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3章 暁の杼竜
3_②
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先日訪れた洞窟の町、六洞がカラカラに乾き、空が丸見えになった。飛竜に乗って降り立った竜鱗は、そんな景観だった。添花が谷に下ったのと反対側、赤みを帯びた岩山の中である。別名、竜使いの町といい、唯一地区に属さない場所だ。
添花も話に聞いて知っていたが、町というよりは山そのものだ。建物はなく、掘った岩や天然の岩窟を住居にしていた。
紅龍は、竜を竜舎に戻すからと町の奥へ入っていった。その間、添花は竜の発着場である張り出した岩の前で待つことになる。赤い飛竜の手綱を持って歩く背中は、確かによく知る紅龍の姿であった。黒い短髪に、大きな手。育ち盛りは過ぎているはずだが、心なしか身長が伸びたように感じた。
「あれっ、見ない顔だな。その紋は……蓮橋の人?」
発着場を通りがかった青年が、軽い調子で話しかけてきた。人懐っこい性格らしいが、目に力がある。彼も竜使いなのかもしれない。
ここには三大龍派のひとつ、赤暁龍剣術の道場がある。剣士と竜使いが、日々鍛錬を重ねているのだ。
「ああ、まあ……そうだよ」
染め抜きの紋を見れば聞くまでもないこと。愛想笑いもせず、添花の返答は淡白だ。それでも、青年は満面に期待を浮かべて質問を重ねた。
「ってことは、紅龍に会いに?」
「いや、そういうわけじゃないよ。私、あいつがここにいるの知らなかったし」
どんな言葉を待っていたのか、青年はなんだ、違うんだと肩を落とす。添花は、そんな様子を見て訝しげに片眉を上げた。
「雄人!……まったく、余計な詮索するなよな」
ちょうどいいところへ、紅龍が戻ってきた。名を呼び捨てている様子を見ると、やはり、道場の仲間であるらしい。
「ちぇ、揃いも揃って全否定か。つまんねえなあ」
「全否定って。家が向かいの幼馴染みだ、肯定するところもないだろ。本当、お前は浮ついたことばっかり言うんだから」
呆れた様子の紅龍に目を丸くした後で、雄人と呼ばれた青年は思い切り口を尖らせた。わざとらしい表情には、笑いが含まれている。
「え~、そういう意味って分かっててそれかよ。この前まで、すぐ真っ赤になってたくせに」
「……よりにもよって、今、それを言うのか」
ずばり言われると、あっという間に紅潮してしまった幼馴染みの顔を見て、添花も小さく吹き出した。成長したかと思えば、幼い所も残っているようだ。なんだか懐かしい。
「へへ、まだまだお子様でちゅね~紅龍ちゃん」
ひとしきりからかって満足したのか、雄人は笑いながら去っていく。どうやら、今のはお決まりのやり取りらしい。紅龍も特に怒ってはおらず、しょうがないなと溜息をついた。道場には女性が少ないし、旅人はもっと珍しい。雄人がはしゃいでいただけで、道場の基本的な性格まで浮ついているわけではないと、添花に説明する。その言い方には、赤暁龍への愛着が感じられた。
「こっちに入門したんだね。おじさん達の故郷なんだっけ」
「ああ、紹介状書いてもらってさ。……添花がいなくなって、すぐの頃からだ」
とすると、修行をしているのは二年ほどだが、竜使いとしての紅龍は大師範のお墨付きを頂いているそうだ。これは、すれ違った町人が添花に語ったことで、本人は否定していた。
「俺としては全然、まだまだなんだ」
謙遜などではなく真剣に言う。見上げる横顔は、少し凛々しい。
(そういえば、青藍龍の頃は、一度も私に勝てなかったんだっけ。相手を気遣っちゃうのが、悪い癖だった)
力はあるのに、道場の仲間が相手だと無意識に加減する。そんな甘いところを受け止めて、「まだまだ」と言うのだろう。蓮橋を離れてからの間、添花が色々な霊と接してきたように、紅龍にも色々あったのだ。
離れていた時間や、蓮橋にいた過去に触れるのを避けるように、紅龍は話を逸らした。
彼が谷に下りてきたのは祠の封印の様子を見るためで、日に何人かが行くことになっている。その際、何かあれば大師範に報告する手はずなのだ。祠を見る間もなく谷底を離脱したので、添花は急に心配になった。
「えっ、封印ってあの剣のことでしょ? なんか光ってたけど、大丈夫なの?」
「いつも、ぼんやりは光ってるよ」
「ううん、けっこう眩しいくらい光ってた」
事実が判明した瞬間、道場まで走ることになる。呼び声に誘われて谷に下りたのは軽率だったのかもしれない。封印に何か悪影響を及ぼしていたら、大事だ。
添花も話に聞いて知っていたが、町というよりは山そのものだ。建物はなく、掘った岩や天然の岩窟を住居にしていた。
紅龍は、竜を竜舎に戻すからと町の奥へ入っていった。その間、添花は竜の発着場である張り出した岩の前で待つことになる。赤い飛竜の手綱を持って歩く背中は、確かによく知る紅龍の姿であった。黒い短髪に、大きな手。育ち盛りは過ぎているはずだが、心なしか身長が伸びたように感じた。
「あれっ、見ない顔だな。その紋は……蓮橋の人?」
発着場を通りがかった青年が、軽い調子で話しかけてきた。人懐っこい性格らしいが、目に力がある。彼も竜使いなのかもしれない。
ここには三大龍派のひとつ、赤暁龍剣術の道場がある。剣士と竜使いが、日々鍛錬を重ねているのだ。
「ああ、まあ……そうだよ」
染め抜きの紋を見れば聞くまでもないこと。愛想笑いもせず、添花の返答は淡白だ。それでも、青年は満面に期待を浮かべて質問を重ねた。
「ってことは、紅龍に会いに?」
「いや、そういうわけじゃないよ。私、あいつがここにいるの知らなかったし」
どんな言葉を待っていたのか、青年はなんだ、違うんだと肩を落とす。添花は、そんな様子を見て訝しげに片眉を上げた。
「雄人!……まったく、余計な詮索するなよな」
ちょうどいいところへ、紅龍が戻ってきた。名を呼び捨てている様子を見ると、やはり、道場の仲間であるらしい。
「ちぇ、揃いも揃って全否定か。つまんねえなあ」
「全否定って。家が向かいの幼馴染みだ、肯定するところもないだろ。本当、お前は浮ついたことばっかり言うんだから」
呆れた様子の紅龍に目を丸くした後で、雄人と呼ばれた青年は思い切り口を尖らせた。わざとらしい表情には、笑いが含まれている。
「え~、そういう意味って分かっててそれかよ。この前まで、すぐ真っ赤になってたくせに」
「……よりにもよって、今、それを言うのか」
ずばり言われると、あっという間に紅潮してしまった幼馴染みの顔を見て、添花も小さく吹き出した。成長したかと思えば、幼い所も残っているようだ。なんだか懐かしい。
「へへ、まだまだお子様でちゅね~紅龍ちゃん」
ひとしきりからかって満足したのか、雄人は笑いながら去っていく。どうやら、今のはお決まりのやり取りらしい。紅龍も特に怒ってはおらず、しょうがないなと溜息をついた。道場には女性が少ないし、旅人はもっと珍しい。雄人がはしゃいでいただけで、道場の基本的な性格まで浮ついているわけではないと、添花に説明する。その言い方には、赤暁龍への愛着が感じられた。
「こっちに入門したんだね。おじさん達の故郷なんだっけ」
「ああ、紹介状書いてもらってさ。……添花がいなくなって、すぐの頃からだ」
とすると、修行をしているのは二年ほどだが、竜使いとしての紅龍は大師範のお墨付きを頂いているそうだ。これは、すれ違った町人が添花に語ったことで、本人は否定していた。
「俺としては全然、まだまだなんだ」
謙遜などではなく真剣に言う。見上げる横顔は、少し凛々しい。
(そういえば、青藍龍の頃は、一度も私に勝てなかったんだっけ。相手を気遣っちゃうのが、悪い癖だった)
力はあるのに、道場の仲間が相手だと無意識に加減する。そんな甘いところを受け止めて、「まだまだ」と言うのだろう。蓮橋を離れてからの間、添花が色々な霊と接してきたように、紅龍にも色々あったのだ。
離れていた時間や、蓮橋にいた過去に触れるのを避けるように、紅龍は話を逸らした。
彼が谷に下りてきたのは祠の封印の様子を見るためで、日に何人かが行くことになっている。その際、何かあれば大師範に報告する手はずなのだ。祠を見る間もなく谷底を離脱したので、添花は急に心配になった。
「えっ、封印ってあの剣のことでしょ? なんか光ってたけど、大丈夫なの?」
「いつも、ぼんやりは光ってるよ」
「ううん、けっこう眩しいくらい光ってた」
事実が判明した瞬間、道場まで走ることになる。呼び声に誘われて谷に下りたのは軽率だったのかもしれない。封印に何か悪影響を及ぼしていたら、大事だ。
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