蓮の呼び声

こま

文字の大きさ
11 / 84
2章 霖

2_⑦

しおりを挟む
 六洞の入り口へと道を戻る。またひとりの霊を見送り、肩の荷が下りた添花の表情は穏やかだ。
 成仏の手助けについて、見返りなどどうでもいいと断言したが、実のところ、見返りがあると添花は思っている。
 光となって消える時、霊が浮かべる安らかな表情。それを見ると安心するのだ。自分がそこに居ることを、許されたと感じる。故郷では疎ましいだけの霊能力に意味を探して、添花は旅をするのかもしれない。
(さて。広場の変な目線と、水神の町で北を睨む霊。気になるし、もう少し調べてみよう……か、な?)
 不意に足が止まり、横穴の店が並ぶ岩の通りで、添花は洞窟の壁面に寄りかかった。外套を着ているのに、背筋が寒い。頭がふらつく。しばし、その場でしゃがみこんで様子を見ることにした。
(何だろう、ちょっと頑張りすぎた?)
「旅の方、大丈夫ですか」
 通行人が心配して声を掛けてきたので、添花はなるべく元気な声で、軽いめまいだから大丈夫だと答えた。
「そう……?」
 顔色をじっと見て、通行人は首を傾げる。大丈夫と言う割には、添花の顔は蒼白だった。
 一度強く瞬きして、頭を振る。視界が歪んでいないか、ふらつかないか、確認してから立ち上がる。さっと悪寒が引いたら、あとは何ともなかった。
「本当に、大丈夫ですよ。ご心配、ありがとうございます」
 下手な愛想笑いを向けると、ますます首を傾げられたが、添花は気にせず歩き出した。足取りがしっかりしているので、通行人もほっとして、自分の用事を済ませに行く。
 勢いで町の入り口まで戻ったので、添花の行き先は水神に決まった。六洞で感じた視線は、人間か霊かわからないものだ。多くの目撃証言がある噂の方が、追うには確実だ。
 夕方から、霧雨の下で来た道を歩いたため、町と町の中間を行く頃には、かなり夜が深まっていた。
(疲れた。駄目で元々、宿の空き部屋を確かめればよかったな)
 六洞は湯治場で人気がある。夕方になれば部屋はいっぱいだと踏んで、宿の所までは戻らなかった。野宿を覚悟で歩いたが、少し後悔している。
 道に点在する屋根の下で雨宿りをしていると、何やら、嫌な気配が近付いてきた。吸い込んだ空気が溜息に変わろうとした時、添花はぴたりと動きを止めて、目線で空気を撫で斬りした。
(視線……さっきの?)
 少し離れた所に、人影を見つけた。暗い上に霧雨はほとんど濃霧だ、その姿はぼやけている。
「……添花……」
 名前を呼ぶやいなや、人影は地を蹴って添花に迫った。知り合いだろうかと考える間もなく、飛び退くことになる。
 鋭い拳打を躱してみると、今度は蹴りが飛んでくる。
「ちょっと、何なの、あんた」
 邪魔になる荷物を放り投げた添花は、多めに下がって距離をとった。屋根の外に出る形となり、細かい雨粒が頬に貼り付く。人影は頭巾を被っていて、見えるのは目元だけだ。人相はわからない。
「なんなの、ですって? 知らないの私を?」
 嘲笑う様子が声から伝わってきた。添花と年の近い女性だが、旅の中で会った覚えのない人物だ。
「知るわけないでしょ。出会い頭に殴りかかるような奴なんか」
 添花は、ため息でいくらか苛立ちを追い出す。
 顔を隠しているが、人影の目から、声から憎悪がにじんでいる。
「そうね……あんたが分かるはずないか。いいわ、教えてあげる。言うなれば私は霖。添花に降り続く、雨」
 言いながら距離を詰めようと走り出すまでの、ほんの一瞬。霖と名乗った人影が構えた型には、見覚えがある気がした。
(同門かな? まあいいか、乗ってあげるよ。ここまで喧嘩売られて、引き下がるかって)
 袖も丈も長い外套は荷物と同じく邪魔だが、脱いでいる暇はない。もう霖は間近に迫っていた。
 目が合う。
 食いつきそう、どころか、食い殺す! というほどの、強い恨みの目。反対に添花の目は冷え切っていて、霖の神経を完全に逆撫でしたようだ。
 次々と繰り出される拳の連撃を、添花はことごとく避け、あるいは受け流した。攻撃は単調でいなしやすいが、霖の身のこなしは素早い。頭に血が上っていても、隙が少ないのだった。
 添花が突きを内側から払った瞬間、霖の手は外套の袖を掴んだ。
(速さは互角、外套の分は私の方が面倒だね……普通なら)
 霖は二の腕が見える短い袖のぴったりした服装だ。手の甲側から袖を掴まれた添花は、片腕の自由を奪われて動きにくくなる、はずだった。一見、有利になったかに見えた霖の目が、驚きに見開かれる。
 掴まれたのが袖だけであったのが幸いだった。添花は霖の手を軸に自分の腕を回りこませ、逆に霖の手首を掴んだ。そしてそのまま、すれ違うように歩を進めて捻りあげる。
 後ろを取れば、自由な左手で反撃してくるのはわかっていた。掌底で肩を押さえ、右腕の捻りをきつくする。
「もう一度聞くよ。あんた、何なの?」
 ようやく大人しくなった霖にもう一度問いかける。こうして拳を交えて、手ごたえがあるのに、どうも彼女は目の前に居る気がしない。
「……ふふ、言ったでしょ。私はあんたに降り続く、霖だって」
 圧倒的に不利な形勢でも、霖の声には余裕があった。頭の中では仮に名のようにしているが、霖とは比喩であり名ではなかろう。何者かという問いの答えとしては不満だ。
 不気味な奴だ。頭巾で隠れた頬を睨みつけていると、霖は首を回して添花を横目に笑う。
「覚悟なさい。次に会うときは容赦しないわ。あんたを消すことが私の目的なんだから」
「!」
 言うなり、黒い煙になって消えた。それは渦を巻き、勢いで添花を吹き飛ばす。先ほど荷物を置いてきた雨宿り屋根の柱に、背中からぶつかる。想定外のことで受身を取りきれず、唇の端を切ってしまった。
 既に、霖は気配もない。霊だったのだろうか。
(何あいつ? 嫌な感じ。勝手に現れて、勝手に喧嘩して、捨て台詞投げられてもさ)
 口の端をなめて溜息をつくと、荷物を拾う。少しの動作の間に、添花は考え事でいっぱいになりそうな頭を整理した。「覚悟なさい」は、こっちの台詞だ。霖は、恐らく繰り返し姿を現すだろう。しつこい奴だと勘が訴えている。疑問はまた会った時に解けばいい。今は考えても仕方ない。
(ふん、いつでもかかって来いっての)
 変な気合を入れて歩き出す。霧雨が粒を大きくし始めた中、霊の声が聞こえないか、耳を澄まして。……雨音ばかりだ。添花がこの地区にいる間に、とうとう雨は止まなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...