85 / 89
第三章
20.
しおりを挟む
それは入ってくると部屋の中をぐるっと見渡した。敵も味方も動きが止まる。獣は私たちのほうを見るとのっそりと近づいてきた。
白い獣は猫に似ていた。立派なヒゲと長い尾、ちょっとつり上がった目、それにふさふさした白い毛。だが手足は猫よりずっと太くひたすら大きい。いつか本で見た虎という生き物に似ているが、多分それより大きいだろう。
私は驚いてしまって声も出ない。そんな私の横でカルはどこか面白くなさげな表情で獣を見遣った。
「お前、何しに来たんだ、今頃」
「祝いに来た者に失礼な事を言うものだな、王というものは。それにしても随分騒がしい結婚式だな」
喋った⁉︎
確かにその獣が話してる。口元がもぐもぐしてたし、低い声がそっちからしたし! え、何で? 人間が隠れているの??
もちろんそんな訳はなかった。巨大な獣は私を見ると、まるで猫のように私の前に両足を揃えて座った。そうすると私の頭がちょうど獣の頭の下に入るぐらい。……大きい。
「こちらが花嫁か。なるほど、なかなか可愛らしい」
「触るなよ。あと来るのが遅いんだよ。森の中をずっとうろうろしてたくせに」
旧知の中のように語る二人というか一人と一匹を交互に見てしまう。後ろでは、早く捕縛しろという師団長の声をきっかけに再び剣の音がしだした。なんだかもう、起こっている事についていけないんだけど。
「行ったさ。来なかったのはお前だろう」
「何のことだ」
「東の城壁の前を通りやすくしておいてやったのに来なかっただろう」
「ああ、あれな。そうだったみたいだな」
ちょっとよくわからないけど、東? あれ、私が向かって引き返したほうじゃない? ってつまり、あそこにこの人……猫みたいなこの人……じゃないけど……が居てくれたってこと? ああ……。
「あの、私のせいね、引き返してしまったから……。ごめんなさい」
「いや、リリアスのせいじゃない、知らなかったんだし、こいつがその場の思いつきで動くから」
「なぜワシがお前の命令を聞かねばならない?」
「命令じゃないさ、危ない時は来るって契約だろ?」
「守っただろう、危険も何度か知らせてやった」
そう獣はつまらなそうに言うとぐわっと口を開けてあくびした。いかにも獣という匂いがするのかと身構えたが、それほどでもなかった。ただ牙はやはり鋭く、あれにやられたらひとたまりもないと思わせた。
その時、一人の敵兵が私のほうに剣を振りかざして近づいて来るのが目に入った。カルが剣の柄に手をかける、が、それを抜く前に獣が白い尾を振った。次の瞬間、ドンっという重い音がした。
何の音? 何が起こったの?
訳がわからないまま辺りを見回すと、壁に赤いシミをつけて男がぐったり倒れていた。
「あ、お前血を流すなよ、これから式なんだぞ。まったく、こっちは気を使ってやってるってのに」
あ、そうだったんだ……。そこに気を使ってもらうというのも複雑な気持ちだけど。
「陛下!」
後ろからエイスがカルを呼んだ。争いはほぼ収まったようだった。カルは私と一匹を残して呼ばれたほうへ向かう。
獣は私のほうに鼻先を伸ばすと、くんくんと匂いを嗅いだ。私は身を固くしながらされるがままになっていた。
「ふむ、なるほど。ここのところ風が喧しいのはそなたのせいか」
そう呟くと私の顔をべろっと舐めた。多分そっとしてくれたと思うんだけど、私はその勢いで倒れそうで、足に力を入れなくてはならなかった。
獣は目を細めて、にっとばかりに笑うと……少なくともそう見える表情をすると、行儀よく足を揃えて座りなおした。頭を少し上げており喉元の白い毛がちょうど目の前にきた。
やだ、どうしよう。すっごくふわふわなんだけど。
私は我慢できなくて、そっと手を伸ばす。もっふもふの喉元を撫でると気持ち良さそうに目を瞑った。私が調子にのってますます撫でると、獣はは即すように首を傾ける。
やだ、何これ、かわいい。
「あ、お前何やってんだよ、触るなって言っただろ!」
カルが言いながら近づいてきた頃には、私はすっかり慣れて獣の白い毛に顔を埋めて抱きついていた。
白い獣は猫に似ていた。立派なヒゲと長い尾、ちょっとつり上がった目、それにふさふさした白い毛。だが手足は猫よりずっと太くひたすら大きい。いつか本で見た虎という生き物に似ているが、多分それより大きいだろう。
私は驚いてしまって声も出ない。そんな私の横でカルはどこか面白くなさげな表情で獣を見遣った。
「お前、何しに来たんだ、今頃」
「祝いに来た者に失礼な事を言うものだな、王というものは。それにしても随分騒がしい結婚式だな」
喋った⁉︎
確かにその獣が話してる。口元がもぐもぐしてたし、低い声がそっちからしたし! え、何で? 人間が隠れているの??
もちろんそんな訳はなかった。巨大な獣は私を見ると、まるで猫のように私の前に両足を揃えて座った。そうすると私の頭がちょうど獣の頭の下に入るぐらい。……大きい。
「こちらが花嫁か。なるほど、なかなか可愛らしい」
「触るなよ。あと来るのが遅いんだよ。森の中をずっとうろうろしてたくせに」
旧知の中のように語る二人というか一人と一匹を交互に見てしまう。後ろでは、早く捕縛しろという師団長の声をきっかけに再び剣の音がしだした。なんだかもう、起こっている事についていけないんだけど。
「行ったさ。来なかったのはお前だろう」
「何のことだ」
「東の城壁の前を通りやすくしておいてやったのに来なかっただろう」
「ああ、あれな。そうだったみたいだな」
ちょっとよくわからないけど、東? あれ、私が向かって引き返したほうじゃない? ってつまり、あそこにこの人……猫みたいなこの人……じゃないけど……が居てくれたってこと? ああ……。
「あの、私のせいね、引き返してしまったから……。ごめんなさい」
「いや、リリアスのせいじゃない、知らなかったんだし、こいつがその場の思いつきで動くから」
「なぜワシがお前の命令を聞かねばならない?」
「命令じゃないさ、危ない時は来るって契約だろ?」
「守っただろう、危険も何度か知らせてやった」
そう獣はつまらなそうに言うとぐわっと口を開けてあくびした。いかにも獣という匂いがするのかと身構えたが、それほどでもなかった。ただ牙はやはり鋭く、あれにやられたらひとたまりもないと思わせた。
その時、一人の敵兵が私のほうに剣を振りかざして近づいて来るのが目に入った。カルが剣の柄に手をかける、が、それを抜く前に獣が白い尾を振った。次の瞬間、ドンっという重い音がした。
何の音? 何が起こったの?
訳がわからないまま辺りを見回すと、壁に赤いシミをつけて男がぐったり倒れていた。
「あ、お前血を流すなよ、これから式なんだぞ。まったく、こっちは気を使ってやってるってのに」
あ、そうだったんだ……。そこに気を使ってもらうというのも複雑な気持ちだけど。
「陛下!」
後ろからエイスがカルを呼んだ。争いはほぼ収まったようだった。カルは私と一匹を残して呼ばれたほうへ向かう。
獣は私のほうに鼻先を伸ばすと、くんくんと匂いを嗅いだ。私は身を固くしながらされるがままになっていた。
「ふむ、なるほど。ここのところ風が喧しいのはそなたのせいか」
そう呟くと私の顔をべろっと舐めた。多分そっとしてくれたと思うんだけど、私はその勢いで倒れそうで、足に力を入れなくてはならなかった。
獣は目を細めて、にっとばかりに笑うと……少なくともそう見える表情をすると、行儀よく足を揃えて座りなおした。頭を少し上げており喉元の白い毛がちょうど目の前にきた。
やだ、どうしよう。すっごくふわふわなんだけど。
私は我慢できなくて、そっと手を伸ばす。もっふもふの喉元を撫でると気持ち良さそうに目を瞑った。私が調子にのってますます撫でると、獣はは即すように首を傾ける。
やだ、何これ、かわいい。
「あ、お前何やってんだよ、触るなって言っただろ!」
カルが言いながら近づいてきた頃には、私はすっかり慣れて獣の白い毛に顔を埋めて抱きついていた。
7
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?
雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。
理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。
クラリスはただ微笑み、こう返す。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
そうして物語は終わる……はずだった。
けれど、ここからすべてが狂い始める。
*完結まで予約投稿済みです。
*1日3回更新(7時・12時・18時)
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる