妖の嫁になりまして。俺、男だけどな!

佐伯ふじ

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第一章

第五話

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 あれから数日。すっかり我が家に馴染んだ様で、俺の事をバックハグしながらテレビを堪能している様子だ。俺の事クッションか何かだと勘違いしてないか?
 初めてテレビを観た時なんて「人が箱の中に入っているなんて面妖な……妖術の類か?」と怪しんで居たのになぁ。今じゃ慣れた手つきで操作しているんだから、妖って臨機応変能力が高いな。と、しみじみ思う。

 テレビに釘付けになっている妖のを呼ぼうとして、ふと思った。そういえば、妖って呼んでるけど名前何?と。

「……妖」
「何だ?」
「今更で悪いんだけどな。名前なんて言うんだ?」

 ぱちぱちと目を瞬かせながら首を傾げた。もう一度、同じ事を繰り返せば、そういう事ではないと言われる。じゃ何なんだよ。
 顎に手を当てて、ふむと考えている様子だ。あれ、なんか聞いちゃいけない感じ? そう、少しの不安を感じながら妖の顔を見た。

「……教えたつもりだったんだが……言ってなかったか」

 思わず転けそうになった。忘れてたんかい! 名前を聞くのはタブーかと思ったじゃん。
 すまんすまんと笑う妖に毒気が抜かれた。いや、そういう奴だったよ、妖は。

「俺の名前だったな。そうだなぁ……白稲荷という」
「しろいなり?」
「あぁ、そうだ」
「なんか人っぽくない名前だな」
「人ではないからなぁ」

 それもそうかと納得した。もう少し、人名みたいなものだと思っていたけれど、妖なんだから人に近い名前なはずがないよな。
 ただ、何処かで聞いた様な名前なんだけど……なんだっけ? どうしても思い出せなくて、首を傾げていると、上から声が降ってくる。

「そういえば、今日は学校とやらに行かなくても良いのか?」
「今更じゃね? いや、今日は土曜日だから休み。ついでに明日も休みだけど、明後日からまた学校」
「そうだったのか! で、あれば今日明日はお主と共に過ごせるのだな」
「まぁ、そんなとこ」

 すごく嬉しそうだな。確か狐の妖だったはずなのに、何だか犬に見えてきた。不思議だなぁ。
 あれ、そういえば。
 ふと気がついたが、妖は俺の名前を知ってる筈なのに一度も読んだことが無かった。妖って呼んでる俺が言えた義理ではないんだけど。
 俺としては別に呼んでも構わないんだけどな。嫁っていうのを否定していたから、遠慮して呼ばないとか……は、ないと思うけど。

「なぁ、別に名前で呼んだっていいんだぞ」
「うん?」
「一応、もう家族みたいなもんなんだし……」

 嫁っていう事は置いておいて、ここまで我が家に馴染んでるなら家族も同然じゃないかな。そんな相手に気を使う必要はないし、名前くらい呼んだって良いと思う。
 妖の事を旦那だとは思えないけど、歳の離れた兄位には思えてきているわけで。本人には言えないけど。

「……名を、か」
「何か引っ掛かる事でもあんの?」
「そういった事も知らぬとはなぁ……少し、いやかなり心配だ、俺は」

 深刻そうに眉を顰める妖に、俺は意味がわからなくて首を捻った。

「名前というのは大切で、妖にとっては人よりも重要なものよ」
「え、そうなの?」
「あぁ。良いか? 我が嫁よ。名前というのは、その者を縛る事ができるのだ」
「縛る? 何を?」

 そう聞き返せば、困った様に笑った。
 子供に言い聞かせる様に、優しい声色で妖は説明を始める。

「名前というのは、魂を縛れる。ようは、知られてしまうと、呼ばれれば抗うことも出来ず、いってしまう事もあろうて。人の世では、先立った伴侶の後を追ってしまう、という話は聞いた事があるだろう? あれも、呼ばれてしまったから起きた事よな……名を知っているからこそ、呼ぶ力は強くもなろうて」

 それなら聞いた事がある。他にも心霊番組で、そういう場所は事故は多いし、悲しい事件だって起こるものだとみた記憶がある。
 とどのつまり、名前がバレると持っていかれるわけだな。ははーん、なるほどな。
 いや、名前教えるリスク高いな!! 気をつけよ。気軽に名前を教える、ダメ絶対。

 俺の様子を見て、理解してくれた様で何より、と笑っていた。しかしながら、それは悪いモノの場合なんじゃ無いのか。
 別に、悪用されない相手なら問題無いわけで。

「いやでも、妖なら呼ばれても良いと思うけどな」
「それはまたどうして」
「だって、悪い事には使わないだろ?」

 妖は目を丸くしたが、構わず俺は続ける。

「別に無理に呼べとは言わないけど、呼びたいなら好きにしたら良いよ。妖……いや、白稲荷って俺も呼ぶしさ」
「……いいのか? その気になれば、すぐに隠せるぞ」
「だから、そんな事しないだろって。前にも無理やり隠そうとはしないっつってただろ」

 小さく、そうかと呟いて俺の腹に回っている腕に力を込めた。痛くは無い程度だけど。
 その腕を軽くぽんぽんと叩いた。

「本当に良いのか?」
「だから、良いっていってるだろ」
「……泉」

 一際、優しい声色だった。見上げれば、とろりと甘い顔をしているもんだから、ほんの少しだけ心臓が鳴った。流石に、こんな顔をされたら誰だってきゅんするだろ? そういうこと。
 何だよ、と聞けば呼んだだけだと言う。嬉しそうな顔しちゃってまぁ。ここまで来ると、あまり邪険にして嫁じゃねぇよと否定するのは心が痛いよなぁ。
 俺も随分と、この数日で絆されてしまった様で。

「なぁ、泉」
「どした?」
「……かづき」
「え? かづき?」
「あぁ。神の月と書いて神月と言う」

 それが何だ、と聞き返せば目を伏せながら妖は言う。

「これが、俺の本当の名前だ」

 本当の名前、とは。白稲荷っていうのが名前なんじゃなかったのかと首を傾げる。
 すると、緩く被りを振りながら「真の名前では無い」と言うのだ。え、名前二つあるの? 偽名ってことか?
 思った事を察したのか、それはなと続けた。

「俺の名前である事には変わらん。要は通りなみたいなものだな。しかし、真名は神月なんだ」
「よく分からんけど……そうなの? でも教えるつもりなさそうだったけど、何で急に?」
「礼には礼を、信頼には信頼で返さねばならんだろう?」

 あぁ、俺が名前を悪用しないだろって話か。え、なに、俺って悪用する様に見えた? 嘘だろ。
 しかし、妖は笑うだけだった。いや、まぁ、そんなに嬉しそうな顔をされると、俺も問い詰められない。ずるいよなって思うよ、俺は。

「とりあえず、改めてよろくしな。神月」
「あぁ、末長くよろしく頼む……泉よ」

 よくわらかんけど、妖もとい神月が嬉しそうだしいっかな。通りかかった妹に「何いちゃついてんの?」とにんまりした顔で言われたから、それだけは否定しておいた。
 いちゃつき、違う。
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