ハズレスキルで世界革命

鈴磁星 龍襲

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#1 異常の連続

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「普通の人生を歩んでみたかった」

 ぱっくり割れ、真っ赤に濡れた腹を見て、そう思った。

 生命が溢れる傷口から、今にも意識を掻っ切りそうな激痛が巡っているが、おかしなことに、逆にそれが俺を冷静にさせてくれていた。


 死の直前というのは、こういうものなのだろうか?


 わめく生者の金切り声が揺らぎ、次第に水中に投身したかの如く聞こえなくなった。


 ……俺は、どれほどにまで普通と縁が無いのだろうか。


 ただ買い物に来ただけだったのに……。


 目の前に聳える血塗れの青年。

 彼の手に収まる凶器の先には、俺の臓腑の切れ端が引っ掛かっている。



 …………いや、俺のじゃないかもしれないな。


 辺りに横たわる人の群れ。

 致命傷を負って、鉄臭い湖の一部分と化している、あの誰かの物かもしれない。


 ……そんなこと、どうでもいいや。もうすぐ俺も、あの一部となるんだから。


 無差別殺人鬼は、興味を失ったのか俺の前から立ち去った。そして間もなく、視界は白に染まる。


 もう痛みさえ感じなくなってきた。


 ……俺は……ここで……。


 ……ああ……普通の人生が……。普通を…………。






「ううっ!?」



 まるで今の現実が悪い夢だったかのように、俺の意識が突飛に蘇った。

 夢も見ず、何も見ず。
 二つの別の時間を切り取り無理やり貼り付けられたような違和感。
 肺は大きな拡縮を繰り返し、心臓は跳ね、冷や汗が背を伝う。

 …………あ、あれ。
 俺……生きてる? ……助かったのか。

 ずっと気絶していたのだろうか。

 まだまぶたを開ける勇気と気力がないので、ぼんやり透ける赤い血潮を見ながら、まだハッキリと動かぬ脳で思考する。



 あの殺人鬼は捕まったのだろうか。

 何人被害者がいて、そして何人無事だったのだろうか。

 ……両親は見舞いに来てくれるだろうか、この期に及んで仕事だろうか……。



 徐々に、冷たく硬い床の感覚が露わになってきた事を契機に、己が晒されている環境を感じ取り始めた。


 ぴゅうぴゅうと風が我が身の熱を奪う。かび臭くじめじめとしていて、人気は無い。


 …………病院じゃない……!?


 慌てて顔をあげる。

 すぐに、明らかに東京……いや、日本ではない光景が目に飛び込んだ。


 薄汚い石レンガが敷き詰められた床。
 同じレンガの高い壁が俺を挟むように立っている。
 上を見上げると、屋根と屋根の合間から僅かに見える空は、夕焼けでも夜でもないのに、気味の悪い紫色だった。


「路地裏……? どういうことだ?」


 …………ここにいても、知れることはない。
 もっとヒントが欲しい。

 何もない路地裏から移動しよう。


 訳のわからない状況に脳が麻痺して、自分の受けた怪我の事をすっかり忘れていた。

 立ち上がった後に思い出して焦ったが、何故か腹は裂かれていないどころか傷さえなく、体もピンピンしていた。



 不可解であったが、…………もっと不可解な状況にいる事を知ってしまった。


 服が違う。いつもの服じゃないし、それを触る手は丸みを帯びてて小さいし、立っているはずなのに床までの距離が近い。


 まるで、この体は俺のものじゃあないみたいだ。



 …………どういうことなのだ?

 俺の身に何が起こっているんだ?

 …………なんだこれは?


 訳わからなすぎて、なんだかくらくらしてきた……。

 早くもっと広い場所に出て、把握の手がかりを得なくては。

 壁に手を添え、震えもたつく足を叩きながら、視界を遮るものの無い場所を目指した。



 あんまり距離なんか無い筈なのに、とても長く感じる路地をようやく抜け、辺りを見回した。


 空は紫の癖に、周りは至って普通だ。

 レンガの住宅や店が、この大通りに沿ってズラリと並んでる。

 まるでグレーのヨーロッパって感じだ。

「夢でも見てるのか……?」


 夢にしては出来の良すぎるような、どこまでも見通せる風景に、鮮明すぎる自分の感覚。
 どうしても現実の出来事にしか感じないが、夢という以外、どう言えるのだろう。


 振り向き後ろを見ると、一つ街から飛び出て目立つ、大きな建物が見えた。

 よく見れば、あれは立派な時計台だ。
 丸いベージュの時計盤に、黒い大きな針が一本。シンデレラなんかに出てきそうだ。


 赤い電波塔とか白い空の塔みたいな、地域のシンボルだろうか。


 「おい! そこの坊主! 何してるんだ!?」

 突如、怒号が俺の背を叩く。

 慌てて振り向くと、俺と同い年ぐらいの男が二人、酷く顔を顰め見下ろしていた。


 男には、天使の白き翼がついている。

 輪っかは無いし服もかなり庶民的だが、その風貌は明らかに天使以外の何者でもない。



 ようやく俺がどういう状態なのか、理解することが出来た。



 …………助からなかったんだ。

 ここは死後の世界だ。



「て、天使様! 天使様は日本語を使うことが出来るのですね! 俺……じゃなくて私は、つい先程殺人鬼に殺されたばかりで、にっちもさっちも……」

「ああ!? テンシ? ニホンゴ!? 何言ってんだ!? お前、スキル判別式が嫌過ぎて精神でも病んだのか?」

「ええ!?」

「相棒、とっとと捕まえて時計台まで連れてくぞ……」

「ま、待ってくれ、天使じゃないのか、天国地獄じゃないのか!!? じゃあここはどこだ!? あんたら何者だ!?」

「脱走者の妄想に答える義理無ーし」
 

 地獄に落ちたくないからゴマを擦ろうと思ったのに、なんか否定された挙げ句羽交い締めにされた。


 彼らは俺の困惑の叫びに耳を貸さず、黙って空へ飛ぶ。

 あっという間に落ちたら死ぬぐらいの高さまで連れて行かれたので、藻掻くのも質問攻めにするのもやめ、落とされないように大人しくいい子ぶった……。






 しばらくして、集る頭部が見え始めた。
 進むにつれ、ミニチュアのように小さい人間たちがどんどん増えて。
 パリの凱旋門みたいに、時計台を中心にした丸い広場には、観光地にでも連れてかれたかってぐらいの群衆が溢れかえっていた。

 俺が殺されたあの交差点も、上から見たらこんな感じなんだろうか……。

 高度が次第に下がり、もう落ちても死なない距離になったので、藻掻きと質問を行うことにした。


「なあ、ここの時計台で何するんだ? この国の名前は何だ!?」

「うわあ! 急に暴れるな!」


 あっ!


 ……腕から解けてしまった。

 落ちたら死なない距離だが、死なないだけで最悪骨折する距離だ。


「うぐぇーーっ!」


 変に負担をかけて粉砕しないよう、両足揃えて着地したものの、思い切り全体重と落下スピードを受け、ビリビリと痺れた。


 硬いタイルの地面に手を付き、痺れに狼狽えていると、俺を掴んでいた方の天使もどきが心配そうに空から駆け寄ってきた。


「す、すまない……でもお前が急に暴れるからだぞ……」


 周りの人々の注目が、一斉にこっちに向く。

 見回す限り、まだ四歳ぐらいの、文字も完璧に書け無さそうな子供と、それの親ばかり。


 …………そういや。
 今の俺は子供らしいな。

 ふーん。よし、なら……。


 大きく息を吸い、体をダンゴムシのように丸めて……。


「びえーーーーーーーん!! ひどいよお! お兄ちゃんがぼくを落とした!」


「うぇ!? やめろお前、そんなキャラじゃな……」


 天使もどきの声を断つように、泣き声のボリュームを上げる。

 豪快な嘘泣きに、ますます注目が集まってくるのを感じる。

「やだっ、子供を空から落とすなんて、心が無いのかしら」だとか、「可哀想に、痛かったでしょうに」なんて、天使もどきを非難したり、俺に同情するこそこそ話が混じった、どよめきが沸き起こる。



「相棒…………」

「シッ! 静かに! わかった! わかったよ! 答えてやるから静かにしてくれ!」


 焦燥の耳打ちを、すかさずのがさず、言質として取った。


「答えるって今確かに言ったな。本当だな? 答えなかったら泣くからな」

「チッ」

「……ふ、ふぇ……」

「申し訳ありませんでした」






 …………男が言うに、ここは天国でも地獄でもなくアルヘットという星。

 そして彼らは天使ではなく、飛舞空と呼ばれるスキルとやらを持つ人間らしい。


 スキルというのは、生まれつき決まっている能力の事で、五種類あるうちのどれが自分のスキルかを調べるのが、今日この時計台で行われているスキル鑑定式だと。


 他にも聞きたいことがあったのだが、男達は途中で現れた顔真っ赤にした上司らしき人物に連行されてしまった。

 子供に対する扱いがなっとらんって怒られてたから、多分罰されるんだろな、ざまーみろ。


 まあ、夢なのか何なのかわからないままだが、取り敢えず鑑定を待つ子供の列に並ぶことにした。


 理由は単純明快、スキルとやらが面白そうだから。


 普通の人生を渇望する俺が、こんな不可思議なイベントに参加するのは些か可笑しい気もするが、まあこれはこれだ。


 どこかに行かないといけないっていう使命もないし。



 長蛇の列を構成する子供と、俺の目の高さはおんなじぐらいだ。

 つまり今の俺は、おんなじ四歳ってことか。


 しかし……遠くで見守る親も並ぶ子も、皆なんでそんな暗い顔してるんだ?


 スキルが判明するって、結構面白いもんだと思うんだけどなぁ。
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