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【本編後】蓮が咲いたら
生きとし生けるものどもよ 2
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青藍龍道場から託された相談事は、前に笹熊で商人を護衛した時に見かけた怪異だ。盗賊が起こした騒ぎが元であの森を怖がる人が増え、〈何か〉を育ててしまったのかもしれない。改めてそこを訪れ、気配で探れるだけの事を書き出してきた。現地で怖い目にあった人の体験談と併せて、どう対処するのがいいかを尋ねる。
相談者はそれぞれ部屋に通され、机を挟んで澄詞と向かい合う。必ずひとり墓守が同席して壁際に立った。
「盗賊騒ぎが解決しても、森に小さな手形が現れる……人によっては何かの声を聞いて、奥に踏み入ってしまうのですね」
「はい。それから獣に襲われるとか沼にはまるとかいうのは、道を逸れたら当然ですが。どうも取り憑かれたように見えるらしいんです」
相談内容により適した澄詞を割り振ることもあるが、代赭の澄詞が自ら引き受けにきた。さっきの墓守と同じような感謝を述べて、あとは仕事に向けて引き締まった表情に変わる。
「なるほど……声に引かれる人は共通して、子をなくしたか託したかで別れている。ここまで分かるならば、あなたもそれを聞いたのでしょう。よくご無事で」
「私は霊感があるために見聞きできるだけですから、標的ではないのだと思います。それで、人に害のないよう怪異を取り除く方法をうかがいにきました」
「うーん……詳しく纏められてはいますが。ごめんなさいね、私まだ澄詞を勤めて日が浅いもので」
紙の上の情報から熟考する。外部の者は切羽詰まって相談することが多い。だから代替わりからの期間を知り、霊感もある添花の話を聞きにきたのだろう。頼られる立場にしては、三十八代目は気弱な面構えだ。
「そもそもは、道場に寄せられた依頼です。我々の手に負えるかどうかを判じていただきたい。手に余るなら、その道の人に頼んだ方がいいと勧めるつもりです」
「怪異に引かれて……行方が分からないままの者がいる。この調べが本当なら、第六感なしに立ち向かうのは無謀です。人を取り込んで強く大きくなっている可能性が高い」
盗賊騒ぎの中でも、全ての被害者が盗賊の仕業と明確になってはいない。怪異の噂も混じったからこそ、あれは騒ぎになったのだ。きっかけではなく、元からあった怪異を、騒ぎが育てたのだとしたら。澄詞は少し震えていた。
「真に安全を考えるなら、かなり力のある退魔士を頼るべきですが……今、派遣できる人というと」
泳いだ目線の先には墓守。霊力の高い澄詞は人ならざるものに狙われやすいから、墓守の中には対抗手段を持つ者がいるらしい。退魔士として活躍する場合もある。
ここで初めて墓守が口を開く。細い目は笑って見えるが、これは外面としての笑みだ。
「序列が低いと手駒が限られてる。代赭から出せる退魔士は俺くらいだな。かなりの物はやっつけられるつもりだが、陣を描く必要があるから単独は厳しい」
「墓守を外に出しちゃっていいんですか? そりゃ、人数はいるんでしょうけど」
「こうした業務は、土器地区の収入源でもあるので。橙狐、お手柄と引き換えに大怪我をしては元も子もないですよ」
墓守へのお小言が、澄詞の言葉の中でいちばん元気だった。ふたりは旧知の仲なのだろう。
「実績を重ねれば箔がつく。蓮橋のねーちゃんは土地勘がある上に腕が立つときた、協力すれば何とかなるだろ」
妹分を思っての行動と、兄貴分の不在が不安な気持ちと。近い間柄の気遣いは行き違いになりやすいのだろうか。添花はなんとなく、こうしたズレに既視感がある。えへんと腕組みする姿を見るとため息が出る。上背が添花と変わらないし細身なので、迫力はない。
「俺は青藍龍に名が売れて、そっちは笹熊からの信頼が厚くなる。悪い話じゃないと思うんだ」
「主に前者が目的でしょう。私の判断出来るところとしては、この件は時間が立つほど手に負えなくなるということです。橙狐に行かせるとしても、添花さんや道場の皆さんが、どのくらいの霊力を持つかによって可能か不可能かは変わります」
「うーん……道場ではたぶん、見えるのは私だけ。声も聞こえるし、触ったり掴んだり投げたりは出来ます。ただし、関わったのはほぼ人の霊。今回私で力になれるか、量ることって出来ますか?」
橙狐は添花にやる気があるらしいのを喜んでいるが、澄詞の表情は曇ったままだ。よく見れば、墓守の役目を表す服から覗く首から顔、手の甲にはいくつか傷跡がある。左手は小指が欠けていた。無茶をするのはこれが初めてではないのだろう。
「墓守の修練場には霊力を量る道具があります。橙狐が見立てを誤魔化しては困るので、私と他の墓守も同席しますよ」
「信用ねえなあ」
「心配なんです。一緒にことに当たるなら、添花さんにも危険が及ぶんですよ。あなたの焦りに巻き込まないで」
「……はいはい」
煙たげにするなら、澄詞を妹分として見る他にもまだ何かあるのかもしれない。
ひとまず、添花の力量に応じて結論を出すことになった。待機中に話していた墓守も伴って修練場に向かう。途中で規白の墓に連れて行ってもらい、半分くらいすっきりした。さて、怪異への対応はどうなるだろう。
相談者はそれぞれ部屋に通され、机を挟んで澄詞と向かい合う。必ずひとり墓守が同席して壁際に立った。
「盗賊騒ぎが解決しても、森に小さな手形が現れる……人によっては何かの声を聞いて、奥に踏み入ってしまうのですね」
「はい。それから獣に襲われるとか沼にはまるとかいうのは、道を逸れたら当然ですが。どうも取り憑かれたように見えるらしいんです」
相談内容により適した澄詞を割り振ることもあるが、代赭の澄詞が自ら引き受けにきた。さっきの墓守と同じような感謝を述べて、あとは仕事に向けて引き締まった表情に変わる。
「なるほど……声に引かれる人は共通して、子をなくしたか託したかで別れている。ここまで分かるならば、あなたもそれを聞いたのでしょう。よくご無事で」
「私は霊感があるために見聞きできるだけですから、標的ではないのだと思います。それで、人に害のないよう怪異を取り除く方法をうかがいにきました」
「うーん……詳しく纏められてはいますが。ごめんなさいね、私まだ澄詞を勤めて日が浅いもので」
紙の上の情報から熟考する。外部の者は切羽詰まって相談することが多い。だから代替わりからの期間を知り、霊感もある添花の話を聞きにきたのだろう。頼られる立場にしては、三十八代目は気弱な面構えだ。
「そもそもは、道場に寄せられた依頼です。我々の手に負えるかどうかを判じていただきたい。手に余るなら、その道の人に頼んだ方がいいと勧めるつもりです」
「怪異に引かれて……行方が分からないままの者がいる。この調べが本当なら、第六感なしに立ち向かうのは無謀です。人を取り込んで強く大きくなっている可能性が高い」
盗賊騒ぎの中でも、全ての被害者が盗賊の仕業と明確になってはいない。怪異の噂も混じったからこそ、あれは騒ぎになったのだ。きっかけではなく、元からあった怪異を、騒ぎが育てたのだとしたら。澄詞は少し震えていた。
「真に安全を考えるなら、かなり力のある退魔士を頼るべきですが……今、派遣できる人というと」
泳いだ目線の先には墓守。霊力の高い澄詞は人ならざるものに狙われやすいから、墓守の中には対抗手段を持つ者がいるらしい。退魔士として活躍する場合もある。
ここで初めて墓守が口を開く。細い目は笑って見えるが、これは外面としての笑みだ。
「序列が低いと手駒が限られてる。代赭から出せる退魔士は俺くらいだな。かなりの物はやっつけられるつもりだが、陣を描く必要があるから単独は厳しい」
「墓守を外に出しちゃっていいんですか? そりゃ、人数はいるんでしょうけど」
「こうした業務は、土器地区の収入源でもあるので。橙狐、お手柄と引き換えに大怪我をしては元も子もないですよ」
墓守へのお小言が、澄詞の言葉の中でいちばん元気だった。ふたりは旧知の仲なのだろう。
「実績を重ねれば箔がつく。蓮橋のねーちゃんは土地勘がある上に腕が立つときた、協力すれば何とかなるだろ」
妹分を思っての行動と、兄貴分の不在が不安な気持ちと。近い間柄の気遣いは行き違いになりやすいのだろうか。添花はなんとなく、こうしたズレに既視感がある。えへんと腕組みする姿を見るとため息が出る。上背が添花と変わらないし細身なので、迫力はない。
「俺は青藍龍に名が売れて、そっちは笹熊からの信頼が厚くなる。悪い話じゃないと思うんだ」
「主に前者が目的でしょう。私の判断出来るところとしては、この件は時間が立つほど手に負えなくなるということです。橙狐に行かせるとしても、添花さんや道場の皆さんが、どのくらいの霊力を持つかによって可能か不可能かは変わります」
「うーん……道場ではたぶん、見えるのは私だけ。声も聞こえるし、触ったり掴んだり投げたりは出来ます。ただし、関わったのはほぼ人の霊。今回私で力になれるか、量ることって出来ますか?」
橙狐は添花にやる気があるらしいのを喜んでいるが、澄詞の表情は曇ったままだ。よく見れば、墓守の役目を表す服から覗く首から顔、手の甲にはいくつか傷跡がある。左手は小指が欠けていた。無茶をするのはこれが初めてではないのだろう。
「墓守の修練場には霊力を量る道具があります。橙狐が見立てを誤魔化しては困るので、私と他の墓守も同席しますよ」
「信用ねえなあ」
「心配なんです。一緒にことに当たるなら、添花さんにも危険が及ぶんですよ。あなたの焦りに巻き込まないで」
「……はいはい」
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