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10章 碧眼の追憶
10_②
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真っ黒だ。闇ではない、塗りつぶされた深い色。
「信じる」ことを知ったのは、「信じていた」と気付いた時だった。いつからか私は杖に頼って立っていたらしい。この手をすり抜けた杖は、手の届かない所に転がってしまった。
「お前となんか、出会わなければよかった。どうして、人間の俺が……世界から除け者にされなきゃならないんだ!」
叫んで、振り下ろされる剣は見切れた。なのに足首に深く食い込んだのはなぜだろう。
どうして、そんな目で見るの? 私を憎むの? バンシュ……
わからない。わからない。あなたの目は心を映さなくなった。
どうやってバンシュから逃れたのか、私は空を飛んでいた。点々と滴る血が、海に落ちていく。傷の痛みには耐えられるけれど、言いようのない苦しさが、どこまで飛んでも付いてきた。
今更、遅いかな……頼っちゃ、駄目かな。それってどうすればいいの?
災禍を退ける旅から戻って、それまでいち神官に過ぎなかったセイルは司祭に列せられることとなった。フォートが僧兵長を務めるようになったのもそのすぐ後のことだ。与えられた立場に戸惑いながら送る日々の中、ある日セイルは深夜に目を覚ました。
(何かしら……胸騒ぎがするわ)
呼ばれているような気がして、彼女は明かりを持って外に出た。月が明るいのに、空気がぴりぴりとして冷たい。
「レマ!?」
ここまで来るのが精一杯だったのだろう、傷だらけのレマが大聖堂の影にうずくまっていた。足首の傷が深く、思うように動けなかったと見える。誰かと戦った後のようだ。すぐに治さなくてはと術に集中しつつ、セイルは問わずにはいられなかった。
「何があったの? バンシュは……?」
「あいつのことは……言わないで。今は……」
掠れた声は痛みを湛えている。これだけの言葉であれば、傷を負ったバンシュを庇って、レマも傷ついたと想像してもよさそうなものだ。
(この傷、まさか彼が?)
ありえないことが頭をよぎる。セイルは自分のよく当たる直感を呪わしく思った。ふたりの絆が深まるほど、災禍を超えた世界に希望を見出してきたのだ。
傷を癒す間に、レマは眠りに落ちた。ろくに手当てもせずに長い距離を飛んだので、かなり衰弱していた。フォートに手伝ってもらって部屋に運び、セイルのベッドに寝かせる。
それからすぐに、セイルは手紙をしたため始めた。仲間を神殿に呼び集めようというのだ。まずは、居所のわかっているトンクへ。キートも故郷に帰っているはずだから、今なら手紙が届く。
(どうして、こんなことに? あなたたちは、固い絆で結ばれていた!)
共に旅をしながら、自分達はレマを理解できていなかったのかもしれない。ペンを走らせながら、涙で視界がゆがんだ。旅の思い出が次々に浮かんでは消える。
世間知らずだったバンシュは、ただ一対一の存在としてレマと向き合った。彼らの信頼関係があったからこそ、皆はその近くで力になりたかった。
神殿の命でレマ達に同行するフォートに付いて、セイルは強引に神殿を飛び出した。彼女は幼い頃にメネ・ウロスから流れ着き、神殿で育ったコリトの先祖。魔術を駆使するせいで、神殿の中では浮いていた。隔てなく接してくれたフォートと、一緒に行きたかったのだ。
後に仲間となったキートは、血の気の多い性格からセイルと衝突しがちだったが、レマと共に戦おうという意識によって、少しずつ歩み寄れた。
トンクは仲間の中でもっとも若く、射的大会で何年も続けて優勝した猟師だった。あの時、たまたま町に立ち寄ったフォートが優勝してしまったから、腕を競うため一行に加わった。いつしか、互いの腕を高めあう兄弟のような関係に変化した。
強大な力を持っていたレマは、きっと自分だけを信じていた。志を同じくするものが集う、中心にいる自分を。人々が期待をかける、災禍を終わらせる旅を。それゆえに孤独であることに、気付いていなかった。
レマは数日、眠り続けた。その間、夢の中で自分の孤独を噛み締めていた。
鳥族で貴族に生まれはしたが、気功やチャクラムの扱いに飛び抜けた才があり、子供の中には溶け込めなかった。出る杭は打たれると早々に理解し、打てぬ高さまで伸びてしまえばいいのだと開き直ると、ひとりでいることが苦でなくなる。力を抑えて生きるより、力でもって自分を認めさせることを目指した。だから、災禍を元凶から絶つことにしたのだ。
(バンシュ……)
当たり前に隣にいた存在を失い、孤独を知った。仲間はレマより先に孤独に気付き、共に歩もうとしてくれたのだと理解した。
(そうか、これが……さみしい、きもち)
真っ黒に塗りつぶされた心は、セイルに助けられて少し色を取り戻した。しかし、目を覚ましたとき、傍に彼女の姿はなかった。
司祭ともなると、レマにつきっきりというわけにはいかない。仕方なく部屋を空ける時間もあった。セイルが、神殿に到着したトンクを迎えに出て不在の折、レマを恐れた神官が部屋に外から鍵をかけた。
「セイル……?」
誰が鍵をかけたか知らないレマは、セイルに閉じ込められたと思った。跡もないのに、足首がうずく。レマはドアの前にへたりこんで、再び心が真っ黒になっていくのを感じた。
「信じる」ことを知ったのは、「信じていた」と気付いた時だった。いつからか私は杖に頼って立っていたらしい。この手をすり抜けた杖は、手の届かない所に転がってしまった。
「お前となんか、出会わなければよかった。どうして、人間の俺が……世界から除け者にされなきゃならないんだ!」
叫んで、振り下ろされる剣は見切れた。なのに足首に深く食い込んだのはなぜだろう。
どうして、そんな目で見るの? 私を憎むの? バンシュ……
わからない。わからない。あなたの目は心を映さなくなった。
どうやってバンシュから逃れたのか、私は空を飛んでいた。点々と滴る血が、海に落ちていく。傷の痛みには耐えられるけれど、言いようのない苦しさが、どこまで飛んでも付いてきた。
今更、遅いかな……頼っちゃ、駄目かな。それってどうすればいいの?
災禍を退ける旅から戻って、それまでいち神官に過ぎなかったセイルは司祭に列せられることとなった。フォートが僧兵長を務めるようになったのもそのすぐ後のことだ。与えられた立場に戸惑いながら送る日々の中、ある日セイルは深夜に目を覚ました。
(何かしら……胸騒ぎがするわ)
呼ばれているような気がして、彼女は明かりを持って外に出た。月が明るいのに、空気がぴりぴりとして冷たい。
「レマ!?」
ここまで来るのが精一杯だったのだろう、傷だらけのレマが大聖堂の影にうずくまっていた。足首の傷が深く、思うように動けなかったと見える。誰かと戦った後のようだ。すぐに治さなくてはと術に集中しつつ、セイルは問わずにはいられなかった。
「何があったの? バンシュは……?」
「あいつのことは……言わないで。今は……」
掠れた声は痛みを湛えている。これだけの言葉であれば、傷を負ったバンシュを庇って、レマも傷ついたと想像してもよさそうなものだ。
(この傷、まさか彼が?)
ありえないことが頭をよぎる。セイルは自分のよく当たる直感を呪わしく思った。ふたりの絆が深まるほど、災禍を超えた世界に希望を見出してきたのだ。
傷を癒す間に、レマは眠りに落ちた。ろくに手当てもせずに長い距離を飛んだので、かなり衰弱していた。フォートに手伝ってもらって部屋に運び、セイルのベッドに寝かせる。
それからすぐに、セイルは手紙をしたため始めた。仲間を神殿に呼び集めようというのだ。まずは、居所のわかっているトンクへ。キートも故郷に帰っているはずだから、今なら手紙が届く。
(どうして、こんなことに? あなたたちは、固い絆で結ばれていた!)
共に旅をしながら、自分達はレマを理解できていなかったのかもしれない。ペンを走らせながら、涙で視界がゆがんだ。旅の思い出が次々に浮かんでは消える。
世間知らずだったバンシュは、ただ一対一の存在としてレマと向き合った。彼らの信頼関係があったからこそ、皆はその近くで力になりたかった。
神殿の命でレマ達に同行するフォートに付いて、セイルは強引に神殿を飛び出した。彼女は幼い頃にメネ・ウロスから流れ着き、神殿で育ったコリトの先祖。魔術を駆使するせいで、神殿の中では浮いていた。隔てなく接してくれたフォートと、一緒に行きたかったのだ。
後に仲間となったキートは、血の気の多い性格からセイルと衝突しがちだったが、レマと共に戦おうという意識によって、少しずつ歩み寄れた。
トンクは仲間の中でもっとも若く、射的大会で何年も続けて優勝した猟師だった。あの時、たまたま町に立ち寄ったフォートが優勝してしまったから、腕を競うため一行に加わった。いつしか、互いの腕を高めあう兄弟のような関係に変化した。
強大な力を持っていたレマは、きっと自分だけを信じていた。志を同じくするものが集う、中心にいる自分を。人々が期待をかける、災禍を終わらせる旅を。それゆえに孤独であることに、気付いていなかった。
レマは数日、眠り続けた。その間、夢の中で自分の孤独を噛み締めていた。
鳥族で貴族に生まれはしたが、気功やチャクラムの扱いに飛び抜けた才があり、子供の中には溶け込めなかった。出る杭は打たれると早々に理解し、打てぬ高さまで伸びてしまえばいいのだと開き直ると、ひとりでいることが苦でなくなる。力を抑えて生きるより、力でもって自分を認めさせることを目指した。だから、災禍を元凶から絶つことにしたのだ。
(バンシュ……)
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