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【本編後】蓮が咲いたら
勉強会の食卓で 2
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赤暁龍の竜使いが扱う武器は、槍と刀の中間のような、柄の長い剣だ。対して、青藍龍は身ひとつで戦う拳法。門下生達はまず剣と剣、拳と拳で戦い方を見せ合う。気功術は添花が板や瓦に向けて披露し、竜騎戦法の披露は一晩休んで明日となる。知らない場所と人に囲まれて竜が興奮しないよう、少し慣れる時間は設けた。
日も暮れて、門下生と看人は道場に集まり、てきとうに席についていく。今夜は座卓をかき集めて料理を並べ、偉い人が途中で退席する食事会だ。おじさま達は若い人を交流させるのが好きなので、明日からも食事の頃合いは自由行動にしてある。
「隣いい? さっきはあまりゆっくり話せなかったね」
そう言って添花が深好の所に来るには、いくつか理由がある。深好が喋り足りなそうに見えたし、この場はだいたい知り合いで改めて交流と言われても困る。あと、事前に雄人から聞いた話だと、深好はものすごく酒に酔いやすい。勧められたら断れずに飲むことになりそうだから、見守って欲しいと頼まれていた。
人見知りするほうなので、深好は隣に添花がいるとほっとした。お近づきになりたい男達が次々に長い黒髪を褒めにきたが、酒だけは添花が横槍を入れて全部断る。きっぱり「この子、飲めないんだってさ」と言ってしまえば、無理には注いでこない。自分でも話しかけられれば受け答えはするものの、添花の興味は主に食べ物に向いていた。
「やっぱり美味しそうに食べるわね。旅先でも楽しみだったりするの?」
初対面の男性も多い場となれば、他の女性達はちょっと慎ましく食べる量を調整している。知ったことかと頬張る姿は清々しい。
「食べてみて美味しかったら、次に行った時も食べようって覚えておくよ。白緑龍との勉強会にも行くなら鶏肉たまごとじ丼……ん~、あれだと量が多いか。誰かと分けっこできたらおすすめ」
自覚があるのかどうか、食べ物の話をする添花はこれまで見た中で一番表情が柔らかい。無邪気という言葉も似合う。想像以上だったので、深好はつい笑ってしまう。
「ふふっ、なんだか可愛らしいわ、食いしん坊で」
長年言われた覚えのないことなので、添花は目を見開く。食べ物を飲み込んだ後でよかった、さっきまでなら吹き出している。
「いやぁ、可愛いって深好みたいな子を言うんじゃないの?」
さっきからひっきりなしに話しかけに来る男がいる。添花にとっても庇護欲を掻き立てられる子だから、こうして隣に来たのだ。一体どこが可愛いのだと文句を言ったら萎縮されそうで聞けない。しっかり答えが帰ってきても困る。
「そんな風に返しちゃ、なんか添花が深好を口説いてるみたいだぜ」
珍しく顔を赤くしている添花を面白がって、雄人が来た。既に一通り皆とおしゃべりしてきたらしい。
「でも実際さ、うまいもの食ってる時の添花って可愛いよな」
「え」
「雄人くんもわかる?」
深好の語り口が元気になってきたのは、場に漂う酒気のせいかもしれない。楽しい雰囲気に水をさしたくはないから、添花はぶつくさ言いながら皿と向き合う。冬は菠薐草が美味しい。
「食を楽しむのは……生きるのに大事だって教わってきたから」
幼い頃から、食べる気力もなくなるような出来事にぶち当たってきた。紅龍の母が鍋をかきまぜ、何度も優しく教えてくれたのだ。今は、しんみりするより強引でも切り替えを。
「だから、美味しいものは最高! でいいでしょ」
「分かりやすくていいな。じゃあ添花が一番好きな料理って何?」
雄人の問いを受け、卓の上に目線を彷徨わせる。今日は竜鱗の料理もあるはずだ。
「あった、あれ。シシ煮込み」
「へえ、蓮橋のものじゃないんだ?」
「私けっこう映さんの料理で育ってるからね。昔からそれがご馳走」
にやりと笑って、シシ煮込みの盛られた深皿に手を伸ばす。作ったのは竜鱗から来た人だから、お袋の味と少し違う。それでもやはり美味しい。
「なんだか嬉しいわ、馴染みのある料理が挙がって」
「深好は地元のおすすめ何かある?」
「そうね……ちゃぎ、っていう飲み物が好きよ。生姜なんかを煮出したお茶とヤギ乳をあわせた甘いものなんだけど、風邪をひいたら母が作ってくれたわ。今も、ちょっと寒気がしたらそれを飲めば大丈夫」
「半分くらい薬じゃねえか。好みが分かれるけど、好きなやつはそれ凄く好むよな」
「ええ。家庭ごとに好きなものを足すこともあるの。うちは陳皮」
胃の小さい女の子が好むのは、飲み物だったりするのか。やはり、添花にとっては深好の方がよほど可愛い。ちゃぎの由来は山羊乳茶が言いづらいので訛ってひっくり返ってこうなった、などと説明されている間、深好に恋人がいないことを不思議に思う。
「風邪に効くなら作り方も覚えたいね。今度行ったら飲んでみよう」
「お店で好みを言えば、甘くないようにも作ってくれるわ」
皆さんも竜鱗に来たらぜひ。周りの男達が言って欲しそうな台詞は雄人の口から出て、場の空気がぎこちなくなる。彼は彼で、惚れた腫れたの話が好きで恋人募集中の割に既知の輪に収まっているのは何故だろう。恋に出会う好機ではないか。
添花はほんの少しだけ察しが良くなったので、ふたりとも意中の人がいるのだと考えつく。誰でもいいわけではないから、この場でバタバタと出会いを探さない。
翌日の昼飯を紅龍も加えて四人で食べようと提案する雄人にうなずく頃、賑やかな席は後片付けが始まった。
日も暮れて、門下生と看人は道場に集まり、てきとうに席についていく。今夜は座卓をかき集めて料理を並べ、偉い人が途中で退席する食事会だ。おじさま達は若い人を交流させるのが好きなので、明日からも食事の頃合いは自由行動にしてある。
「隣いい? さっきはあまりゆっくり話せなかったね」
そう言って添花が深好の所に来るには、いくつか理由がある。深好が喋り足りなそうに見えたし、この場はだいたい知り合いで改めて交流と言われても困る。あと、事前に雄人から聞いた話だと、深好はものすごく酒に酔いやすい。勧められたら断れずに飲むことになりそうだから、見守って欲しいと頼まれていた。
人見知りするほうなので、深好は隣に添花がいるとほっとした。お近づきになりたい男達が次々に長い黒髪を褒めにきたが、酒だけは添花が横槍を入れて全部断る。きっぱり「この子、飲めないんだってさ」と言ってしまえば、無理には注いでこない。自分でも話しかけられれば受け答えはするものの、添花の興味は主に食べ物に向いていた。
「やっぱり美味しそうに食べるわね。旅先でも楽しみだったりするの?」
初対面の男性も多い場となれば、他の女性達はちょっと慎ましく食べる量を調整している。知ったことかと頬張る姿は清々しい。
「食べてみて美味しかったら、次に行った時も食べようって覚えておくよ。白緑龍との勉強会にも行くなら鶏肉たまごとじ丼……ん~、あれだと量が多いか。誰かと分けっこできたらおすすめ」
自覚があるのかどうか、食べ物の話をする添花はこれまで見た中で一番表情が柔らかい。無邪気という言葉も似合う。想像以上だったので、深好はつい笑ってしまう。
「ふふっ、なんだか可愛らしいわ、食いしん坊で」
長年言われた覚えのないことなので、添花は目を見開く。食べ物を飲み込んだ後でよかった、さっきまでなら吹き出している。
「いやぁ、可愛いって深好みたいな子を言うんじゃないの?」
さっきからひっきりなしに話しかけに来る男がいる。添花にとっても庇護欲を掻き立てられる子だから、こうして隣に来たのだ。一体どこが可愛いのだと文句を言ったら萎縮されそうで聞けない。しっかり答えが帰ってきても困る。
「そんな風に返しちゃ、なんか添花が深好を口説いてるみたいだぜ」
珍しく顔を赤くしている添花を面白がって、雄人が来た。既に一通り皆とおしゃべりしてきたらしい。
「でも実際さ、うまいもの食ってる時の添花って可愛いよな」
「え」
「雄人くんもわかる?」
深好の語り口が元気になってきたのは、場に漂う酒気のせいかもしれない。楽しい雰囲気に水をさしたくはないから、添花はぶつくさ言いながら皿と向き合う。冬は菠薐草が美味しい。
「食を楽しむのは……生きるのに大事だって教わってきたから」
幼い頃から、食べる気力もなくなるような出来事にぶち当たってきた。紅龍の母が鍋をかきまぜ、何度も優しく教えてくれたのだ。今は、しんみりするより強引でも切り替えを。
「だから、美味しいものは最高! でいいでしょ」
「分かりやすくていいな。じゃあ添花が一番好きな料理って何?」
雄人の問いを受け、卓の上に目線を彷徨わせる。今日は竜鱗の料理もあるはずだ。
「あった、あれ。シシ煮込み」
「へえ、蓮橋のものじゃないんだ?」
「私けっこう映さんの料理で育ってるからね。昔からそれがご馳走」
にやりと笑って、シシ煮込みの盛られた深皿に手を伸ばす。作ったのは竜鱗から来た人だから、お袋の味と少し違う。それでもやはり美味しい。
「なんだか嬉しいわ、馴染みのある料理が挙がって」
「深好は地元のおすすめ何かある?」
「そうね……ちゃぎ、っていう飲み物が好きよ。生姜なんかを煮出したお茶とヤギ乳をあわせた甘いものなんだけど、風邪をひいたら母が作ってくれたわ。今も、ちょっと寒気がしたらそれを飲めば大丈夫」
「半分くらい薬じゃねえか。好みが分かれるけど、好きなやつはそれ凄く好むよな」
「ええ。家庭ごとに好きなものを足すこともあるの。うちは陳皮」
胃の小さい女の子が好むのは、飲み物だったりするのか。やはり、添花にとっては深好の方がよほど可愛い。ちゃぎの由来は山羊乳茶が言いづらいので訛ってひっくり返ってこうなった、などと説明されている間、深好に恋人がいないことを不思議に思う。
「風邪に効くなら作り方も覚えたいね。今度行ったら飲んでみよう」
「お店で好みを言えば、甘くないようにも作ってくれるわ」
皆さんも竜鱗に来たらぜひ。周りの男達が言って欲しそうな台詞は雄人の口から出て、場の空気がぎこちなくなる。彼は彼で、惚れた腫れたの話が好きで恋人募集中の割に既知の輪に収まっているのは何故だろう。恋に出会う好機ではないか。
添花はほんの少しだけ察しが良くなったので、ふたりとも意中の人がいるのだと考えつく。誰でもいいわけではないから、この場でバタバタと出会いを探さない。
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