ライカ

こま

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6章 踏み出す一歩

6_①

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 伝承に残る英雄が宿る玉石を探し、ライカ達は広い森を探索した。気功や魔術で傷は癒えたが、満身創痍となった一行はクーンシルッピの村に戻る。今は休息が必要だった。
 特に消耗していたトラメは集合住宅の空き部屋、ライカは自室に寝かせて、あとの皆はウッドデッキに集まる。日が傾き始めているが、まだ暖かい。
「どう、ライカは……?」
様子を見に行っていたナバナがデッキに出てくると、心配そうにユニマが尋ねた。目立った傷がないのに、ライカは眠り続けている。熱もあった。
「ずっとあのまま」
明るく言うべきか暗くなっていいのか、迷って答えるナバナの一言に、皆が肩を落とす。
いつものように、トラメが能天気なことを言ってくれれば和むのだが、彼が倒れた今はそうもいかない。早くに戦線を離脱してキョウネが気落ちしていることも併せて、話が弾む空気ではなかった。
 聞きにくいことだったが、重たい沈黙をセルは破ることにした。
「アキレア……だったか。名前を聞いて、ヴァルは顔色が変わったな」
皆の視線がヴァルに集まる。ただひとり、ナバナはライカの部屋の方を見ていた。
「そいつを、知っているのか?」
セルの質問は、ナバナにも向いていた。顔を背けたままナバナは「知ってるけど」とだけ言って口をつぐんだ。
「悪いが、俺たちには詳しく話せない。言えるのは……あいつが来たのは初めてじゃないってことだけだな」
ヴァルの言い方から察するに、ライカに話させるのも酷だと思っているみたいだ。今まで彼女が進んで語らなかった過去に、深く踏み込むことになるのだと分かり、再び沈黙が訪れた。
 壁を背もたれにウッドデッキに座るヒスイが、ふと横を見た。続いて、木の床の軋む音が聞こえる。立ち上がり、借りている空き部屋のドアを開けると、目覚めたトラメが壁伝いに歩いてきていた。
「トラメ……」
涙声で幼馴染みの名を呼び、ヒスイはその場に座り込んだ。
「なんだよ、バカって怒鳴られると思ったのに」
困ったように笑いながら、トラメはウッドデッキにいる面々を見回す。
ヒスイが無事でほっとしたが、足りない顔に気が付くと、にわかに表情が曇る。
「あれ……ライカは?」
 森でトラメ達を襲撃したアキレアは、ライカを憎んでいるようだった。会わせまいと頑張ったが、トラメは敗れた。今、こうして皆で村にいるのだから、事は収まったと想像がつく。倒れた後のいきさつを知らないため、ライカがいないことが不安だった。
「ライカは部屋で眠ってるよ。……私、様子見てくるね」
簡単に答えると、ナバナはこの場から逃げるように、早足でライカの部屋に入っていく。その背中を、強張った顔でキョウネとヴァルが見ていた。

「ここは……村?」
 ライカは今さっき目が覚めたらしく、暗くなってきた部屋の中、仰向けで天井を見つめていた。ナバナは少し笑顔になって、ライカの額に手を当ててみる。
「そう、みんないるよ。うーん、まだ熱があるね……トラメも、さっき起きたところ」
手が離れると、ライカは腕で支えて上体を起こそうとした。自力で起きられるほど回復していないらしく、途中で力が抜けてベッドに後頭部を打つ。
「ったー……」
「すごい、ゴンって音した! 大丈夫?」
 懲りずに起きようとするので助け起こすと、震えがナバナに伝わる。これでは起き上がっても歩けないだろう。ひざを抱えるようにして、ベッドに座っているだけで精一杯だ。
「無茶したんだから、ちゃんと休まなきゃ」
 枕を背中に当ててくれるナバナの言葉があたたかい。だが、ライカは首を横に振った。
「みんなに、謝らないと。全部……話そうと、思うの」
「そっか……決めたんだね」
足が立たないほど震える恐怖に、立ち向かう決意を受け取って、ナバナは頷いた。部屋の明かりに火をつけると、「みんなを呼んでくる」と言って部屋から顔だけ外に出す。
「ライカが起きたよ~!」
 大きな声を聞いて、すぐ来たキョウネにドアを渡す。ナバナはライカの隣に陣取った。
 全員の無事を確かめて少しだけ笑顔を見せたライカは、すぐに表情を引き締めた。魔物を前にして、間合いを計っている時の顔と同じだ。
 依然として重たい空気が、部屋に満ちて静かになる。誰かが喋る前にと、ライカは大きく息を吸い込んだ。
「私、みんなに色々、話さなくちゃ」
声が震えたが、構わずセルの目を見て言葉をつなげる。もとより上手く話す気はない。
「この前、秘密を抱えながらで、一緒にいるって言えるのかって、私に聞いたよね」
「ああ。……ライカは、心の準備中だと答えたな。今のままではいけないと」
 セルは、話したことをよく覚えていた。ライカは頷いて、準備が出来たのだと言う。言葉と裏腹に表情が硬いとは、誰も言わないでくれた。布団の中から手を出して、腕輪を指差す。
「これは、玉石。私は……鳥族なんだ」
 うつむいて腕輪を外し、布団に置く。するとライカの背に翼が現れた。一度その姿を見たヒスイや、正体を知るキョウネ達は静かに見ていたが、セルもユニマも目を丸くしている。トラメはぽかんとして翼に見入っていた。真っ白な羽根を、純粋に綺麗だと思ったのだ。
「なんで、言わなかったの?」
 明かされた事実に、問いかけたのはユニマだった。少し責めるような言い方になってしまう。同じく人間でない自分にさえ、正体を隠していたことが引っかかった。
 ライカは腕輪をはめ直し、赤い玉石を見たまま答える。翼は幻のように消えていた。
「何年か前……人間と旅したことがあったの。仲間と別れて、ひとりになったばかりの冒険者。私は初めての一人旅……お互い、旅に慣れるまで一緒に行こうって誘い」
 天使を探すのが旅の目的だから、断るために最初から正体を明かした。その人は、冗談と思って取り合わなかったという。
「何でだろう、信じちゃった。あの人は、私が何者でも、一緒に笑って旅してくれるって」
でも、と言葉をつなごうとして、ライカはひとつ息をついた。熱がでているのに寒い。自分の鼓動が大きく聞こえて、話すのが苦しい。
 どうにか声を絞り出してから、目に涙が溜まっていることに気付いた。
「人里を追われた亜人種を、一緒に助けたこともあったのに……翼を見たら、あの人は剣を向けてきた」
声に出すと、嫌でも鮮明に思い出す。堪えきれずに涙がこぼれた。
「旅の全部を後悔して、私がいなければよかったんだって、言って……私を、魔物を見るのと同じ目で見た。……怖かった」
 時々ライカが撫でる左足首には、その時の古傷がある。雨の気配もないのに、疼く気がした。
「だけど私も、きっとあの人をそういう目で見たと思う。逆上されて恨んだから。裏切ったのは私なのに」
 一緒にいる時間が長くなると、相手を分かった気になる。本当は、自分の中に描いた虚像を見ているだけなのだ。わかっていると思う者が、虚像を覆す事実を示したとき、裏切られたと感じる。そんな奴とは思わなかったと。大なり小なり、誰にもあることだ。
 では、何を信じれば良いのか。そもそも信じる必要があるのか。心の持ちようを見失い、ライカは人と接するとき壁を作るようになった。亡き友との約束や、気の置けない親友の存在は、ライカと世界をつなぐ糸となっている。おかげで人間嫌いにはならなかったものの、恐怖は拭い去れない。
「……ごめんなさい。言えなかった、ただ、怖かったの」
 ひざにかかった布団に顔を伏せ、涙を押さえるが止まらない。壁を取り払うと、ライカはこんなにも脆かった。
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