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第一章
第三話
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妹と一緒に走って、ぎりぎり遅刻にはならずに済んだ。汗をぬぐいながら息を整えていると、横から「大丈夫か?」という声が聞こえる。声の方へ顔を向ければ、友人の姿がそこにあった。
「泉が遅刻ギリギリなんて珍しいな」
寝坊か? と笑っている友人に、疲れ切った様子で俺は否定をする。実はな、と昨日からの事を話そうとして、傍と気が付く。そういや、事の発端と言うか原因はこいつじゃね? と。
あの勾玉を拾ってきたのは、友人であるからして。
「おい、お前のせいでなぁ!! 俺は……っ!!」
「え、何? マジで彼女出来た? 良かったじゃん」
「いや、違ぇよ!? ある意味、恋人すっ飛んで将来の伴侶が出来たけどよ!!!」
「マジで?! やるなぁ、泉」
茶化す様な顔で、おめでとうと手を叩く友人を十発くらい殴りたくなったのは、仕方のない事だよな。こぶしを握った瞬間、がらりと教室の扉が開いた。毎日見慣れた担任が、教卓の上に立ち「HR始めるぞー」なんて気の抜けた声で不発に終わったけれど。
ぼんやりと、担任の話を聞きながら、昨日からの事が嘘みたいにいつも通りで、平凡っていいなぁという事を噛みしめた。朝食べてなかったから、昼飯は弁当の他に購買へ行こうかな。
久しぶりに“大ボリューム! デラックスハンバーグサンド・チーズスペシャル”でも食おうかな。ネーミングセンスもボリュームもやべぇけど。そんな事を思いながら、半分以上現実逃避した俺は悪くない。
その後は、いつも通りの授業風景が流れて行った。少しずつ冴える頭で、妖についてふと考えてみる。黒板の文字を書き写したノートの隅っこに、決して上手とは言えないデフォルメした妖の似顔絵を描いた。そして、その横に友人から貰った勾玉を描きこむ。
あの勾玉に念を込めて祈ったら、あの押しかけ女房よろしくな妖が出てきたわけで。曰く、俺が封印を解いたらしいが、別に何の不思議な力も無い平凡な俺が封印とやらを解けるはずがない。
両親も妹も、誰一人そういった力はないはずだ。かといって陰陽師とかの家系かっていわれると、そうれも違う。じゃあ、どうして? 俺は小さい頃に幽霊を見れた、なんて事も無いのにもかかわらず、だ。
ふと、思い出した。
そういえば、どっかの心霊番組で見たような気がする。人の念がこもった物は、呪いにも使えるし、生きている人の念は強ければ生霊だかになるとかなんとか。じゃあ、俺の念が何かしらの作用して、封印を解いた? んなバカな。だって、俺が願ったのは「彼女が欲しい」だぞ? 仮にそれが原因だったとして、どんだけ彼女欲しかったんだよ、俺ってなるわけで。
眉間にしわを寄せながら、ノートの端っこをぐりぐりと塗りつぶしてシャーペンを放り出した。あほらし。妖なんてトンデモ存在、人知の越える所だし考えるだけ無駄だろう。何だったら後で妖本人にでも聞けばいい事だ。俺よりよっぽど詳しいだろ。
黒板に向き直ったところで、視界の端に映る何かが居た。ん? と思いながら、視線を窓の方へ向けると、にこやかに手を振っている妖が見えた気がする。あれ、幻覚かな。記憶に残る位のインパクトがあったもんなぁ。うんうん。
見間違いだな。目を背けても、視界の端に大きな手振りで何かを伝えようとしている姿なんて分からない。いいな、俺は何も見ていないし、気が付いていない。何も見えていないふりをしているが、視界の端にちらちらと映る妖の姿。
声は発していないけど、行動がやかましいわ! そう思いながら、もう一度視線を向けて後悔する。
ほぼ無音で窓を開けて入ってこようとする妖の姿にぎょっとした。何やってんの? 何やってんの?!?!! 入ってこようとしてない?! 嘘だろ!!!
しかも目が合った瞬間に顔を綻ばせて嬉しそうにするんじゃないよ。ちょっと可愛いと思っちゃったじゃん。じゃなくて、何でここに居るんだよ?! 家出るなって言ったのに……話聞いてなかったのかな、妖さんは。
胸の前でクロスさせてバツは作る。そして、ノートに大きく『裏庭で集合』と書きなぐって妖に見せた。すると、少し悩んだそぶりを見せた後に、満面の笑みで頷いて窓の外に消えていく。ほっと胸を撫でおろして脱力した。
しかし、ゆっくりしている時間はない。どうにかして帰らせないといけない任務があるわけで。あまり使いたくない手だけれど……そう思いながら、すっと手を上げた。
「? どうした、春宮」
「お腹痛いんで保健室行ってきます!!!!」
隣の席に座っている友人は「元気いっぱいじゃねぇか」と苦笑いをしていたけれど、聞こえてない。俺には聞こえていないったら。
良いですよね! と食い気味に言えば、先生は少し引き気味に「あ、あぁ……行ってこい」と許可を出してくれた。ありがとう先生、好きでも嫌いでもないけどな! 心の中で感謝を伝えて勢いよく教室を出て行く。その後ろでぽかんとしている様子の教師含めたクラスメイト達の視線には、気が付かないふりをする。だって、気にしたら負けだってばっちゃが言ってた。
◆
生きてきた中で一番早く走れた自信がある。廊下で先生の誰かに合わなかったのは不幸中の幸いだ。見つかったら普通に怒られるし、教室へリターンさせられる。
それを良い事に、一階にある保健室を通り過ぎ、全力で裏庭へ向かった。本日二度目の走り込みは、色々な意味で疲れたな。膝に手を当てて息を整えていると、のほほんとした声を投げかけられた。
「大丈夫か? そんなに急がなくとも、俺は帰ったりはせぬよ」
そう言いながら俺に近付きてきて、優しい手つきで背中をさすってくる。いや、誰のせいだと。その言葉は声にならずに、俺の息切れに邪魔された。しかし、俺の背中をさする妖の手は、息が整うまで続く。こういう優しさを見せるんじゃないよ。惚れてまうやろ。
数分程そうしていると、ようやく息が整った。そして、ニコニコとしている妖の手を引いて少し木陰に移る。いくら授業中で人があまり来ないと言えど、もしかすると誰かがひょっこり来るかもしれないから念のためだ。用心するに越したことはないだろ。
「こんな人気のない所に呼ぶなんて、我が嫁も大胆だなぁ」
「いや、ちげぇよ????」
何を勘違いしているんだか分からないが、きょとんとした顔で「違うのか」と首を傾げるんじゃない。可愛いだろ。これだから顔の良い奴はよぉ! 何しても許されるからずるいよな。
いや、そんな事に怒っている場合では無くて。
「なんで、ここに居るんだよ?! 危うく心臓飛び出るかと思っただろ」
「それはいかんな。人の子は心の蔵が飛び出てしまうと死んでしまうではないか」
「そこじゃねぇよ????」
「? そうか? すまんな……封印されて長いものでな、すっかり人の子の冗談には疎くなってしまってなぁ」
相変わらずほけほけと笑っている、この妖を殴ってもそろそろ殴っても良くないか?
「さて、ここにいる理由だったか……ほら、これだ」
そう言いながら手の平を上に向けた途端、ぽんっと音がして妖の手の上には見慣れた物が現れた。あれ、それ俺の弁当じゃね? 目をぱちぱちとさせていると、妖は俺の様子を眺めてにこにこしている。
「え、何今のどうやったの?! 急に俺の弁当箱が……っつーか、なんで持ってんの?!!」
弁当箱を受け取りながら、妖と交互に見る。ずっしりとした重さは、ちゃんと中身が詰まっている事を分からせた。上から見ても下から見ても、横から見ても何の変哲もない何時もの弁当箱である。
手品ってわけないよな。妖だし、妖術的なあれか? すっげー!! 初めて見た!!! 興奮しながら、妖の方へ向かって「なぁ! これどうやったの?! もしかして妖術ってやつだよな!! すげー!!」と詰め寄った。すると、ほんのわずかに目をぱちぱちと瞬かせた後に大きく笑う。
急に恥ずかしくなって、熱くなる顔を誤魔化す様に、妖に肩パンした。
「~~っ! なんだよ! 笑うなよぉ!!」
「いやぁ、すまぬ。愛いらしい反応をしたものでな、つい」
俺の頬を突っつくんじゃない。そして頭を撫でるなちくしょう。これ子供扱いされてるんじゃないか?
「……子供っぽくて悪かったな」
「? いいや、幼子とは思っておらんが……愛いのだから、仕方なかろう?」
「っそうかよ」
ぶっきらぼうに言ってもどこ吹く風である。更には抱きしめてくるから俺の気が持たんわ。妖ってこんなにスキンシップ多いもんなの? 一応、日本の妖怪って事だよな。どうなってんだよ、妖の世界。
流石に恥ずかしいし、誰かに見られたらたまったものではない。引きはがそうと力を入れたが、びくともしないんだけど。え、こわ。
必死に押しのけようとしている俺を気にも留めない様子で、やはりにこにこと嬉しそうに笑っていた。いや、可愛いけどなんか腹立つな。少し位は堪えてくれねぇかな! がっちりホールドじゃねぇか。
「うむ。先ほどの問いだが」
「いや、その前に離してくれねぇかな」
「お主の言う通り、妖術の類で間違いはないぞ」
「無視かよ」
いやもう好きにしてくれ。岩を押してるみたいにびくともしないから、俺は引きはがすのを諦めた。どうせ聞くつもり無さそうだしな。不本意だけど。
一つため息をついて「妖術って物を出し入れできんの?」と投げかけると、妖は小さく頷いた。そして、説明を続ける。
「とはいえ、感覚的には出し入れする、といったものに近かろうて」
「? 出し入れ? でも空中から出てきたじゃん」
「うむ。詳しい事は追々話すが……そうだなぁ、俺たち妖の感覚では、一度“隠して”から“戻す”に近い」
首を傾げていると、にこりと目を細めた。それが何だか、うすら寒い物に見えて初めて怖いと、直感的に感じでしまう。俺の顔を覗き込む妖の長い髪が垂れ下がって、まるでここだけ閉鎖空間の様に思えた。
まるで、ここではない、何処か別の世界みたいじゃないか。
「我ら妖は、元来“隠す”のは得意でなぁ」
――“神隠し”というのは、お主とて聞いたことがあろう?
きらりと光る金色の目は、妖しく、酷く美しい。あ、呑まれそう。
視線を反らすことも出来ず、かといって動けるわけでもなく。まるで金縛りにでもあったのかと思う位、自分の身体なのに自由に動かすことが出来なかった。
しかし、直ぐに見慣れつつあるほけほけとした笑みになる妖に、体の力が抜ける。
「まぁ、そういうわけでな。物も人も同じように隠せれば、出すことも出来るのは、普通の事よの」
「……妖の世界のって事だよな」
「あぁ、そうだ。この感覚は、人の子には少しばかり難しいと思うが……俺も言葉ではうまく説明が出来んのだ」
すまぬな、と言いながら頭を撫でてくる。出会ってから今まで、この感じだしほんわかしている雰囲気しか見ていなかったから、今初めて知った。妖が畏れる対象である事に。何も言えず、ただなされるがままになっていると、少し慌てた様に妖は言う。
「こ、怖がらせてしまったか? そういうつもりはなかったのだが……それに、安心すると良いぞ! 俺は無理やり隠したりはせん」
いや、無理やり隠せるのかよ。一層、妖の事が怖くなったわふざけんな。夜一人でトイレに行けなくなっちゃっただろ。しかし、必死になって宥めようとする姿に、何だか微笑ましくなってしまった。さっきの事は生きてきた中で一番怖かったのにな。そう思ったら、思わず薬と笑ってしまった。
本当に妖なんだなぁと思っていたのに、今は打って変わって人間と変わらない様な仕草をする。面白い妖だなぁなんて思ってしまった。俺が笑ったのが意外だったのか、目をまん丸くさせている。
「お主も笑うのか」
「いや待て、俺を何だと思ってたんだ」
「会ってから殆ど怒った顔だったではないか」
言われてみると、そうかもしれない。あと補足すると、遠い目かな。俺だって笑う時は笑うのだと言えば、妖はそうだったのかと頷いた。いや、マジで俺を何だと思ってたんだ。しかしまぁ、男の妖の嫁っていうのはやめて欲しいけど、普通に悪い妖って訳もなさそうだし。
少し位、怒るのは控えようかな。こうやって弁当も……待て待て待て、出した原理は分かったけど、なんでこいつが持ってきたんだ?
「そういや、もしかして弁当を届けるために来てくれたのか?」
「あぁ、そうだ。母上殿に頼まれてなぁ。家から出るなと言っていたお主の約束を破ってしまった」
深く頭を下げて謝る妖の耳は、しゅんとしていた。母さんに頼まれたのは仕方ないのに、ここまで落ち込まなくても良いと思うんだけどな。俺に怒られると思ってたのか。普通に怒ったけどな? それにしたって気にし過ぎじゃないか? ほら見てみろ。捨てられた子犬の様にしょんもりしてるぞ、この妖。
流石に悪いと思って「そ、そんなに落ち込むなよ」と言っても、いやしかしと俯いたままだ。どうしたものかな。
「良かれと思って届けてくれたんだし……それに、今日の昼飯が無くならなくてよかったよ、うん!!」
「そ、そうか? だったら良いのだが」
「そうだよ! つーかなんでそんなに落ち込んでんの?」
「約束事を破ってしまったからなぁ」
それは分かったけど、ケースバイケースの話なわけで。今回は、昼飯が無くならなくて良かったから、別にそんなに怒ってないし。訝しげに妖を見ていると、あぁそうかと何かを納得した様子を見せた。
これも、妖の世界の話だが。そう言って話を続ける。
「我らの世界では約束を結ぶと言うんだ」
「? まぁ、俺達も言わん事はないけど……」
「だろうな。しかし、人の子同士であれば、破ってしまっても然程、問題は無かろうて」
「妖の世界じゃ何かあるのか?」
「勿論だ。我らの世界では、約束を結ぶというのは絶対守らねばならぬよ。破ればそれなりの罰があるからなぁ……」
あぁ、だからそんなに落ち込んでるのね。あれ、じゃあもしかして……。
「妖も何か罰を受けるのか……?」
「いや、今回はちゃんと結んだ訳でもあるまいて。特に何もない」
「じゃあ落ち込まなくてもよくね?」
そう言う俺に、妖は困ったように笑った。そして、我らの世界で生きて居ると色々あるのだと言う。はぇ~そういうもんかね。まぁ、俺にとっては知らない世界だし、人間の世界と妖の世界は違う事なんて、昨日今日でそれなりに見てきたつもりだ。よく分からないけど、気にしないでおこう。思考放棄ではないです。
頭を振ったところで、午前授業が終わるチャイムが聞こえてくる。あぁ、もうそんなに時間が経っていたのか。
「ほら、俺そろそろ戻るから、妖はちゃんと家へ帰れよ」
「あい分かった」
素直に頷いて、漸く解放してくれた。今までずっと抱き着かれてたんだぜ……? 学校の人間に見られたら何を言われるか分からない。ただでさえ、妖の服装なんてコスプレにしか見えないもんな。最悪の場合、不審者として通報されるわ。
じゃあ、家で帰りを待っておるよ。そう聞こえた矢先、額に何か柔らかいものが当たった感触がした。ワンテンポ遅れて額に手を当てながら、妖の方を見る。すると「行ってきますのちゅうだと聞いたぞ」なんて、少し舌ったらずに言った。ぽかんとしている俺に、にこりと笑ってから、じゃあと言った後、どろんと音を立ててその場から消える。
いや、だから!!!!! そういうとこぉ!!!
誰も居ない裏庭に俺の声が響いた。
「泉が遅刻ギリギリなんて珍しいな」
寝坊か? と笑っている友人に、疲れ切った様子で俺は否定をする。実はな、と昨日からの事を話そうとして、傍と気が付く。そういや、事の発端と言うか原因はこいつじゃね? と。
あの勾玉を拾ってきたのは、友人であるからして。
「おい、お前のせいでなぁ!! 俺は……っ!!」
「え、何? マジで彼女出来た? 良かったじゃん」
「いや、違ぇよ!? ある意味、恋人すっ飛んで将来の伴侶が出来たけどよ!!!」
「マジで?! やるなぁ、泉」
茶化す様な顔で、おめでとうと手を叩く友人を十発くらい殴りたくなったのは、仕方のない事だよな。こぶしを握った瞬間、がらりと教室の扉が開いた。毎日見慣れた担任が、教卓の上に立ち「HR始めるぞー」なんて気の抜けた声で不発に終わったけれど。
ぼんやりと、担任の話を聞きながら、昨日からの事が嘘みたいにいつも通りで、平凡っていいなぁという事を噛みしめた。朝食べてなかったから、昼飯は弁当の他に購買へ行こうかな。
久しぶりに“大ボリューム! デラックスハンバーグサンド・チーズスペシャル”でも食おうかな。ネーミングセンスもボリュームもやべぇけど。そんな事を思いながら、半分以上現実逃避した俺は悪くない。
その後は、いつも通りの授業風景が流れて行った。少しずつ冴える頭で、妖についてふと考えてみる。黒板の文字を書き写したノートの隅っこに、決して上手とは言えないデフォルメした妖の似顔絵を描いた。そして、その横に友人から貰った勾玉を描きこむ。
あの勾玉に念を込めて祈ったら、あの押しかけ女房よろしくな妖が出てきたわけで。曰く、俺が封印を解いたらしいが、別に何の不思議な力も無い平凡な俺が封印とやらを解けるはずがない。
両親も妹も、誰一人そういった力はないはずだ。かといって陰陽師とかの家系かっていわれると、そうれも違う。じゃあ、どうして? 俺は小さい頃に幽霊を見れた、なんて事も無いのにもかかわらず、だ。
ふと、思い出した。
そういえば、どっかの心霊番組で見たような気がする。人の念がこもった物は、呪いにも使えるし、生きている人の念は強ければ生霊だかになるとかなんとか。じゃあ、俺の念が何かしらの作用して、封印を解いた? んなバカな。だって、俺が願ったのは「彼女が欲しい」だぞ? 仮にそれが原因だったとして、どんだけ彼女欲しかったんだよ、俺ってなるわけで。
眉間にしわを寄せながら、ノートの端っこをぐりぐりと塗りつぶしてシャーペンを放り出した。あほらし。妖なんてトンデモ存在、人知の越える所だし考えるだけ無駄だろう。何だったら後で妖本人にでも聞けばいい事だ。俺よりよっぽど詳しいだろ。
黒板に向き直ったところで、視界の端に映る何かが居た。ん? と思いながら、視線を窓の方へ向けると、にこやかに手を振っている妖が見えた気がする。あれ、幻覚かな。記憶に残る位のインパクトがあったもんなぁ。うんうん。
見間違いだな。目を背けても、視界の端に大きな手振りで何かを伝えようとしている姿なんて分からない。いいな、俺は何も見ていないし、気が付いていない。何も見えていないふりをしているが、視界の端にちらちらと映る妖の姿。
声は発していないけど、行動がやかましいわ! そう思いながら、もう一度視線を向けて後悔する。
ほぼ無音で窓を開けて入ってこようとする妖の姿にぎょっとした。何やってんの? 何やってんの?!?!! 入ってこようとしてない?! 嘘だろ!!!
しかも目が合った瞬間に顔を綻ばせて嬉しそうにするんじゃないよ。ちょっと可愛いと思っちゃったじゃん。じゃなくて、何でここに居るんだよ?! 家出るなって言ったのに……話聞いてなかったのかな、妖さんは。
胸の前でクロスさせてバツは作る。そして、ノートに大きく『裏庭で集合』と書きなぐって妖に見せた。すると、少し悩んだそぶりを見せた後に、満面の笑みで頷いて窓の外に消えていく。ほっと胸を撫でおろして脱力した。
しかし、ゆっくりしている時間はない。どうにかして帰らせないといけない任務があるわけで。あまり使いたくない手だけれど……そう思いながら、すっと手を上げた。
「? どうした、春宮」
「お腹痛いんで保健室行ってきます!!!!」
隣の席に座っている友人は「元気いっぱいじゃねぇか」と苦笑いをしていたけれど、聞こえてない。俺には聞こえていないったら。
良いですよね! と食い気味に言えば、先生は少し引き気味に「あ、あぁ……行ってこい」と許可を出してくれた。ありがとう先生、好きでも嫌いでもないけどな! 心の中で感謝を伝えて勢いよく教室を出て行く。その後ろでぽかんとしている様子の教師含めたクラスメイト達の視線には、気が付かないふりをする。だって、気にしたら負けだってばっちゃが言ってた。
◆
生きてきた中で一番早く走れた自信がある。廊下で先生の誰かに合わなかったのは不幸中の幸いだ。見つかったら普通に怒られるし、教室へリターンさせられる。
それを良い事に、一階にある保健室を通り過ぎ、全力で裏庭へ向かった。本日二度目の走り込みは、色々な意味で疲れたな。膝に手を当てて息を整えていると、のほほんとした声を投げかけられた。
「大丈夫か? そんなに急がなくとも、俺は帰ったりはせぬよ」
そう言いながら俺に近付きてきて、優しい手つきで背中をさすってくる。いや、誰のせいだと。その言葉は声にならずに、俺の息切れに邪魔された。しかし、俺の背中をさする妖の手は、息が整うまで続く。こういう優しさを見せるんじゃないよ。惚れてまうやろ。
数分程そうしていると、ようやく息が整った。そして、ニコニコとしている妖の手を引いて少し木陰に移る。いくら授業中で人があまり来ないと言えど、もしかすると誰かがひょっこり来るかもしれないから念のためだ。用心するに越したことはないだろ。
「こんな人気のない所に呼ぶなんて、我が嫁も大胆だなぁ」
「いや、ちげぇよ????」
何を勘違いしているんだか分からないが、きょとんとした顔で「違うのか」と首を傾げるんじゃない。可愛いだろ。これだから顔の良い奴はよぉ! 何しても許されるからずるいよな。
いや、そんな事に怒っている場合では無くて。
「なんで、ここに居るんだよ?! 危うく心臓飛び出るかと思っただろ」
「それはいかんな。人の子は心の蔵が飛び出てしまうと死んでしまうではないか」
「そこじゃねぇよ????」
「? そうか? すまんな……封印されて長いものでな、すっかり人の子の冗談には疎くなってしまってなぁ」
相変わらずほけほけと笑っている、この妖を殴ってもそろそろ殴っても良くないか?
「さて、ここにいる理由だったか……ほら、これだ」
そう言いながら手の平を上に向けた途端、ぽんっと音がして妖の手の上には見慣れた物が現れた。あれ、それ俺の弁当じゃね? 目をぱちぱちとさせていると、妖は俺の様子を眺めてにこにこしている。
「え、何今のどうやったの?! 急に俺の弁当箱が……っつーか、なんで持ってんの?!!」
弁当箱を受け取りながら、妖と交互に見る。ずっしりとした重さは、ちゃんと中身が詰まっている事を分からせた。上から見ても下から見ても、横から見ても何の変哲もない何時もの弁当箱である。
手品ってわけないよな。妖だし、妖術的なあれか? すっげー!! 初めて見た!!! 興奮しながら、妖の方へ向かって「なぁ! これどうやったの?! もしかして妖術ってやつだよな!! すげー!!」と詰め寄った。すると、ほんのわずかに目をぱちぱちと瞬かせた後に大きく笑う。
急に恥ずかしくなって、熱くなる顔を誤魔化す様に、妖に肩パンした。
「~~っ! なんだよ! 笑うなよぉ!!」
「いやぁ、すまぬ。愛いらしい反応をしたものでな、つい」
俺の頬を突っつくんじゃない。そして頭を撫でるなちくしょう。これ子供扱いされてるんじゃないか?
「……子供っぽくて悪かったな」
「? いいや、幼子とは思っておらんが……愛いのだから、仕方なかろう?」
「っそうかよ」
ぶっきらぼうに言ってもどこ吹く風である。更には抱きしめてくるから俺の気が持たんわ。妖ってこんなにスキンシップ多いもんなの? 一応、日本の妖怪って事だよな。どうなってんだよ、妖の世界。
流石に恥ずかしいし、誰かに見られたらたまったものではない。引きはがそうと力を入れたが、びくともしないんだけど。え、こわ。
必死に押しのけようとしている俺を気にも留めない様子で、やはりにこにこと嬉しそうに笑っていた。いや、可愛いけどなんか腹立つな。少し位は堪えてくれねぇかな! がっちりホールドじゃねぇか。
「うむ。先ほどの問いだが」
「いや、その前に離してくれねぇかな」
「お主の言う通り、妖術の類で間違いはないぞ」
「無視かよ」
いやもう好きにしてくれ。岩を押してるみたいにびくともしないから、俺は引きはがすのを諦めた。どうせ聞くつもり無さそうだしな。不本意だけど。
一つため息をついて「妖術って物を出し入れできんの?」と投げかけると、妖は小さく頷いた。そして、説明を続ける。
「とはいえ、感覚的には出し入れする、といったものに近かろうて」
「? 出し入れ? でも空中から出てきたじゃん」
「うむ。詳しい事は追々話すが……そうだなぁ、俺たち妖の感覚では、一度“隠して”から“戻す”に近い」
首を傾げていると、にこりと目を細めた。それが何だか、うすら寒い物に見えて初めて怖いと、直感的に感じでしまう。俺の顔を覗き込む妖の長い髪が垂れ下がって、まるでここだけ閉鎖空間の様に思えた。
まるで、ここではない、何処か別の世界みたいじゃないか。
「我ら妖は、元来“隠す”のは得意でなぁ」
――“神隠し”というのは、お主とて聞いたことがあろう?
きらりと光る金色の目は、妖しく、酷く美しい。あ、呑まれそう。
視線を反らすことも出来ず、かといって動けるわけでもなく。まるで金縛りにでもあったのかと思う位、自分の身体なのに自由に動かすことが出来なかった。
しかし、直ぐに見慣れつつあるほけほけとした笑みになる妖に、体の力が抜ける。
「まぁ、そういうわけでな。物も人も同じように隠せれば、出すことも出来るのは、普通の事よの」
「……妖の世界のって事だよな」
「あぁ、そうだ。この感覚は、人の子には少しばかり難しいと思うが……俺も言葉ではうまく説明が出来んのだ」
すまぬな、と言いながら頭を撫でてくる。出会ってから今まで、この感じだしほんわかしている雰囲気しか見ていなかったから、今初めて知った。妖が畏れる対象である事に。何も言えず、ただなされるがままになっていると、少し慌てた様に妖は言う。
「こ、怖がらせてしまったか? そういうつもりはなかったのだが……それに、安心すると良いぞ! 俺は無理やり隠したりはせん」
いや、無理やり隠せるのかよ。一層、妖の事が怖くなったわふざけんな。夜一人でトイレに行けなくなっちゃっただろ。しかし、必死になって宥めようとする姿に、何だか微笑ましくなってしまった。さっきの事は生きてきた中で一番怖かったのにな。そう思ったら、思わず薬と笑ってしまった。
本当に妖なんだなぁと思っていたのに、今は打って変わって人間と変わらない様な仕草をする。面白い妖だなぁなんて思ってしまった。俺が笑ったのが意外だったのか、目をまん丸くさせている。
「お主も笑うのか」
「いや待て、俺を何だと思ってたんだ」
「会ってから殆ど怒った顔だったではないか」
言われてみると、そうかもしれない。あと補足すると、遠い目かな。俺だって笑う時は笑うのだと言えば、妖はそうだったのかと頷いた。いや、マジで俺を何だと思ってたんだ。しかしまぁ、男の妖の嫁っていうのはやめて欲しいけど、普通に悪い妖って訳もなさそうだし。
少し位、怒るのは控えようかな。こうやって弁当も……待て待て待て、出した原理は分かったけど、なんでこいつが持ってきたんだ?
「そういや、もしかして弁当を届けるために来てくれたのか?」
「あぁ、そうだ。母上殿に頼まれてなぁ。家から出るなと言っていたお主の約束を破ってしまった」
深く頭を下げて謝る妖の耳は、しゅんとしていた。母さんに頼まれたのは仕方ないのに、ここまで落ち込まなくても良いと思うんだけどな。俺に怒られると思ってたのか。普通に怒ったけどな? それにしたって気にし過ぎじゃないか? ほら見てみろ。捨てられた子犬の様にしょんもりしてるぞ、この妖。
流石に悪いと思って「そ、そんなに落ち込むなよ」と言っても、いやしかしと俯いたままだ。どうしたものかな。
「良かれと思って届けてくれたんだし……それに、今日の昼飯が無くならなくてよかったよ、うん!!」
「そ、そうか? だったら良いのだが」
「そうだよ! つーかなんでそんなに落ち込んでんの?」
「約束事を破ってしまったからなぁ」
それは分かったけど、ケースバイケースの話なわけで。今回は、昼飯が無くならなくて良かったから、別にそんなに怒ってないし。訝しげに妖を見ていると、あぁそうかと何かを納得した様子を見せた。
これも、妖の世界の話だが。そう言って話を続ける。
「我らの世界では約束を結ぶと言うんだ」
「? まぁ、俺達も言わん事はないけど……」
「だろうな。しかし、人の子同士であれば、破ってしまっても然程、問題は無かろうて」
「妖の世界じゃ何かあるのか?」
「勿論だ。我らの世界では、約束を結ぶというのは絶対守らねばならぬよ。破ればそれなりの罰があるからなぁ……」
あぁ、だからそんなに落ち込んでるのね。あれ、じゃあもしかして……。
「妖も何か罰を受けるのか……?」
「いや、今回はちゃんと結んだ訳でもあるまいて。特に何もない」
「じゃあ落ち込まなくてもよくね?」
そう言う俺に、妖は困ったように笑った。そして、我らの世界で生きて居ると色々あるのだと言う。はぇ~そういうもんかね。まぁ、俺にとっては知らない世界だし、人間の世界と妖の世界は違う事なんて、昨日今日でそれなりに見てきたつもりだ。よく分からないけど、気にしないでおこう。思考放棄ではないです。
頭を振ったところで、午前授業が終わるチャイムが聞こえてくる。あぁ、もうそんなに時間が経っていたのか。
「ほら、俺そろそろ戻るから、妖はちゃんと家へ帰れよ」
「あい分かった」
素直に頷いて、漸く解放してくれた。今までずっと抱き着かれてたんだぜ……? 学校の人間に見られたら何を言われるか分からない。ただでさえ、妖の服装なんてコスプレにしか見えないもんな。最悪の場合、不審者として通報されるわ。
じゃあ、家で帰りを待っておるよ。そう聞こえた矢先、額に何か柔らかいものが当たった感触がした。ワンテンポ遅れて額に手を当てながら、妖の方を見る。すると「行ってきますのちゅうだと聞いたぞ」なんて、少し舌ったらずに言った。ぽかんとしている俺に、にこりと笑ってから、じゃあと言った後、どろんと音を立ててその場から消える。
いや、だから!!!!! そういうとこぉ!!!
誰も居ない裏庭に俺の声が響いた。
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主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談?本気?二人の結末は?
美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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