怪異解明班

空木葉

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怪異へようこそ

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美里が目を覚ますと、頭上には紅葉した樹木がその枝を広げていた。
木の根を枕にし、落ち葉の上に横たわる美里が身じろくと、木の葉がカサカサと音を立てる。
小さく息を吸うと、乾燥した空気が喉を刺激した。
そこで強烈な違和感が脳をよぎった。
――確か、今の日本の季節は夏のはずだ。
ガバリと上体を起こしながら、短刀を取ろうと手を動かす。
しかし、手に触れるのは服と空気のみ。
身一つで立ち上がった美里から、服についていた葉が落ちる。
彼女が周りを見渡すと、そこは秋の森だった。
赤と黄色に染まる落葉樹が明るい日差しに照らされる中で、ひらりひらりと葉が落ちる。
「美里さん!」
聞こえる声に振り向くと、直が大きく手を振りながら近づいてくる。
「目が覚めて良かったです!」
と笑顔を見せると、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんなさい。ドアを開けちゃいけないって知らなくって」
「それより」
美里は直を目を合わさずに、辺りに警戒を払う。
「何があったんですか?」
「何がって?」
直が首を傾げる。
「タクシーが止まっても美里さんが目覚めなかったので、いい風が吹く方に歩いたんですけど…」
「荷物は?」
「車に置きっぱなしです」
「貴方の荷物は?」
「刀とスマホはありますよ!」
直が自分の懐から元気よくスマホを取り出した。
「あれ?」
直はスマホの黒い画面を見て、首を傾げる。
「電源つかないや」
「とりあえず、状況は分かりました。」
美里は短く頷くと
「では、単刀直入に言います」
と直のキョトンと丸くなった瞳を、真っすぐに見つめた。
「ここはもう、怪異の中です」
直はポカンと口を開けた後、その口を更に大きく開けた。
「ええー!」
直は刀の柄に右手をかけると、落ち着きなく周囲を見渡す。
「中って、どういうことですか⁉私は⁉何を切れば⁉」
直の裏返った声に、美里が落ち着き払って応える。
「落ち着いてください。この怪異に攻撃性は認められていません」
「そ、そうはいっても」
動揺に揺れる直の瞳を見て、美里はまた頷いた。
「では、順を追って説明しましょう」
その言葉に直は落ち着かない様子で、美里の正面に立った。
「…はい」
「まずは何故、走行中の車のドアを開けたのか、教えてください」
「ええと、それは」
直が気まずげに視線を逸らす。
「その、街に出た怪異を見ながら話した方が分かりやすいかと思って」
「何故、私が気を失ったかは分かりますか」
「えーっと、浅井さんが言ってました」
直が教師に問題を与えられた生徒の様に、不安げに瞳を泳がす。
「車にはシャッター?の機能があって、それで」
直がたどたどしく、記憶を思い出しながら、言葉を絞り出す。
「ええと、怪異の影響を受けないようにできる」
そこまで言うと、美里に不安げな視線を投げかけ
「みたいな感じですよね」
と少し早口になった。
「概ねは「あれ?」
と美里の言葉を遮って、直が首を小さく傾げる。
「じゃあ何で私は平気だったんでしょうか?」
「それは直さんの霊障耐性が高いからですね」
「霊障耐性?」
「霊障への耐性ですね。これが高いほど、霊障の影響を防ぐことができます」
「そ、そうなんですか」
「消祓官は霊障耐性が高い者にしか務まりません。しかし霊障耐性が高い者は、霊感が低い傾向にあります」
消祓するだけなら、霊感の高さより霊障耐性の高さが必要とされる。
「解明官はその逆ですね。霊感が高く、霊障耐性は低い傾向にあります」
怪異解明において、怪異の情報を得るための手段は多く求められる。
怪異に対する感覚である霊感が高いことが、解明において有利に働くことは多い。
「だから解明官と消祓官は協力して調査に当たります」
そんな世界の常識を全く知らない直が、頭を悩ませている。
「えーっと、霊感は何となく分かるんですけど」
直が右手の日本刀の柄に添えたまま申し訳なさそうに、左手を控えめに上げた
「霊障ってなんですか」
美里が僅かに目を見張る。
(そこからか)
どうやら直は、美里の想像を超えた箱入りらしい。
そんな思いはおくびも出さずに、美里は淡々と解説を始めた。
「怪異が起こす様々な現象を霊障と言います。生物に起こる霊障は、多岐にわたります」
正直、内閣府の啓発動画『怪異被害の削減を目指して』を流しながら説明したかったが、残念なことに端末が手元に無かった。
直が美里を運んでいた状態で怪異の中へ来てしまったせいで、美里の護身用の刀や普段の調査で使用する霊感知器もない。
車に積まれていた、今回の調査資料や手袋、シャベルなど、今回の怪異のために準備されていた品々もそっくりそのまま置いてきてしまったようだ。
今回使えるものは、美里と直と一本の刀と、使えないスマホだけ。
「人間に起こる代表的な霊障は耳鳴り、頭痛、めまい、幻覚、意識や視力の喪失、壊死、怪死…」
美里は、巷では最も恐れられている霊障の一つを、敢えて省略した。
「などが症状として挙げられます」
「し、死んじゃうんですか!」
直が目を見開いた。
「はい」
美里は何でもないように頷いた。
「今は大丈夫なんですか⁉怪異の中なんですよね⁉」
「起きる霊障の強さは、怪異の霊力に依存します。この怪異の霊力では私にも貴方にも殆ど影響はないと思われます」
「そういうものですか?」
「はい。精々耳鳴り程度だと思われます」
「良かったー!」
直が緊張感の無い笑みを浮かべる。
「生物以外にも霊障は及びます。特に複雑な装置は霊障耐性が弱く、動作不良や暴走を起こしやすい傾向にあります。我々が電子機器や銃器を基本的に用いないのは、そのリスクを回避するためです。直さんのスマホも、怪異の中にいる状況では使用できないでしょう」
「な、成程?」
直の顔があからさまな困惑を浮かべながら、黒い画面を見つめる。
(やはり、口頭での説明には限界があるな)
美里は寸の間思案して、口を開く。
「…申し訳ありません。優先順位を間違えました」
美里が短く謝っても、直の表情は晴れない。
「は、はい」
直は頭の処理が追い付かないままに、とりあえず応えた。
「…細かい説明は後にして、今は現状を説明します
「わ、分かりました!」
直は気合を入れ直すように、美里を見つめた。
「私達の職務は、この怪異49-32-ad-6965と、そこで起こる事象を解明することです」
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