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第一章
3.
しおりを挟む帝国は周りの国に絶大な影響力を持っていた。中にはほとんど属国扱いの国も存在する。そんな帝国の御機嫌取りにいつの頃からか、周辺国の多くが自分の国の王族や貴族の子弟を留学させるようになった。
何より帝国に集まる技術力、知識、人材は他と比べ物にならず、学びに行く価値は大きかったのだ。
そんなわけで兄も少年時代に行っている。その時の留学生仲間ということなのだろう。
「兄の事知った上でこの結婚に同意したのね。騙したのかと思ってたのに」
「何でだ? そんなにヘンな事も言ってなかったと聞いたぞ」
「この話をなんて言って持ち込んだの? あの人」
「なんだったかな。……塔で育った正真正銘の深層の姫がいるんだが……」
うわー、やっぱりちょっと騙してる。
「とやかく言わずもらえって」
「……よく、承諾したものね。懐の深い方だわ、陛下は」
「そうか? 面白そうじゃん?」
ぜんっぜん面白くない。その思いが顔に出たらしい。
「わかりやすいな、あんた。アイツの妹とは思えん。さて、そろそろ立て。行くぞ」
しょうがなく立ち上がってカルの後について再び歩き出した。
歩きながら思う。
別に顔に出やすい方ではないはずだ。この男といて調子が狂っているのか、ただ単に疲れているせいか……。
「……私もあんた呼ばわりはしてほしくないのだけれど」
「じゃあ、なんて呼ぶ?」
「えっと……、普通にリリアス姫とか……」
「だから、呼べるかよ、この状況で。愛称とかないのか?」
「……ない」
そんなもの、なかった。
「ふーん、だったらまた考えておく。なんか、面倒だな、おまえ」
だからあ……。
「ま、いいさ。とにかく今は歩け」
ただただ森の中を歩き続けたが、まだまだ先は見えなくて、そのうち歩き続ける事に飽きてきた。
疲れたせいとはわかっているが、前を歩くカルが、何かとキョロキョロしているのが気になってしょうがなく、ついに、言ってみた。
「ねえ、何でそんなに落ち着きないの?」
「は? 何が?」
「だって何だかキョロキョロしてるじゃない。追手でも気にしてるの?」
彼は「別に。何かないかと思っているだけだ。」と、言ったと思ったら「例えばさ」と横にそれて森の奥へ入って行ってしまった。
呆気に取られてそのまま待っていると、そうかからず戻ってきた。手に何かを持って。
「ほら」
手渡されたのはちょうど片手にのるくらいの赤黄色の果実だった。
カルが自分の分に皮ごと齧り付くのを見て、私も口にする。
甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
「美味しい……」
「だろ?」
そう言ってカルは残った種を投げ捨てる。
「今の季節はいいよな。キノコも今年は豊作みたいだし、こんな状況じゃなければ採ってくるんだけどな」
……。なんなのこの人。楽しそうだし。
「もっと食うなら採ってくるぞ」
「いえ、いいです。おいしいけど」
言って、私も種を捨てる。
「実が嫌ならクマかイノシシをとってやろうか」
「は⁈」
「冗談だ」
カルが明るい声で笑う。
なんなの! 本当に……。
私は軽くため息をついた。
つくづくなんで私をこの道に連れてきたのかと、笑っている彼の表情のない仮面を見ながら思う。正直、身の危険、と言われても切迫した感じがしなくてよくわからない。
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