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第一章

第四話

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 放課後。
 さっきの出来事が強烈すぎて、何も授業が頭に入ってこなかった。友人には「マジで体調が悪かったんか」と、普通に心配される事になったわけで。いや、まぁ何があったのかって聞かれても説明しにくいよな。深いため息を吐いた後に思い出した。そう言えば、勾玉について聞かなきゃいけなかったんだと。
 ふと、そういやさぁと話しかけると、友人は首を傾げた。

「昨日貰った勾玉なんだけど」
「あぁ、彼女通り越して嫁が出来たんだって?」
「違うわ」

 間髪入れずに否定すると、友人は「え、違うの?」と不思議そうな顔になる。

「嫁じゃなくて旦那が出来たわ」

 それも、妖のな。そう付け足せば、友人は目を点にさせる。そして、目じりを抑えながら「そんなに耄碌するくらい体調悪いのか」と憐れむように俺の肩に手を乗せた。おい、やめろ。
 友人の手を振り払いながら否定をすると、今度は訝し気な面持ちになった。

「……とりあえず詳しく話してくれよ」
「あぁ、勿論」

 友人に昨夜の事と、今日の朝の事を話した。ついでに、さっき授業を抜けたのも、妖が来ていたからだと説明をする。一通り話し終えるまで、友人は真剣な顔をしていたが、話し終えるとともに眉間にしわを寄せながら米神に指をあてた。えーっと、そう言って話の要約をし始める。

「つまり? 俺が渡した勾玉に彼女が欲しいって願い事したら、狐の妖が出てきて封印を解いたお礼に願い事を叶えるっていったから、彼女が欲しいって言ったはずなのに意思の疎通がうまくできなくて、目取られることになった……と」
「おう、そうだ」
「何処のラノベ?!?!!!」

 机を思いっきり叩いた友人の反応は、何も間違えてはない。俺でもそうする。何でだよ! と呻く友人を横目に憐れむような視線を向けた。いや、うん。突っ込むよな。
 同意するかのように俺は小さく頷いた。

「普通、そこは美少女の妖狐だろ!!!」
「そこかよ!!!」

 なんでそこなんだよ。着眼点が違うだろ。俺も思わなかったわけじゃないけど、そうじゃない。そもそも、妖が存在しているって所に突っ込めよ。なんて思っていると、友人は顔を上げながら俺の方をちらりと見た。

「本当の話なんだよな」
「嘘ついてどうする。何だったら、今度見に来るか?」
「いや、泉がそこまで言うなら嘘じゃないんだよな」

 当たり前だろ、と返せば今度は頭を抱え始めた。なんだ、忙しい奴だな。愉快な友人を持てて俺は嬉しいよ。
 いやしかし、冗談は置いておいて本題に入ろう。まず、友人が何処であれを拾ってきたのか……あまりにも突飛の無い話だから、少しでも何かしらの情報が欲しい。妖に聞くとしても、無いよりあった方が何かと役に立つだろう。

「んで、正直に答えて欲しいんだけどな。あれってどこで拾ったんだよ」
「勾玉か? あれは白いなり神社で拾った」
「神社で?! 正気か!!! なんで、んなところで拾ったもん持って帰って来てんだよ!!」
「なんとなく? いやぁ、なんか無性に持って帰りたくなったし、泉に渡したくなったんだよな」

 なんというふわっとしくさった理由でしょう。友人じゃなかったら、蹴り飛ばしてた所だったわ。じとりとした目で友人を睨むと、あっけらかんとして笑っていた。そして、よく分からないんだけどな。と言うのだ。なんだろう、この頭の痛くなる感じ。
 深いため息を吐きながら、友人へ向けて「理由は無いんだな」と確認をするように問いかけた。すると、腑に落ちないといった感じではあるものの、首を縦に振って肯定する。

「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「いや……そういう訳じゃないんだけどな? 今思うと変な行動してたな、と」
「? まぁ、そうだな」
「例えばさぁ、泉の言う妖ってやつに導かれたんじゃないかなって思うんだよ」

 何を言っているんだと思いながら、友人を見つめた。しかし、本人もよく分かっていないのか、不思議そうに首をひねっている。はて、なんのことかね。俺にはさっぱり分からない事だ。
 肩を竦めていると、そういえばと友人は声を漏らす。何だと聞けば、ぱっと表情を明るくした。

「泉の妹って、こういうファンタジー紛いな事に詳しいんじゃないか?」
「は?」

 何言っているんだこいつ。と思った所で、俺も思いだした。
 昔から漫画や小説をこよなく愛し、多種多様な作品を読んでいた訳で。思い出したくもない朝の出来事が脳裏によぎる。あの時も『人外と人間の~』とか何とか……一生知りたくなかった妹の趣向も一緒に思い出してげんなりした。しかし、友人の言う通り、そういうのが好きならある程度は詳しいんじゃないか? ナイス友人。
 そうと決まれば、話しは早い。さっさと帰って妹と妖に話を聞こうじゃないか。

「よし、そうと決まれば早く帰るぞ!」

 そう言って、友人の手を引いて足早に教室を出た。
 外はすっかり茜色に染まり、夕映えに包まれた校舎を後にする。


 ◆


 帰宅後、直ぐに妹と妖を俺の部屋に呼んで三人で三角形になる様な位置に座った。
 和やかに笑っている妖と、顰めた顔の妹。そして真剣な顔の俺の何とも言えない空気の中、思い切って口を開く。空気なんて読んでたら話が進まないだろ。

「友人に勾玉の事を聞いたんだけど、何かよく分からないけど拾って俺に渡さなきゃって思ったらしいんだ。んで、本人は導かれたんじゃないかって言ってた。つまり、俺には意味がさっぱり分からないんだけど、そういう事?」

 首を傾げる俺に、妹と妖は何だか納得したように「あ~」と口尾を揃える。いや、妖はまだしも妹は何で分かるんだよ。やっぱり、そっち方面の知識が豊富ってことか。
 すると、妖は感心したように「妹殿も分かるのか」と言えば、本人は胸を張っていた。俺、もしかしなくても蚊帳の外かな。

「ふむ。少しばかり疎い我が嫁に、説明しよう」
「我が嫁ってのは余計じゃね?」
「……導かれたというのは、その名の通りよな」
「無視かよ」

 こいつ、人の話を聞かねぇな。どうせ、照れておるのだろう? 位にしか思ってないんだろ。俺、知ってる。

「俺にもよくは分からんが……どうやら、お主と俺の間に不思議な縁が結ばれておるようだ」
「えにし?」
「うむ。人は他の誰かと、細い太いはあれど縁が結ばれておるものだ。しかし、それは人と人を結ぶだけではない……妖とも結ぶことはある」
「ええっと……?」

 よく分かっていない俺に、妖は苦笑いをして、妹は盛大なため息を吐いた。そして、妹は補足するように「いい? お兄ちゃん」と説明をしてくれる。
 曰く。縁というのは、“えん”とも“ゆかり”とも言う。分かりやすい所で言うと、腐れ縁や良縁などがある。前者はあまり良いものではないが、後者はその人にとって、その名の如く良いものとされる訳で。今回、何かしらの縁が俺と妖の間に出来てしまった、と。
 しかし、不思議な縁と言ってはいるものの、悪いものではなさそうな雰囲気だ。ほんの少し安心はしたが、どうして何のかかわりもない俺と妖が? という疑問は尽きない。

「何処で縁が結ばれたんだろうな?」
「それは、俺にも分からぬ。しかし何だか懐かしい様にも感じてなぁ」

 そっと目を伏せた妖は、何処か哀愁を感じさせるものだった。これは触れたらいけない奴だ。それ位、俺にも分かったし、妹も同じだろう。追及することはなく、静かに妖を見つめていた。
きっと、妖なんて人間よりも長く有る存在だから、色々な事があったんだと思う。幾ら俺でも触れちゃいけない事だ。聞いても教えてくれないだろうし、悲しませるかもしれない。知り合って僅かだけれど、好意的に接してくれているのだから、少し位は情はある。

「えっと……まぁ、俺の所に来るべくして来たって感じで良いか?」
「ん? あぁ、そうだな」
「そうか。んでさ? もう一つ聞きたかった事があるんだけど」
「何だ?」
「俺、男なのは……知ってるよな? いや、俺が紛らわしい言い方したのは悪かったけど……嫁にはなれねぇんじゃねぇか?」

 しばしの沈黙が流れた後、妹の盛大なため息が聞こえた。俺は一人で居た堪れなくなって「何だよ」と言えば、妖はにこやかな顔になる。え、何この温度差。

「そんな事を気にしておったのか? 俺達にとって性別なぞ、些細な問題だ」
「うん? そこ重要じゃない?」
「あのね、お兄ちゃん。妖とかってそういうもん」

 とびきりいい笑顔で妹は俺の肩に手を置いて親指を立てた。くそ、近年まれに見ぬ笑顔じゃねぇか!! そういや、好きだったな!! そういうの!!!

「安心しておくれ。我ら妖は人の子とは違って一途だ」

 何を安心しろと!!!!
 妹は横でニコニコとしてるし、敵しかいないのか!!!!!!
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