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【本編後】蓮が咲いたら
生きとし生けるものどもよ 3
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「いやー、久しぶりの遠出だ。よろしく頼むな、添花!」
結論。共闘なら太刀打ち出来そうだと道場に報告する。退魔士を呼ぶ分の出費がかさむことを笹熊が納得すれば、すぐ現地に向かう。だめならだめで、道場に売り込みに行くと思えば歩くのも無駄ではないとは橙狐の言だ。
「よろしく。連絡待ちの時間を考えると、これが一番早い対応だからね」
蓮橋に宛てて出した手紙が先に着くから、添花達が着く頃には道場と笹熊に話が通っている。退魔にあたっての連携なんかは、道中で人となりが分かってくれば整うだろう。
「なんだよ素っ気ないなあ。生前会ってないやつに手を合わせるくらいだから、情に厚いのかと思ったのに」
「出会いたてのあんたに、まだ情なんかないよ。なんで規白の生前に会ってないと思ったの?」
詳しいことは話していない。素直に疑問を口にすると、橙狐の細い目がもっと細くなった。
「土器地区に来たのは、彩明様の件の時が初めてに見えた。俺達あの時一度会ってるんだぜ。規白さんが亡くなったのはその少し前だし、墓に言及しなかった。ってことは、添花が会ったのはあの後。魂しか有り得ない。あまりそっちに心を寄せると身を滅ぼすよ」
軽そうな喋り方と裏腹に、大した洞察力だ。危うさにさらりと忠告するし、本当に力のある霊能力者らしい。
もう代赭を発っているから、聞かれて困る耳もない。地元に力を明かして以降、添花はこうした話をするのが気楽になった。それに、後のことを考えれば少しは仲良くする気がある。
「自覚はしてるよ、忠告ありがと。規白は悪霊になりかかって、自分を殺した人をつけ回してたんだ。ちょっと間に入ってふたりを対話させたら、踏みとどまって成仏できたよ」
「うわぁ、想像以上にあんた危ねぇな。今度の怪異には一旦引き下がったのに、判断基準どうなってんの?」
「前の私は無意識に切羽詰まってたんだろうね。今の橙狐みたいに」
歳は添花のふたつ下だが、若いなりに苦難を抱えているのは分かる。橙狐はにこやかな顔を作りながら、さっぱり目が笑わないのだ。「ぎくぅ」なんて声を出して肩を縮めるのも、親しみやすさの演出よりは踏み込ませない壁作りに見えた。
「苦労話をほじくる気はないけど、あまり無理していられるとやり辛い。笹熊に行く頃には集中できるようになっておいてよ」
「お姉さんに甘えていいのよ~、なんて言ってくれる性格じゃないかぁ。やっぱり俺、焦って見える? あいつが言うみたいに」
「他人の心配するくせに、自分は気軽に賭けに出る。やってみれば何とかなるもんだって思ってる。今までのことは結果でしかなくて、これからの保証じゃないのに……危ないのはお互い様だね」
表の性格が違うだけで、添花と橙狐は心根に似たものがあるようだ。何かを抱え込み、表面だけ元気に取り繕っている。魂が割れていた時分を思い出す。
「だって……町でいちばんの巫女が澄詞になるものなんだ。あいつは優しくて心配性だから向いてない、二番目でよかったのに。代赭には彩明様の後釜がいなかったから、俺達は隣から移ってきた。不慣れな町で上手くやっていくには、周りが助けてやんないと」
「その割に、遠出の任が好きみたい。もしかして身の上話したいほう?」
「え、聞きたくないほう?」
「ううん、どっちでもいいほう」
「じゃあ一通りしゃべる」
添花は他人と仲良くなるのが得意ではないから、向こうから胸襟を開いてくれるなら助かる。死者の魂には色々と踏み込んでいくのに、生者に対しては不器用なものだ。
どうやら橙狐が今回の仕事を単独では難しいと言ったのは、相棒がいないせいらしい。優れた退魔士には常人に見えない獣がついて、一緒に陣を描いたり妖を追い立てたりする。
「前の大きな仕事でテンがやられちまって。俺も生きててびっくり位の怪我をしたから、墓守に復帰したのは割と最近だ」
「じゃあ、その耳飾りのふさふさってもしかして」
「見えるんだ。そう、これはテンの尻尾。こうして一緒に退魔の仕事をしてりゃあ、いつか霊気に触発されて体を取り戻せる……はず。書物にそう書いてあっても、本当にできたって話は聞いたことがない」
澄詞に指摘された焦りはこれか。得心がいくと共に、難題に直面していることも分かる。橙狐が実戦の勘を呼び覚ますにも、添花と短期間で信頼を構築するにも、道中で軽く手合わせなどして互いの癖を知ろうと提案する。テンには敵わないが、今回は彼を生きて帰したい。
何日もかけて蓮橋に着くと、道場で小さな門下生に囲まれた。橙狐の珍しい服装は目に付くし、添花が紅龍以外の青年を伴っているからだ。
「添花さん、このお兄ちゃんだれー?」
「橙狐だよ。仕事で蓮橋に来たの、大師範とお話するから通して」
「なんだー、コイビトじゃないんだー」
「そうだねー、違うね」
子ども達がまとわりつくのも構わず、添花はどんどん進む。遅れて付いていく橙狐がちょっとずつ情報収集するので、大師範の部屋に行くまでに添花の道場での立場や、家族同然の幼馴染の存在を知られていた。
「大師範、ただいま戻りました」
「おう、長旅ご苦労だったな。橙狐とやらもよく来てくれた」
橙狐は相変わらずにこやかに挨拶して、大師範に丁寧な礼をした。ただ、余計なことを言う。
「まさか青藍龍道場が協力を受け入れてくれるとは思いませんでした」
「まだだよ、まだ確定じゃない。振りでも落ち着けって言ったでしょ」
恐らく共闘は確定だと添花も分かっているが、一応は大師範が明言するのを待つことにしていた。先回りした発言は使い所を選んだ方がいい。
ところが、大師範は豪快に笑い出した。
「はっはっは、添花がお守りをするようになったか。なかなかどうして姉貴分が様になっている」
「からかわないでくださいよ。末っ子扱いするけど、紅より三日四日早く生まれてますからね」
「師範階級では末っ子だろ。道場初の試みを任せるんだからそんなに膨れるな」
話の腰を折ったのは、若者の気負いをほぐすためかもしれない。また流通が滞るが、笹熊も我慢してあの道の通行を止めているという。一晩で怪異が大化けすることがないなら、蓮橋で休んでから出発すると決まった。
それから、怪異に挑むふたりを客観的に見る者を付ける。これは手紙の段階で添花も必要だと書いていた。霊感のない者にどこまで状況が分かるのか、こうした案件に今後も対応できるかを観察する。負傷や疲労の度合いによっては助けも要る。
結論。共闘なら太刀打ち出来そうだと道場に報告する。退魔士を呼ぶ分の出費がかさむことを笹熊が納得すれば、すぐ現地に向かう。だめならだめで、道場に売り込みに行くと思えば歩くのも無駄ではないとは橙狐の言だ。
「よろしく。連絡待ちの時間を考えると、これが一番早い対応だからね」
蓮橋に宛てて出した手紙が先に着くから、添花達が着く頃には道場と笹熊に話が通っている。退魔にあたっての連携なんかは、道中で人となりが分かってくれば整うだろう。
「なんだよ素っ気ないなあ。生前会ってないやつに手を合わせるくらいだから、情に厚いのかと思ったのに」
「出会いたてのあんたに、まだ情なんかないよ。なんで規白の生前に会ってないと思ったの?」
詳しいことは話していない。素直に疑問を口にすると、橙狐の細い目がもっと細くなった。
「土器地区に来たのは、彩明様の件の時が初めてに見えた。俺達あの時一度会ってるんだぜ。規白さんが亡くなったのはその少し前だし、墓に言及しなかった。ってことは、添花が会ったのはあの後。魂しか有り得ない。あまりそっちに心を寄せると身を滅ぼすよ」
軽そうな喋り方と裏腹に、大した洞察力だ。危うさにさらりと忠告するし、本当に力のある霊能力者らしい。
もう代赭を発っているから、聞かれて困る耳もない。地元に力を明かして以降、添花はこうした話をするのが気楽になった。それに、後のことを考えれば少しは仲良くする気がある。
「自覚はしてるよ、忠告ありがと。規白は悪霊になりかかって、自分を殺した人をつけ回してたんだ。ちょっと間に入ってふたりを対話させたら、踏みとどまって成仏できたよ」
「うわぁ、想像以上にあんた危ねぇな。今度の怪異には一旦引き下がったのに、判断基準どうなってんの?」
「前の私は無意識に切羽詰まってたんだろうね。今の橙狐みたいに」
歳は添花のふたつ下だが、若いなりに苦難を抱えているのは分かる。橙狐はにこやかな顔を作りながら、さっぱり目が笑わないのだ。「ぎくぅ」なんて声を出して肩を縮めるのも、親しみやすさの演出よりは踏み込ませない壁作りに見えた。
「苦労話をほじくる気はないけど、あまり無理していられるとやり辛い。笹熊に行く頃には集中できるようになっておいてよ」
「お姉さんに甘えていいのよ~、なんて言ってくれる性格じゃないかぁ。やっぱり俺、焦って見える? あいつが言うみたいに」
「他人の心配するくせに、自分は気軽に賭けに出る。やってみれば何とかなるもんだって思ってる。今までのことは結果でしかなくて、これからの保証じゃないのに……危ないのはお互い様だね」
表の性格が違うだけで、添花と橙狐は心根に似たものがあるようだ。何かを抱え込み、表面だけ元気に取り繕っている。魂が割れていた時分を思い出す。
「だって……町でいちばんの巫女が澄詞になるものなんだ。あいつは優しくて心配性だから向いてない、二番目でよかったのに。代赭には彩明様の後釜がいなかったから、俺達は隣から移ってきた。不慣れな町で上手くやっていくには、周りが助けてやんないと」
「その割に、遠出の任が好きみたい。もしかして身の上話したいほう?」
「え、聞きたくないほう?」
「ううん、どっちでもいいほう」
「じゃあ一通りしゃべる」
添花は他人と仲良くなるのが得意ではないから、向こうから胸襟を開いてくれるなら助かる。死者の魂には色々と踏み込んでいくのに、生者に対しては不器用なものだ。
どうやら橙狐が今回の仕事を単独では難しいと言ったのは、相棒がいないせいらしい。優れた退魔士には常人に見えない獣がついて、一緒に陣を描いたり妖を追い立てたりする。
「前の大きな仕事でテンがやられちまって。俺も生きててびっくり位の怪我をしたから、墓守に復帰したのは割と最近だ」
「じゃあ、その耳飾りのふさふさってもしかして」
「見えるんだ。そう、これはテンの尻尾。こうして一緒に退魔の仕事をしてりゃあ、いつか霊気に触発されて体を取り戻せる……はず。書物にそう書いてあっても、本当にできたって話は聞いたことがない」
澄詞に指摘された焦りはこれか。得心がいくと共に、難題に直面していることも分かる。橙狐が実戦の勘を呼び覚ますにも、添花と短期間で信頼を構築するにも、道中で軽く手合わせなどして互いの癖を知ろうと提案する。テンには敵わないが、今回は彼を生きて帰したい。
何日もかけて蓮橋に着くと、道場で小さな門下生に囲まれた。橙狐の珍しい服装は目に付くし、添花が紅龍以外の青年を伴っているからだ。
「添花さん、このお兄ちゃんだれー?」
「橙狐だよ。仕事で蓮橋に来たの、大師範とお話するから通して」
「なんだー、コイビトじゃないんだー」
「そうだねー、違うね」
子ども達がまとわりつくのも構わず、添花はどんどん進む。遅れて付いていく橙狐がちょっとずつ情報収集するので、大師範の部屋に行くまでに添花の道場での立場や、家族同然の幼馴染の存在を知られていた。
「大師範、ただいま戻りました」
「おう、長旅ご苦労だったな。橙狐とやらもよく来てくれた」
橙狐は相変わらずにこやかに挨拶して、大師範に丁寧な礼をした。ただ、余計なことを言う。
「まさか青藍龍道場が協力を受け入れてくれるとは思いませんでした」
「まだだよ、まだ確定じゃない。振りでも落ち着けって言ったでしょ」
恐らく共闘は確定だと添花も分かっているが、一応は大師範が明言するのを待つことにしていた。先回りした発言は使い所を選んだ方がいい。
ところが、大師範は豪快に笑い出した。
「はっはっは、添花がお守りをするようになったか。なかなかどうして姉貴分が様になっている」
「からかわないでくださいよ。末っ子扱いするけど、紅より三日四日早く生まれてますからね」
「師範階級では末っ子だろ。道場初の試みを任せるんだからそんなに膨れるな」
話の腰を折ったのは、若者の気負いをほぐすためかもしれない。また流通が滞るが、笹熊も我慢してあの道の通行を止めているという。一晩で怪異が大化けすることがないなら、蓮橋で休んでから出発すると決まった。
それから、怪異に挑むふたりを客観的に見る者を付ける。これは手紙の段階で添花も必要だと書いていた。霊感のない者にどこまで状況が分かるのか、こうした案件に今後も対応できるかを観察する。負傷や疲労の度合いによっては助けも要る。
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