71 / 84
【本編後】蓮が咲いたら
生きとし生けるものどもよ 1
しおりを挟む
土器地区、代赭の町。奇しくもそこでこの地の巫女、澄詞の集まりがあるという。添花は道場からの手紙を持って、彼女らの話し合いが終わるのを待った。
竜は棲息していないのだが、太古の昔にいたと思しき巨竜の骨が発掘された。以来、ここは竜を神として祀り、神の声を聴く巫女の占いを政に取り入れる。といっても最近は、都合よく解釈されたり名前の権威だけ使われたりと、形骸化した澄詞もいるらしい。前に見送った魂に聞いた事だ。
じっとしているのも暇なので、添花は少し散策する。己の無力に絶望した澄詞が、自ら命を絶った町。彼女は未練も含めて記憶をなくし、隣町に魂だけで漂っていた。添花が生家を探し、神に捧げた幼名を思い出させた。肩書きに縛られた人生だったけれど、最後に己を取り戻して成仏したのだ。そう、あの霊廟の中で。
一般人が立ち入れる場所ではない。添花は誰でも行ける霊廟前の広場まで行って、手を合わせた。今は髪が伸びたけれど、纏めているので日差しは結局うなじにしみる。
あのときから代赭の澄詞を務める人と、再び顔を合わせるのだけは気まずい。ちょっと強引に事情を押し通して、霊がいる廟に入らせてもらったのだ。
「まあ、今回は仕事だからね」
ため息混じりにこぼしつつ、墓守の墓はどこにあるのかと考える。他の地区と同じく共同墓地だろうか。仕事のついでに誰かに聞こう。
澄詞達が話し合っているのは、地区全体の政についてだ。占いの結果をもとに、農作の見込みを共有することもある。どこかの町が凶作なら、余裕のある町が支援する。通年暑い土地だが緩やかな四季はあるので、四半期ごとの集まりだそうだ。
幽霊騒ぎや怪異についての相談は、霊的な力の高い者が多いこの地区に集まる。特に後者は白緑龍道場も扱いきれない案件だ。
「しかし、蓮橋からその手のご相談とは珍しい。帯章をお持ちなら、かなり腕が立つのでしょう。我が地区でお役に立てますかな」
澄詞の解散待ちをする人は決まった建物で待機する。そこを見張る墓守のひとりが添花に話しかけてきた。うろ覚えだが、件の澄詞の霊に関わった時に顔を合わせたかもしれない。だとしたら、見えることは隠さなくていいか。
「生身の人間や猛獣なら太刀打ちできますが、相手が悪いとね。目だけあっても勝てませんので」
「そう、目。その目に覚えがあったんだ。ここの先代を……見送った時。あなたは彼女のために走りまわっていましたね」
「あ、覚えてましたか。これはちょっと気まずい」
添花が苦笑いするのも当然だ。澄詞の霊を成仏させる過程でちょっと強引に胸ぐらを掴むなどして、上司にあれこれ掛け合ってもらった墓守ではないか。顔をうろ覚えなのが申し訳ない程度には迷惑をかけた。
「今更ですが、すみませんでした。心残りがあるままで、強引に逝ってしまおうとしているかと思うと焦って」
「いいえ。あのような魂の見送り方は初めて見ました。生者に取り憑くことのないよう、無理にでも送り出すのが正しいと思っていましたが……あれから土器地区の考え方が変わってきた」
「地区全体で?」
各地で問題ばかり起こしている気がする。険しい顔をする添花に、墓守は微笑む。
「澄詞は竜神の声を聞き、語るための口とされてきました。それが名誉なことだと。しかし、彼女らも役目を担った人なんですよね。喜怒哀楽の心を持って生きるひとりとして、墓守や町人と関われる形を模索し始めました。あなたと先代、彩明様がきっかけです」
霊廟を中心とした町の警備や治安を担う墓守は、澄詞との関わりが深い。澄詞が人と同列に見なされないもどかしさを共有してきた。役目の孤独が癒やされていくなら、墓守の葛藤も楽になるかもしれない。先代の件では少し怖い思いもしたが、この墓守は添花に礼を言いたい。
「感謝しています。実は、澄詞に寄り添って心を痛める墓守は珍しくない。先代にもそういう人がいたから、きっと浮かばれるでしょう」
そうだ。代赭の墓守はつまり、彩明を看取った墓守の同僚だ。偶然というより必然なので、添花は簡潔に聞いてしまうことにする。
「その人、規白って名前ですよね。お墓はどこにあります?」
「そうか、彼の噂を聞いてこの町にたどり着いたんでしたね。位の高い墓守は、霊廟まわりの墓に入ります。宝物横流しは濡れ衣と調べがついたので、規白はそこにいる。良ければ、あとで案内しますが……意外と律儀な方なんですね」
「手を合わせたい事情があるだけです。私もいつも破落戸みたいな人間ってわけじゃないですし」
先代澄詞が霊として漂ったことを墓守が伏せたように、添花が今言う事情も伏せた方が良さそうなことだ。墓守は詳細が気になったが、規白を参る時に聞ければよしと頷く。そろそろ、澄詞達の話し合いが終わる。
竜は棲息していないのだが、太古の昔にいたと思しき巨竜の骨が発掘された。以来、ここは竜を神として祀り、神の声を聴く巫女の占いを政に取り入れる。といっても最近は、都合よく解釈されたり名前の権威だけ使われたりと、形骸化した澄詞もいるらしい。前に見送った魂に聞いた事だ。
じっとしているのも暇なので、添花は少し散策する。己の無力に絶望した澄詞が、自ら命を絶った町。彼女は未練も含めて記憶をなくし、隣町に魂だけで漂っていた。添花が生家を探し、神に捧げた幼名を思い出させた。肩書きに縛られた人生だったけれど、最後に己を取り戻して成仏したのだ。そう、あの霊廟の中で。
一般人が立ち入れる場所ではない。添花は誰でも行ける霊廟前の広場まで行って、手を合わせた。今は髪が伸びたけれど、纏めているので日差しは結局うなじにしみる。
あのときから代赭の澄詞を務める人と、再び顔を合わせるのだけは気まずい。ちょっと強引に事情を押し通して、霊がいる廟に入らせてもらったのだ。
「まあ、今回は仕事だからね」
ため息混じりにこぼしつつ、墓守の墓はどこにあるのかと考える。他の地区と同じく共同墓地だろうか。仕事のついでに誰かに聞こう。
澄詞達が話し合っているのは、地区全体の政についてだ。占いの結果をもとに、農作の見込みを共有することもある。どこかの町が凶作なら、余裕のある町が支援する。通年暑い土地だが緩やかな四季はあるので、四半期ごとの集まりだそうだ。
幽霊騒ぎや怪異についての相談は、霊的な力の高い者が多いこの地区に集まる。特に後者は白緑龍道場も扱いきれない案件だ。
「しかし、蓮橋からその手のご相談とは珍しい。帯章をお持ちなら、かなり腕が立つのでしょう。我が地区でお役に立てますかな」
澄詞の解散待ちをする人は決まった建物で待機する。そこを見張る墓守のひとりが添花に話しかけてきた。うろ覚えだが、件の澄詞の霊に関わった時に顔を合わせたかもしれない。だとしたら、見えることは隠さなくていいか。
「生身の人間や猛獣なら太刀打ちできますが、相手が悪いとね。目だけあっても勝てませんので」
「そう、目。その目に覚えがあったんだ。ここの先代を……見送った時。あなたは彼女のために走りまわっていましたね」
「あ、覚えてましたか。これはちょっと気まずい」
添花が苦笑いするのも当然だ。澄詞の霊を成仏させる過程でちょっと強引に胸ぐらを掴むなどして、上司にあれこれ掛け合ってもらった墓守ではないか。顔をうろ覚えなのが申し訳ない程度には迷惑をかけた。
「今更ですが、すみませんでした。心残りがあるままで、強引に逝ってしまおうとしているかと思うと焦って」
「いいえ。あのような魂の見送り方は初めて見ました。生者に取り憑くことのないよう、無理にでも送り出すのが正しいと思っていましたが……あれから土器地区の考え方が変わってきた」
「地区全体で?」
各地で問題ばかり起こしている気がする。険しい顔をする添花に、墓守は微笑む。
「澄詞は竜神の声を聞き、語るための口とされてきました。それが名誉なことだと。しかし、彼女らも役目を担った人なんですよね。喜怒哀楽の心を持って生きるひとりとして、墓守や町人と関われる形を模索し始めました。あなたと先代、彩明様がきっかけです」
霊廟を中心とした町の警備や治安を担う墓守は、澄詞との関わりが深い。澄詞が人と同列に見なされないもどかしさを共有してきた。役目の孤独が癒やされていくなら、墓守の葛藤も楽になるかもしれない。先代の件では少し怖い思いもしたが、この墓守は添花に礼を言いたい。
「感謝しています。実は、澄詞に寄り添って心を痛める墓守は珍しくない。先代にもそういう人がいたから、きっと浮かばれるでしょう」
そうだ。代赭の墓守はつまり、彩明を看取った墓守の同僚だ。偶然というより必然なので、添花は簡潔に聞いてしまうことにする。
「その人、規白って名前ですよね。お墓はどこにあります?」
「そうか、彼の噂を聞いてこの町にたどり着いたんでしたね。位の高い墓守は、霊廟まわりの墓に入ります。宝物横流しは濡れ衣と調べがついたので、規白はそこにいる。良ければ、あとで案内しますが……意外と律儀な方なんですね」
「手を合わせたい事情があるだけです。私もいつも破落戸みたいな人間ってわけじゃないですし」
先代澄詞が霊として漂ったことを墓守が伏せたように、添花が今言う事情も伏せた方が良さそうなことだ。墓守は詳細が気になったが、規白を参る時に聞ければよしと頷く。そろそろ、澄詞達の話し合いが終わる。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる