蓮の呼び声

こま

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7章 青の町

7_②

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 添花が竜鱗の町に着く頃にはすっかり暗くなっていたが、町にはまだ人通りがある。通行人が、妙な時間の訪問者に気が付いた。
「あれ? 君、この前の」
 見覚えのある顔だ。しかし名前までは聞いた覚えがない。疲れから、添花はすぐに言葉が出なかった。
「あ、えーと……」
 討伐隊員か、看人のひとりだったかと考えるうちに、別の男が進み出た。人懐っこい笑顔はよく覚えていた。討伐隊の雄人だ。
「添花じゃん。久しぶり……でもないか。元気?」
 尋常の質問は、今の添花にとって心臓に悪い。妙な間ができないよう、短い言葉で答える。
「まあまあ」
「そっか。こんな時間に来るなんて、何か急ぎの用事?」
「うん。白扇の宿で人が死んだの。岩龍地区の人らしくて……」
「宿。んじゃ、故郷に帰すつもりなんだな」
 雄人の口ぶりからすると、どの町でも宿はそういう方針のようだ。話が早くて助かる。
「ただ、あんまり遠いから、普通に運ぶとまずいじゃない? ここの飛竜に運んでもらえないかな、って話になってたんだ」
「なるほど。じゃ、配達の奴に言ってみようぜ。細かいこと、説明してもらっていい?」
 赤暁龍には、配達専門の竜使いがいる。年齢から剣をやめた人、竜が好きな人、色々な地区に行きたい人。手紙が主な配達物らしいが、頼めば様々なものを運んでくれるようだ。棺となると不吉で断られそうなものだが、時々あることなのか、対応に慣れが見て取れた。
 添花は雄人に連れられて、竜舎への上り坂に近い、竜使いが詰めている場所に行く。例に漏れず岩山の横穴を建物のように使ったものだ。丁度外に出てきた竜使いに、雄人が手を振る。
「おーい。白扇から、急ぎの配達依頼だってよ」
「え? 確か、定期の配達回ったばっかりだぞ」
「だから急ぎだって言ったんだよ。わざわざ伝えに……あれ? なんで添花が?」
 最初に浮かぶであろう疑問が時間差で出てきたので、添花は溜め息まじりに答える。
「死んだ人、ちょっと知り合いだったから」
 そうして、竜使いに用件を説明した。松成が死んで三日目に竜を間に合わせるからと、埋葬を待ってもらっていること。彼の出身が岩龍地区であること。
「地区は聞いてたけど、どの町が故郷かは知らないの。それでもいいかな」
「ああ、その点は心配いらないよ。あの地区は町同士がくっついてるんだ。道場の出だし、名前もわかってる。きっとすぐに見つかるさ」
「そうなんだ……よかった」
 松成を帰せる。ようやくひと段落だ。肩の力を抜いた時、添花の後ろから懐かしい声がした。
「あ、本当だ。添花がいる」
 誰かに噂を聞いたらしい。竜使いの詰め所に紅龍が来ていた。添花の訪問に別段驚いた様子はなく、姿を見てほっとした表情だ。ただ、顔色が優れないことに気付いたのか、まじまじと見て心配げに眉を寄せる。
「元気か?」
「まあね。前に会って十日も経たないのに、心配しすぎだよ」
 軽い調子で言葉を返しながら、添花は紅龍の方が元気がないように思った。考え事でもしているのか、どこか上の空だ。
「あんたこそ大丈夫?」
 目を合わせると、瞬きを繰り返しながら紅龍も真っ直ぐ添花を見た。
「あ、そうだ。私、この後ちょっと蓮橋に帰ろうと思うんだ」
「えっ」
 故郷と手紙のやりとりをしている紅龍に、町の近況を聞くつもりだったのだが、彼は焦ったように喉を詰まらせた。目線をあさっての方向に逸らす。何やら嫌な予感がする。
「蓮橋で何かあった?」
 取り繕う間もなく心配事を察せられて、紅龍はしどろもどろとなる。
「ああ、まあ……あ! でも、大したことじゃないぞ」
 人の多い場所では話しにくいのか、紅龍は添花を外に連れ出した。竜舎前の広場はこの時間になると人気がなく、隅の方なら風も弱かった。
「何があったの?」
 月明かりの下で、紅龍は少し話すのを躊躇っていた。添花に催促されて、ようやく口を開く。
「添花と別れて竜鱗に戻ってすぐ、親父から手紙が来た。まだ、今年は花芽が出てないらしい」
 開花前に蕾が落ちる凶兆、落蕾かどうかは分からない。それでも花に関することは、ふたりにとって繊細な話題だ。
「あれから何日か経ったし、もう花芽が出たかもしれないけど」
「そうだとしても、時期より随分と遅いね」
 今でなくとも良いものを。なぜ帰ろうとした時に限って、こんな報せが届くのだろう。
「何か嫌な感じがするって。帰郷するなら延ばせっていうのが、手紙の内容だった。さすがに親父も神経質になってるな」
(でも)
 添花は、そんな時に帰ろうと決意したことに意味があると思った。
「でも」
 紅龍もまた、似たような考えを持っていたようだ。手紙を受けて出した結論を口にする時、もう躊躇いはなかった。
「俺、帰ろうと思うんだ。何があっても、少しは力になれる。そのくらいは鍛えてきた」
「私も。今なら力になれる気がするよ」
 見下ろす両の手をきゅっと握り、添花は深く頷く。それから、わざとふんぞり返って笑う。
「この前、盗賊追い払ったばかりだし」
「うわ、お前そんな無茶してたのかよ! 怪我してるのに」
「右腕、使う必要なかったもん。それに、ほら。もう治ったよ」
 軽く腕を動かして、また笑う。森で具合を悪くしたことは、別の話題で隠せた。紅龍は呆れ顔で溜息をつく。
「まあ、そういうことなら一緒に蓮橋に帰ろう。急だけど、大師範達は帰らせてくれると思う。前から、たまには顔見せに行けって言われてるんだ」
 話を通しに行くという紅龍と共に道場に行くと、いつの間にか、添花が以前と同じく道場に泊まることになっていた。竜鱗には宿がないから、来訪者は道場に泊める習慣なのだ。
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