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跡継ぎ選別

35話

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 トリスタンは弓を構える。弦を引くが、肝心の矢が無い。

「来るッ!」

 弦が弾かれた。何も見えない、だが確実に何かが高速で飛んでくる。

 何かがクレアの刀に当たり、弾かれた。

「な、なんだ!?」

 トリスタンは無言のまま、次の何かを放つため弦を引く。
 
 クレアは集中した。目だけに頼らず、気を感じる。

(見えた!!!)
 
「空気か!?」
「正解だ。そしてこの矢は撃てば必中。この距離を詰められる事無くお前は負ける」

 クレアが動く。それに合わせ一瞬で修正し、寸分の狂いも無く照準した。

「ハアッ!!!」

 連続で空気の矢が射出される。偏差射撃も完璧だった。クレアが移動した先にピンポイントで着弾する。

 クレアはギリギリのところで回避した。そしてトリスタンに向き合う。

「もう見切った」
「何?」

 クレアは刀を構えたまま、ゆっくりと距離を詰める。

 トリスタンは更に連続で矢を放つ。しかしクレアには当たらない。すべて避けているのだ。

「なんだと!?」
「確かに狙いは正確を極める。しかし、射出されてしまえばまっすぐ飛んで来るのみ。であれば、正面から前進し、見切って避ければいいだけのこと」

 確かに狙いが正確だが、放ってしまえば一直線に飛んでくるだけだ。だからまっすぐ距離を詰めることで射線を限定し、回避しやすくするという戦法は一理あると言えよう。しかし。

「それはこの音速を超えた速度で発射される見えない矢が見え、そして反応できる事が絶対条件。さっきまではまぐれで避けられたかもしれないが、俺の矢をそんな簡単に見切れるはずか無い!!」

「これで決めるぞ」

 トリスタンは限界の連射速度で弓を引く。クレアはことごとくを避け、弾きながら少しずつ前に進んでいく。

 そしてついに、クレアの間合いにまで近づいた。

「ここまで来たぞ。兄上!」
「距離が縮まる程避けるのが難しくなるというのに、よくぞここまでたどり着いたな。しかし、今はもはやゼロ距離。避けることは不可能! ここで決めるのはこちらも同じと言うことだ!」

「どちらが速いか。いざ勝負!」

 トリスタンは弓を引き、クレアは一度刀を鞘に納刀し、居合の構えを取った。

「ハアッ!」
「島原流、まばたき!!!」

 トリスタンが矢を放つ。クレアも一歩踏み込む。そして瞬きするよりも速く一撃を与えた。矢の方は、空しくも、誰にも当たること無く地面を掘った。

 ここで島原流、瞬を説明しておく。島原流における居合術は他の居合道同様、敵を一撃で仕留める事を目的とした技と、次の技へ移行するための初動の技の二種類が存在するが、今回は前者の方である。瞬は正座でも立っていてもかまわない。どこを斬っても刺してもかまわない。ただ、瞬するよりも速く剣を抜き、斬りつける事のみに着眼し、特化させた技である。

 トリスタンは深手を負った。死ぬには時間がかかるが、戦闘継続は不可能だった。そしてトリスタン自身、すでに気を失っていた。

 この瞬間、クレアの勝利が確定した。

「し、終了! この勝負、クレアの勝ち!!!」

 観客席からは、歓声ではなく、どよめきが起こっていた。それもそうだろう。バンガード家のなかでも才能に恵まれなかった出来損ないとされ、今回の選別でも全く期待されていなかったクレアが、トリスタンを打ち負かしたからだ。観客一同、トリスタンが敗れた事へのショックと、今回は大番狂わせが起きそうな予感への期待に満ち満ちていた。




「まずは一勝おめでとう、クレア!」
「おめでとうございます!」
「何とか勝ちましたね」

 詩音たちは観客席で、クレアの一勝を喜んでいた。

「あの弓は驚いたが全く問題にならなかったな」
「せいぜいが音速だろ」
「「音速程度じゃあ遅すぎるな」」
「何なんですかこの方たち……」
「ちょっとおかしくなっちゃったんですよ。気にしたら負けです……」

 そんな雑談をしていると、次の対戦カードが決まった。

「次の対戦はガウェイン対ベディビエール!! 両者、対戦の準備を!!」

 程なくして、二人が試合場へ入場した。

「試合開始!!!」

 第三試合が開始された。



 詩音たちは観客席で試合の見学をしていた。

「この勝負、どう思う?」
「ガウェインは兄弟たちの中でも1、2を争う天才だ。たいしてベディビエールは剣才こそそこまでだがやってきた努力量がすさまじい。私含めベディビエール以外は皆家を出て活躍していたが、彼は今までずっと剣を振り続けてきた。だから単純な剣の実力ではバンガード家最強だろう」
「けど対人戦になれていないとも言えるだろ」
「いや、家に残って鍛錬をしていたが、ちゃんと試合もしてきているはずだ」
「そうか……なら後は、命の危険が迫ったときにどうなるかだな」
「ああ。それよりも問題なのがガウェインだろう。しっかりとその実力を観察しなければ」

 ちょうどそのとき、両者同時に攻撃を仕掛けたところだった。

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