35 / 84
7章 青の町
7_②
しおりを挟む
添花が竜鱗の町に着く頃にはすっかり暗くなっていたが、町にはまだ人通りがある。通行人が、妙な時間の訪問者に気が付いた。
「あれ? 君、この前の」
見覚えのある顔だ。しかし名前までは聞いた覚えがない。疲れから、添花はすぐに言葉が出なかった。
「あ、えーと……」
討伐隊員か、看人のひとりだったかと考えるうちに、別の男が進み出た。人懐っこい笑顔はよく覚えていた。討伐隊の雄人だ。
「添花じゃん。久しぶり……でもないか。元気?」
尋常の質問は、今の添花にとって心臓に悪い。妙な間ができないよう、短い言葉で答える。
「まあまあ」
「そっか。こんな時間に来るなんて、何か急ぎの用事?」
「うん。白扇の宿で人が死んだの。岩龍地区の人らしくて……」
「宿。んじゃ、故郷に帰すつもりなんだな」
雄人の口ぶりからすると、どの町でも宿はそういう方針のようだ。話が早くて助かる。
「ただ、あんまり遠いから、普通に運ぶとまずいじゃない? ここの飛竜に運んでもらえないかな、って話になってたんだ」
「なるほど。じゃ、配達の奴に言ってみようぜ。細かいこと、説明してもらっていい?」
赤暁龍には、配達専門の竜使いがいる。年齢から剣をやめた人、竜が好きな人、色々な地区に行きたい人。手紙が主な配達物らしいが、頼めば様々なものを運んでくれるようだ。棺となると不吉で断られそうなものだが、時々あることなのか、対応に慣れが見て取れた。
添花は雄人に連れられて、竜舎への上り坂に近い、竜使いが詰めている場所に行く。例に漏れず岩山の横穴を建物のように使ったものだ。丁度外に出てきた竜使いに、雄人が手を振る。
「おーい。白扇から、急ぎの配達依頼だってよ」
「え? 確か、定期の配達回ったばっかりだぞ」
「だから急ぎだって言ったんだよ。わざわざ伝えに……あれ? なんで添花が?」
最初に浮かぶであろう疑問が時間差で出てきたので、添花は溜め息まじりに答える。
「死んだ人、ちょっと知り合いだったから」
そうして、竜使いに用件を説明した。松成が死んで三日目に竜を間に合わせるからと、埋葬を待ってもらっていること。彼の出身が岩龍地区であること。
「地区は聞いてたけど、どの町が故郷かは知らないの。それでもいいかな」
「ああ、その点は心配いらないよ。あの地区は町同士がくっついてるんだ。道場の出だし、名前もわかってる。きっとすぐに見つかるさ」
「そうなんだ……よかった」
松成を帰せる。ようやくひと段落だ。肩の力を抜いた時、添花の後ろから懐かしい声がした。
「あ、本当だ。添花がいる」
誰かに噂を聞いたらしい。竜使いの詰め所に紅龍が来ていた。添花の訪問に別段驚いた様子はなく、姿を見てほっとした表情だ。ただ、顔色が優れないことに気付いたのか、まじまじと見て心配げに眉を寄せる。
「元気か?」
「まあね。前に会って十日も経たないのに、心配しすぎだよ」
軽い調子で言葉を返しながら、添花は紅龍の方が元気がないように思った。考え事でもしているのか、どこか上の空だ。
「あんたこそ大丈夫?」
目を合わせると、瞬きを繰り返しながら紅龍も真っ直ぐ添花を見た。
「あ、そうだ。私、この後ちょっと蓮橋に帰ろうと思うんだ」
「えっ」
故郷と手紙のやりとりをしている紅龍に、町の近況を聞くつもりだったのだが、彼は焦ったように喉を詰まらせた。目線をあさっての方向に逸らす。何やら嫌な予感がする。
「蓮橋で何かあった?」
取り繕う間もなく心配事を察せられて、紅龍はしどろもどろとなる。
「ああ、まあ……あ! でも、大したことじゃないぞ」
人の多い場所では話しにくいのか、紅龍は添花を外に連れ出した。竜舎前の広場はこの時間になると人気がなく、隅の方なら風も弱かった。
「何があったの?」
月明かりの下で、紅龍は少し話すのを躊躇っていた。添花に催促されて、ようやく口を開く。
「添花と別れて竜鱗に戻ってすぐ、親父から手紙が来た。まだ、今年は花芽が出てないらしい」
開花前に蕾が落ちる凶兆、落蕾かどうかは分からない。それでも花に関することは、ふたりにとって繊細な話題だ。
「あれから何日か経ったし、もう花芽が出たかもしれないけど」
「そうだとしても、時期より随分と遅いね」
今でなくとも良いものを。なぜ帰ろうとした時に限って、こんな報せが届くのだろう。
「何か嫌な感じがするって。帰郷するなら延ばせっていうのが、手紙の内容だった。さすがに親父も神経質になってるな」
(でも)
添花は、そんな時に帰ろうと決意したことに意味があると思った。
「でも」
紅龍もまた、似たような考えを持っていたようだ。手紙を受けて出した結論を口にする時、もう躊躇いはなかった。
「俺、帰ろうと思うんだ。何があっても、少しは力になれる。そのくらいは鍛えてきた」
「私も。今なら力になれる気がするよ」
見下ろす両の手をきゅっと握り、添花は深く頷く。それから、わざとふんぞり返って笑う。
「この前、盗賊追い払ったばかりだし」
「うわ、お前そんな無茶してたのかよ! 怪我してるのに」
「右腕、使う必要なかったもん。それに、ほら。もう治ったよ」
軽く腕を動かして、また笑う。森で具合を悪くしたことは、別の話題で隠せた。紅龍は呆れ顔で溜息をつく。
「まあ、そういうことなら一緒に蓮橋に帰ろう。急だけど、大師範達は帰らせてくれると思う。前から、たまには顔見せに行けって言われてるんだ」
話を通しに行くという紅龍と共に道場に行くと、いつの間にか、添花が以前と同じく道場に泊まることになっていた。竜鱗には宿がないから、来訪者は道場に泊める習慣なのだ。
「あれ? 君、この前の」
見覚えのある顔だ。しかし名前までは聞いた覚えがない。疲れから、添花はすぐに言葉が出なかった。
「あ、えーと……」
討伐隊員か、看人のひとりだったかと考えるうちに、別の男が進み出た。人懐っこい笑顔はよく覚えていた。討伐隊の雄人だ。
「添花じゃん。久しぶり……でもないか。元気?」
尋常の質問は、今の添花にとって心臓に悪い。妙な間ができないよう、短い言葉で答える。
「まあまあ」
「そっか。こんな時間に来るなんて、何か急ぎの用事?」
「うん。白扇の宿で人が死んだの。岩龍地区の人らしくて……」
「宿。んじゃ、故郷に帰すつもりなんだな」
雄人の口ぶりからすると、どの町でも宿はそういう方針のようだ。話が早くて助かる。
「ただ、あんまり遠いから、普通に運ぶとまずいじゃない? ここの飛竜に運んでもらえないかな、って話になってたんだ」
「なるほど。じゃ、配達の奴に言ってみようぜ。細かいこと、説明してもらっていい?」
赤暁龍には、配達専門の竜使いがいる。年齢から剣をやめた人、竜が好きな人、色々な地区に行きたい人。手紙が主な配達物らしいが、頼めば様々なものを運んでくれるようだ。棺となると不吉で断られそうなものだが、時々あることなのか、対応に慣れが見て取れた。
添花は雄人に連れられて、竜舎への上り坂に近い、竜使いが詰めている場所に行く。例に漏れず岩山の横穴を建物のように使ったものだ。丁度外に出てきた竜使いに、雄人が手を振る。
「おーい。白扇から、急ぎの配達依頼だってよ」
「え? 確か、定期の配達回ったばっかりだぞ」
「だから急ぎだって言ったんだよ。わざわざ伝えに……あれ? なんで添花が?」
最初に浮かぶであろう疑問が時間差で出てきたので、添花は溜め息まじりに答える。
「死んだ人、ちょっと知り合いだったから」
そうして、竜使いに用件を説明した。松成が死んで三日目に竜を間に合わせるからと、埋葬を待ってもらっていること。彼の出身が岩龍地区であること。
「地区は聞いてたけど、どの町が故郷かは知らないの。それでもいいかな」
「ああ、その点は心配いらないよ。あの地区は町同士がくっついてるんだ。道場の出だし、名前もわかってる。きっとすぐに見つかるさ」
「そうなんだ……よかった」
松成を帰せる。ようやくひと段落だ。肩の力を抜いた時、添花の後ろから懐かしい声がした。
「あ、本当だ。添花がいる」
誰かに噂を聞いたらしい。竜使いの詰め所に紅龍が来ていた。添花の訪問に別段驚いた様子はなく、姿を見てほっとした表情だ。ただ、顔色が優れないことに気付いたのか、まじまじと見て心配げに眉を寄せる。
「元気か?」
「まあね。前に会って十日も経たないのに、心配しすぎだよ」
軽い調子で言葉を返しながら、添花は紅龍の方が元気がないように思った。考え事でもしているのか、どこか上の空だ。
「あんたこそ大丈夫?」
目を合わせると、瞬きを繰り返しながら紅龍も真っ直ぐ添花を見た。
「あ、そうだ。私、この後ちょっと蓮橋に帰ろうと思うんだ」
「えっ」
故郷と手紙のやりとりをしている紅龍に、町の近況を聞くつもりだったのだが、彼は焦ったように喉を詰まらせた。目線をあさっての方向に逸らす。何やら嫌な予感がする。
「蓮橋で何かあった?」
取り繕う間もなく心配事を察せられて、紅龍はしどろもどろとなる。
「ああ、まあ……あ! でも、大したことじゃないぞ」
人の多い場所では話しにくいのか、紅龍は添花を外に連れ出した。竜舎前の広場はこの時間になると人気がなく、隅の方なら風も弱かった。
「何があったの?」
月明かりの下で、紅龍は少し話すのを躊躇っていた。添花に催促されて、ようやく口を開く。
「添花と別れて竜鱗に戻ってすぐ、親父から手紙が来た。まだ、今年は花芽が出てないらしい」
開花前に蕾が落ちる凶兆、落蕾かどうかは分からない。それでも花に関することは、ふたりにとって繊細な話題だ。
「あれから何日か経ったし、もう花芽が出たかもしれないけど」
「そうだとしても、時期より随分と遅いね」
今でなくとも良いものを。なぜ帰ろうとした時に限って、こんな報せが届くのだろう。
「何か嫌な感じがするって。帰郷するなら延ばせっていうのが、手紙の内容だった。さすがに親父も神経質になってるな」
(でも)
添花は、そんな時に帰ろうと決意したことに意味があると思った。
「でも」
紅龍もまた、似たような考えを持っていたようだ。手紙を受けて出した結論を口にする時、もう躊躇いはなかった。
「俺、帰ろうと思うんだ。何があっても、少しは力になれる。そのくらいは鍛えてきた」
「私も。今なら力になれる気がするよ」
見下ろす両の手をきゅっと握り、添花は深く頷く。それから、わざとふんぞり返って笑う。
「この前、盗賊追い払ったばかりだし」
「うわ、お前そんな無茶してたのかよ! 怪我してるのに」
「右腕、使う必要なかったもん。それに、ほら。もう治ったよ」
軽く腕を動かして、また笑う。森で具合を悪くしたことは、別の話題で隠せた。紅龍は呆れ顔で溜息をつく。
「まあ、そういうことなら一緒に蓮橋に帰ろう。急だけど、大師範達は帰らせてくれると思う。前から、たまには顔見せに行けって言われてるんだ」
話を通しに行くという紅龍と共に道場に行くと、いつの間にか、添花が以前と同じく道場に泊まることになっていた。竜鱗には宿がないから、来訪者は道場に泊める習慣なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる