片隅の二人

空木葉

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オーボエ、一人

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「フルート」
部長の声に、フルートのパートリーダーである堀が
「全員います」
と答えた。
「オーボエ」
部長は淡々と、出席確認を続ける。
「星がいません」
角野はここに居ない一年生の苗字を告げた。
「クラリネット」
「全員います」
「サックス」
「奥宮が後から来ます」
続く出席確認を邪魔しない様に、フルートパートの2年生である中島が静かに角野の傍に寄る。
「角野、座ったら、ほら」
中島は優しい笑みと小さな囁き声と共に、角野が座りやすいように椅子をそっと引いた。
「おっ、サンキュ」
角野が軽く答えると
「持つよ、松葉杖」
と松葉杖を預かる。
「おう」
角野は内心の動揺を悟られない様に、小さく頷いた。
(なんかくすぐったいな、こういうの。こいつはよく恥ずかしげもなくできるよな。これが本物の『マイルド好青年』か)
出席確認を終えた部長が、部員の顔を見渡した。
「何か連絡がある人はいますか?」
部長は誰も手を挙げないことを確認すると
「ではパートごとに練習を始めてください」
と告げた。部員はそれぞれ楽器を持って移動を始める。堀はすぐ立ち上がると誰とも目を合わさずに、逃げるように音楽室を去った。
「先輩」
フルートパートの一年生である大城が、静かに二人の側に立った。
「僕は二階の渡り廊下で練習します」
大城は角野を視界にも入れず、真っ直ぐに中島を見つめて
「貴方が本気で吹くなら来てもいいですよ」
と言うと、返事も聞かずに音楽室を去った。
少しの沈黙の後、中島は何もなかったような完璧で爽やかな笑みを浮かべた。
「移動手伝うよ、どこで練習する?」
「…お前はどこでやるの?」
角野がそう聞くと、
「堀先輩の所だよ」
と微笑む。
「大城と吹けよ、そっちの方がいいって」
角野がそう言うと、中島はただ笑った。
角野は心の中でため息をつく。
(馬鹿なやつ)


放課後の図書室は人が少ない。
窓際の席に座っていると、微かにオーボエの音が聞こえる。
難しいフレーズの練習をしているらしく、何度も何度も躓くその音色は苦しそうだ。しかも練習すればする程、どんどん下手になっている。
(このオーボエの人、集中できてないな)
隅原は図書室の窓からそっと、奏者の姿を探した。
2階にある図書室から見た学校の景色は、少し新鮮だった。いつも見ているはずの光景が、まるで知らない映画のセットの様に見える。
校庭の隅に、校舎の陰でオーボエを吹く横顔を見つけた。木工室のガラス戸の近くで、木工室の四角い椅子に座っている。
目立つ金髪に体操服、近くには松葉杖が立てかけられている。
(あれは…今日見学した時に話しかけてきた…)
隅原は、とうに用済みとして忘れていた記憶を、頭の中から掘り出す。
(そういえばオーボエを演奏してるって言ってたような)
軽薄な話し方は好かないし、目立つ奴と楽しく雑談なんかしたら仮病を疑われてしまう。だから仲良くしたい相手じゃない。
(流石に足を怪我した金髪のオーボエ吹きは二人もいないよな)
その上怪我の原因を語る際の、あのどこか自慢げな態度。馬鹿らしい原因そのものよりも、その態度が癇に障った。
(名前は、何だっけ…忘れた)
あいつの存在自体も忘れよう。
そう思って窓から目を離す。
隅原は再び席に座って、読書を再開した。
物語の中ではファウストとメフィストフェレスが学問についての問答をしている。
隅原は10ページ程読み進めた後、パタリと本を閉じた。
(退屈だな)
隅原は机の上の栞を鞄にしまうと、鞄からもう一冊本を取り出した。
そして席を立ち、図書室の返却箱に二冊の本を入れる。
(有名な古典だから読んでみたけど、面白く感じるまで待てなかったな)
図書室を出た隅原は、静かに一段一段、階段を降りる。
階段の途中にある踊り場で、二人の生徒がクラリネットの練習をしている。
(何でこんな狭い所で練習するんだろう)
そう思いながら歩いていると、オーボエの音が近づいてきた。
苦しげな音だ。


角野は水筒の冷えた麦茶を飲みながら、楽譜を睨んだ。
(このフレーズ全然吹けねー)
麦茶をゴクンと飲み込むと、口も喉も吐く息も冷たくなって気持ちがいい。
水筒の蓋を閉じて足元に置くと、角野は心機一転、気合いを入れ直してオーボエを構える。
息を吸うとメトロノームに合わせて、息を吹き込む。
  ♩~~
伸びやかな音が校庭の隅に響いた。しかしフレーズの途中で指がもつれ、ブッ!と不恰好な音が出たと思うと、そこで演奏が途切れた。
(できるまで吹くぞ)
角野は決意と共に小さく息を吸うと、再びオーボエを構える。
最初の一音を出そうとしたその時、不意にメトロノームの音が消えた。
反射的に振り返り背後のメトロノームを見ると、隅原が上履きでそこに立っていた。カチカチとメトロノームの錘の位置を調整すると、そっとコンクリートの上に置き直す。
メトロノームが刻み出したテンポは、先程よりかなり遅い。
隅原は何も言わずに木工室に入ると椅子に座り、鞄から本を取り出して読み始めた。
ただメトロノームの音が、その空間に残る。
(え、なに?どゆこと?)
角野は座ったまま、木工室にいる隅原に声をかけた。
「…隅原?」
「何」
隅原と目が合う。
しかし何の言葉も出てこない。
「えーっと、何でもない」
角野が気まずげに言うと、隅原は本に目線を戻した。
「練習すれば」
(えーっと、このテンポで吹けってこと?)
イマイチ釈然としないまま、角野はオーボエを構える。
遅くなったテンポに合わせて、ゆっくりとメロディーをなぞる。
(このテンポならヨユーだな)
オーボエから口を離すと、隅原が静かに立ち上がる音がした。
そしてメトロノームのテンポが少し速くなる。
角野は振り返らないまま、背後の隅原を思った。
(聞いてくれてんだな)
そう思うとなんだかくすぐったい。
「なあ」
隅原は目線だけを、本から角野の瞳に移した。
「グミいる?」
振り向いてニヤリと笑う角野に、そっけなく返す。
「いらない」
角野は少し満足げに頷くと、もう一回気合いを入れなおして、オーボエを構えた。
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