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10章 碧眼の追憶
10_③
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鍵に気付くと、セイルは血相を変えた。錠をかけた鎖を術で弾き飛ばしてドアを開ける。とかく荒事に走りがちな仲間を、フォートとふたりでいさめていた彼女が、迷わず鍵を壊したのだ。
(この気配。不穏だね……)
事態は深刻だ。トンクはレマと顔を合わせる前に、覚悟を決めた。
「レマ、目が覚めたのね……」
床に座り、うなだれているレマと向き合い、セイルは微笑んだ。手を差し伸べ、抱きしめようとする。セイルの行動がごく自然だったので、トンクは驚いた。既にレマが魔物の気配を纏っていると、気付いているはずだ。
「きゃっ」
案の定手は払われ、セイルは床に尻餅をついた。爪がかかったのか、腕から血が出ている。
「鍵をかけたのは神殿の奴らだ。セイルがそんなことするはずないじゃん」
トンクは思うままを軽く言ってみたが、レマは聞いていない。ぶつぶつ、小さな声が聞こえる。
「わからない……わからない……もう、いらない。なにも……」
全く感情がこもっていない。顔を覗き込んでも、虚ろな目が涙を流すばかりで、無表情だ。
「さみしい……私……ひとり……」
「ねえ、レマ。私達は、ここにいるわ」
何を呼びかけてもレマは耳を貸さなかった。徐々に、声が獣のうめきのようになっていく。
どうしたらいいのかわからず、トンクは部屋の入り口で立ち尽くした。
「トンク、よく来た。レマは……?」
セイルの部屋に来たフォートは、レマの気配が変わっていることに気付くと言葉を失った。
「フォートが、来たよ」
セイルの背中に言って、トンクはようやく部屋に足を踏み入れた。払いのけられぬよう、素早くレマの手を握る。
「俺もいる。キートだって、もうすぐ来るよ」
この細かく震える冷たい手が、レマのものだなんて。仲間を引っ張ってきた強い姿とは、ずいぶんかけ離れている。掌から、絶望がしみこんでくるような気がした。
フォートもレマの傍に来て呼びかけたが、どうにもならない。
(セイル……トンク……フォート。キートの気配も、近くまで来てる。でも……いない。バンシュは、もういない)
レマは、頭の中で仲間の名前を繰り返していた。どうしても、ひとり足りない。たったのひとりが離れただけで、耳に入る音は膜が張ったようになった。言いたいことがたくさんあるのに、言葉がまとまらなくなった。
そして、無性に玉石の腕輪が憎らしくなってきた。世界を旅するために、こんなものが必要なのはなぜだ。
「うぅ……」
こんなはずじゃなかった。世界は変わるはずだった。
世界はバンシュを変えてしまった。
「あああああ!!!」
トンクの手を振り払い、レマは腕輪を外すと床に叩き付けた。心が千切れるような叫びは、もう取り返しが付かないことを、セイルたちに教えた。
「レマ!!」
それでもセイルは名を呼んだ。壁を壊して飛び去っていくレマに手を伸ばした。
振り返ることなく宙へ舞い上がったレマの前には、キートがいた。しばし目を合わせるが、お互い言葉が出ない。キートは、レマを引き止める術をもたなかった。魔物の中に、レマが見つからなかったのだ。
壊された壁から神殿に入り、泣き崩れるセイルの前に降り立った。
「……すまない、遅れた……」
苦々しく言って、空を見上げる。レマが向かったのは、災禍の元凶が根城にしていた遺跡の島だ。大海原の真ん中にぽつりと浮かぶ所。
(なんで、そんな孤独の象徴みたいな場所に行くのさ)
ひとりごちてから、セイルに手を差し伸べた。嘆くより、やるべきことがある。
「行こう、レマの所へ」
世界に絶望し魔物に堕ちた者が、強大な力を持っていたらどうなるかは、よくわかっていた。仲間は四人に減ったが、レマを止めなくてはならない。
ただ、戦って勝てる相手ではない。いつか解けてしまうものと知りながら、可能な限りの封印をかけてレマを止めた。彼女がいる島をも封印に閉じ込めて、縁のもの──武器としていたチャクラムを鍵とした。後にそれはクーンシルッピの湖に沈められ、キートが守ることとなる。
「伝えていかなきゃな。いつか……また災禍が来るって」
「たぶん、誰も信じないよ。災禍がなくなったって、大喜びしたばっかりだ」
島を沈めた海の上で、先を見据えた考えと、落ち込んだ想いが入り混じる。歴史が捻じ曲がっていくのを、どうすれば防げるのだろう。
「……私達自身で、伝えればいいわ」
玉石に精神を投影して保存する方法があるのを、セイルは知っていた。その技術がメネ・ウロスに残っていたのだ。災禍の真実を後世に伝える準備をし、それぞれ、種族間の隔たりをなくそうと奮闘して時が過ぎた。
変わらない世界に疲れ、亜人種の拠り所とするためにキートはクーンシルッピを開いた。トンクは時々そこで心を休めて、亜人種への理解を求めて世界を回った。
セイルは亜人種を忌む神官に殺されたが、彼らを恨む気力もなかった。そのことを恨まなかったと都合よく解釈し、神殿はセイルを祭り上げた。人を憎んだフォートは、セイル亡き後に自らの玉石を砕き、僧兵職を辞したが、あとの三人は時を待って、ライカ達との邂逅を果たした。
(この気配。不穏だね……)
事態は深刻だ。トンクはレマと顔を合わせる前に、覚悟を決めた。
「レマ、目が覚めたのね……」
床に座り、うなだれているレマと向き合い、セイルは微笑んだ。手を差し伸べ、抱きしめようとする。セイルの行動がごく自然だったので、トンクは驚いた。既にレマが魔物の気配を纏っていると、気付いているはずだ。
「きゃっ」
案の定手は払われ、セイルは床に尻餅をついた。爪がかかったのか、腕から血が出ている。
「鍵をかけたのは神殿の奴らだ。セイルがそんなことするはずないじゃん」
トンクは思うままを軽く言ってみたが、レマは聞いていない。ぶつぶつ、小さな声が聞こえる。
「わからない……わからない……もう、いらない。なにも……」
全く感情がこもっていない。顔を覗き込んでも、虚ろな目が涙を流すばかりで、無表情だ。
「さみしい……私……ひとり……」
「ねえ、レマ。私達は、ここにいるわ」
何を呼びかけてもレマは耳を貸さなかった。徐々に、声が獣のうめきのようになっていく。
どうしたらいいのかわからず、トンクは部屋の入り口で立ち尽くした。
「トンク、よく来た。レマは……?」
セイルの部屋に来たフォートは、レマの気配が変わっていることに気付くと言葉を失った。
「フォートが、来たよ」
セイルの背中に言って、トンクはようやく部屋に足を踏み入れた。払いのけられぬよう、素早くレマの手を握る。
「俺もいる。キートだって、もうすぐ来るよ」
この細かく震える冷たい手が、レマのものだなんて。仲間を引っ張ってきた強い姿とは、ずいぶんかけ離れている。掌から、絶望がしみこんでくるような気がした。
フォートもレマの傍に来て呼びかけたが、どうにもならない。
(セイル……トンク……フォート。キートの気配も、近くまで来てる。でも……いない。バンシュは、もういない)
レマは、頭の中で仲間の名前を繰り返していた。どうしても、ひとり足りない。たったのひとりが離れただけで、耳に入る音は膜が張ったようになった。言いたいことがたくさんあるのに、言葉がまとまらなくなった。
そして、無性に玉石の腕輪が憎らしくなってきた。世界を旅するために、こんなものが必要なのはなぜだ。
「うぅ……」
こんなはずじゃなかった。世界は変わるはずだった。
世界はバンシュを変えてしまった。
「あああああ!!!」
トンクの手を振り払い、レマは腕輪を外すと床に叩き付けた。心が千切れるような叫びは、もう取り返しが付かないことを、セイルたちに教えた。
「レマ!!」
それでもセイルは名を呼んだ。壁を壊して飛び去っていくレマに手を伸ばした。
振り返ることなく宙へ舞い上がったレマの前には、キートがいた。しばし目を合わせるが、お互い言葉が出ない。キートは、レマを引き止める術をもたなかった。魔物の中に、レマが見つからなかったのだ。
壊された壁から神殿に入り、泣き崩れるセイルの前に降り立った。
「……すまない、遅れた……」
苦々しく言って、空を見上げる。レマが向かったのは、災禍の元凶が根城にしていた遺跡の島だ。大海原の真ん中にぽつりと浮かぶ所。
(なんで、そんな孤独の象徴みたいな場所に行くのさ)
ひとりごちてから、セイルに手を差し伸べた。嘆くより、やるべきことがある。
「行こう、レマの所へ」
世界に絶望し魔物に堕ちた者が、強大な力を持っていたらどうなるかは、よくわかっていた。仲間は四人に減ったが、レマを止めなくてはならない。
ただ、戦って勝てる相手ではない。いつか解けてしまうものと知りながら、可能な限りの封印をかけてレマを止めた。彼女がいる島をも封印に閉じ込めて、縁のもの──武器としていたチャクラムを鍵とした。後にそれはクーンシルッピの湖に沈められ、キートが守ることとなる。
「伝えていかなきゃな。いつか……また災禍が来るって」
「たぶん、誰も信じないよ。災禍がなくなったって、大喜びしたばっかりだ」
島を沈めた海の上で、先を見据えた考えと、落ち込んだ想いが入り混じる。歴史が捻じ曲がっていくのを、どうすれば防げるのだろう。
「……私達自身で、伝えればいいわ」
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セイルは亜人種を忌む神官に殺されたが、彼らを恨む気力もなかった。そのことを恨まなかったと都合よく解釈し、神殿はセイルを祭り上げた。人を憎んだフォートは、セイル亡き後に自らの玉石を砕き、僧兵職を辞したが、あとの三人は時を待って、ライカ達との邂逅を果たした。
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