蓮の呼び声

こま

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7章 青の町

7_③

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 案内された大部屋には、竜討伐の時に手当てをしてくれた看人、深好もいた。添花に気付くと、小さく手を振って話しかけてくる。
「腕、良くなったみたいね。調子はどう?」
「調子はいいよ、ありがとう。冷やさないようにだけ、注意してる」
 そろそろ休むところのはずだが、深好は長い黒髪をさらりと傾けて看人の目になる。添花は内心ぎくりとした。
「うーん……でも、少し顔色が悪いわ」
「そう?」
「深好。あんたさあ、たまには仕事から離れなよ」
 普段から同室らしい女性が、呆れ顔で深好の頭に手を乗せる。
「そう言われても。調子が悪いとき、あまり放っておいてはだめよ」
「そりゃ、そっか。でも程々にね。あんた真面目すぎるんだから」
「わかってる」
 深好は元気に笑って見せる。添花に向き直って、まだ何か言いたそうだ。深く追求されると困る添花は、故郷へ帰ってゆっくりするから大丈夫だと、体調の話題を終わりにした。
「そう……。道中、気をつけてね」
 それから、ぽつぽつと同室の女性達と話をした。それぞれ仕事で朝が早いから、あまり長く深く話し込む事はない。深好はずっと何か言いたげで、ついに言えないままだったようだ。その様子に周りが微笑む理由も、彼女が何を言おうとしたのかも、添花には分からなかった。

 翌日、蓮橋へと発つのは早朝だったのだが、何人もが見送りにきてくれた。朝に弱い雄人をはじめとする紅龍の友人に混ざって、深好の姿もある。
「ふわああ……まあ、ゆっくりしてこいよ。んじゃ、俺、もう一眠りすっから」
 手を振り、早々に去りかける雄人を、他の友人が引っ張る。
「お前、今日は餌番だろ! さぼるなよ」
「まったく、紅龍がいないと淋しいからってさあ」
 いつも紅龍をからかう雄人が、仲間にからかわれている姿を見て、添花も思わず笑ってしまった。それを合図に皆が笑い、寝ぼけ眼だった雄人はしっかり目を覚ます。
「へ、からかうネタでも考えて待ってら」
「はいはい」
 軽く拳をぶつけ合うあいさつの後、にやりとして「添花ちゃんと仲良くね~」と嫌味たっぷりに言った。雄人は何かと色恋沙汰にこじつけるから、この言い方では周囲に誤解を生む。走って逃げようとする背中を、添花と紅龍の両方が蹴った。いつの間にか、いつものやりとりの中に添花も入っているのだった。
 ふたりを乗せた紅蓮が飛び立つ。手を振る友人の中で、雄人と深好が最後まで見送りに立っていた。
 徒歩で蓮橋へ行く場合、白扇から六洞へ上って、水芳地区から駆龍地区へ向かうことになる。急ぐ旅なので、竜で谷を越えることにした。そうすれば、ずいぶん旅を短縮できる。本当は全ての道程を飛べればよかったのだが、ふたりを乗せての長距離飛行となると、竜に負担が掛かりすぎる。可能なだけの大きさと体力を備えているものの、竜鱗生まれの紅蓮は湿度の高い気候が苦手だ。谷を越えると、予定通りに町へと引き返した。ここからは歩いて、蓮橋を目指す。
「そういえば、あれから紅蓮は大丈夫なの?」
「うん、あの通りぴんぴんしてるよ」
 だいぶ遠くなった赤い姿に目を向ける。力強い羽ばたきでふたりを乗せて飛んでいたのだから、ぴんぴんしているのは確かだ。ただ、紅龍と離れるのが淋しいのか、別れ際はしゅんとしていた。
「淋しそうだったけどね」
「まあ、離れるのもいい経験だよ。人見知り克服の機会ってとこか」
 少しの心配を振り切って、紅龍は道の先に向き直る。紅蓮の成長を信じているのだろう。相棒以外に懐かなかったが、竜鱗に戻る頃には、他の門下生にも慣れているかもしれない。
 紅蓮は野生竜の孤児だった。親の育児放棄と思われる。町で保護したのだが、誰にも心を許さず、大師範も困っていたのだという。当時、入門したての紅龍は、優しすぎる性格が災いして、竜を手懐けることができなかった。そこで、あえて孤児竜は彼に任された。自分と故郷にちなんだ名を付け可愛がるうちに、紅龍の長所が発揮される。竜と使い手の主従関係より、兄弟のような信頼関係を築いていったのだ。大師範に後から聞いた話だと、紅蓮に必要なのは家族で、そのような接し方ができるのは紅龍だけ、と踏んでいたらしい。
 故郷の心配を打ち消すかのように、あれこれと話をする。添花が接してきた霊も話題に上った。
「鷸族のおじいさんにも会ったな……語り部は自分が最後、みたいなこと言ってた」
「え? 今でも語り部はいるらしいぞ。ずっと口伝だったけど、文書に起こしたんじゃないかな。配達の奴らに聞いたことがある」
「そうなんだ。六洞の人達かな」
「そうそう。鷸族って確か、いくつかに分かれた仲間を六洞に集めたんだ」
 老人が成仏した直後、霖に襲われ紅龍に助けられたため、彼女の方に話題が転がる。あれからは気配すらないのだが、ある程度傷が癒えれば必ず現れるだろう。
「もしかして、あの時に除霊してたのが?」
「あ……うん。おじいさん、とにかく喋りたかったみたいでね。あやうく徹夜する所だったなあ」
 霖との交戦を指して、紅龍が「あの時」と言ったのが分かった。添花ははぐらかしながら、胸の内に渦を巻く不安も押さえ込みたい。
(あいつ……杼竜の格上げに関わってた。蓮橋の花芽には、さすがに関係ないよね)
 不吉な物事は、つい結びつけてしまいがちだ。蓮橋が近付くにつれ、ふたりの口数は減っていった。もとより沈黙が苦痛になる間柄ではないので、旅はつつがなく進む。
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