」
「あ、そうなんだ。こんなん作ってもらった事あったかなあ」
「実家出てどれだけ経ったと思ってるの」
そうだね、と董也が目を伏せて陰ができて、その顔になんだか魅入ってしまった。そうなんだ、だいぶ経つ……のに、何でここにまだ現れるの⁉︎
「育子さんやどっかの芸能記者が喜びそうなネタないの?」
「何それ」
明るい笑い声が返ってくる。
「何もなく、地味に忙しいだけ」
「忙しいのは悪く無いけど……早く食べ終わろうよ」
元々食べるの早くはない人だったとは思うけど、それにしても、遅いよ。
「やだ、ゆっくり食べる」
「ワガママが過ぎる。早く帰れ」
「そう言うけどさ」
董也は空になった皿にフォークを置く。カチャンと小さく音がした。
「今日来たのだって来月のホワイトデーは無理ってわかってたからだし、さ。ゆっくりこんな風にケーキ食べたり、次いつできるかわからないし、ていうか、咲歩ちゃんと会えるのいつになるかわからないし。ほんの少しゆっくりする時間がここで欲しいわけよ」
そう穏やかに言う董也は妙に落ち着いて、ちょっと知らない人みたいな気がした。
「……わかった。急かして悪かったわ」
「うん、心配してくれてるのはわかってるよ。ねえ、それよりもうちょっと食べたい」
「まあ、いいけど……」
私はもう一切れ皿にのせた。董也は二切れ目を嬉しそうに食べている。
「これさ、上のりんごのとこ、美味しいね」
「そうね、軽さもでるしね」
言いながら私はマジマジ董也を見てしまった。
「何?」
「董也さ」
「うん」
「ダイエットとかした事ある?」
「ないな。あ、筋トレはしてるよ」
「あ、そう」
でしょうね。太ってる董也なんて見たことないしね。
「何?咲歩ちゃん太ったの気にしてるの?」
「……うん、そう、いろいろストレスで食べ過ぎてて……ってあんたはっきり言い過ぎ!!」
董也は声を出して笑っている。
「失礼ね。え、でも、そんなにわかる?」
「久しぶりに会ったからわかりはするけど、僕は全然気になんないよ」
「いや、フォローいらんから」
「え、本当だよ。なんなら少しふっくらしてる女の人のが好きだし」
「あんたの好みなんて関係ないし」
「うんとね、基本、絶対、咲歩ちゃんのが酷いと思うんだよね」
知らん。
私は答えずにティーカップに残っていた紅茶を飲む。やっぱりダイエットかあ、するしかないかあ。
「ねえ、あのさ」
彼も紅茶のカップを手にしている。
「何?」
「そのストレス、例の課長のせい?」
……無駄に、突いてくるの、やめれ。
「大人なので、いろいろあります」
「寂しい夜は僕を思い出して」
董也がこちらを真っ直ぐ見ながら言った。甘いチョコと紅茶の残り香の中で。……甘いな、いろいろ。
「……それ、この前出てたドラマのセリフでなかった?」
「え、わかった? 見てくれたんだ」
めちゃくちゃ嬉しそうに彼は目を輝かせた。つられて私も笑みが出る。なんやかんや仕事好きだよね。
「うん、まあね。おかげで私は久しぶりに会った感じはしないよ」
「それならそれで嬉しいな。とりあえず暫く来れないけど電撃婚はしないでね」
「何よ、それ。ああ、董也はしていいよ。お祝いはしたいから連絡はしてね」
「僕と咲歩ちゃん?」
「馬鹿言ってないで、そろそろお帰り」
残念がる董也を家から追い出すと、ほどなく外で車が出て行く音がした。本当に自分の家には顔だけ出してすぐ帰ったんだな。
次の日の昼休み、お弁当代わりに持ってきたチョコケーキを机で食べながらスマホを見ていたら、午前中にあったらしい、ある映画のプロモーションのニュースが目に入った。
並んだ俳優達の写真の中に董也もいた。記事の中で彼は、『最近嬉しかった事ですか?母のレシピのチョコレートケーキが美味しかった事ですかね』と言っていた。
物は言いよう、だよね。ま、確かにこのケーキは美味しい。……ダイエットは今晩からするから。あ、スーツ似合うよ。
私は見慣れぬスーツ姿のスマホの中の彼に心の中で言いながら、自分で作ったケーキを食べきった。
うん、美味しかった。満足。
ハッピーバレンタイン!!
「そうだね」
「バレンタインだね」
「そうね」
「バレン」
「しつこい」
「……」
電話の向こうで董也がやっと黙った。
何をごちゃごちゃ言ってるんだか。イケメン実力派俳優として人気の男が。メディア露出も爆上がり中のくせに。
「たくさん、スタッフさんやファンから貰ったんでしょ?」
「うん、去年よりも。有り難いよね」
「だったらいいじゃない、何言ってるの」
「そうだけど」
「ファン大事にしなよ」
「そうだけど。すごく嬉しいけど」
けど、なによ。
「それはそれとして、咲歩ちゃんから届いてない」
私はため息をつく。人気俳優がなんで幼馴染からチョコが来ないってダダこねてるの。
「ため息ついたってことは、本当にないんだ」
「ないよ」
「明日以降も受け付けるよ」
「……いい加減バカバカしい。何を電話してきたと思ったら」
「こういうイベントは乗ったほうが楽しいでしょ?」
「別に……。あ、そうだ、貰ったわ」
「え?何?」
董也の訝しげな声が問う。
「貰った。会社の後輩の女の子に。何故かくれたんだよね。だから参加済み」
今度は電話の向こう側からため息が漏れた。
「なんやかんや、そうだよね、咲歩ちゃんは。いいけど。でも僕を蚊帳の外にしないでさあ、もっとさあ……」
あー五月蝿っ!
「どうでもいいけど、まだやる事あるし、もう切るよ」
「わ、ちょっと待って」
「待たない。おやすみ」
何か言ってる声を無視して切る。
本当に迷惑。夜のリラックス時間に侵入してきて。……だいたい、すっごく沢山貰うのに何で私のまで欲しがるの? 無くてもいいよね?
「あーあ、風呂入るか」
私は伸びをしながら、誰もいない、築三十年の一軒家の我が家の中でわざわざ声に出して言った。
お風呂先に入って、それからゆっくりおやつ食べようっと。太るかも? バレンタインだから仕方ない!
♢ ♢ ♢
お風呂から上がっておやつタイムをしようとしていたら、玄関のチャイムがなった。
夜に誰だ?と思いつつ、前にもあったな、とイヤな予感がした。
「咲歩ちゃん、ハッピーバレンタイン!」
「……」
そのまま玄関ドアを閉めようとしたら足を入れられ止められた。
「咲歩ちゃん、待って。無言で閉めないで」
「……なんでここにいるの?」
「チョコ持ってきた」
「だから何で」
「だからバレンタインだから」
何とかしてくれ。
私は玄関に無理矢理入ってきた男を睨む。黒いダウンジャケットを着ていたが冷気をまとっていた。寒い中、何してんのよ。
「あのね、董也、あなた用のチョコはない。それに、さっき私と電話してたのに、なんでこんなに早くここにいるわけ?」
董也が今一人暮らしをしている所から私の家まで、こんなに早く来れないはずだ。
「車から話してたからね。僕から行かないと絶対相手してくれないとわかってたんだもん。びっくりした?」
「どれに? こんな夜に来た非常識で馬鹿馬鹿しい行動力に? それともあんたのお花畑ぐあいに? それとも……」
「僕の顔見れた事。ね、それより中入ろうよ。僕はいいけど咲歩ちゃん薄着じゃん、いつまでも玄関先にいたら風邪ひいちゃうよ?」
不本意だったけど確かに風呂上がりの手や足先は冷えてきていて、しょうがなく中に入る。
「紅茶飲むとこだったんだけど」
キッチンに向かう私の後ろを董也がついて来る。
「いいね。ごちそうさま」
こいつの厚かましさ絶対増してる。私はわざとらしくため息をついてみたけど、効果は無さそうで、董也はニコニコしたまま私に小さな紙袋をくれた。
「はい、チョコ。ごめんね、自分で買いに行きたかったんだけど、結局取り寄せになっちゃった。でも美味しいんだって」
それは話題の店の限定品だった。たぶん、取り寄せでもそれなりに手に入れるのは手間だったはずだ。
「ありがとう。嬉しいけど……」
いいのに。
「嬉しい?」
董也は被せるように言う。
「嬉しい」
嬉しくない筈がないわけで。
「じゃあ、よかった」
そう言って笑う。
しょうがないなあ。
「紅茶淹れるよ、座って。これも開けようか?」
「いいよ、それは咲歩ちゃん食べて。そんなにたくさん入ってないし。それよりすごくいい匂いしない?」
董也は上着を脱いでダイニングに座りながら聞いてくる。まあ、隠しようも無く甘い香りが漂っているんだけど。
「チョコケーキ焼いたから」
「あるじゃん、チョコ」
「ケーキね。それね、混ぜて焼くだけの簡単なヤツで……」
「美味しそう」
と、相変わらずニコニコしたままだ。分けてあげるけどもさ。
「たまたま焼いただけなんだよ。何かあると思って来たのかもしれないけど」
私はケーキとお茶の準備しながら、もう諦め気分だった。何やかんや董也は好き勝手するんだよ、自覚あるのかないのか。
「何もなくても咲歩ちゃんはいるじゃん。チョコは期待してなかったよ、だから嬉しい」
何かなー。
「……家には行ったの?チョコ、育子さんにも渡した?」
お隣は董也の実家だ。もし、用意してないならこのチョコを渡すように言うつもりだった。
「持ってきてるよ。後で行く」
「先に行きなよ。育子さんもおいちゃんも寝ちゃうかもよ」
「大丈夫だよ。どっちみちそんなに居れないんだ。明日も朝から仕事で……」
私は切り分けたケーキを皿に取り分けようとして手を止めた。
「董也」
「はい」
「今すぐ帰れ」
「言うと思った。食べたら帰る」
董也がハードスケジュールだって知ってるし。たぶん睡眠だって削ってるハズだ。
「ねえ、あのね……」
「心配しがちな咲歩ちゃんが何言いたいかはわかるよ」
そう言いながら董也は私の手元から皿を取ると、二人分のケーキを取り分けて並べた。
「でもそこまで心配しないで。もう大人だって知ってる?」
「大人の方が馬鹿をする事は多いわ」
「確かに」彼は笑いながら続けた。「でも、今回は平気。明日の朝って言っても9時からだし、本当にすぐ帰る」
私はため息をついた。確かにここまで来たらお茶の一杯くらい変わらないけど、そもそも何で来るかなあ。
向い合わせに座った私に董也は話しかける。
「咲歩ちゃんは最近どう?」
「変わりないよ」
「電撃婚とかない?」
「無いに決まってるでしょ」
よかった、と董也は微笑んだ。何なのさ。紅茶は淹れどきを過ぎて少し渋くなっている。
「そっちこそ、どうなの?」
「特に。このケーキ美味しいね」
「育子さんに教えてもらったんだよ」
「あ、そうなんだ。こんなん作ってもらった事あったかなあ」
「実家出てどれだけ経ったと思ってるの」
そうだね、と董也が目を伏せて陰ができて、その顔になんだか魅入ってしまった。そうなんだ、だいぶ経つ……のに、何でここにまだ現れるの⁉︎
「育子さんやどっかの芸能記者が喜びそうなネタないの?」
「何それ」
明るい笑い声が返ってくる。
「何もなく、地味に忙しいだけ」
「忙しいのは悪く無いけど……早く食べ終わろうよ」
元々食べるの早くはない人だったとは思うけど、それにしても、遅いよ。
「やだ、ゆっくり食べる」
「ワガママが過ぎる。早く帰れ」
「そう言うけどさ」
董也は空になった皿にフォークを置く。カチャンと小さく音がした。
「今日来たのだって来月のホワイトデーは無理ってわかってたからだし、さ。ゆっくりこんな風にケーキ食べたり、次いつできるかわからないし、ていうか、咲歩ちゃんと会えるのいつになるかわからないし。ほんの少しゆっくりする時間がここで欲しいわけよ」
そう穏やかに言う董也は妙に落ち着いて、ちょっと知らない人みたいな気がした。
「……わかった。急かして悪かったわ」
「うん、心配してくれてるのはわかってるよ。ねえ、それよりもうちょっと食べたい」
「まあ、いいけど……」
私はもう一切れ皿にのせた。董也は二切れ目を嬉しそうに食べている。
「これさ、上のりんごのとこ、美味しいね」
「そうね、軽さもでるしね」
言いながら私はマジマジ董也を見てしまった。
「何?」
「董也さ」
「うん」
「ダイエットとかした事ある?」
「ないな。あ、筋トレはしてるよ」
「あ、そう」
でしょうね。太ってる董也なんて見たことないしね。
「何?咲歩ちゃん太ったの気にしてるの?」
「……うん、そう、いろいろストレスで食べ過ぎてて……ってあんたはっきり言い過ぎ!!」
董也は声を出して笑っている。
「失礼ね。え、でも、そんなにわかる?」
「久しぶりに会ったからわかりはするけど、僕は全然気になんないよ」
「いや、フォローいらんから」
「え、本当だよ。なんなら少しふっくらしてる女の人のが好きだし」
「あんたの好みなんて関係ないし」
「うんとね、基本、絶対、咲歩ちゃんのが酷いと思うんだよね」
知らん。
私は答えずにティーカップに残っていた紅茶を飲む。やっぱりダイエットかあ、するしかないかあ。
「ねえ、あのさ」
彼も紅茶のカップを手にしている。
「何?」
「そのストレス、例の課長のせい?」
……無駄に、突いてくるの、やめれ。
「大人なので、いろいろあります」
「寂しい夜は僕を思い出して」
董也がこちらを真っ直ぐ見ながら言った。甘いチョコと紅茶の残り香の中で。……甘いな、いろいろ。
「……それ、この前出てたドラマのセリフでなかった?」
「え、わかった? 見てくれたんだ」
めちゃくちゃ嬉しそうに彼は目を輝かせた。つられて私も笑みが出る。なんやかんや仕事好きだよね。
「うん、まあね。おかげで私は久しぶりに会った感じはしないよ」
「それならそれで嬉しいな。とりあえず暫く来れないけど電撃婚はしないでね」
「何よ、それ。ああ、董也はしていいよ。お祝いはしたいから連絡はしてね」
「僕と咲歩ちゃん?」
「馬鹿言ってないで、そろそろお帰り」
残念がる董也を家から追い出すと、ほどなく外で車が出て行く音がした。本当に自分の家には顔だけ出してすぐ帰ったんだな。
次の日の昼休み、お弁当代わりに持ってきたチョコケーキを机で食べながらスマホを見ていたら、午前中にあったらしい、ある映画のプロモーションのニュースが目に入った。
並んだ俳優達の写真の中に董也もいた。記事の中で彼は、『最近嬉しかった事ですか?母のレシピのチョコレートケーキが美味しかった事ですかね』と言っていた。
物は言いよう、だよね。ま、確かにこのケーキは美味しい。……ダイエットは今晩からするから。あ、スーツ似合うよ。
私は見慣れぬスーツ姿のスマホの中の彼に心の中で言いながら、自分で作ったケーキを食べきった。
うん、美味しかった。満足。
ハッピーバレンタイン!!
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